飼い慣らされたペット愛なら枯れたネット
レズですか?
分からない。
でも多分違う。
なんか普通に、元カレもいる。
元カノはいないが昔の飼い主は女性だった。
未成年のころ。
家庭環境がどちゃクソに悪く、俺は当然のごとく家にいられなくなった。
というか父子家庭だったのだが、その父が俺を捨てて行方不明になった。
いつだったか、確か中学生のときか。
この時期の記憶は曖昧だ。
男の子が欲しかった親の思想により、俺はずっとショートカットだった。そして元々色素が薄い髪の毛に激烈なコンプレックスを抱いていたので、逆に振り切ってその髪の毛をど金髪に脱色していた。成人したら髪の毛は真っ黒になるようになった。人体のシステムは謎だ。
学校に行くのが嫌だったから、金髪にしたら行かなくて済むとも思った。浅はか。
家で寝て、夜になったら塾に行って(塾の金は不思議と送金が途絶えなかった)、帰宅して。
俺が小学生のときにも父は失踪した。
というか親族がよく失踪する家系だったのでかかりつけ(?)の興信所があった。
祖父の死後だった。祖母は毎日泣いていた。
“○○君、どうか無事で”
父の名前を呟きながら仏壇に祈る祖母の背中を、俺は冷めた目で見ていた。
祈りが何を解決するのか知らなかった。
興信所に連絡して数十万払うほうがよっぽど現実的な解決策じゃないだろうか。お祈りと同時並行で興信所も頼っていたし霊能力者に来てもらったこともある。藁にもすがる人間を食い物にする商売は儲かりそうだな、と思った。
もしかしたら、初手でお祈りを選んだ理由は、興信所の封筒から出てくる“死亡したと推察される”の紙だとか。それが怖くて何も出来なかったのかもしれない。
俺には分からない。
腹を痛めて産んだ我が子が、自ら死を選んだ可能性を受け入れることの辛さ、それにどれだけの覚悟が必要なのか。
……きっと父も、俺を捨てて、老いた祖母を捨てて、新しい人生が欲しくなったんだと思った。
母みたいに。
馬鹿みてぇにいかつい車、リフォームしたばかりの風呂場、クルーザー、コースになんて出ないで俺を殴るためだけに使うゴルフクラブ、ホコリをかぶったケースの中の高級時計。
セラーに並んだワイン。磨かれてないグラス。
俺の家は、父がいてもいなくても何も変わらなかった。固い仕事をやめて自室に引きこもり、突然謎のリフォームを契約してきたかと思えばまたしても引きこもり、リフォーム工事でゲームの回線に影響が出たことにブチ切れて包丁を持ち出し業者を恫喝しようとする親だった。
祖母が「刺すなら母さんを刺しなさい」と謎の説得で場を収めていた。意味が分からない。
いかつくて入れ墨がちらちら覗いている業者のおじさんたちは、めちゃくちゃ引いた顔をしていた。
家の何かが変わったわけではないが、父がいなくなって俺の人生は変わった。
殴られない、怒鳴られない、勉強をしているフリで夜を明かす必要もない、足音に怯えて目を覚ますこともない、目を覚ましたら馬乗りで首を絞められていることもない。
けれどやがて祖母が入院し、俺の家には俺を扶養する人間が誰一人いなくなってしまった。
電気は止まり、家賃の催促と父親がお金を借りたヤバイところの人たち、色んな人たちがひっきりなしにピンポンしてくる家に帰るのが嫌になった。
そんな日々の中で、俺には飼い主ができた。
マチコさん、とする。仮名だ。
マチコさんは公園で声をかけてきた。
長い髪を無造作にまとめていた。
「何してるの?待ち合わせ?」
人に話しかけるのに笑顔も作らない人は珍しいなと思った。
マチコさんは俺にコンビニの弁当を買ってきてくれた。温めて持ってきてくれた。
「大変だね。お父さんいなくなっちゃったんだ」
俺の頬を撫でるマチコさんの手は冷たかった。
「うちに来る?」
マチコさんの家は広かった。
多分2LDK。使ってない部屋があって、そこに小さいテーブルと、小さい写真と、お香立てと、ティッシュがあった。
写真に映る女の子が誰なのかは聞けなかった。
「偉いね、靴揃えるの。ちゃんとしてるお家なんだね」
「ここにいていいよ。ご飯はこれで食べてね」
手作りのご飯が食べられなくて俯く俺の前に、マチコさんは5000円札を差し出した。
「嫌になったら、出ていっていいからね」
そう言いながら俺を抱きしめるマチコさんの腕の力は、どう考えても出ていって良いなんて思ってなくて、これがダブルバインドってやつなのかなと思った。
マチコさんの家には水槽があった。
