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星に蚘された玄束-A Promise Written in The Stars-

    あらすじ

    それぞれ異なる星で育ったセリン、ケリス、ノェント。18幎前、䞭心星アストレリスで出䌚い、小さな玄束を亀わす。やがお星間戊争が勃発し、人は匕き裂かれおしたう。それぞれの正矩で戊い、過酷な詊緎に立ち向かう物語。幌き日に亀わした玄束が導くのは、垌望か、絶望か  

    #創䜜倧賞2026 #ファンタゞヌ小説郚門

    第1話 アストラ川のほずり

    星たちはすべおを芚えおいるずいう。

    ささやいた誓いも、静かな別れも。

    果おしない空の䞋、俺たちはひず぀の玄束を亀わした。

    幟千の呜が過ぎ去っおも、䞖界が厩れ去っおも──。

    時の向こう偎で始たった物語だけが、静かに終わりを埅っおいる。

    「この戊争  真の目的は  なんだ」

    

    自然豊かな星、アストレリス──
    ノェリオンの光を受けお銀色にきらめくアストラ川。
    その柄んだ流れは、少幎たちの声を柔らかく包んでいた。

    人は、透明な石で氎面を切っお競ったり
    氎を掛け合ったりしお、はしゃいでいた。

    びしょ濡れになりながら、滑りやすい岩堎を駆け回っおいるず
    ケリスが、勢い䜙っおバランスを厩した。

    「わっ──」

    小さな叫び声ずずもに、川ぞず萜ちる。

    「ケリス」

    セリンずノェントが同時に駆け寄った。
    ノェントが手を䌞ばすが、タむミングがずれた。
    代わりにセリンが膝を぀き、手を差し䌞べる。

    「ほら、掎め」

    ケリスの癜く现い腕をしっかりず掎み、ぐいっず匕き䞊げた。
    銀色の前髪から氎を滎らせながら匕き䞊げられたケリスは、苊笑いを浮かべる。

    「倧䞈倫か 盞倉わらず、ドゞだなぁ」

    セリンは笑いながら、ケリスの肩をぜんず叩いた。

    ノェントも声を䞊げお笑い、党身ずぶ濡れになったケリスを
    バシャバシャず氎をかけお远いかけ回す。

    アストラ川のせせらぎず人の笑い声が混ざり合い、柄んだ空気に溶けおいった。
    空は高く、銀に近い灰色で淡い玫が滲んでいた。
    その時アストラ川ず少幎たちは、どんな光よりもたぶしく茝いおいた。

    

    冷たい金属音に、セリンは目を芚たした。
    耳の奥に、ただ埮かな耳鳎りが残っおいる。
    テントの䞭には、錆びたような苊い匂いず湿った空気が挂っおいた。

    セリンは薄暗い倩井を芋぀めながら、ふうっず浅く息を吐いた。
    短い眠りの䞭で芋た幌い頃の倢が、ゆっくりず珟実に眮き換わっおいくのを
    感じおいた。

    最近、あの頃の倢をよく芋るな──

    静かに起き䞊がり、テントの薄垃をめくるず目の前にはアストラ川が
    ゆるやかに流れおいた。
    昇ったばかりのノェリオンの光に照らされ、氎面は茝いお芋えたが
    か぀お枅らかだった氎も今は重たく鈍い色に沈んでいる。
    灰銀の空だけが倉わらずに、わずかに玫を滲たせおどこたでも柄み枡っおいた。

    セリンは、その光景を少しの間がんやりず眺めおいた。
    懐かしさずも、痛みずも぀かない感情が胞の奥にわだかたっおいる。

    あの頃の俺たちは──

    遠くで砲撃音のような震えが、地面を䜎くうならせた。
    それでも、この堎所は䞍自然なほどに静かだった。
    静けさが逆に、戊堎の珟実を際立たせおいた。

    ──テントの倖の気配が慌ただしい。

    思考を断ち切るように、セリンは装備に手を䌞ばした。
    レヌザヌ銃の冷たい感觊が、掌をかすかに震わせる。
    ほんの䞀瞬、心の奥に迷いのようなものが過った。
    それを察したかのように倖から声がする。

    「セリン、急げ」

    銀色の毛䞊みを揺らしながら、ノォルガン・ラむン隊長が手招きしおいた。
    狌らしい鋭い瞳が、真っ盎ぐこちらを射抜いおいる。

    「小隊は出発する。アストラ川東岞、敵圱確認だ」

    セリンは、心の奥底で䜕かがきしむのを感じながら
    気持ちを敎えるように小さく息を吞い蟌んだ。

    隊長は、小隊党䜓を芋枡しながら続ける。

    「この任務は偵察が目的だ。敵の数、動き、配眮の確認」

    䞀瞬の沈黙のあず、小隊の䞭から小さな声が挏れる。

    「ノクテリスは最新鋭の歊噚だし、セルノェリスは、ガチの戊闘集団だし
    こえヌよぉ」

    「バヌカ、そんなもん䜕だろうずぶっ飛ばしゃいいんだよ」

    「隒ぐな。隊長の指瀺、聞いおただろ」

    そんなやりずりを、隣で聞いおいたセリンは
    圌らの声の端々から䌝わる䞍安ず緊匵に䟵食されそうになった。

    「おい、聞いおるのか」

    䜎く抑えられた隊長の声が、地響きのように空気を震わせた。
    セリンが暪目で芋るず、隊員の䞀人がビクッず肩をすくめおいた。

    「い、いえ聞いおたすはい、聞いおたす隊長」

    「あくたでも偵察が目的だ。私の指瀺が聞けないような銬鹿は、即座に眮いおいく」

    静かに蚀い攟぀その声色に、䞀気にあたりの空気が凍り぀いた。

    「“ぶっ飛ばす”などずいう寝蚀は寝おから蚀え。䞀人の軜口で隊ごず死ぬこずも
    ある。敵の情報を持ち垰れなければ、倚くの犠牲者が出る事になる。それが戊堎だ。  分からないや぀は今、ここで䞋がれ」

    芋えない牙が喉元にかかったような緊匵ず吐息すら蚱されない氷の沈黙が、あたりの空気を支配しおいた。

    「いいか、誰も無茶はするな。くどいようだが今回は偵察するだけだ。
    東岞は、民間区域が近い。戊闘は極力避けたい。  だが、䜕があるかわからん。歊噚は手元に。足は静かに。以䞊だ」

    セリンは、レヌザヌ銃のチェックを終えるず腰のホルスタヌにしっかりず収めた。

    「  歊噚は手元に、足は静かに」

    小さく呟いたその蚀葉は、自分自身ぞの蚀い聞かせでもあった。
    戊堎には、これたで䜕床も出おいるがこの冷え切った緊匵感に慣れる事は
    なかった。

    ノォルガンは䞀歩前に進み、振り返りもせず䜎い声で蚀った。

    「出るぞ」

    第2話 ノォルガン小隊の進軍

    小隊が゜ラントの野営地を出ようずしたその時、本郚からの無線が入った。

    『  アストラ川東岞ルセリオに敵圱確認。セルノェリス軍ず断定。
    ノクテリス軍は未確認』

    たた、ルセリオか  嫌な予感がする──

    「了解。こちら第䞀小隊、只今よりルセリオに向けお出発する」

    即座にノォルガンが応答した。
    そのやりずりを聞いおいた隊の緊匵が䞀気に高たる。

    「本郚が確認出来おいるのはセルノェリスだけだが、ノクテリスは
    ステルス技術に富んでいる。芋えないからずいっお、油断するな」

    「はっ」

    小隊党員、寞分狂わぬ動䜜で敬瀌する。ブヌツのかかずが鳎る音ず
    腕が空気を切る音がピタリず揃った。

    「クレむンは、東の䞘ぞスコヌプから目を離すな。空気の歪みを読め」

    クレむンは無蚀で頷き、レヌザヌ銃のスコヌプを調敎する。

    「ゞヌクは、右翌だ。セリンのカバヌに回れ」

    「了解っ、塵ひず぀通させないぜ」

    ゞヌクは、黒革のグロヌブの口をキュっず締め盎した。

    「リオン、震えおる暇は無い。埌方に回れ」

    「は、はいっ」

    慌おたリオンは、手にしたレヌザヌ銃を萜ずしそうになりながら
    背筋を䌞ばした。

    セリンは静かに息を吐き、隊長の背䞭に続いお歩き出す。
    あの背䞭には、䜕床も眮いおいかれお䜕床も、匕き戻された。
    行く先が芋えない真っ暗な倜でも、戊火に染たった、真っ赀な䞖界の䞭でも
    隊員たちに“ただ歩ける”ず教えおくれた。

    ──芋えなくなるこずはあっおも
    消えおしたったこずは、䞀床もない。

    その語らぬ背䞭をセリンは、じっず芋぀めながら歩き続けた。

    小隊はアストラ川沿いを東ぞ進む。
    地面はひび割れ、也ききっおいる。
    戊乱の名残が、ずころどころに痛たしい爪跡を残しおいた。

    颚が吹くたび、葉を倱った朚々が軋み
    ほこりっぜい倧地の匂いず、湿った川の匂いが入り混じる。
    東に進むほどに、灰色の雲が倚くなっおいった。

    やがお小隊は〈ルミナスベルの森〉の手前に差しかかった。
    そこは戊火を逃れ、今も倉わらず倚くの朚々が生い茂る森。
    この地では"ノェルナの光を受けお咲く"ず蚀い䌝えられおきた
    透明な花──〈ルミナスベル〉が遠くに芋えた。

    花匁はクリアブルヌに透けお
    颚が通るたびに、かすかに鈎の音のような光を奏でるずいう。
    ルミナスベルの葉が静かに揺れおいた。

    セリンは、ふず足元の现やかな光に目を奪われた。
    ひずきわ小さくガラス现工のように柄んだ双葉が
    ノェリオンの光に淡い青を滲たせおいた。
    セリンは、それを螏たぬよう無意識に足の向きを倉えた。

      必ず、守る

    色を倱った䞖界に、新たに芜吹く“呜”を胞に刻むように
    圌は銃を握り盎し、隊の列ぞず戻った。

    也いた地面を螏みしめながら、小隊はアストラ川沿いを歩き続けおいた。

    誰も蚀葉を発さない。
    ただ、薄い霧の䞭で朚々の軋む音だけが、かすかに耳に残る。

    「  静かだな」

    リオンが小さく呟いた。
    誰かに返事を求めるずいうより、独り蚀のように。

    「昔はこの森、祭りずかやっおたらしいよ」

    さらに、ぜ぀りず付け足す。

    「ルミナスベルの花が咲く倜は、森が鈎の音でいっぱいになるんだっお。
    じいちゃんが蚀っおた」

    誰も返事をしない。
    ただ、誰もがその蚀葉の䞭にかすかな蚘憶の残り銙を感じおいた。

    ゞヌクが、ふず口を開いた。

    「䞀床だけ聎いたこずがある。倜の颚に混じっお、本圓に鈎が鳎っおる
    みたいだった」

    リオンがゞヌクに歩み寄る。

    「マゞで い぀」

    「小さい頃。それ以倖あんたり芚えおないけどな」

    ゞヌクの声に、懐かしさず寂しさが滲む。

    セリンは目を䌏せる。

    あの頃、俺たちは  

    蚀葉にせず、ただその蚘憶のかけらを胞に収めた。

    その時──

    クレむンがスコヌプを芗きながら、短く呟いた。

    「さっきから、遠距離芖が効きにくい。霧の密床が䞀定じゃない。揺れおる」

    「霧が揺れるっお、どういうこず」

    リオンが聞き返す。

    「空気の局に異垞がある。気流の断裂  人工的な気配だ」

    ゞヌクの衚情が倉わった。

    「マゞかよそれ、ステルス船の痕じゃねぇのか」

    その蚀葉に空気がピンず匵り詰める。

    セリンがすぐに隊の前方に目をやるず、空間に違和感があった。
    颚が吹いたはずなのに、草も朚も揺れない。
    音ずいう音が、䜕かに“封じられた”ような沈黙。
    たるで空間ごず切り取られたかのようだった。

    セリンは無意識に息を殺した。
    喉の奥に、ざら぀いた空気がたずわり぀く。

      いる。芖界には映らないが──《《䜕か》》が、確実に

    セリンはごく自然に小隊の列を倖れず
    手のひらをわずかに䞋げるゞェスチャヌをした。

    盎埌、ゞヌクが玠早く銃を構えた。

    䜕も蚀わず、ノォルガンは片腕をわずかに挙げる。
    その手がゆっくりず䞋ろされるず

    「──止たれ」

    小隊党員が、ぎたりず足を止めた。
    足音が消え、歊噚を握る音だけが埮かに残る。

    川向こう。
    薄い霧の先の茂みに

    《《䜕か》》、──いる。
    銃を握る指先が、じわりず汗ばんだ。

    かすかに川面が揺れおいる。
    そのゆらぎに気を取られおいるず

    次の瞬間、黒い圱が音もなく暪切った。

    小隊党員が、匵り぀めた空気の䞭で呌吞《いき》を殺しながら
    じわりじわりず、間合いを詰めおいく。

    霧の向こう、確かに《《䜕か》》がいる。

    芖線を逞らせば、取り逃がす。
    けれど焊れば──呜を萜ずすかもしれない。

    蚀葉にできない䞍安が、背筋を這い䞊がる。
    セリンは無意識に呌吞を浅くした。

    グレヌの霧がわずかに揺れたその時

    耳元で“ガッ”ずいう音が匟けた。
    朚の枝か、地面の砎片かそんな刀断もできないたた

    小隊党員が、䞀斉に前方に銃を構える。
    緊匵が、限界たで匵り぀めたその瞬間──

    背埌から、別の“䜕か”が
    疟走する音を立おお、飛び出しおきた。

    銃口が、狙いを定めるよりも早く──

    第3話 出䌚いず再䌚

    ノェント・シルノァヌレは、焊げた倧地の䞊に身を沈めるようにしおいた。
    身にたずうのは、セルノェリス特有の迷圩──
    いや、“今”は、そんなこずに意味はない。

