
観自在マシンSaga 〈第30章 小説起業〉
当日、フルジは駅の改札を出て、駅舎の影の中にいた。隣にいる女子大生を笑顔で見つめながら。アグネスも同じようにフルジを笑顔で見つめていた。
「やっぱりこうなりますよねぇ~」
「俺もこうなると思ってたんだ~」
そう言いながら2人は同時に日傘をさして、影の外へと一歩を踏み出した。前に集まったときよりも、暑さは増している。そのうち、猛暑や酷暑といった暑さを表現する言葉が間に合わなくなってしまうだろう。
「本当に尋常じゃない暑さだよねぇ……」
「本当ですよね。……でも、地球人が今までやってきたことがこういう形で返ってきてるって考えると文句も言えないですよねぇ。……私、ちょっと考えてることがあるんですけど、それもちょっと変なことなんですけど……」
「俺も含めてグループ・セブンは全員もれなくちょっとどころかだいぶ変だと思うけど?」
フルジが大げさに肩を上げて、ふざけた顔をしてみせるとアグネスは「ふふふっ」と笑った。それから言葉を続けた。
「前に、その……ムー大陸に行ったときのことなんですけど、タイガーさんが人間を含めてすべてのものは影響し合っていて、人間の状態に自然が影響を受けるのは当たり前のことだってそういうことを言ってたじゃないですか」
「うんうん、言ってたね」
「例えばなんですけど、人間の足元がぐらついてるときに地震が起きて、水を大事にしなくなったから水害が増えて……みたいなこともあるのかなって。で、今の日本ってほぼ夏と冬だけですよね」
「ほんっと暑いか寒いか、だよねぇ」
「日本人に限ったことじゃないですけど、今ってみんなすぐに頭に血が上ってカッカするじゃないですか。ネットでも炎上炎上って。その一方で、自分さえ良ければいいって冷たい人も増えてますよね」
「あぁ~、なるほど。みんながカッカしてるから夏が異常に暑くて、心が冷たいから冬は冬で異常に寒くなるってことか」
「そうですそうです! ありそうじゃないですか?」
「それだとつまり、みんながカッカせずに人に対して温かい心を持てば、気候も落ち着いてくるってことになるね」
「そういうことです~」
「うわぁ~、その考え方いいなぁ。めちゃくちゃ優しい世界。他のメンバーにも今の話、しとこうよ」
「わぁい」
アグネスは機嫌良さそうに、ルンルンという効果音が見えるのではないかという足取りで進んでいった。今回は2人とも寄り道をせずに真っ直ぐ店へと向かったのだが、2人が店の前にたどり着いた瞬間、他の5人もそれぞれ別の方向からちょうど店の前に到着したところだった。
全員が同時に店の前に集結したのだ。目をぱちくりとさせていたが、誰かひとりが吹き出すと挨拶も交わさないままに大笑いした。そのまま店に入ると、前回と同じ座敷に案内された。その途中でようやく簡単に挨拶を交わしたのだった。
それぞれが話したいことは山ほどあったが、ミランダの「まずは腹ごしらえよっ!」という一声で先に好きなだけ飲み食いをすることにした。結局は飲み食いしながらそれぞれが好き放題話すことになり、その中でアグネスはつい先ほどフルジと話した内容を他のメンバーたちにも伝えたのだった。
それから腹が満たされると「ふぅ~……」「はぁ~……」という恍惚とした声があちらこちらで聞こえてきた。ミランダも大きく息を吐きながら満足そうに腹をさすっていたのだが、「あっ!」と声を上げた。
