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【小説】プラダを着てない天堂さん

    <あらすじ>
    テレビ業界のADとして働いていた天堂は、過酷な現場で多くの経験を積む中、新番組のロゴデザインに心を奪われる。未経験ながら憧れのデザイン事務所へ飛び込み、第一線のクリエイターたちと仕事を重ねた後、自らアクセサリーブランドを立ち上げる。ブランドは十年間続き、百貨店出店やアーティストとの仕事も実現するが、悩み抜いた末、自ら終える決断をする。テレビ、デザイン、ブランド、そして教育へ。仕事を変えるたびに迷いながらも、自分で選び、自分で終わらせ、また始めてきた人生を振り返る中で、主人公は「納得できる人生とは、自分で決め続けることなのかもしれない」と気づいていく。クリエイティブの世界を舞台に描く、仕事と人生の物語。
    ミミミ


    「おはようございます。」
    18時。一緒に番組制作をしている制作会社トリートの小山さんが来た。
    今から制作会議が始まる。
    テレビ業界では、昼夜を問わず「おはようございます」と挨拶する。
    シフトが不規則な現場で、「最初に出勤した時の挨拶」として定着したようだが、初めて聞いた時はびっくりした。
    同時に業界っぽさに少し嬉しくもなった。

    「天堂さんおはようございます。あれ、西村さんは?
    昨日から電話かけてるんだけど出てくれなくて」

    「あ、すみません。ちょっと今休んでて…」

    実は西村さんは一昨日から誰も連絡が取れていない。

    一昨日のスケジュールボード。
    西村さんのスケジュールに
    「遠く → NR」
    黒いマジックで書かれていた。
    「西村さんノーリターンってなってますけど、今日の会議出ないんですか?というか電話が繋がらなくて…」
    「ああ…」
    前に聞いたことがある。
    新人のADがスケジュールボードに「NR」と書いてそのまま戻ってこなかったこと。
    気持ちはわかる。

    番組を観ていて不思議に思うことはないだろうか。
    道に突如現れる穴、爆破…などなどどうやって用意したの?誰が用意したの?と。全部AD(アシスタントディレクター)が用意している。
    この前はバラエティの企画で女優さんが「スカイダイビングをやりたい!」と言うので、事前に試しで飛んだ。一緒に飛んでくれたスカイダイビングのスタッフさんが後ろから「今、富士山と同じ高さですよ。ほら」と言われたけど「そうですね」と返すので精一杯だった。
    時間はあってないようなもので、仕事が終わっても飲みに連れて行かれたりするので、とにかくこの業界にいることが楽しくて楽しくて仕方がないという人のみが生き残れる世界だと思う。

    熱38度。私は制作フロアのデスクに伏せっている。あまりにもフラフラするので制作進行さんに体温計がないか聞いたら出してくれた。送らないといけないFAX原稿がある。ただ番号を押せばいいだけなのにそれができない。
    動けない。もう無理。病院行きたい。
    明日からロケハン。撮影場所の許可どりもまだ途中だが
    「ロケハン休んだらダメですか?」ディレクターに聞いた。
    「今寝てていいから来てもらわないと困る。」

    意味が分からなかった。役にも立たないのに行く意味とは?
    でも翌朝、
    私は新幹線に乗っていた。

    スタジオ収録前夜。
    「え、これ全部ですか?」
    「そう、カンペにしてくれる?」
    厚さ1センチの台本。
    「滝さん忙しいから台本読まないで現場に入って、そのまま撮影だから。
    それに覚えるの苦手っぽい。」
    「…はい、わかりました。」
    時計は25時を回っていた。
    翌朝の集合は6時。
    6時って何時だろう。
    30時か。

    翌週。ロケハンの状況と構成を確認するための制作会議が始まる。
    ただいま22時。構成作家のマギーさんがこの時間しか空いてなかったらしい。
    うわ、きた。
    この人が、ゴールデン番組を何本も当てている
    構成作家だとは思えなかった。
    ヨレヨレの短パン。
    伸びた髪。
    破れかけた紙袋。
    コンビニの前に座っていても誰も気に留めないだろう。いや、むしろ気になって避ける。
    でも会議が始まると、誰も口を挟めなかった。

    弁天島駅。
    浜名湖の穏やかな空気の中、私は一人、焦っている。
    今日のロケでは先乗り担当。芸能人と一緒に動くロケ隊より先に現場に着いて準備する。
    駅前にタクシーがいない。昨日電話したらいつもタクシーはいるから予約は必要ないと笑われた。
    いない。タクシー会社に電話する。「早くてもあと20分はかかりますよ。待ってたらそのうち来ますよ」
    だから昨日電話したのに。
    前の現場が押したせいで、このまま待ってたら間に合わない。
    ここで待ってても仕方ない。少しでも進みながらタクシーをつかまえるか。
    駅から見るとすぐに思えた、向こうまで伸びる橋は、実際に歩くと(いや走っている)結構ある。
    タクシーはいない。荷物は重い。
    仕方なく親指を立てた。
    AD二年目。
    まさか自分がヒッチハイクをするとは思わなかった。

    車は3台目ですぐに止まってくれた。父親と同じくらいに見える年代の、「おいちゃん」と呼びたくなるような笑顔の優しい方が運転する白い軽トラ。田舎のおじいちゃんが運転していたのを思い出して懐かしくなったが、
    今はそれどころではない。事情を説明してすぐに乗せてもらった。

    ドリンクホルダーにタバコが置いてあるのが見えたので、降りるときに「足りないと思いますけど、タバコ代にでもしてください」と言って2000円手渡した。「大丈夫、いらないよ」と言ってくれたけど「制作費で出るので大丈夫です」と言って無理やり置いてきた。連絡先を交換したわけでもなく、窮地を救ってくれた方に何もできないのが申し訳なさすぎて、少ないから意味がないとは思いつつ半ば強引に渡した。領収書がないので制作費で落ちるわけもないが。
    お礼を言ってドアを閉めたところで、示し合わせたかのようにロケバスが到着した。
    ディレクターに見つかった。「何してるの?」と走り去る軽トラを不思議そうに見ながら聞いてくる。
    「ちょっと足りないものがいくつかあって、買い出しに乗せてもらいました」
    いつもだったら正直に言うところだが、このディレクターとは、ロケ前に先乗りが必要か不要かで軽く言い合いになっていた。「取材するのにいきなり本番のロケ隊で乗り込むのは失礼すぎる」と自分が主張をしたばかりに先乗り担当になったのだが、全く先乗れていない。
    「ふーん…それで、うなぎとりの名人は?」
    「あ、あちらで準備されています」と自分でもびっくりするくらい適当に言葉がでて、ロケ隊を誘導した。
    具合が悪かったロケハンに、朦朧としながらも同行したことが功を奏した。
    名人は、いた。

