「10歳の少女」
ずいぶん過去に書いた文章ですが、お許しください。
台風の来た5月29日の朝、ゲンちゃんは目覚めてすぐに、
枕元のラジオをつけました。あいにくラジオの電池が
数日前から切れかかっていて、音声が聴き取りにくいのですが、
女性が語っています。寝床で横になったまま、ゲンちゃんは
ぼんやりと聞いていました。
まもなく、ぼんやりして居られなくなりました。
10歳の少女が、学校で、級友であるダウン症の少年の持ち物に、
「死ね」と書き付けた というのです。
そもそも、この話の主人公はダウン症の少年だったのですが、
ゲンちゃんにとっては、話の後半から登場した10歳の少女が、
少女の事だけが、重大事件になりました。
ダウン症の少年が先生からいつも大事にされている、
わたしもかまって欲しいのに、
・・・だから憎らしい、「死ね」
どうやら、そういう事らしいのですが、ここで電池が尽きて、
その先が全く聴けなくなってしまいました。
なので、どんな完結となったのかは、わかりません。
わからないだけに、なおさら、
ゲンちゃんはいろいろと考えてしまいました。
先生の気を引くための悪戯なら、他にやり方がいくらもあるはずだ。
持ち物に「死ね」と書いた事は、本当にその少年を憎んだのだ。
今の子供は、10歳の少女が、級友を憎んで、「死ね」と書くのか。
うーん。ゲンちゃんには、ショックでした。
「死ね」とは、呪いの言葉です。
ゲンちゃんが何度も何度も書いて来た「恩恵」の、反対語は、
「呪い」だと ゲンちゃんは思います。
全ての人が、生まれるべき者として生まれて来て、
しかし全ての人が、死なねばならぬ者である事。
人が受けている 恩恵と呪い。
ゲンちゃんはこれまでは、恩恵ばかり書き記して来たと思いますが、
今回は呪いについても書かねばならなくなりました。
もとより、人は恩恵も呪いも共に受けている者であります。
ゲンちゃんが担任の先生であったなら、少女に
「死ねという呪いの言葉を捨てなさい」
「呪いの言葉をあなたから切り離しなさい」とは言いたくありません。
むしろ、呪いがそれ自身を語り尽くすまで、
語らせねばならないと思うのです。
それは、もしもゲンちゃんの中に少女への愛が働くならば、
少女を害う事無く、成就するでしょう。
たとえ「死ね」という呪いの言葉によってさえも、
言葉を持つ事によって、人は神に知られているのだと
ゲンちゃんは思うからです。
これこそは恩恵なのです。人の内部には対話があります。
その人自身と、その人を捉える者との対話です。
人は聴かれ、知られている者なのだという事。
深く深く、どこまでも聴かれ、
どこまでも知られている者なのだという事こそ、
ゲンちゃんが今、少女に伝えたい事なのです。
人は既にその内部において知られている者であるという事が、
ゲンちゃん自身の受けている恩恵であり、
ゲンちゃんの、そしておそらくは人の、
失われぬ希望であると 思えるのです。
ここでゲンちゃんは、以前に書いた文章を
あらためて記したいと思います。
「それは私自身よりも私を知っている。
私が私から出来る限り目をそらしている時にも
私を見ている者のようだ。
それは私に無言で語りかける。
言葉ではなく、全ての言葉が意味を失った時に立ち上がる、
言葉を生む根源の力のように。
人間が自分自身から切り離されて、
魔的な力の手段とされてしまう時代の暴風を
誰も避ける事はできないけれど、それでも声は 人の内部に届く。
私はあなたを知っている、あなたは私と結ばれているのだという、
他の何者も言い得ない声が。
人に向かって 本当に語りかける事の出来る者を
私はただ驚きと感謝をもって受けとめている。」
( しかし、神によって聴かれ、神によって知られている事は、
人の救いであると確信しているはずなのに、
ゲンちゃんは、
自分の事をひたすら正直に見ようとすると、
私は本当に愛を愛する者であるとは言い得ないし、
愛と愛以外の物との どちらに住んでいるかと問われれば、
愛以外の物に住んでいるとしか言えなくなってしまうのです。
たぶん、自分では変わり得ないのだろうと思います。
やっぱり恩恵に頼る事しか出来ないのだろうと思います。
たぶん最期までゲンちゃんは、他に行ける道が無いから
これでいいのだろうと思いながら とぼとぼ よたよた
歩いたり止まったり、倒れたり。
結局、ほとんど前進出来なかったなあと、
溜め息をついて死んで行くのだろうと思います。
寅さんのように威勢良く行けたらいいのになあ。)
ゲンちゃんは 以前、
「ジェニンの心」ー新しい人ー と名付けた文章の中に、
「愛に反するもの その救われぬ深みを知るものは ただ愛だけであり、
愛は既に その中心に 愛に反するものを抱いているのだ。」
と書きました。
級友の持ち物に「死ね」と書き付けた10歳の少女は、
既に愛によって知られています。
愛の中心に抱き入れられているのです。
この事を知っている大人が、少女の傍に居てくれますようにと、
ゲンちゃんは願います。
その大人が、きっと少女への助けとなり、恩恵となるでしょう。
そうなりますようにと、読者さんと心を合わせて
一緒に願う事が出来る。これはゲンちゃんが
文章を発表出来る事の幸いであります。感謝いたします。拝。