「大事なこと忘れてたわっ! ちょっと机の上、片付けちゃうわね」
そう言ってミランダが円卓の上に積み重なっている空になった皿をカチャカチャと畳の上に移動させると、他のメンバーも慌ててそれを手伝った。円卓の真ん中には綺麗にスペースができて、その端のほうにまだ料理が残っている皿と飲みかけのグラスや猪口。
ミランダは皿の上に残っていたシシャモを1匹手に取って口に咥えるとゆっくりと咀嚼しながら、自身の鞄の中を漁った。テレサは「もうっ、ミランダったら」と嗜めたが、いかにもそれがミランダらしい振る舞いで笑ってしまった。
「これこれ。見てよ、これ。なかなかじゃない?」
ミランダは鞄の中から大きな紙を取り出して、円卓の真ん中に広げた。そこには印刷された文字が並んでいた。上下の二段にわかれており、それぞれにびっしりと文字が連なっている。
・「事業コンセプト」
【会社名】
・「スピリチュアル・リゾート」
【トマス・モアの地位向上委員会】
・聖地ディベロッパー
【エル・ベガス】
・風刺産業一覧表
【面白証券取引所】
・信仰プロバイダー
【 異教徒カンパニー】
・価値クリエーター
【ユートピア四季報】
・文学五輪
【賢人のバトルロワイアル】
・パブリッシュ・カフェ
【なんとなくアレクサンドリア図書館】
・テーマ・カントリー
【読書王国】
・神モバイル
【便利は汝を不自由にせん】
・炭水化物リーグ
【麺類最強決定戦】
・銀船メーカー
【社外取締役 宇宙人】
・スピリチュアルの物質化現象
【SFテクノロジー社】
・ココロコスメ
【来世美顔堂】
・国家の用心棒
無国籍軍】
・広告代理人
【この星の行く末を決めるのは私たちだ!】
・七福神ギフト
【自販機証券】
・レボリューション・ウェア
【ファッションでしか世の中は変わらない!】
・法廷スタジアム
【正法裁判所】
・コンセプト起業
【投資如来】
・神ファンド
【天之蔵省】
・子孫繁栄お宝住宅
【出費の窓口が、それを実現させます】
・ボール・エクスプレス
【メロン交通社】
・神秘ジュエリー
【 装飾系祈願】
・考える産業
【歩キメデス&足ラテス】
・多目的農業
【懐かしい未来】
・和風ゲームチェンジャー
【代表取締役は、渋沢幸之助でございます】
・この星の居酒屋チェーン
【アル中八策】
・免罪符ショップ
【天国保険】
・日本報道新聞
【国益損失損害集団訴訟で食べていけるかも】
・世界メディア・タイムス
【報道を報道しなきゃいけなくなっちゃってますけど…。】
・往生際のイメトレ同好会
【自然死クラブ】
・成功報酬型なんでも探偵団
【霊能プロダクション】
・ちょっ会議員政策団
【日本烈党】
・国際結婚カウンセリング
【珍婚さん いらっしゃい。】
・卵かけご飯で世界を救う!
【メシ屋】
・潜在意識活用社
【ピグマリオン】
・星益財団法人
【日本語教】
・救世酒蔵
【神々の饗宴】
・スカッとさわやかボトリング
【そら・ソーダ】
・価値均一百貨店
【原材料名も生産過程も、めっちゃわかり易いんで!】
・神方お笑い菩薩団
【ゆーとぴあ興業】
・エンジェル・メーカー
【我が社のAIロボットは神を信じています】
・HAARPを捜せ!