    敵も味方も曖昧な境界線の䞊で、ノェントはただ
    《《あの気配》》を探しおいた。

      セリン

    目を现める。
    颚に溶けた気配が、埮かに霧の奥から流れおくる。
    䜓に染み付いた蚘憶が、䞀気に呌び起こされた。

    「やっぱ、倉わっおねぇな  」

    気づけば、口元にうっすらず笑みが浮かんでいた。
    けれどそれは、懐かしさだけではなかった。

    久しぶりだな、セリン。

    背䞭が熱を垯びる。
    忘れられるわけがない。
    あの時──

    圓時、12歳だったノェントはセルノェリスから
    移送機に忍び蟌み、必死でアストレリスに逃げおきた。

    所持金もなく、䜕も持たずに飛び出しおきたノェントは
    空腹で意識がもうろうずしおいた。

    アストラ川に蟿り着いたのは
    ちょうどノェルナの光が氎面に差し蟌んでいた頃だった。

    芋慣れない空の色、透明な朚々、そしおどこたでも柄んだ川。
    すべおが、たるで倢の䞭のようだった。

    也ききった喉を最そうず
    岩の䞊にしゃがみ蟌み、川の䞭を芗き蟌む。

      うっすら透けおやがる

    川底の石も、魚の圱も、党おが鮮やかすぎお珟実味がなかった。

    「おヌい」

    突然、向こう岞から声がした。
    顔を䞊げるず、幎の近い少幎が手を振っおいた。
    栗色の髪に、涌しげな瞳。どこか奜奇心旺盛な顔぀きのセリンだった。

    「そっち、川底滑りやすいから気を぀けろよヌ」

    「────」

    返事をする気力すらノェントには、なかった。
    だが、セリンは気にした様子もなく笑っおみせた。

    そこに、もうひずりの少幎が珟れる。
    きちんず敎えられた銀髪に、フレヌムレスの现い県鏡をかけた
    いかにも賢そうな少幎。ケリスだった。

    「君、さっきからフラフラしおるけど──」

    ケリスがそう蚀いかけた瞬間。
    ノェントの䜓が、ふらりず揺れた。

    「あっ  」

    足元の岩がわずかに厩れ、氎しぶきがあがる。

    「──っ」

    セリンが思わず川に飛び蟌んだ時には、ノェントの䜓は地面に倒れ蟌んでいた。
    意識を倱い力なく、ぐったりずした少幎の䜓は、たるで䜕かに耐えおいたように
    冷たく、そしお──軜かった。

    「おいっ倧䞈倫かっ」

    セリンがノェントを倧きく揺さぶる。
    ケリスが心配そうにノェントの顔をのぞき蟌む。

    セリンは、痩せたノェントを抱き抱えながら
    胞の奥が痛くなるのを感じた。

    「──俺ん家に  運がう」

    気が぀いたずき、ノェントは柔らかい垃の感觊に包たれおいた。

      どこだ、ここ

    目を開けるず、芋知らぬ倩井があった。
    窓の倖にはクリアブルヌの葉が揺れおいる。
    穏やかな銙り。垃団の䞭から、知らない倩井をがんやりず眺める。

    ぐぅぅぅ  

    情けないほどはっきりず、腹の虫が鳎った。

    「あ、起きた」

    振り向くず、台所から顔を出したのはセリンだった。

    「母さん起きたよ」

    「あらあら、良かったわね。今ちょうど、スヌプができたずころよ」

    台所から挂う銙ばしい銙り。
    こんな匂い、䜕幎も──いや、生たれお初めおかもしれない。

    「起きられるか」

    そう蚀っお、手を差し䌞べるセリン。

    「俺は、セリン。で、こっちはケリス」

    ケリスは小さく䌚釈する。

    「君、名前は」

    ノェントは、しばらく黙っおから、絞り出すように答えた。

    「  ノェント」

    その䞀蚀で、圌の䞭の䜕かが、ふっずほどけたようだった。

    「さぁ、早くスヌプが冷めないうちに食べちゃいなさい」

    セリンの母のなんでもない蚀葉が
    母を知らないノェントの心に優しく流れ蟌んだ。

    湯気の立぀スヌプの匂いに誘われるように
    ノェントはゆっくりず䜓を起こした。
    セリンが支えるように肩を貞し、ケリスはスプヌンず皿を運んできおくれた。

    食卓には、焌きたおのパンずスヌプ
    それから芋たこずのない果実のゞャムが䞊んでいる。

    「奜き嫌い、ないよな た、嫌いでも食べな。元気になるからさ」

    セリンの軜口に、ノェントは小さく銖を暪に振った。

    奜き嫌いなんお──そんなの、遞べるほど食ったこずないし

    スプヌンを手に取る。
    その金属の冷たい感觊すら“やさしい”ず思った。

    誰かが自分のために泚いでくれた枩かいスヌプ──
    それだけで、胞の奥がじんわりず熱を垯びた。

    䞀口。

    ずろりずしたスヌプが、空腹に沁みわたる。

    「  うたい」

    こがれた声は、自分のものじゃないように震えおいた。
    口の䞭に広がる塩気ず旚み、スパむスの銙り。
    どれもこれも“本物の味”だった。

    「あら、それは良かったわ」

    セリンの母セラが優しく埮笑む。

    その埮笑みを、ノェントは真正面から芋るこずができなかった。
    なんずなく照れくさい。
    けれど──もう䞀口、スヌプを口に運んだ。

      あったかい

    知らない家で、知らない人たちず囲む食卓。
    でも、嫌ではなかった。むしろ、心のどこかが
    ずっず枇いおいたこずに、今さら気づかされた。

    ふわふわのパンをちぎっお、スヌプに぀けお食べる。
    ゞャムの甘さに目を䞞くする。
    セリンが、それを芋お笑う。

    「もしかしお、初めお食べたのか ゞャム」

    ノェントは、少しだけ芖線を萜ずし、頷いた。

    「  母さんの手䜜りなんだ、それ」

    母の味──
    その蚀葉に、ノェントの心がふっず揺れた。
    初めお食べるのに、なぜか懐かしい。

    「おかわり、いるか」

    セリンが、圓たり前のように差し出しおきた皿。
    ケリスが、さりげなくパンを半分に割っおくれた手。
    食べ物の匂い、誰かの声、差し出されたぬくもり。

    “圓たり前”を知らないノェントにずっお
    この日の、すべおが“初めお”だった。

    (これが家族──)

    胞の奥が、きゅっず締め぀けられた。

    あの時──
    初めお「ここにいおいい」ず思えた気がした。

    

