スッタニパータ 第1章「ダニヤとの対話(Dhaniyasuttaṃ)」第28偈、第29偈
直訳
28. Dhaniyasuttaṃ(ダニヤ・スッタ)第28偈(ダニヤの言葉)
「Khilā nikhātā asampavedhī, dāmā muñjamayā navā susaṇṭhānā;
Na hi sakkhinti dhenupāpi chettuṃ, atha ce patthayasī pavassa deva.」
訳:
「杭(khilā キラー)は深く打ち込まれ、しっかりと固定されている。
編まれた縄(dāmā ダーマー)は新しく、丈夫に整えられている。
たとえ乳牛(dhenupā デーヌパー)であっても、これを断ち切ることはできない。
もし願うならば、雨よ、降れ。」
29. Dhaniyasuttaṃ(ダニヤ・スッタ)第29偈(ブッダの言葉)
「Usabhoriva chetva bandhanāni, nāgo pūtilataṃva dālayitvā;
Nāhaṃ punupessaṃ gabbhaseyyaṃ, atha ce patthayasī pavassa deva.」
訳:
「雄牛(usabha ウサバ)が束縛(bandhanāni バンダナーニ)を断ち切るように、
大象(nāga ナーガ)が腐ったツタ(pūtilataṃ プーティラタン)を引き裂くように、
私は二度と母胎(gabbhaseyyaṃ ガッバセイヤン)に戻ることはない。
もし願うならば、雨よ、降れ。」
要約
ダニヤの視点:
彼は、自分の牛たちがしっかりと繋がれ、安全に管理されていることを誇る。
物理的な管理と準備が、人生の安定を保証すると信じている。
ブッダの視点:
彼は、すべての束縛(輪廻・煩悩)を断ち切り、二度と生まれ変わることはないと宣言する。
精神的な解放が、物質的な管理よりも価値があることを示している。
注釈・補足
1. 「ダニヤの言葉:杭は深く打ち込まれ、しっかりと固定されている(Khilā nikhātā asampavedhī)」
「khilā(キラー)」 は「杭」、「nikhātā(ニカータ)」 は「深く打ち込まれた」という意味。
これは、ダニヤが牛の管理をしっかりと行っており、逃げることはないと自信を持っていることを示している。
2. 「ダニヤの言葉:編まれた縄は新しく、丈夫に整えられている(Dāmā muñjamayā navā susaṇṭhānā)」
「dāmā(ダーマー)」 は「縄」、「muñjamayā(ムンジャマヤー)」 は「ムンジャ草で編まれた」、「susaṇṭhānā(スサンターナー)」 は「しっかり整えられた」という意味。
これは、ダニヤが家畜の安全を確保し、それによって安定した生活を送ることができると考えていることを表している。
3. 「ダニヤの言葉:たとえ乳牛であっても、これを断ち切ることはできない(Na hi sakkhinti dhenupāpi chettuṃ)」
ダニヤは、物質的な管理が完璧であるため、いかなる状況でも安心していられると考えている。
4. 「ブッダの言葉:雄牛が束縛を断ち切るように(Usabhoriva chetva bandhanāni)」
「usabha(ウサバ)」 は「雄牛」、「chetva(チェートヴァ)」 は「断ち切る」、「bandhanāni(バンダナーニ)」 は「束縛」という意味。
ここでの「束縛」は、物理的なものではなく、煩悩や輪廻の束縛を指す。
5. 「ブッダの言葉:大象が腐ったツタを引き裂くように(Nāgo pūtilataṃva dālayitvā)」
「nāga(ナーガ)」 は「象」、「pūtilataṃ(プーティラタン)」 は「腐ったツタ」、「dālayitvā(ダーライットヴァ)」 は「引き裂く」という意味。
これは、ブッダが煩悩や執着を完全に断ち切ったことを象徴している。
6. 「ブッダの言葉:私は二度と母胎に戻ることはない(Nāhaṃ punupessaṃ gabbhaseyyaṃ)」
「gabbhaseyyaṃ(ガッバセイヤン)」 は「母胎に戻る」、つまり輪廻転生のことを指す。
ここでブッダは、悟りを開いた者はもはや輪廻することなく、最終的な解脱(涅槃)に至ることを示している。
7. 「もし願うならば、雨よ、降れ(atha ce patthayasī pavassa deva)」
ダニヤは「私はすべてをコントロールしているから、何が起きても問題ない」と言うのに対し、
ブッダは「私は輪廻から解放されたので、外の状況に影響を受けることがない」と述べる。これにより、物質的な安定と、精神的な解放の違いが際立つ。