【地震予測庁】
・ビジョン・タンカー
【預言社】
・地球ポータル
【PANGEA】
・選別エンジン
【エンマ】
・非学校法人
【英雄大学】
・だいたい医療法人
【これで医療費の大半は不要であると存じ上げまする】
・カーデザインで未来を先走る
【デッサン自動車】
・銀河のランドスケープ
【ダブル・ミッション】
・ドリーム絵巻
【H・G・黒澤】
・サプライズ・ベンチャー
【つっこみ興業】
グループ・セブンのメンバーはSNSで起業アイディアについてあれこれと情報をその都度共有していたが、ミランダはそれぞれのアイディアについて情報をまとめていた。そして、それぞれのアイディアに対して事業コンセプトと社名を考えていたのだ。もちろん、その話もメンバーに共有していたし、まとめたものを今日持ってくることも伝えていた。
「まぁ~っ! 壮観だわぁ~」
「ミランダさん、すごいですっ! すごいです~っ!!」
テレサとアグネスの反応を見て、ミランダはエッヘンと腰に手を当てて胸を張ってみせた。男性陣も腕を組みながら「う~ん……」と心底感心しているようだった。
「いやぁ~、この表自体が事業コンセプト『風刺産業一覧表』、社名『面白証券取引所』って発想はすごいよ。私だったら絶対に思いつかなかったねぇ」
「こうやって見ると、本当につくづくプロだよなぁ」
「ミランダ、センスありまくり」
「ほんますごいなぁ~。ミランダ姉さん、売れっ子のコピーライターなんやろぉ? 僕なんか、こってこての大阪人やから『これ、全部でいくらになんねやろ』って考えてまうわぁ……」
それを聞いたミランダはニヤニヤしながらおもむろに電卓を取り出して、わざとらしくカチャカチャと数字を打ち込んだ。それをそっとピエールに見せると、ピエールは目を剥いて「あかんっ! 姉さんにはもう足向けて寝られへんっ!!」と叫んだ。それでひと笑い起きたところで、ミゲルが「よしよし……」と自身の手を揉むようにすり合わせた。
「いやはや、いよいよって感じがするねぇ」
「ほな、あとはこれを順番に起業していくだけかいな?」
「うーん、その前にコア・カンパニーを決めようか」
ミゲルの言葉に6人は「コア・カンパニー?」と首を傾げた。ミゲルは頷きながら言葉を続けた。
「うん、コア・カンパニーだよ。私たちは地球をスマイル星にするってミッションを常に意識しながらこうやっていろんな起業アイディアを考えてきただろう? 何をするにも軸とか核になるものは必要なんだ。起業して事業を始めるなら、事業としての軸や核を考えておかないとね。それがまさに今言ってるコア・カンパニーってわけさ。
今回の場合は……」
そう言いながら、ミゲルは宙に指で絵を描き始めた。円を描いて「この円がコア・カンパニー」と言うと、今度はその円の周りに放射状の線を描いていく。ちょうど太陽の絵を描くときと同じように。その線を描きながら「この線がコア・カンパニーから伸びていく、そのいろんな事業ってところかな」と言った。
「厳密には違ってくるかもしれないんだけど、親会社があってグループ会社があってっていうイメージだね」
「なるほど……」
「ねぇ、じゃあそのコア・カンパニーってのも今から新しく考える感じ?」
ミランダの問いに、ミゲルはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。モアと出会ってからというもの、グループ・セブンのメンバーはモアの笑い方がうつってしまったようだ。
「……いや、この一覧表をよぉく見てごらん。それぞれ、いろんなやり取りをしただろう? そのときのやり取りを思い出しながら、順番に見ていくといい。私としては、もうこれしかないなってのがひとつあるんだ」
ミゲルがそう言いながらミランダの作ってきてくれた一覧表を指でトントンと軽く叩いた。ミゲルに言われた通り、他の6人も順番にそれぞれのやり取りを思い出しながら、ときにはクスリと笑いながら、一覧表を見ていく。一覧表の最後の行までくると、全員がほぼ同時に顔を上げた。その表情を見て、同じ答えにたどり着いたのだと全員が全員、確信を持っていた。