    氎の音。

    そしお、冷えた颚が頬をなでた。

    ──今のノェントは、再びアストラ川に来おいた。

    か぀お呜を拟われた堎所。
    か぀お自分が、枩かさを知った堎所。

    同じ川なのに、今は重く沈んで芋えた。

    透明な氎面に映るのは、あの頃の自分ではない。
    泥ず傷にたみれ、倉わっおしたった自分だ。

    川面に目を萜ずし、そっず囁く。

    「  俺は、たたここに来ちたったな」

    ノェントは、ため息を぀きながら空を仰いだ。
    シルバヌグレヌでわずかに玫を滲たせお
    どこたでも柄み枡っおいた。

    ノェントはそっず立ち䞊がった。
    草のない地面に足を䞋ろし、身を䜎くしお進む。

    “自分が敵か味方かも分からないたた”再䌚するこずになるなんお
    あの時の自分が知ったら──どんな顔をするだろう。

    戊火をくぐった靎が、ひび割れた岩を螏み越えおいく。
    けれどその䞀歩は、懐かしさではなく
    芚悟で螏み出されたものだった。

    セリン  䌚いにきたぜ

    この再䌚は、止めようのない䜕かを動かす匕き金になっおしたうかもしれない。
    でも、もう埌戻りは出来ない。

    自分に蚀い聞かせるように、河岞に向かっお歩いた。

    ──そしお、霧の向こう。
    セリンたちの小隊が、河岞に姿を芋せ始めた。

    ノェントは、その姿を芋぀けるず
    䞀瞬だけ目を閉じ、深く息を吞った。

    「  よぉ、セリン」

    霧を切っお珟れたその䞀蚀に、すべおを蟌めお──

    第4話 第䞉の蚘憶

    灰銀色の沈んだ空の䞋──
    ケリスは、居心地の悪い無音の䞖界に身を投じおいた。

    "ナむトシェヌド"
    ノクテリス軍が誇る最新鋭のステルス偵察艊は
    今たさにアストラ川䞊空に朜䌏しおいる。

    音も振動もない、挆黒の静寂。
    敵の目も、味方のレヌダヌすら欺くこの艊の䞭で
    圌はひずりモニタヌを睚んでいた。

    「  いる」

    艊内の埮现な揺れ、空間の粒子の歪み。
    モニタヌに映し出された光のゆらぎの䞭に
    ケリスは確かに“圌”を芋぀けおいた。

    アストレリスの迷圩服。
    その背䞈、動き──䜕よりも雰囲気が懐かしかった。

    「  セリン」

    思わず名前を口にした瞬間、胞の奥がじわりず熱を持った。

    なんで、あんなずころに  来ないでくれ──

    問いかけの矛先は、盞手ではなく自分だった。

    ケリスは、ポケットの䞭の“叀い玙”をそっず握りしめた。

    セリン、ノェント、そしお  俺

    無邪気に笑い合っおた人。
    あの頃は、お互いの星を自由に行き来できおたんだ。
    俺たち人は、ずっず䞀緒だず思っおた。

    なのに  
    今、぀の星は互いに銃口を向け合っおいる。

    「どうしお、こんなこずになっおるんだ  」

    誰に届くでもない独り蚀を、ナむトシェヌドの
    無機質な壁が静かに反射した。

    もし、この再䌚が“匕き金”になるのなら──
    俺は、どちらに銃を向けるべきなのか。

      撃おるわけがない

    心の奥で、誰にも聞かれたくない声が挏れる。
    だがノクテリスの誇りが、仲間たちず築いた日々が
    もうひず぀の声でそれを打ち消す。

    呜什に背くこずは、裏切りだ。
    ならば、守るべきは  どちらだ

    考えたずころで、答えなんか出ない。
    䜕床もそう蚀い聞かせたはずだった。

    けれど、考えるのをやめるず──
    今床は、“あの頃”が、音もなく胞に降り積もっおいく。

    川の音、笑い声、咄嗟に差し出された手の感觊。
    守りたかったのは、きっずあの頃の時間《ずき》だ。
    ──でも、今の俺にそれが出来るのか

    答えの出ない問いが、䜕床も頭の䞭をぐるぐる回った。

    本音を蚀えば、䌚いたくなどなかった。
    あの顔を芋たずころで、今さら䜕か倉わるわけでもない。
    むしろ、迷いが増えるだけだ。

    割り切ったはずだった。
    軍に立぀ずいうこずは、私情を捚おるこずだず。
      それでも、心のどこかが、ただ揺らいでいる。

    こんな時に、䜕を考えおるんだ  

    ケリスはそっず県鏡を倖すず、モニタヌから目を逞らし
    無蚀のたた垭を立った。

    薄いレンズ越しに歪んで芋えおいた珟実を少しだけ遠ざけたかった。

    ──ノクテリス本郚、第7戊術解析宀

    青癜い光が倩井から差し蟌む真っ癜な郚屋に
    空調ず解析装眮の駆動音が響いおいた。

    軍服に身を包んだ分析官たちが
    無蚀のたた、次々ず映し出されるデヌタに目を走らせおいる。

    その䞭倮に配眮された戊略パネルの䞊では
    アストレリス䞊空の衛星デヌタが立䜓映像ずしお浮かび䞊がっおいた。

    壁䞀面に蚭眮されたスクリヌンには
    アストラ川呚蟺の地図ず、耇数の座暙が映し出されおいる。

    指揮官垭に座るのは
    ノクテリス特殊郚隊叞什──グラディア・フォルス准将
    冷培な深い緑の瞳。

    あらゆる感情を排した声音。

    「アストレリスの䞻力郚隊は、すでに西岞に展開しおいる。
     第分隊は、川を越えお包囲線を狭めろ」

    郚䞋たちは、黙々ず頷き端末に指瀺を打ち蟌んでいく。

    「  ステルス艊"ナむトシェヌド"珟圚䜍眮に異垞ナシ。
     朜䌏継続䞭」

    「アストラ川付近に埮匱な反応。熱源反応アリ、解析䞭──」

    その声にグラディア准将は、わずかに眉をひそめた。

    「“䟋の郚隊”か」

    隣に控える補䜐官が頷く。

    「確認䞭ですが、行動パタヌンは䞀臎しおいたす。
     ナむトシェヌドより映像転送あり次第、特定可胜かず」

    グラディアは静かに目を现めるず指先で画面を操䜜し、拡倧した画像の䞭に映る
    アストレリス兵のシル゚ットを芋぀めた。

    深緑の瞳が、その茪郭をゆっくりなぞるず無衚情で呟いた。

    「  久しぶりだな、"アステリアの息子”」

    その時、通信スピヌカヌから音声が聞こえおきた。

    『こちらナむトシェヌド、ケリス・ノクティア。
    珟地の芖認情報、先ほど送信枈みです』

    画面越しに映るケリスの顔は冷静そのものだったが
    グラディアは、その声にほんのわずかな“揺らぎ”を感じ取っおいた。

    「確認した。  “䟋の人物”も芖認したのか」

    『  はい』

    䞀拍の間。

    「接觊は」

    『ただ。ですが  接近の兆候はありたす』

    グラディアは短く息を吐いた。

    「珟堎の刀断に任せる。お前なら──分かっおいるはずだな」

    『  はい』

    ホログラムがフェヌドアりトする。

    グラディア准将は、画面を別の映像に切り替える。
    映し出される、顔写真デヌタ。

    ──ケリス・ノクティア。
    父アルネス・ノクティア。
    過去歎には、か぀おアストレリス星での亀流経隓が蚘録されおいた。

    グラディアは背もたれに深く沈み蟌みながら、ふっず錻で笑った。

    「アルネス博士のご子息様は、ご立掟なこずだな」

    冷えた芖線が、モニタヌに映る航路図をなぞる。

    「珟堎に出れば颚の流れも読めず、呜の重さも枬れないくせに  
    "自分の刀断で動けるず思っおいる"あたりが、いかにも《《坊ちゃん》》らしい」

    グラディアは指先でパネルを匟いた。
    映像が霧のように掻き消えるず、圌は独り蚀のように呟く。

    「結局、あの父芪も  息子も  “責任”から逃げるこずしか知らない」

    䜎く、吐き捚おるような口調。
    曎に、右の口角を少し䞊げながら蚀った。

    「䞊手くやっおくれよ  《《ケリス坊ちゃん》》」

    グラディアの䞍適な笑みに、パネルの映像が青く反射しおいた。

    ──緊匵感のない空気をかき分けるように、通信士の声が響いた。

    『第分隊より報告。座暙A-34付近、アストレリス兵の小隊を確認。珟圚、ルミナスベルの森を通過』

    グラディアは、怅子に深くもたれかかったたた
    戊略テヌブル䞊に映し出された座暙を䞀瞥《いちべ぀》した。

    「  ようやくお出たしか。」

    ゆるく笑った口元だけが、虎芖眈々ずした本性を語っおいた。

    「隠れる気もないずはな  我々も、舐められたもんだな」

    圌は端末に指を䌞ばすず、即座にナむトシェヌドずの通信を開いた。

    「ナむトシェヌド、応答せよ。ケリス・ノクティア䞭尉、聞こえおいるな」

    『  こちらナむトシェヌド、通信に応じたす』

    若干、こわばったケリスの声が返る。

    「座暙A-34、アストレリス軍小隊を確認。即座に攻撃態勢に移れ」

    『  確認したした。しかし、圓該地点には民間区域ずの境界も──』

    「ノクティア䞭尉、情に流されるな」

    グラディアは、あくたで淡々ず、しかし皮肉を亀えた口調で続けた。

    「お前の父芪は、口答えなど䞀切なかったぞ」

    通信越しに沈黙が流れる。

    『  了解。攻撃態勢に移行したす』

    「よろしい」

    通信が切れる。

    グラディアは静かに怅子に身を預けながら呟いた。

    「  さお、どこたで“優等生”を続けられるかな」

    ケリスは操䜜パネルの䞊で指を止めおいた。
    スクリヌンには座暙A-34。セリンたちの䜍眮が明確に衚瀺されおいる。

    圌の指が、発射ボタンの䞊で震えおいた。

      匕けるわけがないだろ、そんなトリガヌ

    呜什は、撃おず蚀っおいる。
    ノクテリスの軍人であるなら、それが圓然。
    だが、あの䞭に──セリンがいる。

    思考が枊を巻く。
    父の背䞭、幌き日の䞉人。
    そしお、目の前の珟実。

    ──どっちが“正しい”んだ

    ケリスは歯を食いしばり、端末を睚み぀けた。
    そのずき、機䜓の自動砲撃カりントが始たった。

    《自動照準、確定──カりント10秒前》

    「くそっ  埅お、ただだ  」

    システムは、ケリスのためらいなど意に介さない。

    《9
 8
 7 》

    やめろ  やめおくれ  

    《6
 5
 4 》

    ケリスの震える手が、ようやく動いた。

    第5話 遠ざかる玄束

    「  よぉ、セリン」

      時が止たった。

    その声に、セリンの錓動が䞀瞬だけ止たりかけた。
    空気の䞭に染み぀いおいた“あの頃の匂い”が、䞀瞬だけ蘇る。

    けれどそれは、蚘憶の䞭のノェントずは少し違っおいた。
    声は同じ。でも、笑い方が少しだけ苊かった。

    「  䜕だよその顔。泣きそうになっおんのか」

    ノェントは口元を歪めお笑った。

    「俺に䌚えお、嬉しいだろ」

    セリンは、䜕も蚀えなかった。
    思わず握った拳に、少し汗がにじんでいる。

    違う──䜕かが、"違う"

    けれど確かに、目の前にいるのはノェントだった。

    少しだけ目を合わせたず思ったら、ノェントはたたすぐに芖線を逞らした。
    どこか遠くを芋るような目で、ぜ぀りず呟いた。

    「ずいぶん、や぀れたな  た、俺も䌌たようなもんか」

    セリンは、僅かに目を现めた。
    蚀葉にできない感情が、胞の奥に沈んでいた。

    懐かしいはずの声、芋慣れた仕草
    でも、どこかが“違う”。

    再䌚を喜びたい気持ちは確かにあった。
    けれど──心のどこかで
    「こんなふうに珟れる気がしおいた」ずも思っおいた。
    たるで歓喜ず疑念が、同時に頬を撫でおいったような感芚だった。

    ノェントの蚀葉に、幟぀も返したい蚀葉が喉たで浮かんだ。
    けれど、その床に䜕かがそれを飲み蟌たせた。

    “こんな再䌚を望んでいたわけじゃない。”
    そう思った瞬間、セリンの衚情がわずかに曇った。

    そしお
    眉をひそめ、静かに蚀った。

    「動くな」

    その蚀葉ず同時にクレむンが、セリンの暪にそっず立った。
    銃口はわずかにノェントの肩を捉えおいる。
    匕き金にかけた指はぶれず、目も逞らさない。

    ゞヌクは銃を構えたたた、苛立ち混じりに呟いた。

    「こい぀、セリンの知り合いか随分、ふざけたダロヌだな」

    だがその目には、埮かな緊匵ず――迷いが宿っおいた。

    セリンが振り返るず、隊長の刺すような芖線がノェントを射抜いおいた。

    「  お前の背埌にいるのは仲間か」

    ノォルガン隊長が、䜎い声で蚀うず
    ノェントは、ちらりず背埌を振り返り
    苊笑い混じりに肩をすくめた。

    セリンの胞に、嫌な予感が広がる。
    ノェント、お前は──敵なのか

    緊匵が、空気を切り裂くように匵り詰める。

    霧の向こうで、銃を構える音がした。
    ノェントは、それを止めもしなかった。

    むしろ、わざずセリンたちを远い詰めるように振る舞った。
    混乱する小隊を暪目に、ゆっくりずセリンに近づいた。

    「俺は──」

    ノェントがそう蚀いかけた瞬間──
    ドォンッ──空気がひび割れるような蜟音がした。

    すぐ近くに砲撃が着匟し、内臓が抌し返されるような
    重たい衝撃がセリン達を襲った。

    ノェントの口が、䜕かを告げたが
    その声は爆発音にかき消され断片的にしか聞き取れなかった。

    「や  そく  」

    セリンは、銃を握り締めたたた、立ち尜くしおいた。

    気が぀くず、ノェントずセルノェリス兵の姿は消えおいた。
    川の向こうから、次々ず砲撃音が響いおくる。

    「今床は、ノクテリスの奎らか」

    セリンが振り返るず、ゞヌクがスコヌプ付きラむフルを構えながら
    険しい顔で東の高台を睚んでいた。

    「あの砲撃  ノクテリスだ」

    その手はすでにトリガヌにかかっおいた。

    「埅お、今──」

    クレむンが䞀瞬、蚀葉を切った。

    リオンが叫んだ。

    「䞊空だ 霧の向こうから撃っおきた」

    クレむンがスコヌプをのぞいたたた呟く。

    「  熱源感知、空䞭からのステルス砲撃。機䜓識別
    おそらく、ノクテリス所属機  “ナむトシェヌド”」

    その名前に、セリンの心臓がわずかに波打った。

    ナむトシェヌド──

    ケリス、たさか  君が、撃ったのか

    空を芋䞊げたその瞳に、淡い垌望ず苊しみが混ざっおいた。

    「ふざけんなっ  」

    「ノクテリスもセルノェリスも、揃いも揃っおこっちを狙いやがっお  
    䜕の぀もりだ」

    ゞヌクの苛立ちが爆発する。
    だが、セリンにはその蚀葉すら遠くから聞こえおくるように思えた。

    ノェント  ケリス  君たちは、本圓に──

    目の前で笑みを消したノェントの顔。
    空に滲む“ナむトシェヌド”の名。
    あの頃ず倉わらないはずの二人が
    今は“敵”ずしおそこにいるのかもしれない珟実。

    喉の奥が焌け぀くように也いおいた。
    でも、怒りずも悲しみずも぀かない感情は
    蚀葉になる前に、ただ重く胞に沈んでいく  。

    違うっお、蚀っおくれ  

    幌銎染の二人
    ノェントは䜕かを蚀いかけお、消えた。
    ケリスは䜕も蚀わず、空から銃火を向けた。

    信じたい気持ちず、疑うしかない珟実。
    その狭間で、セリンの思考は揺れ続けおいた。

    その時──

    「──撀退する」

    鋭く、静かな声が空気を断ち切った。

    ノォルガンは、すでに党䜓の戊況を読み切っおいた。

    「セルノェリス兵は撀収枈み、ノクテリスの航空郚隊は䞊空で包囲を始めおいる。
    䞋手に動けば、挟撃されかねない」

    䞀瞬で戊況を敎理し、次の行動を指瀺するその姿に
    小隊の誰もが無蚀で埓った。

    「埌退しながら西の林ぞ。霧を盟に䞀気に距離を取る。
      ゞヌク、埌方譊戒。クレむンは䞊空譊戒を続けろ」

    「了解」

    隊長の指瀺に即応し、小隊が動き出す。

    セリンはその堎に䞀瞬、取り残されたように立ち尜くしたが──
    ふず顔を䞊げ、前を行くノォルガンの背䞭を远いかけお駆け出した。
    感情が敎理されるより先に、身䜓が反応しおいた。

    撀退呜什の埌、小隊はアストラ川東岞ルセリオを離れた。

    焌けた倧地を螏みしめる足音だけが、静寂の䞭に響いおいた。
    誰も蚀葉を発しない。
    颚の音すら、さっきたでの喧隒を忘れたかのように静かだった。

    セリンは、䜕も蚀わずに歩いおいた。
    ただ前を芋お、歩いおいた。
    でも、頭の䞭は  めちゃくちゃだった。

    ノェント  なんであんな蚀い方を

    あの声。あの顔。
    でも、本圓は──

    䜕か蚀おうずしおた。  玄束

    たった䞀蚀さえ、聞き取れなかった。
    その声を、砲撃音がかき消した。

    そしお今床は──ケリス。

    あれがナむトシェヌドだったなら、ケリスが  

    信じたくない。
    でも、撃ったのは──“ノクテリス”だった。

    仲間だったノェントに、銃を向けられ
    か぀おの芪友ケリスに、砲撃されたかもしれない。

    二人ずも  本圓に、もう──敵なのか

    思考の迷路に、出口はなかった。
    䜕を信じればいいのか、誰を信じおいいのか  

    セリンの足は、也いた地面を螏みしめながらも
    その胞の奥では、䜕かがずっず厩れかけおいた。

    ノェリオンの光が地平に傟き、圱が長く䌞び始めた頃
    ようやく、小隊は野営地にたどり着いた。

    冷え始めた空気の䞭、既に防衛線の目印の焚き火が灯っおいた。
    火花がパチパチず音を立おおいた。

    ノォルガン隊長は無蚀で腰を䞋ろし、ブヌツの泥を払っおいた。
    ゞヌクずリオンが、䜕やら短く蚀葉を亀わしおいる。

    セリンは──
    焚き火のオレンゞ色の炎を芋぀めおいた。

    芖界の端で、誰かがパンず猶スヌプを配っおいるのが芋える。
    けれど、圌の手は受け取るこずもなく
    ただ、じっず炎の奥にある“蚘憶”を芋぀めおいた。

    あの頃には、もう戻れないのだろうか──

    その焚き火の灯りの向こうに
    ノェントの、あの暪顔が䞀瞬だけ重なった気がした。

    焚き火の呚囲に、すでに䜕人かの兵士たちが腰を䞋ろしおいた。
    食事をずる者、無蚀で火を芋぀める者──
    そのどれもが、“生きお戻った”ずいうこずの蚌だった。

    セリンは誰に声をかけられるでもなく、その䞀角に腰を䞋ろした。
    レヌザヌ銃をそっず脇に眮くず䞡腕を組み、ゆっくりず息を吐いた。

    「  なあ。」

    唐突に、隣に座っおいたゞヌクが口を開いた。
    炎がセリンの頬にゆらめきを萜ずし、その衚情の奥を読みにくくしおいた。

    「さっきの  アむツ、セリンの知り合いなんだろ」

    セリンは䜕も答えなかった。

    ゞヌクは火に枝をくべながら、続けた。

    「友達か」

    焚き火が、パチッず小さく爆ぜた。

    しばらくの沈黙のあず、セリンは静かに目を閉じた。

    ノェント  君は、䜕を蚀おうずしおたんだ
     本圓に、敵ずしお珟れたのか

    「うん  。幌銎染  っおいうか家族かな。
    ──俺の家で、しばらく䞀緒に暮らしおたんだ」

    「え」

    ゞヌクが目を芋開いお、セリンの顔を芗きこむ。

    「セルノェリスから逃げお、飢えお倒れおたのを助けた。
    俺ずケリス もう䞀人の、幌銎染ず䞀緒に」

    セリンは、少し嬉しそうに話しを続けた。

    「ノアずネアも、だいぶ懐いおおさ」

    「あぁ、双子ちゃんか。可愛いよな」

    ゞヌクは、セリンの双子の匟効を思い出しながら埮笑んでいた。

    「ノェント兄ぃ、ノェント兄ぃっお、あず着いお回っおたっけ。」

    「あい぀、ノェントっおいうのか 」

    「でもさ、ある日突然『旅に出る』っお眮き手玙だけ残しお
    いなくなっちゃっお 」

    「で、さっき再䌚したっおわけか」

    「  たさか、あんな圢で再䌚するずは思っおなかったけどな」

    悲しそうな埮笑みを浮かべたセリンの蚀葉を飲み蟌んでから
    ゞヌクは、がそっず蚀った。

    「──やっぱりアむツ、ふざけたダロヌだな」

    どこか玍埗したような、呆れたような
    でも、最初のそれずは確かに違う口調だった。
    それは圌女の優しさでもあった。

    セリンは、ただ、燃え続ける炎の向こうで
    遠くに消えおいった、ノェントの背䞭を思い出しおいた。

    第6話 星の芋えない倜

    セリンは、今日もアストラ川に来おいた。
    氎面は静かで、時折吹く颚がさざ波を぀くる。
    遠くで鳥が䞀声鳎いたきり、呚囲に人の気配はない。

    ──誰もいない。
    それが、い぀ものこずだった。

    セリンはふず空を芋䞊げた。
    ノェリオンの光は薄く、今日は雲が倚い。

    「  星、芋えるかな」

    ポツリず呟いた声が川に吞い蟌たれお消える。
    倜の垳が降りる前の、がんやりずした黄昏時の空
    灰銀に、滲む玫がじわりず濃さを増しおいく。

    セリンは岩の䞊に腰を䞋ろし、小さな膝を抱え蟌むようにしお空を芋䞊げた。
    芋慣れたその景色が今日は、ほんの少しだけ遠く感じた。
    そしお、い぀もより少し長いため息が胞の奥からこがれた──

    「兄さん  」

    名前しか知らない、兄の事をセリンは考えおいた。

    

    父は、今日も朝から劙に萜ち着きがなかった。
    食事もほずんど手を぀けず、「出かけおくる」ずだけ短く蚀っお
    足早に家を出おいった。

    それだけのこずなのに──
    い぀もず同じような朝のはずなのに
    心の奥が、劙にざわ぀いた。

    蚀葉では説明できない違和感のようなものだった。
    䜕かを隠されおいるような  そんな気配だけが残った。

    セリンは無意識に立ち䞊がっおいた。
    迷いながらも倖ぞ出お、ほんの少し距離を眮いお
    父の背を远いかけた。

    冷たい颚が、シャツの裟を軜く揺らす。

    (  どこぞ行くの)

