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枯れ木草

    秋月

    時は過ぎて、いつの間にか自分の体がもう枯れ木になってしまった頃、誰かの笑顔をとても愛おしく感じられるようになった。
    口から何かを得ることができなくなった頃、この土地の水や、食物や、生きている動物等から、いただいているものへの感謝を感じられるようになった。
    ここにある、当たり前のコップやら、窓から見える景色やら、時折見舞いに訪れる、娘やらの顔を見て、この空間は、私にとって、満たされているもの以外何物でもないと感じた。

    時を戻るごとに、次第に鈍くなる感覚と、痛みと、恐怖と、不安に苛まれながらも、その時を駆け抜けてきた、自分自身と、そして周りにあったすべてのものに、感謝を。当たり前の日々でさえ、目の前のことを忘れて、忘却した数々の出来事さえにも幸福があったことを、私はいつまでも覚えている。

    全ては思い通りに叶い、すべては思い通りに散った。数々の憂いも、喜びも含めて、人生とは祝福であった。

    これまで、ありがとうございました。

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    片岡 みかんさんのお題に参加しました。

    #3つのお題に空想のひらめきを


     
     
     

    秋月

     
     
    40代のフルタイム会社員 共働きの子有りの日常と、色々。

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