    収録が終わり2日後。20時を過ぎている。編集中、インサートにアジの干物が必要になった。買ってくるように言われ、かれこれ1時間近く赤坂で干物を探している。近くに高級スーパーしかなく、時間帯も時間帯。普通の干物が売ってない。うーん、流石にそろそろ帰らないとまずいな。ショーケースに近いものがある。「見た目はこれが一番いいけど…」一旦これを買って戻って、ダメだったらまた別の手を考えよう。
    「一応買ってきました」
    くさや。
    窓もなく狭い地下の編集室に臭いが充満した。
    同じ番組ADの永井くんが言った。
    「天堂ちゃん、これ、うんこの臭いがする」
    私もそう思った。

    プロデューサーからは気に入ってもらっていて、「こんな娘がいたらな」なんて言われたりもしていた。
    将来プロデューサーになりたいのか、それとも演出に進みたいのか、時々聞いてくれた。「やりたいことが決まったら教えてくれ。お前は決めさえすれば何でもできるんだ。」
    私の方向性を見守ってくれていた。

    退職の意思を伝えると、プロデューサーは少し黙った。
    それから言った。
    「で、決めたのか」
    何を、とは聞かなかった。
    前から聞かれていたことだ。
    「はい」
    本当はまだ不安だった。でも、その時はそう答えた。
    「そうか」
    彼はうなずいた。
    「お前はな。決めさえすれば大丈夫だ。」
    そして最後に、「応援する」と言った。

    遡ること一年前。
    新番組の立ち上げに関わることになった。
    制作会議のテーブルには、グラフィックデザイナーから届いた番組ロゴのデザイン案が何枚も並んでいる。
    同じタイトル名なのに、フォントが違うだけでまるで別の番組に見える。
    少し丸みを帯びているだけで親しみやすく感じ、線が細いだけで知的に見えた。
    「こんなに変わるんだ。」
    その時、初めてデザインという仕事に心をつかまれた。
    漠然とクリエイティブな仕事がしたいとは思っていた。でも、それが何なのかは自分でもわからなかった。いつもやっていることといえばテレビを見ているくらいだったし、色々経験できそうというくらいの考えでこの世界に入っていた。
    けれど、ロゴ案を眺めているうちに、不意に思った。
    これだ。

    担当のバラエティ番組はうちも含めて4つの制作会社で担当している。毎週火曜の夜に放送するバラエティ番組。旅の要素を取り入れてスタジオにVTRを流す。担当は1ヶ月ごとに回ってくる。会議、リサーチ、ロケハン、許可どり、ロケ、スタジオ本番、編集。そして放送されると次の回のための準備に取り掛かる。達成感を得た瞬間、次がくる。放送は流れていく。日本のどこかに住む誰かの心に引っかかり、何かのきっかけになることができるのか?そんなことを完パケを眺めながら思う。いつも先を見ている。いつも準備している。テレビに映る人はみんな何かの専門家。自分のやるべきこと、自分の人生をしっかり歩いているように感じる。
    この前取材した墨職人さん。うちの制作会社で7年前まで働いていたらしい。取材で初めて墨職人という仕事に出会い、魅力に取り憑かれてその世界に入っていった。手揉みと足踏みの工程で真っ黒になりながら墨を練る。
    その職人さんの話がずっと引っかかっていた。今は誰かの人生を追いかけて、放送して、また取材して流れていく。私自身ってなんだろう。一つに専念している姿、そして形に残っていくものへの憧れがずっとあった。
    形に残るもの。
    これしかないと確信した。

    仕事を続けながら、週に一度、夜間のデザイン専門学校へ通い始めた。
    仕事優先だったので欠席も多い。不良学生だったと思う。
    初めての課題はコラージュ作品をファイリングするというものだった。
    締め切りギリギリに提出した課題は、先生から突き返された。他の学生がファイルにもこだわる中、市販のファイルそのままにコラージュしていた。中身を開くこともしてもらえず、「本当にデザインがやりたいの?」と呆れられた。確かにと思うからこそ恥ずかしかったが、とにかく締め切りに間に合わせようという気持ちと仕事の忙しさもあって、妥協した結果がこれだった。
    その一回がきっかけとなって、デザインをやるとはどういうことかと意識するようになった。
    卒業する頃には、テレビよりもグラフィックデザインの世界で働きたいという気持ちが固まっていた。

    転職エージェントに登録し、一社ずつ面接を受け始めた。
    未経験。
    美大卒でもない。
    現実的に考えれば、選べる立場ではない。
    それでも、一度、自分に問いかけてみた。
    条件を全部忘れたら、私はどこで働きたいんだろう。

    図書館で何気なく手に取ったのが、1997年の広告年鑑だった。
    とりあえず、好きだと思ったデザインをひたすらメモしていく。
    やり出したら面白くなって、98年、99年と続けた。

    ページをめくるたびに、気になるデザインが増えていく。
    三年分見終えて、何気なくメモを見返した。

    「Ndデザイン」
    また「Nd」。
    次のページも「Nd」。
    数えてみると、半分近くが同じデザイン事務所だった。
    技巧を凝らしたデザインでもない。
    奇抜でもない。
    一言で言うなら、シンプル。
    ただ、余白をたっぷりととった中に、文字が「ここしかない」と思える位置に置かれている。
    主張はないのに、なぜか忘れられない。
    ここで働けたらいいな。
    そう思った。

    ホームページを探した。
    代表、朝長辰哉。
    一九三八年生まれ。
    「一九三八年?……六十八歳?」
    それ以外の情報はほとんどない。
    求人もない。
    更新日もわからない。
    メールアドレスもない。
    電話をかける勇気もない。
    広告年鑑の常連のデザイン事務所。
    私は未経験。
    美大でもない。きっと無理だ。
    でも、一社くらい、本当に働きたい場所に挑戦してみてもいいんじゃないか。
    ダメもとで書類だけ送ってみようかな。ダメならダメで会うことはないし、履歴書を送るだけなら恥ずかしいこともない。

    履歴書。
    専門学校の作品。
    そして、突然送ることへのお詫びと、憧れの気持ちを手紙にしたためた。
    全部まとめて封筒へ入れた。
    送った。

    返事なんて来ないだろう。
    それでも、不思議と気持ちは軽くなっていた。
    本当に行きたい場所には挑戦した。
    これで、現実的に転職活動を進めよう。

    十日ほど経った頃だった。
    携帯に留守電が入っていた。
    登録のない番号。
    ロケ先だろうか。
    再生する。
    「エヌディーの田村です。」
    一瞬で階段の踊り場へ移動した。
    もう一度聞く。
    「エヌディーの田村です。履歴書を拝見して、お電話しました。」
    え。
    あのNd?わざわざ電話を?
    いや、きっと丁寧に断ってくださる会社なんだ。
    そう思いながらとりあえず折り返してみる。
    2コールで電話がつながる。
    「あの……天堂と申します。履歴書の件でお電話いただいたようで……」
    一週間後。面接することになった。