ベタっていう魚がいて、そいつはキレイな見た目に反してめちゃくちゃ気が強いらしく、2匹同じ水槽には入れられないんだと言っていた。
しっぽの一部が千切れているのは、前にマチコさんの彼氏がもう一匹買ってきて同じ水槽に入れたら喧嘩して千切れたんだと言っていた。
そのもう一匹がどこにいったのかは、やっぱり聞けなかった。
「生えて来ないの?トカゲみたいに」
「生えて来ないねぇ。誰かに傷つけられた跡が一生消えないって、可哀想だと思う?」
どうも思わなかった。
そもそも人体にも修復機能は限界がある。俺の指には小学生のときにピーラーでみかんの皮を剥くチャレンジをしたときにザックリ切った傷が未だに残っている。
マチコさんはちょっとポエマーで、尚且つ相当なメンヘラだった。
機嫌が良いときには物凄く優しいし、料理が上手くて、頭が良くて頼れるお姉さん。不安定なときには子供みたいに泣き叫んで「お願い、捨てないで」と肩や背中に爪が刺さるくらい抱きしめてくる。
可愛い人だな、と思った。
俺は親に見捨てられそうになったとき、「ごめんなさい」は繰り返したけど、「捨てないで」は一度も言ったことがなかったから。
捨てないで、などと思っていなかったからだ。
そもそも所有されている感覚も薄かったし、こんなん続くんならもうとっととどっか養護施設とかに捨ててくれよと思っていた。
実際、父や祖母に包丁を持ち出されたときと腹を踏まれて腰の骨が変な音したときに俺は自ら110して警察を呼んで児童相談所に保護されていた事がある。
「殺されるかもしれないです。助けてもらえますか?」
いたずらだと思ったのか半笑いで電話越しに対応した警察官は、覆面パトカーでうちに来て、包丁というにはやや刃渡りの長い所謂ドスを持った父が俺が籠城している部屋のドアを蹴り開けようとしているのを見て即座に無線で応援を呼んだ。
罪に問うか、その場合は君が未成年なのでこういう手続きが必要になって……でもやっぱり血の繋がった親なんだから……過ちを許すことが大人の入り口………
そんな説明をしながら自分に酔ってる警察の偉い人に、「じゃあ俺のズル休みとか言いつけを守らないとかの小さい過ちを許さないで刃物出してくるあの人は大人じゃないってことですか?」って聞いたら、舌打ちをされた。
そんなんだから殴られるんだ、とでも言いたげだった。
「君はね、頭がいいのかもしれないけど、そういう態度は良くないよ」
流石に俺被害者なのに、ていうか殴られまくって鼻血とか止まんないんだけど病院が先じゃねぇの?何なのコイツと思って、目の前のソイツのコーヒーをテーブルから落とした。
思いっきり顔の血を拭ってから「ごめんなさい、汚れましたか?」と血まみれの紙コップを拾ってそいつの目の前に置いてやった。
俺は当時、公務執行妨害という罪状を知らなかった。
知ったのは中学の頃。
喧嘩に巻き込まれて、警察に取り押さえられて、何もしてないのに関節決められて、「公妨にされたくなきゃ反抗すんな」と言われて、よく分からないけど何も悪いことはしてなかったので反抗はしなかった。肩が本当に痛かったので泣いてたと思う。もちろん巻き込まれただけで何もしてないのですぐに解放してもらえた。
何の話だっけ。
マチコさんか。
色々あってしばらくマチコさんの家に住んだが、途中から結構げんなりしてきていた。
マチコさんは寂しがりだったから。
俺が他の人間と会うのをめちゃくちゃ嫌がっていた。友だちでも、同性でも、異性でも関係ない。
俺にマチコさん以外の人間関係が発生することを嫌悪しているようだった。
一度だけマチコさんが中型犬用の首輪を買ってきて、酔っ払っていたのかニコニコで俺に嵌めたことがあった。
カチッとプラスチックのバックルが閉まる音を聞いて、あ、この人思ってるよりヤバイかもなと思った。
まぁ、結果的に無理になった俺がマチコさんの家を出て、携帯はその直前にマチコさんによってぶち壊されていたのであっさり縁は切れたんだけど、成人した今考えれば普通に児童相手にとんでもないやつだったと思う。
もしこれを読んでいる君が未成年で、家庭環境が悪くて、異様に親切にしてくれる大人が近くにいたら、一度“グルーミング”でググってほしい。
搾取されたって構わない、って気持ちになってると思う。それでも、君がいつか後悔する選択肢になり得るのなら一つでもどうにか回避してほしいな、と思う。
顔も名前も知らないけれど、似た境遇の中で必死に生きてる君の幸せを願っています。