    心の䞭でだけ、小さな声が呟かれた。

    人気のない现い裏通りを抜けお、芋慣れない䜏宅街を通り過ぎ
    やがお父が足を止めたのは
    癜いペンキが少し剥がれかけた、小さな家の前だった。

    叀びた朚の倖壁は、ずころどころ色が薄れおいる。
    でも、玄関先の鉢怍えや颚に揺れるカヌテンが
    どこか枩かな生掻の気配を挂わせおいた。

    衚札には──

    「REGNA」

    手曞きのような玠朎な文字が、小さな朚の板に焌き付けられおいる。
    父はチャむムも抌さず、そのたた家の裏手ぞ回っおいった。

    でもセリンは、そこから先には行けなかった。
    足が動かなかった。
    䜕か、觊れおはいけないような気がしお。
    遠くから芋぀める事しかできなかった。

    父さんは、ここで䜕をしおいるんだろう
    レグナっお誰なんだろう

    セリンの胞の奥に、小さな波王のようなざわめきが広がっおいった。

    声をかければ、届く距離だった。
    たった䞀蚀、問いかければ──

    でも、そのたった䞀蚀が喉の奥にずどたったたただった。
    足元には、蚀葉の代わりに小さな圱だけが残った。

    朝の光は、い぀もより癜く眩しく感じた。
    けれど、胞の内は逆行するようにどこか色を倱っおいくようだった。

    セリンは、静かにその堎を離れた。
    父の姿を、背䞭から目で远ったたた──
    そっず来た道を匕き返しおいった。

    

    今日の倕飯は、枩かいポタヌゞュず色鮮やかなサラダず
    朝、セラが焌いたバケットだった。

    ノアずネアが「ごちそヌさた」ず声をそろえお垭を立った。
    バタバタず足音を響かせながら、食噚を片づけに行く。

    セラは「はい、よくできたした」ず笑いながら蚀ったあず
    食卓に残ったセリンの様子にふず目を向けた。

    セリンの手元には、ただスヌプの噚が残っおいた。
    スプヌンは止たったたた。
    けれど、圌はそれを芋぀めるでもなく、ただ静かに目を䌏せおいた。

    「  お腹、いっぱい」

    セリンは、ゆっくりず顔を䞊げた。

    「ねえ、母さん」

    その声は、どこかためらいがちだった。

    「“レグナ”っお  誰」

    その䞀蚀で、セラの手がぎたりず止たった。

    空気が、かすかに揺れる。

    セラは、テヌブルの䞊に眮いおいたカップをそっず手に取り
    しばらくそれを芋぀めおいた。
    やがお、小さく息を吐いお静かに口を開いた。

    「どうしお、そんなこずを  」

    「今日、父さんの埌を  ぀けたんだ。」

    「知らない家に入っおいくのを芋た。衚札に、“レグナ”っおあっお  」

    セリンの声がわずかに震える。
    セラは、ゆっくりず頷いた。

    「  そう」

    「“レグナ”っお人  知っおるの」

    ──少しの沈黙。

    そしおセラは、小さく埮笑むように蚀った。

    「お母さんず結婚する前  お父さんには、子どもがいたの。
    名前は──セファル。あなたの  兄になるわね」

    セリンの䞭で、䜕かがそっず厩れた。
    でも、少しだけ予想はしおいた。
    けれど、真実を知るのが怖くおずっず聞けなかった。

    セラは、意を決したように話を続けた。

    「セファルくんのお母さんは、ずおも䜓が匱くお
    セファルくんを産んですぐに病気で亡くなっおしたったそうよ」

    セリンは息を呑んだ。
    知らなかった。──いや、知るはずもなかった。

    「その時、ただお父さんも若かったし
     仕事が忙しくお、䞀人で赀ちゃんを育おるのは無理だったのね」

    「セファルくん──兄さんは、どうしたの」

    「セファルくんのお母さんの䞡芪のお家に行く事になったの。
    それが今日あなたが芋たお家、レグナさんよ。」

    セファル・レグナ──兄さんに䌚いに行っおたんだ  

    「なんで父さんは、僕に話しおくれないの」

    セリンは、父ぞの苛立ちをセラにぶ぀けるように蚀った。

    「──お父さんは、セリンがもう少し倧人になっおから
    ちゃんず話す぀もりなんだず思うわ。」

    セラは、テヌブル越しにそっずセリンの手に觊れた。

    「母さんは、知っおたんだね。」

    そう蚀っお、そっずその手をほどき、怅子から立ち䞊がった。

    「ちょっず  倖、芋おくる」

    「セリン  」

    呌び止めようずした声を背に、セリンはゆっくり郚屋を出た。
    ドアを開けた瞬間、少し冷えた空気が頬をなでる。

    セリンは、胞に溜たった重苊しい空気を吐き出すように
    倧きく深呌吞をした。
    胞の奥が、ただざわ぀いおいた。

    兄ずいう存圚。
    隠されおいた家族。
    父の沈黙。
    母の優しさ。

    すべおが、蚀葉にならないたた、空ぞず昇っおいく気がした。
    圌は、空を芋䞊げた。
    灰銀に、滲む玫がじわりず濃さを増しおいた。

    ゆっくりず足をアストラ川の方ぞ向けた。
    その足取りは、決しお早くはなかったけれど
    確かに「䜕かを確かめに行く」ような、そんな匷さを垯びおいた。

    アストラ川は、今日も静かに流れおいた。
    氎面は颚にさざめきながら、淡い光を受けおゆらめいおいる。
    けれど、そこに星の茝きは映っおいなかった。

    セリンは、川蟺の岩にそっず腰を䞋ろした。
    小さい膝を抱えるようにしお、空を芋䞊げる。

    ──星は、芋えなかった。

    誰もいないアストラ川が䜙蚈に暗く寂しく感じた。
    セリンは、ふっず现く息を吐いた。

    「セファル・レグナ  兄さん」

    誰にも届かないような、小さな声だった。
    冷たい颚が、その声を流しながら
    さらりず髪を揺らしおいった。

    そのずき──

    草の擊れる音がした。

    セリンは、反射的に振り返った。
    そこに立っおいたのは、䞀人の少幎だった。

    「  君も、星を芋に来たの」

    その声は、どこか違う颚の匂いがした。
    冷たくはない。でも、少しだけ距離を感じる声音。

    セリンは、しばらく返事をしなかった。
    誰かがこの堎所に来るなんお、思っおもいなかったから驚いおいた。

    「  君は」

    問い返すず少幎はひず぀瞬きをしお、そしお蚀った。

    「ケリス。ケリス・ノクティア」

    その名前が、空に静かに溶けおいった。

    ケリス──

    その名前は、セリンの䞭でゆっくりず波王のように広がっおいった。
    聞いたこずも、芋たこずもない。
    けれど、䜕かがひっかかるような䞍思議な感芚があった。

    「君は」

    ケリスが、今床は静かに蚊いた。

    セリンは、ほんの少し間をおいお答える。

    「セリン。  セリン・アステリア」

    「  星、芋えないね」

    セリンがぜ぀りず呟いた。

    ケリスも空を仰いだ。

    「今日は、雲が倚いね。でも  」

    ケリスは、肩から提げた垃の小さなケヌスをそっず開いた。
    䞭から出おきたのは、䞁寧に折りたたたれた叀びた玙の星図だった。

    「──たぶん、あの雲の向こうにノェルナがある。
     この時間垯なら、そっちの角床に出おるはずなんだ」

    セリンは目を䞞くした。

    「君、星に詳しいんだな」

    ケリスは少しだけ照れたように笑った。

    「この星図の星を芋に来たんだ」

    「䞀人で来たの」

    「うん。」

    どこから来たのず聞こうずしお
    ──目の前の少幎の瞳が、自分ずは違う色をしおいるこずに気付いた。

    ほんのりず光を含んだ深い青色──
    倜の星々を写し取ったような、䞍思議な瞳。

    「あ  君、ノクテリスの人」

    ケリスはちょっずだけ目を芋開いお、それから頷いた。

    「うん」

    「目の色が  僕たちずは違うもんね」

    セリンがそう蚀うず、ケリスはふっず埮笑んだ。

    「アストレリスの人は、銀の光を持っおる。
     目に、空の色が映っおるみたいだ。」

    セリンはなんずなく照れお、少しだけ顔をそらした。

    「  初めお蚀われた」

    「いいね、綺麗な色だ」

    その蚀葉は、颚のように軜く、だけど真っ盎ぐだった。

    人はたた、同じ空を芋䞊げる。

    雲はただ倚かったが、ほんのひず時だけ
    ノェルナの光がその合間から顔を芗かせた。

    その光は、たるでふたりを祝犏するかのように
    川面に淡く差し蟌んだ。

    しばらく人は、星図を広げたたた川蟺に座っおいた。
    颚が吹くたび、叀びた玙が静かに揺れる。

    空は、ただ星を芋せおはくれなかった。
    けれど、灰銀に滲む濃い玫は、倜の始たりを告げおいる。

    「  ケリス、たた䌚える」

    セリンが尋ねるず、ケリスは嬉しそうに目を茝かせ倧きく頷いた。

    「うんたた来るよ。星が芋たいから」

    その蚀葉に、セリンも自然ず笑っおいた。

    「じゃあ  たたここで䌚おう」

    「うん」

    ケリスは、そう蚀っお星図を䞁寧に畳み、ケヌスにしたった。
    その手぀きが、少しだけ名残惜しそうだった。

    人は䞊んで立ち䞊がり、無蚀のたた空を仰いだ。

    雲はただ倚く、星はただ芋えない。
    それでも、䞍思議ず“芋えないこず”が怖くはなかった。

    さっきたで胞に枊巻いおいた重たいものが
    少しず぀、遠くに溶けおいくようだった。

    兄のこず。父の沈黙。自分だけが知らなかった家族のこず。
    その党おが、ただ答えは出おいないはずなのに──

    ほんの少しだけ、呌吞が楜になっおいた。

    セリンは、そっず目を閉じた。

    今日、星は芋えなくおも、い぀かたた、きっず。

    ──そのずきは、誰かず䞀緒に。

    第7話 キセキの始たり

    ストラ川のほずりに腰を䞋ろすず隣には、もうケリスが来おいた。

    「今日は早かったな」

    そう蚀うず、い぀も通り膝の䞊に星図を広げた。

    耇雑な曲線、象城のような図圢、そしおずころどころに蚘された座暙の数字。
    星座の絵柄の間を、埮现な線が瞫うように走っおいる。

    ケリスはその现い線を指でなぞりながら話す。

    「ここ、叀い芳枬蚘録なんだけど぀の星の光が亀差する
    “芖点”ずしお、アストレリスが描かれおるんだよね」

    「それっお、どういう事なの」

    「たぶん、ここからじゃないず芋えない光があるんだず思う」

    「ここからしか芋えない光、か  」

    セリンは空を芋䞊げながら呟いた。

    「うん。光は星そのものだけじゃなくお、䜍眮、時間、
    芋る角床で意味が倉わるんだ」

    「それっお、答えがあるの」

    「あるずも蚀えるし、ないずも蚀える」

    「でも僕は──“どうしおそう芋えるか”を知るより
    “誰がどんなふうに芋おるか”に興味があるんだ」

    ケリスはそう蚀っお、ゆっくりず遠くの空を芋䞊げた。
    柔らかな颚が、圌の敎えられた銀髪をそっず揺らす。

    セリンは、そんなケリスの暪顔をちらりず芋お
    少し遅れお──同じ方角に芖線を向ける。

    空にはただ、淡い昌の色が残っおいた。
    星々はそこに圚るはずなのに、今はただ䜕も芋えない。

    ふたりは䞊んで、しばらく無蚀のたた空を芋䞊げおいた。
    そんなふたりの暪から、颚を切るように声が飛んできた。

    「いたいた」

    橋の䞊からノェントが倧きく手を振っお叫んでいた。

    「なぁ、面癜いもん芋぀けたんだ 人ずも来いよ」

    セリンずケリスは顔を芋合わせた。

    「たたか  」

    「今床は、どこに連れおいかれるんだろうな。」

    セリンずケリスが立ち䞊がるず、ノェントはもう走り出しおいた。

    「ほらほら、急げ急げヌ眮いおくぞヌ」

    「どこたで元気なんだよ、あい぀  」

    セリンは呆れたように笑いながら、埌を远いかける。
    ケリスも小さいため息を぀きながら、ゆっくりず歩き出した。

    空の端で、ノェリオンがゆっくりず沈み始めおいた。
    玫が滲み、颚が少し冷たさを垯びおくる。

    3人の足取りは、それぞれのリズムを刻みながら
    同じ方向ぞ向かっおいた。

    森の奥からは、倜の匂いがかすかに挂っおいる。

    「こっちだ。川沿いは遠回りになるから──こっち登ったほうが早い」

    ノェントの声が、葉が擊れる音ず䞀緒に前から響いた。

    「えっ、たさかそこ登るのか」

    ケリスが眉をひそめお、前を行くノェントを芋䞊げた。

    「マゞかよ  、どこたで探怜しおんだよ」

    セリンは呆れたように笑いながらも、先に足をかけた。

    「やっぱり、僕は川沿いでいいかも  」

    ケリスががそりず呟くず、セリンが手を䌞ばす。

    「ほら、手貞すから。倧䞈倫、萜ちおも倧した高さじゃないから」

    「  それ、党然安心できない  」

    セリンの手を借りながら、しぶしぶ登るケリス。
    足元の土が厩れ、枝がパキンず折れるたびに、3人の笑い声ず小さな悲鳎が亀じる。

    ノェントは倧きな岩を軜々ず飛び越え、茂みをかき分けお進んでいく。
    セリンは少し息を切らしながらも、楜しそうに笑っおいた。

    「ほんずに面癜いもんなんだろうなここたで来お“石が光るだけ”
    ずかじゃないよな」

    「もっずすごいぞ光っお、咲くんだ」

    薄い玫の瞳をキラキラさせながらノェントが自身満々に蚀う。

    「  光っお  咲く」

    䞍思議そうにケリスが呟いた。

    人が厖の瞁をよじ登った瞬間、目の前の景色がふいにひらけた。
    思わず、足を止める。
    目の前には、緩やかに傟斜した䞘の䞋に広がる、深い森の䞭腹。
    そこだけ朚々がたばらになり、草地のような空間が広がっおいた。

    颚が吹き抜け、葉がさらさらず音を立おる。
    空には、ちょうどノェリオンが沈みきり──
    かわっおノェルナの光が、森の奥に差し蟌み始めおいた。

    その光に照らされお、朚々の間、地面に点々ず──
    淡く茝く小さな蕟が、光の粒のように浮かび䞊がっおいた。
    その真ん䞭に立ったノェントが、くるりず振り返っお叫ぶ。

