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天国って

    私は以前より、
    死後、自分の考える美しいものが集まった場所
    である"天国"へ行けると考えている。

    今のところ私の天国にもっていく予定のものは
    幾つかある。

    夏の澄んだ青にぐんぐんと広がる積乱雲
    髪を靡かせる心地良いそよ風
    揺れる風鈴
    新宿御苑の様にそのまま寝っ転がっても
    虫がつく不安を感じさせない芝生
    暖かな日差し
    かわいい動物達
    電気風呂と寝湯のあるデッカいスーパー銭湯
    美味しいご飯
    快適なベッド
    ワッフル生地の布製品
    咲き誇る桜

    とか。

    こうして今の世界にある美しいものを
    抱えて私は死んでゆくつもりだけど、
    もし、今が既に大好きなものを抱えて移った後の世界だったら?


    冬よりは夏が好き。
    雨よりも晴れが好き。
    曇りガラスより透き通ったガラスが好き。
    カレーにはライスよりナンが好き。

    私は好きなものに囲まれて生きていたいと
    常日頃考えているけれど、
    もし世界が好きなものだけで
    溢れていたら、私は心から
    「この世界のすべてが好き」だと言えるだろうか。


    よくお金持ちのマダムが
    「何もしていないと退屈で」とアルバイトをする
    話などを聞いたことがあるが、それと似た感じ
    なのではないか。

    美味しいご飯だけが存在する世界で、私は100年
    過ごしても「ずっと美味しいご飯を食べられて
    幸せだな天国に来て良かったな」と
    思い続けられると思わない。
    「ご飯は美味しいな」となっていることだろう。

    こうして、今まで完全無欠であろうと思っていた
    「あたしがかんがえたさいきょうのてんごく」
    大作戦は実は隙だらけなのではないかと最近
    気付いたのである。

    嫌いなものがあるから
    好きなものが生まれる。
    自分にとって都合が悪いから
    自分に都合が良いものを愛す。


    「いや、私は他と比べずとも此れを愛す」
    というものがあったとしても、それだけで世界が
    構築されたらどうだろうか。

    私は夏の積乱雲と
    ピザ(イタリアであってアメリカでない)を
    他のあらゆる物事、料理と比べるまでもない程に
    心底愛しているが、積乱雲とピザしかない世界は
    心底退屈であろう。

    もしかしたら、この世界に生まれる前、ずっと
    以前の私はこの世界に存在する森羅万象を愛し、
    共に過ごしたいと持ってきたのかもしれない。

    もしくは大好きなものを際立たせ、更に好きに
    なる為に嫌なものも含めて持ってきたのかも。

    神気取りなんかじゃない。

    好きなものだけで構築された世界で、死後私は延々と楽しく過ごせるのだろうか、っていう
    「あたしがかんがえたさいきょうのてんごく」
    がある前提の、こねくり回した話。






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