    六本木ヒルズの近く。
    古びた雑居ビルだった。
    一階にはセレクトショップ。ブティックと呼んだ方がしっくりきそうな雰囲気だ。
    エレベーターはない。四階まで階段を上る。コンクリートなので軋むはずもないが、注意しないと足を踏み外しそうになる。幅が狭く急だ。薄暗い。
    途中で、大柄な年配の男性とすれ違った。
    こんな階段を上り下りするなんて元気だな。
    ぶつからないよう注意しながら、軽く会釈をして、そのまま通り過ぎた。
    四階に着く。
    古いドア。表札はない。
    ドアに、小さく「Nd」と書かれていた。
    手書きのような、細い文字。見落としてしまいそうなくらい小さい。
    なのに、その文字と、古いドアが妙にマッチしている。
    「ここしかない」
    そう思わせる位置だった。
    図書館で何度もメモした、その二文字だった。

    ドアを開けた。開けると、壁にぽっかり開いた、小さなトンネル。
    なぜトンネルがあるのか。声をかけるとそこからおしゃれな男性スタッフが現れた。かがまないと出入りできないトンネルの低さにも疑問が沸いたが、何も言わず会議室について行った。
    お電話いただいたデザイナーの田村さんだった。もう一人、中野さんというデザイナーが向かいに座っている。
    「ちょうど人を探そうと思っていたんです」
    「そうなんですか」
    「タイミングよく履歴書が届いて拝見しました」
    「突然送ってしまってすみませんでした。履歴書にも書いていますが、デザイナーの経験がありません。自分の実力とかは考えずに、まず一番どこで働きたいかと考えて。無理だと思いつつお送りさせていただいたんです。まさかご連絡いただけると思わず驚いています。ありがとうございます」
    「作品とかも送っていただいたんですけど、経験者を探しているわけじゃなくて。天堂さんの履歴書で一番いいなと思ったのはADをやっていることです」
    「え?そうなんですか」
    「体力あるでしょ」
    「それだけが取り柄です」
    「この仕事、憧れで入ってくる人も多いですけど、実際は地味だし、夜も朝もない時もあるしで体力勝負なんですよ。私たちが教えますから、経験はここで積んで貰えば良くて。未経験でも体力あってやる気がある人に来て欲しいんです」

    「とりあえず、私たちは天堂さんとお仕事したいと思っていますけど、ボスに会ってもらってからじゃないと採用のお約束はできないので…またボスとの面談についてお電話します」
    「ありがとうございます。よろしくお願いします」
    トンネルで頭をぶつけそうになりながら、夢見心地で帰った。

    今、また同じ会議室のテーブルに座っている。いよいよボスとご対面だ。
    どんな方なんだろうと緊張していると、大きな人影が見えた。
    あ、この前の面接の時階段ですれ違った人だ。ボスだったのか。
    あの時ちゃんと挨拶したっけ…。
    立ち上がり、「よろしくお願いします」と頭を下げると、名刺が目の前に滑り込んできた。
    え?投げた?と思って顔を上げると
    「いつから来れる?」おそらく私のであろう履歴書を眺めながら聞いてくる。
    「はい?え?いいんですか?面接は…?」
    「俺はスタッフがええ言うたらええねん。長く一緒にいるのはスタッフなんやから」
    「え、、、と、ありがとうございます。すみません、こんなに早くというか、まさか雇っていただけると思っておらず、まだ今の会社で働いていて。早くても再来月からになりそうなんですが…」
    ボスは口数も少ない上に目も合わせてくれない。でも、今採用になったんだよね?軽くパニックになりながら次の一言を待っていると
    「再来月か、ま、ええわ。じゃ、スタッフ呼んでくるから待って。」
    「え、これで終わり?いいんですか」
    驚きがそのまま口に出てしまったが、ボスは立ち上がりながら
    「こういうのは、縁やから」
    その時だけ力のある目線を私に向けながら、言った。
    私は黙った。

    採用されて、 半年が経った。忙しい。忙しすぎる。朝は事務所の掃除、ボスが来る前にボスのデスクを整える。
    手紙を開封して並べる、届いた雑誌を並べる、執筆中の記事、進行中のデザイン、進行中のイラストを取り掛かりやすい状態に並べる、ペンや筆を揃える、スケジュールを整理。
    朝長さんが事務所に到着した。雑誌の担当させてもらった8ページを見てもらうために印刷する。用紙を実寸台にして貼り合わせていると、なんか息苦しい。少し呼吸が浅い?吸ってるのに吸えてないような?何度も深呼吸していると上村先輩が声をかけてきた。
    「どうした?」
    「いや、すみません、変な動きで。息、吸ってるんですけど、なんか吸えてないような感じで。別に具合が悪いとかじゃないんですけど。」
    「ああ。それ、ストレスやで」
    「そうなんですか」
    「俺もなったことあんねん。ちなみにどんな時になる?」
    「どんな時だろう。」
    「朝長さんがいる時じゃない?」
    「笑 そう言われればそうかもしれないです。来た瞬間、緊張感がすごいんで」
    「せやろ。まぁ、過呼吸やな」
    過呼吸ってこういうバージョンもあるのか。倒れ込むのは見たことあるけど、じわじわくるのもあるんだな。
    そんなことを考えながら、今日事務所に来てからの仕事を振り返っていると
    先日観た映画「プラダを着た悪魔」のことを思い出した。
    アンディみたいだなと思う。

    アンディも、いつも仕事最優先、ミランダ最優先だった。
    ミランダが来る前に急いで準備し、ミランダが到着してからは
    ミランダの要求に必死に答え、時に振り回され、それでも食らいついていた。
    私は思わず笑った。
    ああ、私も今アンディなんだ。

    そう思えばやる気も出る。クリエイティブに関わり、クリエイティブの最前線の方達と関わっている。
    ただ、自分の名前で仕事をしているわけではないし、そうできる実力もない。
    持っているのは可能性だけ。

    夜になると、ボスは近くのバーへ行く。そこへ編集部から預かった写真のリストを持って行く。
    「一杯飲んで行ったらええやん。」
    仕事の続きをバーでやる。
    最初は驚いた。
    事務所では必要なことしか話さないボスが、その店ではよく笑っていた。
    この店では、誰も肩書きを口にしない。仕事帰りの人たちが、ただ静かに飲んでいる。
    あとで先輩に、「さっき端っこに座ってた人、ニュース番組のオープニングのアニメーション描いた人だよ」と教えられて驚いた。
    この世界では、仕事もプライベートも、全部つながっているんだと思った。

