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手荷物は七キロまで(千葉県成田市)

    LCCの計量台は、重さだけじゃなく「未練」も量るらしい。足りないのは重量ではなく、手放す勇気——千葉県成田市で拾った、小さな旅の話。

     

    チェックインカウンターの脇、銀色の計量台が空を映していた。
    「お客様、手荷物は七キロまででございます。計量にご協力ください」
    LCCの職員がやさしく言う。私はリュックをそっと載せた。ぴ、と数字が跳ね上がる。7.0 kg。
    「ぴったり、ですね」
    胸をなで下ろした瞬間、表示がもう一度だけ瞬いた。7.3 kg。
    「あれ」
    「もう一度お願いします」
    リュックを持ち上げ、深呼吸して、また載せる。7.1 kg。さっきより重い。

    職員は少しだけ笑ってから、計量台の側面を指した。小さな注意書きが貼ってある。見慣れない文言だった。
    『計量台は、機内持ち込みの安全のため、不要物と未練を検知します』
    「……未練?」
    「たまに増減します。揺れますから」
    職員は真顔に戻った。「よろしければ、中身をご確認ください」

    私はベンチに移動し、リュックを開けた。ポケットから出てきたのは、折り畳み傘、ご祝儀袋の残り、かさばる化粧ポーチ、そして封の切れていない手紙。差出人の名前を見て、いったん手を止める。千葉県成田市。消印は去年の秋。
    読まずに旅に出るつもりで、バッグのいちばん奥にしまっていたのだった。

    中身を減らすべきなのは、わかっている。だけど、何を。私は化粧ポーチから口紅を一本抜き、傘を小さい方に交換し、箱入りの土産菓子を一つ、空港のコインロッカーに押し込んだ。再計量。7.0 kg。
    よし、と思った瞬間、数字がまた揺れた。7.2 kg。職員が小首をかしげる。「増えるのは、たいてい『言い訳』です」
    「言い訳って、重さがあるんですか」
    「ええ。見た目ほど軽くないんですよ」

    私は手紙を見つめた。封筒の角が少し潰れている。差出人の名前をもう一度読む。友だち、と呼んでいいのかどうか、もうわからない人。あの日、彼は言った。
    「次、こっちに来るときに読んで。成田のベンチででも」
    私は笑ってうなずいた。行けなかった。行かなかった。

    封を切る。紙の匂いは、台所の湯気よりもずっと乾いていた。内容は短かった。
    『元気でいるか。こちらは相変わらず。お前が来る来ないで計画が二転三転して、笑った。どちらでも大丈夫だ。どちらでも、ちゃんと始まる。——空港は、そういう場所だ』
    読み終えても、体が軽くなるわけではない。ただ、目の奥でゆっくりと何かが溶ける音がした。私は手紙を折り、封筒に戻し、今度は外ポケットに入れた。出しやすい場所。

    再計量。6.9 kg。
    職員は微笑んだ。「ありがとうございます。ちょうどよくなりました」
    「何を減らしたかわかるんですか」
    「お客様の顔色で、だいたい」
    冗談か本気かわからない調子で、彼は搭乗券を差し出した。搭乗口はB、出発は十時五十五分。まだ少し時間がある。

    保安検査場に向かう途中、売店のガラス越しに千葉県産の落花生がぎっしり並んでいるのが見えた。私は立ち止まって、二袋買い、片方をコインロッカーから回収した土産菓子と入れ替えた。重さの帳尻は合っている。けれど、さっきより歩幅が広くなった。
    ベンチに座り、空を見上げる。離陸した機体がひとつ、白い線を引いた。線はゆるやかにほぐれて、空の色に戻る。いつもそうだ。始まりはたいてい、あとから見ないと始まりに見えない。

    ゲート前で待っていると、職員が私の前を通りかかった。さっきの人だ。私は声をかける。
    「未練って、どこへ行くんでしょう」
    「捨てるんじゃなくて、たいてい預けるんです」
    「預ける?」
    「帰りに必要になることが多いので。『往復割引』ってありますよね。未練もわりと、往復なんです」

    なるほど、と思った。私はポケットから搭乗券を取り出し、裏に小さく書く。往路:言い訳を減らす。復路:ちゃんと受け取る。
    ほどなく搭乗が始まる。列が動き出し、私はリュックの肩紐を握りなおした。
    ゲートの少し手前で、もう一度だけ振り返る。ガラスの向こうに、さっきの計量台が見えた。今は誰もいない。数字は0.0 kgで止まっている。
    私は小さく手を振った。自分に、というより、ここに預けていくものに。

    雲の上に出ると、機内は一気にまぶしくなる。ペットボトルの水をひと口飲んで、外ポケットの手紙に触れた。帰り道、読み返すだろう。あるいは、着いてすぐ書き出すのかもしれない。
    シートベルトのサインが消える。私はテーブルをそっと下ろし、ペンを取り出した。
    「こちらは相変わらず。そちらも相変わらずで、安心した。」
    書き出してみる。言葉は重さを持つ。たぶん、持たせ方次第だ。七キロに収まる重さで、今日の空を運んでいく。

    ——了——


    あとがき
    旅は「捨てる」より「預ける」のがうまくいくことがある。成田で見た軽やかな手つきをヒントに、言葉の重さを七キロに合わせて書きました。


    此方に、又も参加させていただきました。楽しい〜!


    瀬名ちゃんの採用、感謝します。『瀬名』←実は「セーヌ」にも掛けていたりして?

     
     
     
    信州の作家・MC。『声で調え、言葉で遺す』を合言葉に、式典や舞台の声、日常から生まれる掌編やエッセイを発表しています。地域や人の温度をすくい、静かな余韻で届けたい。作品一覧・ご依頼は固定記事をご覧ください。

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