
3.縄跳びをした
家の周りを歩いたあと、50回縄跳びをした。
昨日の夜中の強い雨のせいか井戸の水を汲み上げるポンプが漏電したらしい。
最近、不思議なことが起こる。
縄跳びをした、視界の先に一瞬きみの姿が映った。
まるで映写機できみがこの世界にスライドされて光の粒子と共に姿を現したかのようで。
鮮明に、見えた。
彼女の名前は、千夏。
もし僕が千夏と出会えていたら、恋をしていたに違いない。それだけは確信を持って言える。
でも、彼女は幽霊だから、会うことはできない。
梅雨入りをした空を見上げながら、彼女のことを思う。
思うことしかできない。
記憶を失った僕に、できること。
「千春くん」
ふと、背後から僕の名前を呼ぶ声がした。
「千春くんってば」
その優しい声を幻聴だと思いたくなかった。
だから、振り向く勇気が出なかった。
ああ、もし全てが僕の空想で。
千夏という彼女なんて存在しなくて。
僕という存在もいなかったならば。
どうして、一度も出会ったことのない人のことを思うことができるのだろう。
ひと息ついて、ようやく決心した。
「なんだい、千夏。君はそこにいるの?」
と、振り返ると、そこには誰もいなかった。
「僕をからかっているのかい?」
返答が返ってくることはなかった。
ああ。
僕は、一度も恋をすることはなかった。
彼女に出会うことができないからだ。