    「行間0.1mmずつずらしてるだろ!」 怒鳴り声が響いた。田村さんが出版社の編集部と電話している。 誤魔化せると思うなよ。ずらさなきゃいけないのは仕方ないとして、勝手にやるな。わかるから。」
    0.1mmなんて、人の目でわかるものなのか。驚いていると上村先輩が「そのうち天堂さんも気づくようになるよ」小声で教えてくれる。
    「0.1mmのずれに?」 「本当、細かくなる。知ってた?この事務所、全員A型。」上村さんは笑っている。 呼吸がまた少し浅くなる。私ももれなくA型だ。

    しばらくして気づくのだが、デザインの全体の方向性が決まってから一番時間がかかるのが、文字のバランスだった。フォント、文字の大きさ、行間、文字間。紙媒体はwebとは違って修正が効かない。最後の最後まで確認する。 デザインが得意な素人とプロの違いは何か。それがこれだ。細部にどれだけこだわり抜けているか。アイデア一発勝負なら素人に軍配が上がることもあるだろう。だが、全ての作品において一定以上のクオリティを出し続けること、そして細部に恐ろしいほど時間と神経を使うこと。これが差となる。
    デザインのアイデアでボツになるということはあまりない。一つの仕事に対して複数パターン用意するのは当たり前なので顧客の希望通りの案、そこを組んでのズラした案、全く違う角度からの案と最低3パターンは出す。そこがスタートライン。必要な文字情報を入れてからがデザイン案ができるまでよりも時間がかかる。

    Ndデザインで一番初めにやる仕事。それは自分の名刺を作ることだ。フォーマットは決まっている。それならあとは自分の名前とメールアドレスを入れるだけなのだが、それがなかなかOKが出ない。名字と名前の間隔。名字の「天」と「堂」の間隔。メールアドレスのアルファベットの間隔。一律で整えてもバランスが良くない。一文字一文字調整する。何度も修正を繰り返すうちにしっくりくる位置が見えてくる。
    そうやって、文字のバランス、全体の余白とのバランスを教え込まれる。細部へこだわるとはどういうことか。体で覚える。

    朝長さん宛に桑沢デザイン専門学校から冊子が届いている。 「この封筒は…」嫌な予感がしたが当たっていた。自宅に届いたのと同じものだ。 過去3年分の卒業展の入選作品を載せたもので、私の作品も載っている。満面の笑みを浮かべた私の写真とともに。
    まぁ、でもこれだけ色々冊子が届いてて朝長さんも先輩達も見ないよね。しかも私大賞とったわけじゃないし。冊子を開いたとしても他にもたくさん載ってるから気づかないはず。
    念の為、他の雑誌の間に挟んで、ランチに出た。

    「戻りました~」
    返事がない。静かだなと思いながら事務所に入ると全員がこちらを見ている。何も言わない。
    ?
    上村さんの周りにスタッフが集まっている。先輩の手元にはあの冊子。
    「うわ…」
    「届いてたの気づいてた?」
    「まぁ、うちにも同じものがあるので、えー、でもなんで、、、」
    「むしろ、なんで言わないの?」
    「いや、恥ずかしいので」 0.1mmのずれに気づくA型集団に誰が言えるか。

    「なるほどな」頷きながら上村さんがページを見ている。
    作品の タイトルは「凸凹、凹凸」。立体は手前が大きく、奥が小さく見える。手前が明るく、奥が暗く見える。その性質、常識を逆にして、、、とそれはどうでも良い。 とにかくその冊子を今すぐしまって欲しい。
    「すごいよ!どうして教えてくれないの?やっぱり才能あるんだね」勝俣ちゃんが驚いている。
    そんなキラキラした目で見ないで。

    「こういうのも作れるのか。そしたら頼みたい仕事がある」中野さんがいう。
    「あの、せめて朝長さんには言わないでもらえますか?朝長さんが気づいたら仕方ないんですけど、なるべく見せたくないです」
    「なんで。こんなん、普通、付箋貼ってアピールするやろ!」
    本当に嫌だ。先輩たちが満足したら、もう本棚に入れてしまおう。

    スマホを見ると、知らない番号から留守電が入っている。
    メッセージを再生する。
    「お疲れ様ですぅ。明日の道端ジェシカの撮影なんですけど、集合時間9時に変更になりましたぁ。よろしくです。」
    ……テレビだ。
    思わず笑った。
    まだ私の番号が名簿に残っているらしい。
    あの頃なら、この一本の電話で一日が始まっていた。

    間違えて私の番号にかけて来てるんだろうが、名前もわからないし…
    折り返さなかった。きっと今頃、ADは走っている。

    アトリエを掃除しようとしたら外国人が二人寝てて驚く。
    先輩に確認すると、リトアニアのアーティストで朝長さんがイベントで知り合って、寝るところを提供したらしい。
    リトアニアってバルト三国の?
    「しばらく泊まるから、掃除は自分らでするって。 」
    時々こういうことがあるらしい。朝長さんは国内外問わず人を引き寄せる。

    結婚式前夜。親友3人が心配して事務所に来てくれた。晩御飯に誘ってくれて、しばらく休憩にでる。
    「明日結婚式だよね?まだ帰らないの?」
    「そうだよね。さすがに帰ろうかとは思ってる。片付けだけして帰らせてもらおうかな。」
    妹からも電話が来ていた。呆れられて
    「なんなら私が3日間休みとってるのに 」
    「なんで?!」
    「 え、ネイルとかしたいから。エステとか行くでしょ普通」
    そうですよね。

    事務所近くの和食レストランでご飯を食べ、お祝いということで友人たちからご馳走になってしまった。
    4人で事務所に戻る。
    たまたま入り口にいた中野先輩に、友人の由美子が
    「天堂がお世話になっています。明日結婚式なんです。ですから、よろしくお願いしますね」含みたっぷりで言った。
    20時半。すぐに帰れることになった。

    結婚して一年後。
    事務所で働き始めて4年目になった。上村さんが事務所を卒業して独立するということで、上村さんの仕事を残りのメンバーで引き継ぐことになった。上村さんは大手ファッションブランドのカタログを担当していた。ブランドのデザイナーを始め大御所ばかりが絡む仕事なので田村さんか中野さんが担当するのかなと思っていたら、朝長さんが急に私を呼んだ。
    「カタログやけど、やってみて」
    面接の時以来、朝長さんに「え?」と言ってしまった。
    上村さんも驚いていて、責任を感じてくださったのか、とても丁寧に引き継ぎしてくれた。
    担当して一回めのカタログは、上村さんが
    モデルオーディションから一緒に流れをやってくれた。
    カタログ撮影当日。
    ファッションデザイナー。
    写真家。
    ヘアメイク。
    海外モデル。
    学生の頃、雑誌でしか見たことのなかった人たちが、当たり前のように現場にいた。
    私はまだ何者でもない。
    それでも、その輪の中にいた。