「……確かにミゲルの言う通りね。これしかないわって私も思ったわ」
「いいようにできてるもんだなぁ」
テレサとネルソンがそう言うと、アグネスが「これだって思ったのをみんなで同時に指さしてみませんか?」と笑顔で提案した。全員が「いいねぇ」「いいわねぇ」と大きく頷いた。ミランダが一番に人差し指を立てた手を高く挙げると、他の6人も続いた。
「「「「「「「いっせーのせっ!」」」」」」」
7人の指先は綺麗に同じところを指し示していた。そこには事業コンセプト「サプライズ・ベンチャー」、社名「つっこみ興業」という文字があった。これがコア・カンパニーということで決まりだった。「……なーんか、なるようになってるって感じだよね」とフルジがしみじみと言うと、本当にその通りだと他のメンバーも笑った。
「ほな、この『サプライズ・ベンチャー つっこみ興業』をコア・カンパニーとするとしてや。次は……やっぱお金の問題になるん?」
「そうだねぇ。ここまで来たら、いよいよお金のことも本格的に考えないといけないね。……ただ、私もいろいろと考えたんだが、正直なところ、これといういい案は出てこなくてねぇ」
「あら、そうなの? 資金調達とかそのあたりはミゲルが一番強いと思ってたんだけど」
「うん、私もそう思ってたんだよ。本領発揮してやろうじゃないかと思ってたんだが、よく考えるとこれから私たちがやろうとしている起業ってのは前代未聞だろう? それにここに至るまでの経緯だってかなり特殊だ。そう考えると、一般的な起業で考えられるような資金集めってのは案外難しいんだよねぇ」
ミゲルは顎をさすっている。ピエールが「無難にクラファンとかじゃあかんのん?」と尋ねるも、ミゲルは首を横に振った。
「クラウドファンディングはね……確かに魅力的に見えるが、あれはあれでデメリットが多いんだよ。私の知り合いでもクラウドファンディングを試してみたって人は何人かいるけれど、満足いく結果になってる人はほとんどいないねぇ」
ミゲルの言うように、クラウドファンディングは魅力的だが、デメリットも多い。
まったく支援が集まらないということもあるし、資金が集まったとしても手数料でガッツリ取られてしまうということもある。かと言って、手数料が安いところを選んでしまうとそれはそれで思うような結果が出ずに失敗してしまうというケースも少なくない。
また、クラウドファンディングで問題になっているのがアイディアの盗用だ。純粋な善意によって生み出された商品やサービスのアイディアがそれこそ「今だけ、金だけ、自分だけ」という連中によって盗まれ、自己顕示欲を満たし、ただ金儲けするための道具に利用されてしまうというケースは現実にある。
特に、グループ・セブンで考えた起業アイディアというのは地球をスマイル星にするという純粋な思いから考えられたもの。これらの起業アイディアは世の中を良くしようという純粋な善意のもとで進めていくからこそ意味があると言える。しかし、残念ながらアイディアだけを盗んで悪用するということも現実としてできてしまうのだ。今の段階でそれは避けたい。
それに、クラウドファンディングでも過去に炎上した事例というのは山ほどある。純粋な善意から考えられたもので十分に実現できる段階に達しているものでも、一部の悪意ある人間によって炎上させられるという可能性はある。馬鹿みたいな話だが、「世の中を良くしてもらっては困る」という一部の層が実際にいて、そういう一部の層によって妨害されるということは現実としてあるのだ。
そして、クラウドファンディングでよくあるのが支援者とのトラブル。資金を提供するという行為は当事者意識や参加意識を高めることになり、それは大きな正の効果を生むこともあれば、逆に負の効果をもたらすこともある。というのも、「金を出しているのだから言うことを聞け」という暴走を始める人間が出てくるのだ。これも大きなリスクであり、デメリットのひとつだと言えるだろう。