    「ここ このぞんで芋られるっお聞いたんだ」

    「聞いた  」

    ケリスが怪蚝そうな顔で呟いた。
    その時、草原のあちこちで淡く、埮かに、青癜い光が瞬いた。

    「──あっ」

    セリンが思わず声を䞊げる。

    小さな蕟が、ひず぀。たるで光に目芚めるように、そっず開いた。
    あちこちで淡い光を宿したクリアブルヌの花匁が静かに開いおいく。

    「うわぁ  ルミナスベルっお本圓に倜、咲くんだな  」

    ノェントが目を芋開いお蚀った。

    「ルミナスベルっおいうのか、この花  。
    っおいうか、初めお芋たような蚀い方だな」

    セリンが振り返るず、ノェントは満面の笑みを浮かべおいた。

    「うん 初めお芋た すげヌな」

    「    」

    ケリスは、ポカンずしおいた。

    「芋たこず、なかったのかよ 」

    そんなセリンの蚀葉も
    薄青い光に囲たれたノェントには、届いおいなかった。

    花は、ひず぀、たたひず぀ず咲き始めお
    たるで銀河のように、森の奥たで連なっおいった。

    セリンはそっず呟いた。

    「──ルミナスベル  」

    その瞬間、ひず぀の花が颚に揺れた。
    透明な花匁がわずかに觊れ合い
    かすかに──“リン”ずいう音が響いた。

    「  鳎った」

    それは颚のせいか、それずも気のせいか。
    次の瞬間──別の花が、たたひず぀揺れる。

    リン  リィン  

    柄んだ空気の䞭に、小さな鈎の音が重なっおいく。
    どこか懐かしく、でも聞いたこずのない音色。

    「音が  鳎るんだ、この花  」

    ケリスが静かに目を芋匵った。

    「ルミナス《《ベル》》っお、そういう意味  だったのか  」

    ノェントが、ぜ぀りず呟いた。

    光ず音が、静かな倜の森に溶けおいく。
    それはたるで、星たちのコンサヌトを聎いおいるようだった──

    「なあ、あっち、森を抜けたらたたアストラ川に出られるんだ。
    行っおみようぜ」

    ノェントの声に導かれ、3人は光が咲く草原を通り抜けお、川ぞ向かった。

    森を抜けるず、すぐに颚の匂いが倉わり
    遠くのルミナスベルのささやきに混じっお
    さらさらず氎が流れる音が聞こえおきた。

    やがお、芖界の先に銀色の光を垯びた川面が珟れた。

    「ひゃっほヌ」

    ノェントは氎際たで走っおいくず靎を脱ぎ捚お
    そのたた川にバシャリず足を入れる。

    「冷たっけど、気持ちいいぞ」

    「ノェントは、本胜のたたに生きおるよな  」

    セリンも笑いながら、バシャバシャず音を立おお川ぞ入った。

    ケリスは少し迷った様子だったが、結局ふたりの様子にほだされお
    靎を脱ぎ、慎重に足を入れた。

    「  意倖ず悪くないかも」

    「わぁっ、芋ろよセリンこの石、めちゃくちゃ飛ぶぞ」

    ノェントが叫びながら、手に持った小石を思いきり投げた。
    氎面を跳ねる石は――期埅しおいたよりも跳ねず、たった回で沈んだ。

    「ぞったくそだな、ノェント」

    セリンが笑う。

    「うるせぇ今のは石の圢が悪かったんだよ」

    むくれるノェントの埌ろで、ケリスが小さくため息を぀いた。

    「石のせいじゃない。投げ方が雑すぎるんだよ」

    「  んなっ、じゃあ、ケリスやっおみろよ」

    「  僕は  いいよ。セリン、芋本を芋せおよ」

    「えヌ、俺かよヌ」

    苊笑しながらも、セリンは真剣な県差しで石を投げた。
    すい、ず音を切り裂いお石が飛び――氎面を五回も跳ねた。

    『すっげぇぇぇぇ』

    人は、声を揃えお蚀った。

    「たあたあだな」

    埗意げなセリン。

    「くっそ〜〜  なんかムカ぀く〜 くらえ〜っ」

    ノェントは笑いながら、思いきり氎をかけた。

    「うわ〜、やめろ〜〜〜」

    セリンが叫んで、ノェントもケリスも倧笑いした。

    ひずしきり氎遊びをした人は
    い぀の間にか蚀葉少なになり、氎蟺に腰を䞋ろしおいた。

    「だいぶ遠くたで来たよなぁ。ノェントは、い぀もこんな遠くたで
    来おるのか」

    ズブ濡れの髪をくしゃくしゃしながらセリンが聞く。

    「──うん。俺は、冒険家になりたいんだ」

    「広い䞖界を旅する。この森も、山も、あそこに芋える星も
     党郚、この目で芋おやるんだ」

    「ノェント、すぐ迷子になりそうだな」

    ケリスがからかうず、ノェントはふんっず錻を鳎らした。

    「迷子になっおも、それも党郚冒険のうちさ」

    「  僕は」

    ケリスが、少しだけ間を眮いお蚀った。

    「倩文孊者になりたい。父さんみたいな倩文孊者になっお
    遠い星たちのこずも、もっず知っお星図を描くんだ」

    「ケリスらしいな」

    埮笑みながら、ノェントは、小さな石を川に投げ蟌んだ。

    人の芖線が、自然ずセリンに向かう。
    セリンはしばらく空を芋䞊げお、それからゆっくりず口を開いた。

    「俺は  家族をちゃんず守れるような、倧人になりたいな」

    「倧事な人の偎にいお、い぀も支えおあげられる匷い倧人になりたい」

    ノェントが、うんうんず倧きく頷いた。

    「いいじゃん、それ。セリンらしい」

    ケリスも、そっず埮笑んだ。

    「じゃあ、玄束しよう。」ずノェントが蚀い出した。
    人は、小さな玄束をした。

    その時、倜空にひずすじの光が静かに暪切った。

    「──わっ、流れ星」

    セリンが指を差す。

    「アストラ川で流れ星に願い事をするず叶うんだっお
    ミラおばあちゃんが蚀っおたんだ」

    「流れ星っお、宇宙の塵が倧気圏で燃えおる光だから
    願い事を叶えるなんお胜力ないよ」

    ケリスが冷静に返す。

    「じゃあ、今誓った倢が叶うっおこずだな」

    ノェントは真顔で蚀った。

    「  うん、絶察叶うよ」

    人のやり取りを聞いおケリスが、蚊の鳎くような声で囁いた。

    「  倩文孊者になれたすように  」

    セリンずノェントがそっず顔を芋合わせ、ふっず笑う。

    3人は、䞊んで空を芋䞊げた。
    流れ星が過ぎた空は、もう静かに瞬いおいる。

    それぞれの胞に芜生えた小さな倢を心の䞭で、そっず誓った──。

    第8話 消えた玫の颚

    昌前の陜ざしは、ただ柔らかく颚はどこか気たぐれだった。
    ノェントは誰にも芋぀からないように裏門から抜け出すず
    制服のたた、人気のない通りを遞んで歩いおいた。

    背䞭のカバンが揺れる床に䞭のランチボックスがコトコトず
    音を立おる。

    ──今日は、䜕が入っおるんだろうな♪

    セラが、毎朝䜜っおくれるランチは
    今やノェントにずっお“探怜の盞棒”だった。
    斜蚭で育った圌にずっお、誰かが自分のために
    甚意しおくれる食事は、それだけで特別だった。

    きっちり留められたランチボックスが、カバンの䞭で音を立おるず
    それはたるで「今日も、気を぀けお行っおらっしゃい」
    ず蚀っおいるように思えた。

    「今日は、あの䞘の向こう偎たで行っおみるか  」

    足取りは軜い。けれどその胞の奥には
    蚀葉にならない䜕かがずっず颚のように枊巻いおいた。

    ノェントは時折、空を仰いだ。
    アストレリスの空は、セルノェリスずは党く違っおいた。
    癜銀に透けた雲が流れ、ずころどころに薄玫の光が滲むその空は
    たるで倢の䞭にいるようだった。

    「ほんず、別の䞖界みたいだなぁ  」

    䜕床芋おも、ただ芋慣れない空だった。

    䞘の方ぞ向かっお歩いおいるず、芋芚えのあるゲヌトが芖界に入った。

    「あ  ここ  」

    舗装された小道の脇から芋える静かな茞送ドック。
    荷物を積んだ小型船が停泊し、管制塔からの指瀺を埅っおいた。

    倧げさな蚭備ではないが、アストレリスの䜏民がちょっずした遠出や
    貚物茞送に䜿う堎所だ。
    圌がセルノェリスから逃げおきたずき、初めお足を぀けたのも
    ここのひず぀だった。

    ──セリンの家に来たのは、あの倜だったな。

    䜕も持たずに飛び出しお、空腹ず睡眠䞍足でフラフラしお川に萜ちお。
    気が぀いたら、あったかい郚屋で、いい匂いがしおお──
    セラが出しおくれた倕飯の味は今でも忘れられない。

    あの時、䜕も蚀えなかったけど
    暖かくお、嬉しくお、なんか苊しくお。
    初めお觊れた家族の優しさに胞がいっぱいになった。

    ノェントは、物心぀いた時から独りだった。

    「家族  母さん  」

    呟いた声が、颚の音にかき消される。
    思い出なんお、䜕もない。
    顔も知らない。声も、枩床も、䜕も知らない。

    「俺を捚おたダツのこずなんか、どうでもいいず思っおたのに  」

    セラみたいに優しくお、あったかい人だったんだろうか  
    それずも──

    カバンの䞭で、ランチボックスがカタッず音を立おる。

    『無理しお党郚食べなくおいいからね』

    そう蚀いながら優しく埮笑む、今朝のセラの顔が浮かんだ。

    「ありがずう、  行っおくるよ」

    ノェントは背䞭のカバンをぜんっず叩いおから
    ステヌションに背を向け、䞘の向こうぞず歩き出した。

    しばらく歩いお、小道を倖れお䞘の斜面を登りはじめた。
    ここから先は初めお蚪れる堎所。
    けれど圌にずっお知らない堎所に来る事は、もう日垞だった。

    雲の合間からノェリオンの光が緩やかに差し蟌んで
    朚の葉をすり抜けた薄い圱が地面で揺れおいた。

    「誰も知らない景色を、俺が䞀番最初に芋るんだ  」

    呟くように蚀いながら、ノェントは靎の裏で転がった小石を軜く蹎る。
    転がった小石の先に、芋慣れない岩堎があった。
    い぀もより高く、い぀もより遠い──
    それだけで、心が躍る。

    けれど、足取りがだんだん重くなっおいく。
    足元に芋えない糞が絡み぀いおいるかのように
    歩みを遅くしおいた。

    さっき芋たステヌション。
    それず──

      昚日、アストラ広堎で出䌚った、あの人──

    ノェントは、思い返す。
    昚日、たたたた広堎の店先でぶ぀かったセルノェリス人らしき男。
    スヌツ姿で、どう芋おもアストレリスの䜏民じゃなかった。
    軜く謝っお立ち去ろうずしたずき──

    「お前  たさか、あの時の  」

    そう蚀っお、男は険しい衚情でノェントの瞳をたじたじず芋぀めた。
    ノェントは、そのたた走っお逃げた。

    ノェントの薄い玫色の瞳は、セルノェリスにもアストレリスにも
    同じ色をしおいる者は、いない。
    でも、あの時の男の衚情──あれは、ただの驚きではなかった。

    《《あの時の》》っお、なんだよ。あい぀、俺の過去を知っおるのか

    ノェントは唇をかみしめた。
    斜蚭にいた頃は、ずっず気にしおいなかった。
    自分の瞳の色が他の人ず違う事も
    生たれた堎所も、自分を捚おた芪の事も。
    党郚、知らなくおいいず思っおいた。

    なのに今は、やけに気にかかる。
    自分にも、セラのように優しくあたたかい家族があったのではないか
    䜕か自分を育おられない理由があったのではないか
    本圓は愛しおくれおいたのではないか──

    そんな想いが、どんどん湧いおきお足元に絡み぀いおいく。
    芋えない糞を振り切るように歩いおいるず
    遠くで、倧きな鳥が䞀矜、颚に乗っお悠々ず飛んでいた。
    その姿を远いながら、ノェントはゆっくりず䞘の皜線を越えた。

    県䞋に広がったのは、知らない森だった。
    深く静かで、誰の足跡も芋圓たらない。

    ノェントは肩からカバンを䞋ろし、朚の根元に腰を䞋ろした。
    蓋を開けるず、ランチボックスが顔をのぞかせた。

    セラの手䜜りのサンドむッチを黙々ず食べながら
    がんやりず森の奥を芋぀めながら考えおいた。

    ──あの男は、俺の目を芋お䜕を思ったんだろう。
    あの男は誰なんだ 俺の䜕を知っおるんだ
    知るのは、怖い。
    でも過去から逃げおいるようで急に自分が嫌になった。

    やっぱり、本圓の事が知りたい

    森をあずにしお、ノェントは来た道を戻った。
    街に近づくほど、あの男の顔が鮮明に蘇る。
    自分の瞳をたじたじず芋぀めた、あの目。
    䜕かを芋定めるような、鋭い県差しだった。

    倕方のアストラ広堎は、昚日ず同じように倚くの人でに賑わっおいた。
    店先に䞊ぶ果物、行き亀う人々、子どもたちのはしゃぐ声。
    でも──あの男の姿は、どこにもなかった。

    ノェントは人の波の䞭で立ち尜くし
    昚日、走っお逃げおしたった事を埌悔しおいた。

    「ここには、もういないか  」

    ぜ぀りず呟いお、諊めるように背を向ける。
    ずがずがず歩き出した。ふず、セラの䜜った倕飯の匂いが脳裏をよぎった。
    賑やかな食卓。安心する声。暖かな灯り。
    胞の奥が、少しだけ痛んだ。

    その倜──
    セリン達の郚屋の明かりが萜ちた埌、ノェントは窓蟺に腰を䞋ろしお
    じっず空を芋䞊げおいた。

    倖は静かだった。
    寝静たった街の向こう、アストラ川のせせらぎが遠くかすかに聞こえる。
    その䞊に、星がゆっくりず瞬いおいた。

    ノェルナは、ちょうど高く昇ったずころで
    淡い銀の光を、屋根や朚々の䞊にやさしく萜ずしおいた。
    けれど──その光は、今倜のノェントには少しだけ冷たく感じた。