    あれから一年後。退職することになった。
    仕事と家庭。家庭というか、生活。「今だけ」と思うからできていた生活だった。今後のことを考えると退職するか、時間を区切って働かせてもらうかのどちらかだが、デザインの仕事は時間を区切って働くこととあまり相性が良くない。それに、私が辞めれば、また誰かご縁がある若い方のために席が一つあく。

    事務所は7名と決まっていた。
    7名いる時は、どんなに有名な大学を出ている方でも、どんな実績がある方でも雇わない。逆に人が足りなくなれば、タイミングさえ良ければ私みたいなものでも雇う。縁がある人が働く。そんな事務所だ。

    退職してからやりたいことがあった。
    今までデザインはどなたかの依頼を受けて制作していた。
    今度は自分発信でデザインしてみたい。なんなら、パッケージもだけどパッケージの中身になるようなものをデザインしてみたい。
    そんな風に思っていた。

    アクセサリーが苦手だった。合わせ方がわからない。
    でも、年齢を重ねて、着けてみたいと思うようになった。
    シンプルで、つけた後は気にならずに仕事や何か作業に集中できるようなもの。中性的なデザインがいい。自分の中に欲しいものが明確にあった。
    だけど売っていない。
    …作れるだろうか。

    作ってみたいという気持ちが日に日に増していった。

    OEMの会社に依頼の問い合わせをしたが返事は来ない。
    20件以上メールしたが、どの企業も個人からの問い合わせは対応しないようだ。
    「個人で請け負っている方とかいるのかな」
    この簡易的な掲示板みたいなサイトなんだろう。
    フリーランスを繋いでる?使ってる人いるのかな。
    試しに問い合わせてみる。
    休憩から戻ってパソコンを開いてみると、返信がきていた。
    制作歴10年。メーカー勤務後、今はフリーランスでやっているとのこと。

    会ってみよう。

    今日は数年ぶりの代官山。アパレルの展示会にきている。
    アパレルメーカーで広報をやっている大学の時のりえ先輩。
    ランチでブランド立ち上げの相談をしたら、「今度展示会があるから行ってみたら。」と。
    「私はいけないんだけど、来ること伝えておくから」
    「でも大丈夫ですかね。全く何もわからないまま、しかも展示会ってバイヤーさんが行く場所ですよね。
    立ち上げについて教えてもらいに行くってどうなんでしょう」
    「大丈夫だよ。その子もアパレル未経験からブランドに携わってるから気持ちわかると思うよ」

    せっかくのご厚意なので、一抹の不安はあるものの行ってみることにした。
    まだ名刺がないことに気づき、展示会でご挨拶させていただくんだからと思い
    久々に真剣にグラフィックデザインに向き合った。
    「よし。これでOKかな。」
    何度も修正して、余白も納得の行くバランスになった。

    代官山のとあるビル。真っ白で一階はガラス張り。太陽の光と、庭の緑とで気持ちの良い空気が漂っている。会場は地下。
    階段を降りると受付が見えた。
    長髪を後ろでラフにひとまとめにした高身長のモデルさんのようなスタッフが受付している。おしゃれすぎる。「うわ、どうしよう、苦手だ。」
    一番マシな格好で来たはずだけど、アパレル最先端の中に入っていけるような格好ではないと思う。そもそもオシャレとか、アクセサリーも苦手で。だからこそ始めようって思ったんだけど…ってここで言い訳しても始まらない。
    帰りたい。帰りたいけどせっかく先輩が紹介してくれたんだし。
    「そもそも、なんて言えばいいんだろう。本当に入れるのかな。」

    受付は記名するだけで簡単に通れた。長髪のお兄さんは何も気にしていない。
    受付は通れたが、各ブランドの新作展示に業界人がひしめいている。先輩から紹介してもらったブランドが見えた。
    ショートヘアの女性って聞いてるけど、あの方かな。

    バイヤーさんと談笑している。そうだよなぁ、バイヤーさんが来る場所だよね。わかってたけど。
    人が途切れた時に行こう。…途切れなかったらやめておこう。邪魔してまで聞くようなことはしたくないし、帰りたい。

    ちょうど途切れたので、意を決してご挨拶。
    「藤原りえさんのご紹介でお邪魔しました。アクセサリーブランドを立ち上げようとしていて、立ち上げのお話を少しお聞かせいただけると伺ったのですが…」
    一瞬、眉が動いた。
    名刺を受け取る手は、指先だけだった。
    私の名刺と私の顔を交互に見て、空気が少しだけ止まる。
    「もしかして、未経験っていう…?」
    「あ、はい、あのまだブランドもこれからなので名前だけの名刺ですが」

    私が帰ったら、その後ろのゴミ箱に捨てそうに思える。
    お願いだから今目の前で捨てたりはしないでね…
    「はぁ、え、アクセサリーのこと何も勉強してないんですか?」
    「学校に通ってはないですね。今、通信で少し独学のような勉強はしていますが」
    「勉強もしてなかったら無理ですよ。ちゃんと学校に通って、一からそういう会社に入ってから経験を積んでじゃないと。職人さんだってそんな素人の依頼受けたいと思いますか?」

    喉が詰まる。たしかに正論だ。
    でも、正論だからといって、それしか道がないとは限らないんじゃないのかな。
    いや、今ここで言い返す理由はない。

    「…そうですよね。まずはやっぱり専門学校とかで一からやるのが基本ですよね」
    「はい」
    「すみません、お忙しいところ、本当にありがとうございました。」

    うん、いや、思ったとおりだよね。お呼びでない。
    そりゃそうだよね。バイヤーさん向けの展示だもん。
    そういえば、あの方は結局未経験ではなかったのかな。どういうことなんだろう。
    今、なんの時間だったんだろう。

    とりあえず分かったことがある。
    甘くないってことだ。
    今日の私は、ブランドを立ち上げたいオドオドした人だった。
    次に来るときは、「ブランドを立ち上げた人」で来よう。
    そのときは、堂々と立っていよう。
    地下から階段を上がる。
    ガラス越しの光が、来たときより少しまぶしかった。
    大きく息を吸ってみる。
    喉の奥が少し熱い。
    泣くほどじゃない。
    ただ、何かがゆっくり沈んでいくような感覚があった。

