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スッタニパータ 第1章「ダニヤとの対話(Dhaniyasuttaṃ)」第26偈、第27偈



    直訳

    26. Dhaniyasuttaṃ(ダニヤ・スッタ)第26偈(ダニヤの言葉)

    「Atthi vasā atthi dhenupā, godharaṇiyo paveṇiyopi atthi;
    Usabhopi gavampatīdha atthi, atha ce patthayasī pavassa deva.」

    訳:
    「私には子牛(vasā ヴァサー)もおり、乳牛(dhenupā デーヌパー)もいる。
    牛の血統(godharaṇiyo ゴーダラニヨ)も代々続いている。
    そして、立派な雄牛(usabha ウサバ)が群れを率いている。
    もし願うならば、雨よ、降れ。」


    27. Dhaniyasuttaṃ(ダニヤ・スッタ)第27偈(ブッダの言葉)

    「Natthi vasā natthi dhenupā, godharaṇiyo paveṇiyopi natthi;
    Usabhopi gavampatīdha natthi, atha ce patthayasī pavassa deva.」

    訳:
    「私には子牛(vasā ヴァサー)もなく、乳牛(dhenupā デーヌパー)もいない。
    牛の血統(godharaṇiyo ゴーダラニヨ)も代々続いていない。
    そして、群れを率いる雄牛(usabha ウサバ)もいない。
    もし願うならば、雨よ、降れ。」


    要約

    • ダニヤの視点:

      • 彼は豊かな家畜を所有し、それが彼の繁栄の証であると信じている。

      • 物質的な財産の豊かさが、安定した生活の基盤になると考えている。

    • ブッダの視点:

      • 彼は何も持たないが、それによって何も失うことがなく、心の安定を乱されることもない。

      • 精神的な自由こそが、物質的な所有よりも価値があると示している。


    注釈・補足

    1. 「ダニヤの言葉:私には子牛もおり、乳牛もいる(Atthi vasā atthi dhenupā)」

    • 「vasā(ヴァサー)」 は「子牛」、「dhenupā(デーヌパー)」 は「乳牛」を意味する。

    • これは、彼の家畜が繁殖し、生活が安定していることを示している。

    2. 「ダニヤの言葉:牛の血統も代々続いている(godharaṇiyo paveṇiyopi atthi)」

    • 「godharaṇiyo(ゴーダラニヨ)」 は「牛の血統」、「paveṇiya(パヴェーニヨ)」 は「代々続くもの」という意味。

    • 彼は、自分の財産が安定しているだけでなく、それが将来にわたって続くと確信している。

    3. 「ダニヤの言葉:立派な雄牛が群れを率いている(Usabhopi gavampatīdha atthi)」

    • 「usabha(ウサバ)」 は「雄牛」、「gavampati(ガヴァンパティ)」 は「牛の群れの主人」を意味する。

    • これは、彼の財産が十分に管理されており、繁栄が続くことを示唆している。

    4. 「ブッダの言葉:私には子牛もなく、乳牛もいない(Natthi vasā natthi dhenupā)」

    • 「natthi(ナッティ)」 は「~がない」という否定表現。

    • これは、「私は何も所有しないが、それゆえに何も失うものがない」ことを示している。

    5. 「ブッダの言葉:牛の血統も代々続いていない(Godharaṇiyo paveṇiyopi natthi)」

    • ブッダは、世代を超えて続く財産への執着がないことを強調している。

    • 彼は、家畜や家族の繁栄ではなく、精神的な自由こそが究極の幸福であると示している。

    6. 「ブッダの言葉:群れを率いる雄牛もいない(Usabhopi gavampatīdha natthi)」

    • ダニヤは「雄牛が群れを守ること」を安定の象徴と考えているが、
      ブッダは「そのような安定は幻想であり、真の安心は心の中にある」と示している。

    7. 「もし願うならば、雨よ、降れ(atha ce patthayasī pavassa deva)」

    • ダニヤは「私はすべてを所有しているから、何も怖くない」と言うのに対し、
      ブッダは「私は何も持たないから、何も失うことがない」と答えている。

    • これにより、物質的な財産の豊かさと、精神的な自由の違いが明確になる。

     
     
     

    三蔵

     
     
    出家も大学での学びも叶わぬ私にとって生涯をかけて仏教を学び発信し続けるという夢のためnoteで気づきを綴っています サポートは書籍代や学びの活動費そしてより多くの気づきを届けるための発信にのために大切に使わさせていただいてます 夢の実現のため、どうか応援していただけたら嬉しいです

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