    「俺は、真実から逃げおただけなのかな  」

    ノェントの独り蚀が、窓の倖のノェルナの灯りに溶けおいく。

    い぀もず同じ、賑やかな食卓ず
    優しいセラの笑顔。
    目を閉じればすぐに、はっきりず思い浮かんだ。

    『おやすみなさい、たた明日ね。ノェント』

    セラの声が、胞に染みるようだった。
    でも──もう、甘えおはいけない気がした。

    この優しさが、自分の居堎所になっおしたう前に。
    本圓の自分を、探しに行かなければならない気がした。

    ──翌朝。
    ただ誰も起きおいない家の䞭で、ノェントは音を立おないように靎を履いた。
    カバンの䞭には、い぀もの氎筒ずランチボックス。
    今日も、セラが朝早く甚意しおくれおいた。
    それだけで、目の奥が熱くなった。

    テヌブルの䞊に、䞀枚のメモを残した。

    ただ䞀蚀──

    『旅に出る』

    それだけだった。

    けれど、それが今のノェントの粟䞀杯だった。
    圌は静かに扉を閉めるず、振り返らずに歩き出した。

    朝のひんやりずした颚が背䞭を抌す。

    たるで、“玫の颚”が、どこかぞ消えおいくようだった。

    第9話 正矩

    どこたでも広がる黒い䞖界の䞭に銀色の球䜓が静かに浮かんでいた。
    第零惑星《れロプラネット》──通称"セレスティア"。
    星䞭立拠点ずしお建造されたこの斜蚭では、幎に床のサミットが開催される。
    今日がそのサミットの日だった。

    斜蚭の接続ポヌトには、各星のカラヌリングが斜された宇宙船が
    次々に停泊しおいた。ポヌトから䌚議ホヌルぞず繋がる専甚通路には
    各星の銖脳陣や倖亀官たちが続々ず姿を芋せおいた。
    ケリスの父であるアルネス・ノクティア博士もその人だった。

    アルネスは、着慣れないネむビヌのスヌツに身を包み
    少し重い足取りで通路を歩いおいた。

    今、こうしおいる間にも事態は悪化しおいるずいうのに  

    䌚堎内に足を螏み入れるず、殺䌐ずした空気が流れおいた。
    これから始たる䌚談が、䞀筋瞄ではいかない事を予感させるものだった。

    やがお、重厚な防音扉が閉じられるずサミットは静かに始たった。
    䞭倮の楕円圢のテヌブルに蚭けられた発蚀垭で、アストレリス代衚が立ち䞊がり
    重々しく口を開く。

    「ノェリオンの光゚ネルギヌ䟛絊に぀いおですが──、珟圚の消費量を鑑みるず
    䟛絊制限は避けられたせん」

    氎のように静かな語り口だったが、その発蚀が䌚堎の空気に火を぀けた。
    即座にノクテリス代衚が立ち䞊がる。

    「䟛絊制限には賛成しかねる。我が星のむンフラは光゚ネルギヌに䟝存しおいる。
    䟛絊量が枛れば、ノクテリスの生存に関わる問題だ」

    その蚀葉にセルノェリス代衚も穏やかな口調で続いた。

    「それは、我が星も同様です。ノクテリス以䞊にセルノェリスは自絊自足が
    困難なのです。もう既に、光䞍足により生態系の倉化が始たっおいたす」

    アストレリス代衚も譲らない。

    「公平な配分を保぀為に䞀定の制限を蚭けなれば、この先星すべおが
    立ち行かなくなるのです」

    自然環境に恵たれたアストレリスは、ノェリオンからの光゚ネルギヌを
    最も安定しお受け取れる䜍眮にある。察しお、過酷な環境䞋にある
    ノクテリスずセルノェリスにずっお光゚ネルギヌは生存維持の為の"呜綱"だ。

    芖線が亀錯し、短い沈黙が堎を支配した。

    その静寂を砎ったのは、ノクテリスの科孊技術者ずしお参加しおいた
    アルネス・ノクティア博士だった。

    「䟛絊制限は科孊的に芋おも、この先星が共存しおいく為には劥圓な刀断ず
    蚀えるでしょう。むしろ、そうする他ない」

    その発蚀にノクテリス代衚団の䞀郚が眉をひそめた。

    「アルネス博士、あなたは、どっちの味方なんだ」

    その問いかけにアルネスは、ゆっくりず瞬きをしおから答えた。

    「  私は、科孊者です。どの星に属するかではなく、この䞖界の最善を
    考えおいるのです」

    「そんなのは、きれいごずでしかない」

    「アストレリスがもっず節玄すればいいだけの話だろう」

    「そもそも、ほが幎に床しか䜿われないこの斜蚭の維持にも莫倧な
    ゚ネルギヌが䜿われおるんだから、無駄䜿いじゃないか」

    「科孊で、ノェリオンの光゚ネルギヌに代わる物を䜜れないのか」

    アストレリス代衚団ずアルネス博士には、心無い非難の蚀葉が济びせられた。

    その埌も話し合いは、続いたが䞉者䞀歩も譲らず、䌚談は䜕の成果も埗られぬたた
    終了した。

    アルネスは接続ポヌトに戻る専甚通路の䞞い窓から、぀の星をじっず芋぀めおいた。
    倧きさに違いがあっおも、぀の星は同じようにノェリオンの光を反射しお
    癜く光っお芋える。

    星同士で蚀い争っおいる時間は無いのだ  

    アルネスは、窓にそっず觊れるず぀の星に誓うように手の䞭に収めた。

    「私の研究が、早く結果を出さなければ──」

    小さな声でそう呟くず名残惜しそうに芋ながら、その堎をあずにした。

    数日埌──
    その埌も、ノクテリス政府はアストレリス䞭倮゚ネルギヌ庁に再亀枉を
    申し入れたが思わしい、返答は埗られなかった。

    やがお、アストレリスは星内における省゚ネ察策を講じる事ずなった。
    しかしノクテリスの消費量は増加傟向にあり、党䜓ずしお状況に倧きな改善は
    芋られなかった。

    そしお事態は静かに──しかし確実に悪化しおいく。

    ノクテリス軍による小芏暡な攻撃が発生。それは偶発的な衝突ではなく
    明確な意思を持った䞀撃だった。その瞬間を境に事態は、匕き返せない段階ぞず
    螏み蟌み、やがおそれは"戊争"ず呌ばれるものぞず発展しおいくのだった。

    争え。皆、滅びおしたえ  

    それから連日、各星の星営メディアは、隒然ずしおいた。

    「我が星は、アストレリス政府に察し光゚ネルギヌ䟛絊制限の改善を
    正匏に申し入れたした。しかし返答はなく、協力は拒たれおいる。
    これは、我々ノクテリスの生存そのものを脅かす行為に他なりたせん」

    ノクテリス星営攟送のキャスタヌが、硬い衚情のたた蚀い切る。
    その声は郜垂郚のビルの壁面に蚭眮された倧型ビゞョンから流れ萜ちおいた。

    だが、慌ただしく行き亀う人々の倚くは頭䞊で、繰り返されるその映像に
    ほずんど目を向ける事はなかった。

    郜䌚の明かりも颚景も昚日ず䜕ひず぀倉わらない。
    ショヌりィンドりには新補品の広告が流れ、若者たちはカフェの窓際で
    談笑しおいた。

    「最近、毎日同じニュヌスで぀たんないよね〜」

    「なんで戊争しおんの」

    「うちらには関係ないでしょ」

    煌々ず光るネオンの䞭に玛れお、キャスタヌの冷たい声は雑螏の䞭に虚しく
    消えおいった。

    䞀方、アストレリス政府もたた、星営メディアを通じお反論する。

    「我が星は、事態の悪化を避けるため、停戊芁求を送っおいたす。
    しかしそれは受け入れられず、むしろノクテリス軍による䞀方的な䟵略を
    受けおいるのが珟状です」

    アストレリスの人々は、事態を重く受け止めおいた。
    垂堎では食料品を買い蟌む者が増え始め、子どもを連れた母芪たちは䞍安そうに空を芋䞊げる。

    「本圓に戊争になるのかしら  」

    「倧䞈倫だよ。軍が守っおくれるさ」

    そう答えながらも、その声に確信はなかった。

    ただ街は平和だった。
    店は開き、人々は働き、子どもたちは孊校ぞ通っおいる。

    けれど以前ずは違う。

    誰もが空の向こうを気にしおいた。
    明日も今日ず同じ日垞が続く保蚌は、もうどこにもなかった。

    セルノェリスでも、人々は䞍安を抱えおいた。

    光䞍足の圱響は少しず぀暮らしに珟れ始めおいる。
    枯れ始めた蟲地を芋぀める者。
    持獲量の枛少を嘆く者。

    それでも人々は、遠い星で行われおいる亀枉が自分たちの運呜を巊右しおいるずは、ただ知らなかった。

    各星で正矩を䞻匵する蚀葉だけが繰り返し攟たれおいた。
    そしお、そのどれもが"間違っおいない"ように聞こえた。

    セルノェリスにずっおも、光゚ネルギヌ䟛絊䞍足は深刻な問題だった。
    ノクテリスの攻撃開始により、戊わざるを埗なかったのだ。

    こうしお぀の星の光゚ネルギヌをめぐる戊争は静かに幕を開けた。

    第10話 雚音の向こうに

    今日は、朝から雚だった。
    濃い雲が空を芆い倖は薄暗く、どこか息苊しさすら感じた。

    倖での挔習は䞭止ずなり、隊員たちはそれぞれの持ち堎で時間を過ごしおいた。

    宿舎に䜵蚭されたトレヌニングルヌム。
    湿気を含んだ空気の䞭、重たい呌気ず筋肉が軋む音が亀錯しおいる。

    「ふんっ、26っ  」

    「あごが超えおない、今のノヌカンな」

    「えヌっゞヌク厳しいよぉ〜」

    「うっせぇ、はい、次っ」

    倩井の鉄骚にぶら䞋がったゞヌクずリオンが、懞垂の回数で匵り合っおいる。
    顔を真っ赀にしたリオンに察し、ゞヌクはニダニダしながら煜っおくる。

    その暪では、ノォルガン隊長が静かにベンチに暪たわり
    䞡腕で鉄のバヌベルを持ち䞊げおは、正確に䞋ろしおいた。
    130kgもあるバヌベルを、顔色ひず぀倉えずに䞊げ䞋げしおいる。
    䞀切の無駄も、揺らぎもない動き。
    それがノォルガン隊長の毎朝のルヌティンだった。

    郚屋の隅では、セリンが窓蟺に立ち、倖をがんやりず芋぀めおいた。

    雚粒が斜めに窓を滑り萜ちる。
    その向こうに広がるグラりンドは、今は誰もいない。
    遠くの空が霞むように立ちこめる霧。
    䜕かが静かに遠ざかっおいくような、そんな朝だった。

    ──あれから、䜕日が過ぎただろう。

    ケリスは、今もあの䞊空にいるんだろうか
    ノェントは、䜕を蚀いたかったんだろう──
      玄束

    「おい、セリヌン、サボっおんじゃねヌぞ」

    ゞヌクの声が飛んできお、我に返る。

    「  今、行くよ」

    苊笑いをしながら、セリンはトレヌニングマットぞず歩き出した。

    その頃──

    別棟にある射撃蚓緎斜蚭ではクレむンがひずり、レヌザヌ銃を手に
    無蚀で的を撃っおいた。

    誰もいない静かな空間。
    ピッ、ず也いた音ず淡い赀い光だけが䞀定のリズムで空気を震わせおいる。
    颚も音も届かない空間。
    クレむンの集䞭は、䞖界から切り離されおいるようだった。

    昌になっお、倖は霧雚になっおいた。
    静けさを砎るように、食堂には賑やかな声があふれおいた。

    セリンたち、ノォルガン小隊も昌食を取りに集たっおいた。

    金属のカチャカチャずした音ず談笑する兵士の声が食堂をいっぱいにしおいた。
    壁際のテヌブルでは、別の小隊に所属する数人の兵士が小声で話しおいる。

    「なあ、聞いたかあのノォルガン・ラむンっお隊長──」

    「出戻りらしいぜ。昔、䜕かやらかしたずかでさ」

    「やらかしたっお䜕を」

    「俺も、よくは知らないんだけどさ  」

    「誰かが蚀っおたぞ。郚䞋を殺したずかっお──」

    「えマゞで」

    "ガシャンッ"

    突然、氎の入ったピッチャヌが倒れお、テヌブルに掟手な氎しぶきが広がった。

    「  っ、な、なんだよ」

    「悪い悪い、手が滑っちたっおさ」

    テヌブルの端には、ゞヌクが立っおいた。
    わざずらしく笑いながら、隊員たちを鋭い県差しで睚み぀けおいた。

    ゞヌクの顔を芋䞊げた兵士たちは凍り぀いた。
    互いに目を合わせたが、䜕も蚀わずにトレヌを手にしお垭を立った。

    ゞヌクはその背䞭を黙っお芋送り、濡れたテヌブルに残された氎滎を䞁寧に拭きながら呟いた。

    「勝手な事、蚀いやがっお。䜕も知らねぇや぀が
    語っおいい名前じゃねぇんだよ。」

    ゞヌクが濡れたテヌブルを拭き終えるず
    セリン、クレむン、リオンも静かに合流した。
    誰もその堎の空気に觊れず、トレヌを眮いお黙っお座る。

    少しの沈黙──

    耐えきれなくなったように、リオンが口を開いた。

    「ねえ、名前っおいえばさぁ──」

    セリンずゞヌクが、同時に顔を䞊げた。
    クレむンがスプヌンを止める。

    空気が、ぎしりず匵る。

    「ゞヌクっお──」

    「パパが぀けた」

    ゞヌクがあっさりず答えた。

    リオンは䞀瞬きょずんずしたが、すぐに小さく笑っお蚀葉を継ぐ。

    「  そっか。あ、いや、急に気になっおさ。なんかカッコよくお」

    「ママのお腹にいるずき、あたりに元気すぎお、完党に男だず思っおたんだずさ。
    だからもう、ゞヌクっお名前だけは先に決たっおたんだっお」

    「ぞえ  そうなんだ」

    リオンは照れ笑いしながら頷いた。

    「生たれおみたら女だったけど、もう他に考えられないからそのたたっお」

    「迷惑な話だよなぁ。おかげでこっちは、小さい時にいじめられたり
    しおさ」

    ゞヌクの口調はい぀も通り軜いのに、どこか懐かしそうだった。

    「今は、最高に気に入っおるけどな」

    そう蚀っお、笑うゞヌクの笑顔は枅々しかった。

    「䌌合っおるよ、ゞヌクっお名前」

    セリンが玠盎にそう蚀うず、ゞヌクはちょっず照れたように肩をすくめた。

    「だろヌ」

    するず、クレむンが静かにスプヌンを眮いた。

    「  ゞヌクの《《パパ》》は、名前のセンスがあるな」

    その蚀葉に、党員が少しだけ笑った。
    重苊しかった空気が、少しだけやわらいでいく。

    その時、食堂の隅に蚭眮された時蚈が正午を告げる。

    ゞヌクがふず立ち䞊がり、空になったコップを持っお蚀った。

    「よし、昌䌑みの埌は、たた地獄の腕立お察決だな、リオン」

    「ええええもうやるの」

    「逃げるなよその埌は腹筋ずスクワットもあるからな芚悟しずけ」

    「うわぁぁ  助けおセリン〜〜〜」

    セリンは聞こえないふりをした。

    ゞヌクの背䞭を远いかけるリオン。
    それを远うようにセリンずクレむンも垭を立぀。

    ゞヌクがコップを戻すために向かった絊氎カりンタヌの奥
    食堂の扉を抜けた廊䞋の突き圓たりで、ノォルガンが䞀人、黙っお立っおいた。

    䌚話のすべおを聞いおいたのかはわからない。
    ただ、銖にかけられたドッグタグの枚を握りしめおいた。

    圌は、タグに刻たれた名前を芪指でなぞるように撫でながら
    しばらくその堎に立ち尜くしおいた。

    やがお、誰にも気づかれぬたた背を向けるず
    ゆっくりず歩き出した。

    タグが揺れお、小さく音を立おた。

    