他にも、手軽であるがゆえに多くの人々が利用するクラウドファンディングでは競争がよりいっそう激しくなるという点もデメリットになってくる。そうなると他のプロジェクトとの差別化のために、クラウドファンディングの準備の段階である程度のお金をかけなければならないという本末転倒な結果にもなりかねない。
こういったデメリットをミゲルは簡単に説明した。すると、今度はアグネスが「じゃあ寄付とかは……?」と尋ねたが、それにもミゲルは首を横に振った。
「寄付を否定するわけじゃないが、寄付はいざ募る側になってみるとまぁ悲しくなるものだよ。寄付は寄付先を見極めた上で自分たちが寄付をする側に回るだけに留めておいたほうがいいだろうねぇ」
寄付についてもいろいろと過去の事例を知っているらしいミゲルは困ったように笑っていた。
おそらく「寄付」という単語だけで胡散臭さを感じてしまう人も多いだろう。実際に寄付を募る団体には胡散臭いところも多い。それゆえに、寄付というだけで敬遠されてしまい、本当に寄付を求めているところに寄付が集まらないということも起こっている。
しかも、現代人はずいぶんと贅沢になってしまった。というのも、寄付をすれば何かが返ってきて当たり前という感覚の人が増えてしまったのだ。先ほどのクラウドファンディングであればプロジェクトを支援したときに得られるリターンといったものがあるし、ふるさと納税だって返礼品がなければろくに成り立たないだろう。悪い餌付け、悪い刷り込みが横行してしまった結果がこれだ。
仮に、寄付に対して何かが返ってくることを期待していないという人でも口を出さずにいられる人がどれだけいられるだろうか。もちろん、寄付金が明らかに私利私欲のために使われていたのであればそれはガンガン指摘してやればいいが、「私はこういう商品がほしいんだからこの事業を最優先にしろ」と言い出すとこれはもうキリがない。
さらに、寄付をした人たち同士で集まり、群れるようになるとその中で寄付額によって一軍や二軍のような意味のない分類ができていく。いい歳をした大人でも、そうなってしまうのだ。こうなると、ろくなことにはならない。
純粋に世の中を良くするために事業を進めていきたいのに、こういう余計なところで労力を使い、疲弊してしまっては元も子もない。そう考えると、やはり資金については誰かをあてにするのではなく、自力でどうにかしたほうがいいという結論に至る。
「うーん……」
腕を組みながら目を閉じ、ゆっくりと首を上限させたり、円卓の上に広げられた一覧を意味もなく指でなぞってみたり……思い思いの姿勢で思案する時間が続く。ただ、その表情は苦悶に満ちたものではなく、どこか楽しそうだった。
「……楽しいねぇ。私もねぇ、今日こうやって全員で集まって考えれば絶対にいいアイディアが降ってくるって思ってたんだよ」
「わかるわよ、ミゲル。私もこうやって考えながら、絶対にひらめきがあるって確信してるもの」
ミゲルの独り言にミランダが反応すると、「来たわぁーっ!!」とテレサが声を上げた。もともと大きな目をさらにくわっと見開いて、勢いよく円卓の上を叩いた。円卓の上にあるものが一瞬すべて浮き上がり、それと同時にテレサ以外の6人の体も少しだけ跳ねて浮いた。
「はぁ~……自分でもちょっとびっくりしちゃったわ。お水いただくわね」
テレサはそう言って、固まっている6人のことなど気にせずにのんきにお冷を口に運んだ。綺麗な所作で水を飲み終えると、仕切り直すように小さく咳払いをしてから口を開いた。
「……ハリー・ポッターよ」
「ハリー・ポッター?」
全員が間の抜けた声でテレサに聞き返す。もちろん、その反応はテレサも想定内。テレサは大きく深く一度だけ頷くと、その説明をさらに続けた。