    「とりあえず、先輩にお礼のメッセージ送るか…」

    フリーランスの職人藤原さんとは、自宅の最寄駅から3駅のところにあるコメダ珈琲で待ち合わせることになった。
    偶然にもご近所さんだったのだ。

    グラフィックの仕事でも、デザインを考えて、印刷所の方へ内容をお伝えするという流れを経験しているので、依頼の仕方としては同じかなと思いながら、素人なりに意図が伝わるよう考えてデザイン画を描いた。
    デザイン画に足りない部分は打ち合わせで直接お願いして、初めてのサンプルができた。
    仕事の流れとしては紙媒体を制作するのと確かに流れは同じだ。
    ただ、平面と立体とでこれだけ違うのかと驚いた。頭でイメージして平面のデザイン画にする。
    それが選んだ素材、加工の仕方で雰囲気が変わる。良い方になることもあるだろうが、初めてのサンプルは、もちろんこちら側の問題で商品化には程遠いものが出来上がった。

    パソコンで修正するのとは訳が違う。どういう意図でどう直したいか、頭で考えても実物になるとどうなるのか、サンプルが出来るたびに勉強になった。

    職人の藤原さんのおかげでなんとか、ピアス2型、ネックレス1型、バングル1型の計4型が完成した。初めての商品。この4型でオープンすることに決めた。

    ネットショップオープン準備。
    アクセサリーがどうやってできるのか、そもそも私の依頼を受けてくださる方がいらっしゃるのか、そんなところから始まったこのブランドは、いわば実験のようなもの。ホームページや写真なども手作りでスタートしてもいいのかもしれない。
    でも、本当にそれでいいのか。朝長さんを始めNdデザインで学ばせてもらっているこだわりが、いつの間にか染み付いていた。
    オープンだからこそ、すべてプロにお願いしよう。
    カメラマン、モデル、ヘアメイク。プロに依頼することに決めた。

    知り合いのカメラマンさんとヘアメイクさんに友人価格で引き受けていただく。
    モデルさんはりえ先輩に事務所を紹介してもらって、こちらも破格でお願いできた。
    破格とはいえ、商品作りから全て個人で賄っている。これまで結構な出費となっていた。

    買ってくださる方、いるのか。一つも売れないこともあるかもしれない。
    そもそも、アクセサリーを買ってもらうってすごく難しいかもしれない。不安になりながらオープンを迎えた。
    ホームページを公開設定にし、SNSで告知した。

    すぐに一件注文が入った。
    どうしよう。
    嬉しいのになぜか同時に不安になった。
    確認すると、友人の由美子だった。
    「ありがとう」
    応援してくれている。そう思うと安心できた。
    またすぐに次の注文が入る。北海道の住所。知らない方からだ。
    おそらくSNSで見てくれていたのだろう。
    グラフィックの仕事とはまた違った喜びがあった。
    グラフィックもクライアントさんの手に渡ったあと、そこから先、いろんな方の元へ行く。
    でも、これは直接お客様のところへ行くんだ。

    結局初日で10件の注文が入った。

    初めてイベントに参加する。アパレルブランドも複数参加するフリーマーケットだ。
    焼き菓子やドリンクなどフードのお店も多数出店しているお祭りのような雰囲気。
    地元の人や遠くから若い方もたくさん来ている。

    一瞬目を止めてくれるが試すまでもいかない。
    そもそもアクセサリーを買いに来ているわけではない人が多そう。
    せっかく準備したけど一つも売れないこともあるかもなと思いながら立ち続けた。
    こういうのは参加することに意義があって、とにかく活動しているという実績のためにやろうと思い直した。
    まもなく17時。マーケットは18時までなので梱包の段取りなど考え始めたところで、六十代くらいの上品な女性が入ってきた。シルバーの少し太さのあるバングルを試着している。とても似合っていた。
    ブランドを始めたばかりで、今日が初出店と伝えると「あなたが作ったの?」と驚いてくれた。作ったのは藤原さんという職人さんで、私はデザインを担当したことを伝えた。
    そのあとその女性の息子さんカップルも入店して、同じアイテムを試着している。
    美大に通うカップルと聞いて納得したほど独特の雰囲気をまとった素敵な二人とお母様。
    母と息子なので年齢も性別も違うわけだが、不思議とどちらにも似合っていた。
    こんな方々に身につけていただけたら自信になるなと思いながら見ていた。
    「共同で使わせてもらうわ」と言って購入してくれた。

    悩みの種がSNS。正直、ブランドをやっていなければアカウントを開設することもなかっただろう。
    苦手。自分に注目が集まることがそもそも苦手なのでSNS上に自分を登場させることはもちろんないのだが
    商品といえど、自分の作品をアップして、それについてコメントをいただいたりすることも、嬉しさ2割、ストレス8割だった。バリューがない中やっていくのだから、SNSは外せないし、他にスタッフがいるわけでもないのでやるしかない。
    ホームページにいきなり辿り着く人はもちろんいないので、インスタグラムで知ってもらって注文が来ることがほとんどだった。当たり前だがフォロワー0人から始めて、コツコツと1000人超えたところで状況も変わってきた。

    リピートしてくださるお客様もいてとても励みになる。
    横のつながりも出てきた。一緒にイベントを開催したり、セレクトショップからお取り扱いのお声がかかることも増えてきた。そうなるとあまり「未経験から始めました」と言うと心配させるだろうと思ってそんな言い訳は封印しながら会話するようになった。

    テレビ時代、一緒に働いていた一つ上のお姉さんのような存在の池田さん。今は音楽業界で新人アーティストのプロモーションを手がけている。いまだに時々ご飯を一緒に食べたり仲良くさせてもらっている。
    池田さんは、今ではバリバリのしごできキャリアウーマンだが、AD時代は私と同じくらいおかしなミスもしていた。まぁ皆寝不足だったんだから仕方がないじゃないかとも思う。
    ADは仕事とは関係のないような雑用なんかもよく頼まれていた。

    会議中、池田さんが構成作家さんに小声で声をかけられて、何か頼まれたのか一人会議室から出ていった。数分後、コピー用紙を持って作家さんのところに戻ると、コピーを受け取った作家さんが頭を抱えている。
    私は席が遠かったから状況が分からず心配していると、プロデューサーが気づいて「どうした?」と声をかけた。
    作家さんが「このあとちょっと書類を出さなきゃいけなくて。免許証のコピーを頼んだんですけど、A4に拡大されてて…」
    見ると作家さんの顔が遠くからでもはっきりわかるほど大きく印刷されていた。
    プロデューサーが「そんな個人的なことにウチのADを使うからだ。そのコピー、持っていけよ」と言って、コピーの取り直しはできなかった。作家さん、あのまま出したのかなぁ。