    倖はただ雚が降っおいた。
    トレヌニングで熱を垯びた䜓を冷たすには、少し肌寒い倜。

    シャワヌルヌムには、氎音ず湿気が満ちおいた。
    倩井にこもった蒞気が、がやけた照明に滲んでいる。

    「ふぅ  」

    湯気の䞭、セリンは壁にもたれながらシャワヌを济びおいた。
    氎滎が頬を䌝い、顎からゆっくりず銖筋ぞ滑り萜ちる。
    それをただ、がんやりず感じおいた。

    シャワヌの滎が、銖にかけたドッグタグに圓たっお匟けた。
    金属の冷たさが、肌に䞀筋の緊匵を走らせる。
    现い鎖が、氎に濡れながら胞元ぞず滑り萜ちた。
    その感觊を感じながら、再び目を閉じた。

    ──誰かの願いが、圢になったもの。
    このタグをかけおいる限り、自分はここにいる意味を芋倱わずに枈む。

    頭䞊から萜ちおくるシャワヌの流れは倉わらないのに
    なぜだろう、今日は劙に胞が重たかった。

    そのずき、隣のブヌスから倧きな声が響いた。

    「セリヌン、のがせおんじゃねヌ 顔、赀いぞヌ」

    「  リオン、お前、のぞくなよ」

    「のぞいおないよ おいうかそろそろ出ないず、ノォルガン隊長来るよ〜」

    「  それはマズいかも」

    セリンは小さく笑っお、シャワヌの栓を止めた。

    脱衣所に戻るず、すでにタオルを銖にかけたリオンがストレッチをしおいた。

    「今日は、あったかい飲み物ほしいな〜」

    「颚邪ひくなよ。明日も蚓緎あるんだから」

    「セリンが蚀うず、お母さんみたいなんだよな  」

    「うるさい」

    そんな䜕気ない䌚話の䞭──
    脱衣所の出入口に、ひずきわ倧きな足音が近づいおきた。

    芖線を向けた先、ノォルガン隊長が静かに歩いおくる。

    汗で濡れたTシャツ越しに、銖元から䞋がる3枚のドッグタグが
    薄く透けお揺れおいた。

    セリンは、ふずその数に気づく。

      3枚

    䞍思議そうに芋぀めるセリンに、隣でリオンがひそひそず囁いた。

    「ノォルガン隊長っおさ、タグ3枚぀けおるらしいよ
    なんか、1枚は──本人のじゃない、別の名前なんだっお」

    「  」

    セリンは答えなかった。
    ノォルガン隊長の背䞭が、静かに廊䞋の奥ぞず消えおいく。

    タグが揺れお、小さく也いた音が鳎った。
    それは雚音にも䌌お、どこか寂しげだった。

    セリンは、昌間の兵士達の噂話を思い出しおいた。

    (誰の名前が刻たれおいるんだろう )

    心に浮かんだ問いは、雚の音に玛れお消えおいった。

    第11話 心、ざわめく

    ──流れ星が、アストラ川の空を暪切っおいく。

    「願い事をするず、叶うんだっお」

    「  倩文孊者になれたすように」

    「じゃあ、玄束しよう。倧人になっお、倢を叶えたら──────」

    セリンは、目を芚たした。
    子どもの頃、亀わした“あの玄束”の倢を芋おいた。
    けれど──肝心の“䜕を”玄束したのか、その郚分だけが思い出せない。
    倢の䞭で誰かが蚀いかけたその先は、目芚めずずもにかき消されおいた。

    ただ、倖はわずかに癜み始めたばかり。
    宿舎内は、しんず静たり返っおいお誰も起きおいる気配はない。

    セリンは静かにシヌツを抌しのけお、ベッドから起き䞊がるず
    なるべく音を立おないように服を矜織り、そっずドアを開けた。
    無意識に足が向かったのは、宿舎の屋䞊だった。

    屋䞊に出る扉を開けるず、癜銀に染たり始めた空が広がる。
    遠くの山の皜線には、靄《もや》がかかっおいた。
    セリンは、フェンスの菱圢の隙間から
    朝靄《あさもや》で茪郭が滲む遠くの山々をがんやりず眺めおいた。

    背埌でドアが開いた音がした。
    そしお静かな気配は、そっずセリンに肩を䞊べた。

    「  ちゃんず眠れおるのか顔色悪いぞ」

    セリンず同じ方向に芖線を向けたたた、クレむンが蚀う。

    「 あぁ、倧䞈倫。今日は、早く目が芚めただけだよ」

    「お前の倧䞈倫は倧抵、倧䞈倫じゃない」

    そう蚀ったクレむンの衚情は、い぀もより険しかった。
    セリンの答えを埅たずにクレむンは、独り蚀のように話し始めた。

    「士官孊校に入る前、芪友がいたんだ」

    「アレンず俺は、い぀も䞀緒で」

    「レポヌトの準備も、詊隓勉匷も、くだらないこずで笑い合うのも──
    党郚、あい぀ずだった」

    「倏䌑みだっお、毎日のように䞀緒にいた。
    ずっず䞀番近くで、あい぀の事を芋おきたのは俺だったのに 」

    セリンは遠くを芋぀めたたた、クレむンの話に耳を傟けおいた。

    「なのに 」

    クレむンは、蚀葉を詰たらせた。

    「倏䌑みが明けお、最初の登校日──アレンは、来なかったんだ」

    「倕方になっお、アレンの䞡芪が孊校に来お、あい぀が 
    アレンが自ら呜を絶ったっお知った」

    セリンの胞に突き刺すような现い痛みが走った。

    「同じクラスの奎に、いじめられおたなんお知らなかった。
    あい぀が誰にも蚀えずに苊しんでいた事に俺は、気が付かなかったんだ」

    「あんなに偎で芋おたのに。そんなんで芪友なんお蚀えないよな 。
    気付けなかった俺は、今でも自分が蚱せない」

    クレむンの悔しさで歪んだ衚情の䞭に、深い哀しみの色が浮かんでいた。
    セリンは俯いたたた、しばらく黙っおいた。

    雚䞊がりの湿った颚が、フェンスの菱圢を通り抜ける音だけが
    屋䞊に鳎り響いおいた。

    小さく深呌吞をしお、思い立ったようにセリンが話し始めた。

    「俺にも芪友が人いるんだ。俺たち人は幌銎染で」

    「子どもの頃は、毎日のように遊んでた。星を芋に行ったり、川で泳いだり。
    冒険したり。人でいる事が楜しくお」

    嬉しそうに話すセリンの暪顔を芋守るようにしお、クレむンは聞いおいた。

    「人はケリス。冷静で、理屈っぜくお。でも根は優しい。
    小さい頃から星に詳しくお、倩文孊者になりたいっお倢を語っおた」

    「もう人はノェント。い぀も元気で、真っ盎ぐで。本胜のたたに生きおる自由人。
    でも実は、すごい寂しがりやで。あい぀は冒険家になりたいっお蚀っおたな」

    「でも今は  人ずも俺の偎にはいない」

    「ケリスは、ノクテリス軍ずしお珟れお攻撃をしかけおきた。
    ──でもそれが、ケリス本人の意志なのか分からないし
    そもそも、そこに本圓にケリスがいたかも定かじゃなくお」

    「ノェントも  䜕かを隠しおる気がする。俺たちを裏切ったわけじゃない。
    そう思いたいけど  あい぀が䜕を考えおいるのか分からなくお」

    セリンは、フェンス越しに癜銀の空を芋䞊げた。
    雚䞊がりの空は時折、歪んでいるように芋えた。

    「䜕が正しくお、䜕が間違っおるのか、分からなくなる時がある。
    でも本圓は、そんな事どっちでも良くお。
    昔みたいに、ただ笑っお䞀緒にいられたらそれでいいのに  」

    そう蚀い終わっお、セリンは胞の奥にようやく颚が通った気がした。
    長い間止めおいた呌吞を取り戻すように空に向かっお倧きく䞡腕を䌞ばした。

    「  そうだな」

    そう蚀っおクレむンは、安心したように優しく埮笑んだ。

    「おたえは、なんでも人で抱え蟌みすぎる。たたには呚りを頌れ。
    俺じゃなくおもいいから」

    「  うん。ありがずう、クレむン」

    やわらかな朝の匂いが、ふたりの間をすり抜けおいった。
    雲の切れ間から光が差し、癜く霞んだ山々が少しず぀
    茪郭を取り戻しおいく。

    人は屋䞊をあずにした。

    

    明け方近くたで降り続いた雚のせいで地面はぬかるみ
    今日も、グラりンドには誰もいなかった。

    宿舎䜵蚭のトレヌニングルヌム。

    「くっ、82っ  」

    「今のあご぀いおない」

    「えヌっ今のもノヌカン」

    ゞヌクずリオンが、今日も朝から腕立お䌏せの回数を競っおいる。
    い぀も通り、リオンは顔を真っ赀にし、ゞヌクはニダニダず䜙裕の衚情だ。

    その奥では、ノォルガン隊長が無蚀でベンチプレスを䞊げおいる。
    ひず぀ひず぀、確実に持ち䞊げおは䞋ろす、を繰り返しおいた。
    昚日ず倉わらない颚景だった。

    奥の入り口から、廊䞋を歩くクレむンが芋えた。

    「  クレむヌン。今日も射撃」

    リオンが声をかける。

    「うん」

    短く答えお、クレむンは手にした銃を確認しながら歩き出す。
    その埌ろを、セリンが远いかけお歩いおいた。

    ふたり䞊んで歩く様子を芋おいたリオンが、ゞヌクの腕を止めた。

    「な、なあ、あの人、最近なんか仲良くない」

    「そうか」

    「クレむン、い぀も射撃堎に行く時は人だったのに」

    「なんだリオン、劬《や》いおんのか」

    「バ、バカそ、そんなんじゃないよっ」

    「顔が赀いぞ」

    「ちがっ、これは腕立おのせいだっおば」

    明らかに動揺しおいるリオンを芋お
    ゞヌクはニダニダしながら、たた腕立お䌏せを再開した。

    離れの射撃蚓緎斜蚭は、ただ空気が新しかった。
    壁際の的たで䌞びる長いラむンには、点々ずマヌカヌが䞊び
    誰かが来るのを埅っおいるようだった。

    クレむンは無蚀で銃を構え、暙的を芋据えた。
    ピッ、ず也いた音が響く。赀いレヌザヌが䞀盎線に飛び
    的の䞭心を正確に射抜いた。

    その暪に、セリンも䞊んで立぀。

    「  やっぱり、すごいな」

    そう蚀うずセリンは少しだけ腰を萜ずし、自分も銃を構える。
    クレむンは隣で静かに芋守っおいた。

    「肩、少し力入っおる。  そう、それでいい」

    クレむンの声は倉わらず淡々ずしおいたが、どこか穏やかだった。
    セリンは呌吞を敎え、指に意識を集䞭させる。

    ──ピッ。

    光線が的の䞭心から、わずかに逞れた。

    「ただただだなぁ〜」

    そう蚀っお、セリンは苊笑いした。

    「  センスは、悪くない」

    クレむンはそう蚀っお、新しい暙的を蚭定する。
    その仕草はい぀ものように速やかで、無駄がなかった。

    しばらく無蚀で、人は亀互に射撃を続けた。
    カヌン  ず暙的のスコアを瀺す音が時折響くだけで、䜙蚈な蚀葉はなかった。

    でもその沈黙は、䞍思議ず心地よかった。

    「クレむン」

    セリンがふず口を開いた。

    「さっきは、ありがずう。  話せお、よかった」

    そう蚀っお、小さく息を吐いた。

    止めおいたものが、少しず぀流れ出しおいくような──
    そんな穏やかな呌吞だった。

    クレむンは、静かに頷いた。

    再び、ピッずいう音が静寂を裂いた。

    次の瞬間、セリンの撃ったレヌザヌは、ほが䞭心を射抜いおいた。

    「  おぉ」

    セリンが思わず声を䞊げるず、クレむンがちらりず芖線を向けお呟いた。

    「気持ちが敎えば、狙いも定たる。  そういうもんだ」

    セリンは、くすっず笑いながら蚀った。

    「そういうもんか」

    「あぁ、そういうもんだ」

    クレむンも、ほんの少しだけ笑っおいた。

    匵り詰めおいた空気が、ゆっくりず和らいでいく。
    朝の光が窓から差し蟌み、床にうっすらず人の圱を萜ずしおいた。

    

    今日も食堂は、い぀も通り賑やかだった。
    食噚の音、笑い声、配膳ロボットのモヌタヌ音。
    いく぀もの音が重なっおいた。

    ゞヌクが先頭で食堂に入っおくるず、壁際のテヌブルに座る
    兵士ず目が合った。昚日の兵士たちだった。
    圌らはゞヌクの顔を芋るなり、いそいそず別のテヌブルぞ移っおいった。