「ハリー・ポッターシリーズの作者、J・K・ローリングさんって今じゃ億万長者じゃない? でも、あの人ってもともとは生活保護を受けてたのよ」
「えっ、そうなのっ!?」
「そうなのよ。お母様は病気で亡くなってね、お父様との関係は悪かったみたいで。ご結婚はされたみたいだけど、家庭内暴力もあって離婚して。シングルマザーで生活保護を受けながら、頑張ってあの作品を書き上げたのよ。どんなときでも浮かんできたアイディアをしっかりとキャッチしてね。彼女、もうほんっとに苦労人なのよ。でも、それが今や印税だけで1000億円だったかしら?」
「ハリー・ポッターって本だけでもかなり売れてるし、映画も大ヒット。舞台もやってるし、グッズだって大人気って考えると本当にすっごいよね」
フルジの言葉にテレサは大きく頷きながら、フルジをびしっと指さした。
「そう! まさにそれなのよ。私たちもハリー・ポッター方式っていいうか、J・K・ローリング方式っていうか……そういうのをやってみない?」
「つまり……?」
「小説でベストセラーを狙うのよっ!」
テレサはニッコリと綺麗に歯を見せて笑った。6人は呆気に取られていたが、同時に「ああ、これだ」という確信めいたものを感じてもいた。
「だって私たち、超絶神秘体験しちゃってるでしょう? 『事実は小説よりも奇なり』なんて言葉もあるけど、私たち、本っ当にすっごい経験させてもらったのよ? これで小説にしないなんてもったいなさすぎるわっ!」
「小説よりも奇なりな事実を小説にするのね……なんだか興奮しちゃうわ」
興奮しちゃうと言ったミランダは「考える人」と同じように顎に手を当てていたが、確かに静かに興奮しているようだった。
「小説がベストセラーになったら映画化もされて、アニメ化もされて、舞台化もされて……私たちのグッズとかも出ちゃうんですかね?」
「俺たちのアクスタとかも出るのかな……」
「フルジ、そのアクスタってのは何だい?」
「あー、アクリルスタンドってフィギュアの代用品みたいなやつだよ。透明なアクリル板にキャラクターとかを印刷して切り抜いて、それを台座に差して自立できるようにしてあるの。ほら、今ってフィギュアも高いから、そのフィギュアの代わりにってアクスタが人気なんだよ。推し活なんかでも」
「ほう、いいねぇ。でも、私もせっかくグッズ化されるならフィギュアも出してほしいなぁ」
「ネルソンなんてフィギュア化するしかないような体やしなぁ」
「おうよ」
ネルソンはボディビルダーのように角度をつけてポーズを決めてみせた。それできゃあきゃあ笑いながら、誰のグッズが一番売れるのかなどずいぶんと気の早い話で盛り上がった。
「……私たちが体験したことをそのまま素直に表現すれば、たぶん世の中のどんな創作物をも超えられると思うの。あの神秘体験の中で感じたこと、考えたこと……もちろん、ここに至るまでの事業構想も含めてとびっきりの物語に仕上げるのよっ!
ベストセラーになったら……ううん、ベストセラーにするの。絶対に。それを資金源にするだけじゃなくて、起業アピールもして、リクルート手段にもするのよ。……あぁ、なんか私がしゃべってるのに、私じゃない誰かがしゃべってるみたいだわっ! すらすら出てきちゃうのっ!!」
「神がかってるわね、テレサ。最近の言い方だと『神ってる』ってやつよ」
「小説を書いて、資金も集めて、起業アピールもリクルートもって一挙両得……じゃなくて、一挙三得ですねっ!」
アグネスの言うように、テレサのアイディアはまさに一挙三得だった。クラウドファンディングや寄付に頼るような形では絶対にできない、自分たちの力で切り拓いていくというやり方。これから地球を変えていこうじゃないかという七星の侍たちに相応しいと言っていいだろう。
「……小説にもいろいろなジャンルがあるだろう? その中に『起業小説』ってジャンルがあるのかはわからないが、たぶんそう言えるものはすでにあるんじゃないかと思うんだ。ただ、今回のテレサのアイディアってのはそういう新しい文学ジャンルにはとどまらない……もっと大きなものだよね。