    池田さんが、担当している女性の新人アーティストのMVを今度撮るということで、私の商品を使わせてくれないかと声をかけてくれた。アーティストのMV?とてもワクワクした。
    アトリエがないのでフィッティングのために自宅にきてもらった。駅で待ち合わせたが、池田さんと二人、ウチの地元の改札から出てきた時のオーラがすごい。ただものではない感。美しさに目を奪われて、挨拶もそこそこになってしまった。車を運転する手も震える。
    自宅のリビングに大きな鏡を置いて、イメージに合いそうなアイテムを試してもらう。
    アイテムがさらにアーティストさんの作品の一部になるかもしれないと思うとドキドキした。
    完成したMVがYouTubeにアップされる。緊張しながらクリックする。全編にわたって着用してくれていた。やわらかなのに芯がある歌声と少し燻加工されたアクセサリーがしっくりきていて嬉しかった。
    自分が作ったアイテムだけど、ちょっとよそ行きの顔をしているように見えた。

    コスメブランドのユニフォームの一つとしてバングルを採用してもらった。
    いつかおしゃれなお店のスタッフさんに付けてもらいたいと思っていたので夢が叶った。
    現実的なことを言うと、いくつ売れるかわからないまま在庫を抱えるよりも、初めからいくつ必要と言ってもらって取り掛かれることもありがたかった。
    藤原さんと打ち合わせをしてまずは20個量産した。
    オープンして半年経った頃、オープニング以来久しぶりにお店にお邪魔させてもらう。スタッフさんから「デザインも可愛くて普段にも使いたいくらいです」と言ってもらえた。
    お店の中を自分用のコスメも選びながら見せてもらった。しばらく話してからアクセサリーの不具合について教えてもらった。スタッフさんはそれぞれ自分で直していたらしいが、留め具の部分が緩くなっている。もれなく皆同じ箇所が緩くなっていた。毎日身につけて作業しているので特にダメージも受けやすいとは思うが、揃って同じ箇所と言うのは不具合と呼べるだろう。
    藤原さんと相談して、数個ずつ、お店の運営に支障がない数で直して納品した。
    アイテムを作り販売する。宣伝やイベントへの参加、そのためのポスターなども作る。発売前の検品、発売後の確認と一人でやることの大変さを感じていた。

    ブランドを立ち上げて気づけば10年が経った。

    体制は変わらず、私と職人さんの二人三脚。

    10周年記念の記念品を作りながらふと考えた。
    これからどうする?

    このまま続けるにしても、もう趣味で試しに作ってみましたというノリで続けられるような規模ではない。
    費用、時間、在庫管理、個人で続けるには限界が来ていた。
    今後も続けるとすると会社にするのか?
    10周年というお祝いムードの告知をしながら、頭では真逆のことを考え始めた。

    今日から一週間、百貨店でのポップアップが始まる。
    昨日準備が夜中までかかったせいでかなり寝不足だ。向かいのブースで展示販売するブランドのデザイナーさんも目が充血している。状況的にはライバルなのかもしれないが、むしろ同志のような気持ちになって、目線を合わせて(お疲れ様です)の気持ちをこめて会釈する。学園祭を思い出す。
    平日スタートだし、今日は朝からお客さんが来るということもないだろうと思って、SNS用の写真を撮ったりしながらのんびりと構えていた。

    朝11時から閉店の21時まで、その間休憩は昼の30分。スタッフがいれば交代しながらできるのだろうが、一週間ならなんとか乗り切れるかと思って一人で頑張ることにした。休憩中は百貨店のスタッフさんが代わりに立ってくれる。寝不足なのだからゆっくりすればいいはずだが、妙に眼が冴える。お腹もあまり空かない。興奮してるんだなと客観的に考えながら、また今後のことを考える。
    「私はどうしたい?」

    期間中3度もきてくれたお客様がいた。オープン初日、仕事終わりでスーツで来てくれた。いつもイベントの時に来てくださるのだが、今日は平日。とても嬉しかった。その後も「この前買い忘れたので」と言ってピアスを買ってくださり、「明日から出張なので今回のイベント中は今日で最後になるかもしれないです」と言っていたのに、出張終わりでお土産まで持って来てくださった。インスタでやりとりさせてもらっていてお会いしたことがなかったお客様も何人か直接お会いできた。こんなに応援してくださっている方がいるんだなと心強かった。

    一緒のブースでやっているブランドのデザイナー中津さん。専門学校の時の知り合いで私と同じように自分でオリジナルブランドを立ち上げている。5歳年下の男性デザイナー。アートをそのままアクセサリーとして身につけられるような独特のデザインが素敵だ。百貨店から声が掛かった時に広いスペースでやるならと思って一緒にできないかと思いお誘いした。ポップアップ前日の搬入日に久々に再会したが、雑誌に載ったりなど精力的に活動している様子で刺激になった。両ブランドともテイストは違えど静かな空気があるので全体としてまとまりのあるいい空間ができた。
    イベントが始まってからもどちらの商品も見ていただける。ただ、テイストは違うので好みが分かれているのにお客様の様子を見てすぐに気づいた。

    お互いに、ちょっとした用事でお店を開ける時や、朝の掃除など細々と協力しあっていた。

    イベント中盤。私の知り合いが遊びに来てくれた。元々は友人の友人なのだが、その子は洋服を作っているということで同じ物づくり仲間として仲良くなった。天然なところがあるのと、男性に厳しいところがあるので割と大きな声で「向こうの変わったデザインで目に留めてもらって、こっちのシンプルな方買ってもらえたらいいね」と言い放った。
    中津さんはレジの方で作業しているので、ギリ聞こえてないかも。いや、聞こえてるかも。
    わざわざ遊びに来てくれた友人の言葉に否定で返したくない気持ちと、中津さんに申し訳なさすぎる気持ちとで返答までに一瞬の嫌な間が空いてしまい、ああ、今何を言っても言い訳にしか聞こえないんだろうなと諦めながら口を開いた。
    「全体としてブースの雰囲気まとまってるから、両方見てくれる人もいるんだけど、実際購入される方って、好みがはっきりしてるんだよね。中津さんのデザインが好みの人は、私の方一瞬ちらっと見ても通り過ぎるし。」
    「そうなの?でも…」それ以上何も言うなと思いながら「あ、そういえば来月新作出すの?」と話を変えた。

    友人が帰ってから、特に話は聞こえてなかったテイで過ごしてくれたが、明らかに様子が違った。
    私と会話したり、掃除などは変わらずなのだが。
    中津さんのアイテムを見ているお客様と中津さんが談笑している。試着しながら色々見ているうちに私の方のエリアにお客様が目を向けた。その瞬間「そういえば、さっきのアイテム、このポスターの撮影にも使ったんですけど」と言って目線を戻した。その後は向こうのエリアからそのお客様がこちらに来る流れは遮断した。

    やっぱり聞こえてたんだな。申し訳なくなった。
    その後インスタグラムのフォローも外されていることに気づいてしまい、
    ほとぼりが冷めて中津さんの方から連絡してくれるまで、こちらから連絡はしないことにした。