小説を使った起業……そうだ。『起業小説』じゃなくて、『小説起業』っていうこれは創業手法の発明なんだよ」
「あらぁっ! 私、発明しちゃったのねっ!」
「そうそう、そうなんだよ。しかし、これはすごいぞ……実現すれば小説の中に書かれた物語が現実と連動していくんだ。『リアル連動型起業小説』だよ。おお……興奮と感動で手が震えてきたぞ……」
自身の震える手を見つめているミゲルにピエールがすかさず「ミゲルのそれ、年寄りがよく手ぇ震えるやつとちゃうん?」と冷やかすと、ミゲルは「はっはっはっ!」と腹を抱えながら、畳をばしばしと叩いた。
「あぁ~、でも僕もミゲルのこと言えへんわ。手ぇどころか、全身そわそわしてきてもうた。どないするん? 誰かどこを書くかとか分担したほうがええんかな?」
「あの……小説を書くなら効率は悪いかもしれませんけど、一旦、全員が今日に至るまでの出来事を自分なりに書いてみるってのはどうでしょうか? それをあとからすり合わせながら、全部の要素を漏れなく盛り込んでいくみたいな……もちろん、ここにいる全員が同じ体験、経験をしてるんですけど、やっぱり見え方とか感じ方って違うじゃないですか。
例えば、目の前にモアさんがいたとして……ふふふっ」
アグネスがモアのことを思い出して笑ってしまうと、他の6人も同じようにモアのあの表情を思い浮かべて笑ってしまった。
「ふふふっ……私はモアさんの癖っ毛が可愛いなぁって思って見てたとしても、他の人はモアさんの表情だったり、服だったり、他のところを見てるかもしれないですよね。見てる場所が違うからこそ、自分じゃ気づかなかったところに他の人が気づくってことはあると思うんです。そういうところも共有したいですし、そこからまた新しく生まれるアイディアもありそうかなって」
「私はアグネスに大賛成よ」
アグネスの提案にミランダはすぐに賛成した。ミランダ以外の5人も大きく頷き、賛成しているのはその表情からも明らかだったが、男性陣のうち、3人が少し不安そうな表情でおずおずと口を開いた。
「ただ……俺は小説ってぇもんを書いたことがなくてよぉ」
「僕も漫才のネタとかはよぉ書くけど、小説は書いたことないんよねぇ」
「……俺も小説読むのは大好きだけど、書くとなると自信ないかも」
ネルソンにピエールとフルジが続くと、テレサが大きな声で「まったく問題なしっ!」と胸を張った。
「い~い? 坊やたち。ここにはたくさんの本を読んでおられる聖典マニアのアグネスさんもいらっしゃって、コピーライターをしながら日本語講師もされておられるミランダさんがいらっしゃって、さらには巡礼作家のミゲルさんもいらっしゃるの。そして、何を隠そう、私は出版事務所で数々の作品を世に出してきたテレサ様なのよ」
「やだぁ~、テレサったら自分だけしれっと様付けにしちゃってぇ~」
「仮にね、私以外の6人が『小説なんて書けな~い』って言っても、私が絶対に何とかするんだからっ! 大船に乗った気でいなさいっ!!」
「きゃーっ! テレサかっこいい~」
その場は笑いと拍手に包まれ、しばらくしたのち、7人はまた飲み食いを再開したのだった。
さて、それから7人はそれぞれが小説の執筆を進めることになった。なぜか書き始めると不思議なくらいに無理なく書けてしまうという感覚を全員が味わっていた。自信のなさそうだったネルソン、ピエール、フルジの3人も、なぜか書けてしまう自分に驚くばかりだった。
……タイトルはもう決まっていた。たった1回、モアが口にしたマシンの名前。たったの1回だったが、全員がハッキリと覚えていた。
誰かが原稿の上で、鉛筆を走らせた。
「観自在マシン」
そのとき、ふっと頭の中に情景が浮かんだ。宇宙のどこかで白いカーテンのような服をくしゃくしゃにたわませた誰かさんの後ろ姿。その癖っ毛の上には灰色の毛玉が乗っかっている。彼らはただただ瑠璃色の星を見つめていた。