    「これが最後の段ボールか。」
    ブランドを閉じようと決めてからは、またしばらく忙しくなった。
    職人さんと今後のことについての相談。
    リピートしてくださっていたお客様へのご挨拶。
    委託販売していたセレクトショップへの連絡。
    在庫の行き先についての検討。

    ブランドは、楽しくなくなったわけではない。
    むしろ楽しい。やめない選択肢もあった。
    でも、続ける選択肢ではなく、やめない選択肢だった。
    「やめる」これが能動的な選択だと気づいた。
    「やめない」ことは変わらないことだった。
    「続ける」ことを選ぶためには会社にする必要があった。
    やめて新しいことを始めるか、続けるために会社を作るか。
    アクセサリー作りは大好きだけど、会社を作りたい気持ちはなかった。
    10年、節目だと思った。

    ブランドを閉じることを友人など近しい人にも報告した。
    その中で、りえ先輩から届いたメッセージがあった。
    「起業は、始めるよりも、終わらせる方が大変と聞きます。よく頑張ったね。」
    画面を見たまま、しばらく動けなかった。
    ブランドを始めたときは、「すごいね」といろんな人から何度も言われた。
    でも、終わらせることを労ってもらったのは、そのときが初めてだった。

    商品を箱に入れる。
    ガムテープを貼る。
    これが最後。
    そう思うと、少しだけ手が止まった。
    地元長崎で昨年セレクトショップを開いた友人がいる。
    これはその友人のところへ送る。他の人には言えないけれど無料で提供することにした。
    このまま手元に置いておくより、店頭で誰かの手に渡る方が、この子たちらしい。
    応援と言うとおこがましい。
    でも、新しく店を始めた友人のもとへ送りたいと思った。

    ホームページの「販売中」を「SOLD OUT」に変更する。

    十年間続けたブランドは、それで終わった。
    不思議なくらい静かだった。
    ふと、番組プロデューサーのことを思い出した。
    朝長さんの顔も浮かんだ。
    パソコンを閉じた。

    2026年5月。「プラダを着た悪魔2」が公開された。
    全面CGかと思うほど、キャストが変わらず美しい。関連のインタビュー動画などを見たが、CGではなく本人の努力の賜物ということを理解した。
    一張羅のマルニのワンピースにギャルソンの靴を合わせ、そして自分がデザインしたバングルを合わせて映画に来た。館内の人もオシャレにしている。
    若い頃なら新しい服を買って映画館へ行っていたかもしれない。でも今日は、自分が積み重ねてきた服を着て来た。
    映画館にいる同年代の女性たちに目が行く。
    『プラダを着た悪魔』を20代で観た頃を少し思い出す。
    あの頃はミランダに憧れていたのか、アンディだったのか。
    今は?
    今はもう、アンディにもミランダにもなりたいとは思わなかった。

    そろそろ始まる。ワンピースの裾を整え、バングルの位置を戻して席につく。

    ブランドを閉じたあと、
    「じゃあ私は何をしたいんだろう。」
    アクセサリーでもない。
    広告でもない。
    テレビでもない。
    考えてみると、
    一番長く続けてきたのは、
    誰かが何かをできるようになる瞬間を見ることだった。
    後輩。
    ブランド。
    職人さん。
    撮影現場。
    全部、人だった。

    今、私は小学校の教諭をやっている。
    企業での社会人経験や個人事業主としての経験がある。そういう私だからこそ、先生としての役割も何かあるんではないかと思っている。
    これからの子どもたちに関われるのはやりがいもあるし、何より楽しい。
    子どもたちから刺激を受けて、趣味としての作品作りを楽しんでもいる。

    図工の時間。子どもたちが作品を作る。はじめはガヤガヤしてなかなか取り掛からないのが常だ。でも、一度集中し始めると、自分と作品だけの時間が流れる。集中している眼差し。作りたいというのは自然に備わった欲求なのだと知る。
    そして子どもの作品を見る時。
    納得いかないと見せたがらない子もいる。怒り出す子もいる。
    「こうしたい」という完成品が頭にしっかりとあるのだろう。それが再現できないもどかしさは共感できる。
    「できた!」と嬉しそうに見せてくれる子もいる。私は作品より先に、その子の顔を見る。先生はなんて言うだろうと期待いっぱいの表情で私の一言を待っている。
    どの子も眩しい時間を過ごしている。

    映画が終わる。
    館内が明るくなる。
    私は席を立たない。
    二十代の私は、アンディになりたかった。
    三十代の私は、ブランドを作った。
    四十代になった今は、教える仕事をしている。
    どの頃の私も、
    その時は必死で、その時はそれしか見えていなかった。
    でも振り返ると、全部つながっている。
    テレビで覚えた段取り。
    デザインで覚えた余白。
    ブランドで覚えた決断。
    それらは全部、今、人に何かを伝える仕事の中で生きている。
    スクリーンにはエンドロールが流れていた。
    物語は終わる。
    でも、人生は終わらない。
    あの頃とも、今のアンディとも違っている。
    「プラダを着た悪魔2」以降のアンディたちもそれぞれいろんな人生がある。
    私の人生もある。

    テレビ局を辞める時、プロデューサーは言った。
    「決めさえすれば大丈夫だ」
    あの時は励ましの言葉だと思っていた。
    でも今なら少し違う意味に聞こえる。
    決めるということは、何かを始めることではない。
    同時に、何かを手放すことでもある。
    テレビを辞めた。
    デザイン事務所を辞めた。
    ブランドを閉じた。
    そのたびに、「もったいない」と言われた。
    でも、あの時の私は、終わらせたから次へ進めた。
    終わることは負けではない。
    自分で終わらせることもまた、一つの創造なんだと思う。
    振り返れば、不思議なくらいどの仕事も同じことをしていた。
    テレビでは、人の物語を伝えた。
    デザインでは、伝わる形を考えた。
    ブランドでは、自分の思いを形にした。
    そして今は、子どもたちに教えている。
    全部、「誰かに届ける仕事」だった。
    だからきっと、私は肩書きを探していたわけじゃない。
    届ける人でありたかった。
    人が少し前へ進めるものを。
    形になるものを。
    言葉でも、授業でも、物語でも。
    そう考えると、二十代の私が憧れた『プラダを着た悪魔』は、決して間違いじゃなかった。
    あの映画が教えてくれたのは、華やかな世界ではなく、自分の仕事に誇りを持つ人の姿だった。
    だから今度は、私も誰かにそんな背中を見せられる人になりたい。
    私は立ち上がり、映画館のドアを開ける。
    外は少しだけ眩しかった。
    でも今度は、眩しさから目をそらさなかった。


    #創作大賞2026 #お仕事小説部門

     
     

    rimi

     
     
    登録日本語教員。春から大学院生になります。 中学生と小学生の男子の母。
子どもたちの受験、日本語教育、日本文学、院試勉強、ときどきNBA。 日々の気づきを残しています。

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