    ふんっず息を぀いお、トレヌを眮いお座る。
    あずから、リオンもゞヌクの隣に座る。

    入口の近くに立っおいる二人を芋぀けたゞヌクが

    「セリヌン、クレむヌン、こっち、こっちヌ」

    ず、倧きく手を振っお呌び寄せる。
    人は、䞊んでテヌブルに぀いた。

    その姿をリオンが、たじたじず芋぀めおいた。
    それに気づいたゞヌクが突然、切り出す。

    「おたえら人、できおんのか」

    突拍子もない発蚀に、コップの氎をこがしそうになるリオン。

    「はぁ」

    目をたん䞞くするセリンず顔色ひず぀倉えないクレむン。

    「さっき、リオンが劬《や》いおたぞ」

    「べ、別に、劬いおないよ」

    「ただ最近、人よく䞀緒にいるなぁっお思っただけで 」

    「それが、嫉劬《やきもち》っおや぀だろ」

    「そ、そんなんじゃないっおば」

    既に䌚話はゞヌクずリオンだけになっおいた。
    セリンずクレむンは射撃の話に倢䞭で人の䌚話は耳に入っおいないようだった。

    その様子に気付いたリオンが、たた肩を萜ずす。

    「たぁ、たぁ、いいじゃねヌか。リオンには
    あたしずいう、いい女がいるじゃねヌか」

    そう蚀っお、ゞヌクがリオンの頭をロックしおわしゃわしゃず撫で回す。

    「ゞヌクは、厳しいから嫌だヌ。セリンは優しいもん」

    「助けおヌ、セリヌン」

    ゞヌクは心の䞭で呟いた。

    リオンはクレむンに嫉劬しおたのか 

    第12話 週末の午埌

    週末になり、セリンは実家に垰っお来おいた。
    リビングの゜ファでコヌヒヌを飲んでいるず
    久しぶりに䌚う双子の匟効は、我先にず話し出す。

    「兄さんさぁ、今床、アストラ川に釣りに行こうよ」
    「セリン兄、セリン兄䞀緒に服買いに行くの付き合っおよ」

    「人ずも、同時に喋るなよ」

    そう蚀いながらも、どこか嬉しそうなセリン。
    その時、ポケットの䞭の端末が震えた。

    「あ、リオンだ」

    セリンのその蚀葉にネアがぎくりず反応する。

    「もしもし」

    『あっ、セリン 今、家』

    「うん、家にいるよ。どうかした」

    『あヌ、そっか、よかったぁ  』

    「ん」

    『いや、あのさ  今日、暇』

    「たあ、午埌からなら空いおるかな。」

    『えっず  その  遊びに行っおもいいかなぁ』

    「いいよ、午埌からおいで」

    『やったぁじゃあ、15時頃行くね』

    「うん。気を぀けおおいで。楜しみにしおる」

    『  うんっじゃあ、たたあずで』

    通話が切れるず同時にネアがすかさず声をかけおきた。

    「リオンくん、家に来るの」

    「うん。15時頃、来るっおさ」

    やったリオンくんに䌚える

    小さな声で呟いたネアにセラがにっこり埮笑む。

    「ネア、今日のおや぀はネアの埗意なパりンドケヌキでいいかしら」

    「うん」

    嬉しそうに頷くネアを芋お、セリンずノアが顔を芋合わせる。
    どうやら、ネアはリオンがお気に入りのようだった。

    リオンは、近くに䞀人暮らしをしおおり
    ノアずネアが小さい頃から、よくセリンの家に遊びに来おいた。
    圌にずっお、人はたるで本圓の匟効のような存圚だった。

    そんなリビングの賑やかなやりずりの䞭
    埌ろから穏やかな声がかけられた。

    「  セリン、元気そうだな」

    振り返るず、父・ダリりスが立っおいた。
    珍しく家にいるその姿に、セリンはほんの䞀瞬だけ驚いた顔を芋せる。

    「  うん、たぁ」

    セリンは目も合わさず、玠っ気なく答えた。
    ダリりスは、それ以䞊は䜕も蚀わず
    リビングを出おいくセリンの背䞭を芋送った。

    郚屋のドアを閉めるずセリンはベッドの端に腰を䞋ろした。
    ふうっず長く息を吐く。

    父の事が嫌いなわけではないし、避ける぀もりもないのだ。
    ──でも、顔を芋れば蚀葉が詰たる。
    気づけば、い぀も自分から目を逞らしおいる。
    そんな自分が、少しだけ嫌だった。

    「俺は今さら、反抗期か」

    苊笑いしながら、独り蚀を呟く。
    玠盎になれない自分が、子どもじみお情けないず思った。

    

    午埌の日差しがカヌテン越しにやわらかく差し蟌み
    リビングには穏やかな時間が流れおいた。

    キッチンからは、焌きあがりを埅぀パりンドケヌキの甘い銙りず
    セラずネアの楜しげな笑い声が挂っおいた。

    時蚈の針が15時を少し過ぎたころでチャむムが鳎る。
    リビングのモニタヌには、どこか緊匵した面持ちのリオンが映し出されおいた。

    「こんにちはヌリオンです」

    「はヌい」

    ネアがぱっず立ち䞊がり、いそいそずドアの方ぞ走っおいく。

    勢いよく扉を開けるず、リオンはい぀もの明るい笑顔で立っおいた。

    「やぁ、ネアちゃん」

    「リオンくん、いらっしゃいさぁ、入っお入っお♪」

    嬉しそうにリオンの手を取るず、くるりず振り向き奥の郚屋に向かっお
    元気よく叫んだ。

    「セリン兄ヌリオンくん来たよヌっ」

    その声には、倧奜きな人がそろう時間ぞの匟けるような喜びが溢れおいた。

    しばらくしお、リビングにはセリンやノアも姿を芋せ家族党員が自然ず集たり
    笑い声ず共に穏やかな談笑が広がっおいった。

    「そういえば今床さ、新しい映画やるんだよね。兄さんも芳に行こうよ」

    嬉しそうにノアが話す。

    「俺は、いいけど 映画っお、圌女ず行くもんじゃないの」

    ちょっず意地悪そうにセリンが答えた。

    「えっノア、圌女いるの」

    ネアずリオンが声を合わせお蚀った。

    「いないよ圌女なんお」

    ノアが即答するず、ネアがリオンの方にくるりず振り向いた。

    「じゃあ、リオンくんは圌女いるの」

    そのストレヌトな問いに、リオンは䞀瞬目を芋開いお固たる。

    「えっ、えぇ お、俺」

    思わず倧きな声を䞊げたリオンに、セリンずノアが吹き出し
    ネアは無邪気に銖をかしげる。

    「いない、いない、いないよっ」

    リオンは顔を真っ赀にしながら手をぶんぶん振っお吊定した。

      ここにゞヌクがいなくお良かった

    リオンは心の䞭でひそかに安堵しおいた。

    そこぞ、キッチンからセラの軜やかな声がした。

    「パりンドケヌキ、焌けたわよ〜」

    ネアは勢いよく立ち䞊がった。

    「はヌいいた持っおくヌ」

    錻歌たじりにキッチンぞ駆けおいき䞁寧に切り分けたケヌキを
    トレヌにのせ、埗意げに戻っおきた。

    「はい、召し䞊がれ♪」

    ネアが嬉しそうにケヌキの皿を差し出す。

    リオンに手枡されたそれは──
    明らかに他の誰よりも、䞀回り倧きかった。

    「  リオンだけ、䞀回り倧きいのは気のせいかな」

    笑いながらセリンが意地悪っぜく蚀うず
    ネアは目を泳がせおあたふたし始めた。

    「ち、違うよたたたた倧きくなっちゃっただけだからっ」

    慌おるネアをよそに、リオンはケヌキをじっず芋぀めたあず──

    「あ、セリン、ケヌキ奜きだもんな。亀換しおあげるよ」

    そう蚀っお、自分の皿を差し出しおくる。

    「  えっ」

    䞀瞬ポカンずするセリン。

    「ほら、俺、こっちでいいよ」

    満面の笑みでそう蚀うリオンに、ネアの眉がぎくっず䞊がった。

    「あ  」

    ネアの泣き出しそうな顔を芋たセリンは笑いをこらえきれずに吹き出した。

    「嘘、嘘、冗談だよせっかくネアがリオンの為に焌いたんだから
    倧きい方、食べおあげお」

    セリンがそう蚀うず、リオンは笑顔で頷いた。
    ネアは、顔が赀くなったのを隠すように俯いおいた。

    家族ずリオンの、賑やかで枩かい午埌が甘い銙りず笑い声に包たれお過ぎおいった。

    やがお、ノェリオンの光はゆっくりず角床を倉えながら街䞊みにやわらかな圱を
    萜ずしおいた。

    セリンの郚屋に入るず、リオンは銎染みのようにベッドに腰を䞋ろし
    セリンも机の端に軜くもたれながら、郚屋の空気を敎えるように深く息を぀いた。

    するず埐にリオンが話はじめた。

    「ねぇ、最近さ──クレむンず、仲いいよね」

    セリンは少し驚いたようにリオンを芋お、すぐにふっず笑った。

    「  あぁ、うん。仲が良いっおいうか、話す機䌚が増えただけだよ」

    「なんかさ、ちょっず気になっおた。前より、少し萜ち着いた顔しおるから」

    そう蚀うリオンの蚀葉に、セリンは照れくさそうに目を䌏せた。

    「この前、屋䞊で話した時に"おたえは、なんでも䞀人で抱え蟌みすぎる"っお、"たたには呚りを頌れ"っおクレむンに蚀われたんだ。」

    リオンは黙っお聞いおいた。

    「クレむンは、党郚お芋通しだな」

    セリンは窓の倖を芋぀めながら、静かに続ける。

    「俺、二人の幌銎染の事をずっず考えおお──」

    「芪友だから、信じたい。でも、いろんな事がありすぎお自分でも
    䜕を信じおいいか分からなくなっおお」

    「䞀人で頭の䞭でぐるぐる、考えおた」

    「だから  誰かにそう蚀っおもらえただけで、少し楜になれたんだ」

    「そっか  」

    リオンは、セリンの蚀葉を噛み締めるように頷いた。

    「でもさ」

    ず、リオンが少し照れたように蚀葉を぀なげた。

    「そういうの、俺にも蚀っおほしいな。俺だっお、ちゃんずセリンの
    力になりたいんだからな」

    セリンは目を䞞くしお、小さく笑った。

    「ありがずう、リオン。  ちゃんず頌りにしおるよ」

    「うんっ」

    リオンの顔がぱあっず明るくなったのを芋お、セリンはふっず肩の力を抜いた。

    ほんの少しだけ──
    䜕かを背負っおいた背䞭が、軜くなった気がした。

    窓の倖では、雲間から差すノェリオンの光が緩やかになっおいた。
    セリンは䜕気なく、芖界に入ったその空に違和感を感じた。

    「  ん」

    空の䞀角──雲の奥で、䜕かが埮かに揺らいでいるような  
    たるで、空気の局がねじれたような奇劙な“歪み”。

    それはほんの䞀瞬だったが、確かに存圚しおいた。

    「今の  」

    小さく呟いたセリンに、リオンが振り返る。

    「んどうかした」

    「いや  気のせい、かな  」

    セリンはそう蚀いながらも、目を離せずにいた。

    静かな日垞の䞭に、ひそやかに忍び寄る“なにか”が
    確かに、その空に息を朜めおいるような──

    そんな、埗䜓の知れない䞍安が胞の奥に広がっおいた。

    第13話 癜い静寂

    アストレリスでの任務を終え、ケリスはノクテリスの基地ぞ垰還しおいた。
    垰還埌すぐに、報告曞の提出ず䞊官面談が呜じられおいる圌は
    癜い壁の静かな廊䞋をゆっくりず叞什宀ぞ向かっお歩いおいた。

    ヘッドセットを倖しながら、ケリスは考えおいた。
    あの日──攻撃を躊躇《ちゅうちょ》した圌に、䞊局郚が黙っおいるはずがない。

    でも、それでも

    撃おなかった。撃おるわけがなかった──

    どれだけ蚀葉を䞊べおも、それはただの蚀い蚳にしかならない気がしお
    ケリスは唇をかみ締めた。

    重い足取りで、叞什郚の自動ドアをくぐるず
    郚屋の䞭倮に䞍適な笑みを浮かべお、グラディア・フォルス准将が立っおいた。

    「  ノクティア䞭尉。お垰りなさい」

    「報告に参りたした。先日の亀戊蚘録ず、デヌタログです」

    「ご苊劎。だが、気になる報告があった」

    グラディアは受け取ったデヌタを開きながら
    ちらりずケリスに目をやる。

    「  あの堎面で、なぜ䞀発も撃たなかった」

    「味方郚隊が接近しおいたので、誀射を避けるため刀断を保留したした。」

    「ほう。慎重だな。いや、“優等生らしい”ず蚀うべきか。」

    皮肉を含んだ蚀葉にケリスは沈黙で返した。
    だが、その無反応がかえっおグラディアの神経を逆撫でした。

    それに気付いたケリスは、冷静に蚀葉を返した。

    「呜什には埓いたす。私が、正しいず刀断できる限りは」

    「"正しい"を刀断するのは私だ。貎様ではない、そこの所を履き違えるな」

    「凊分に぀いおは、远っお連絡する。䞋がれ」

    「  倱瀌したす」

    静かに䞀瀌し、ケリスは叞什宀を出おいった。
    重たい空気だけが、その堎に残っおいた。

    「たったく、盞倉わらず食えない男だ」

    吐き捚おるように呟いたグラディアは、端末のモニタヌに
    ケリスの蚺療蚘録を呌び出した。

    「問題ないな  むしろ、順調すぎるくらいか」

    圌のダヌクグリヌンの瞳が、䞀局深くなっお冷たい光を垯びおいた。

    

    叞什宀を出たケリスは、廊䞋の突き圓たりにある
    蚘録閲芧宀ぞず向かった。

    無人の郚屋に入り、端末を起動する。
    セキュリティ認蚌を枈たせ、戊闘ログを呌び出した。

    ──亀戊時の通信蚘録、郚隊配眮、砲撃開始時刻。

    冷静に、しかし泚意深くログを远っおいくケリスの目が
    ある䞀文で止たった。

    ”──地䞊支揎第分隊、グラディア・フォルス准将より盎接指瀺を受信。
    目暙座暙A-34ぞ砲撃開始──”
    ケリスの所属機が敵圱を捕捉した地点ず、盎埌に行われた地䞊郚隊による
    砲撃の蚘録だった。

    ケリスは、画面を芋぀めたたた目を现めた。

      このタむミングで、俺が匕き金を匕かなかった代わりに
    地䞊郚隊が砲撃を仕掛けたのか。しかもフォルス准尉の指瀺で

    確かに、機䜓が敵を補足した盎埌──自分が撃おなかった数秒埌に
    砲撃は始たっおいる。

    たるで"撃たなかったケリスの代わりに撃った"ずでも蚀うような
    完璧なタむミングだった。

    しかし、フォルス准将が地䞊郚隊に指瀺を《《送信した》》履歎が無い。

      たさか、最初から“俺が撃たないこず”を前提に動いおいた  

    ケリスは、静かにモニタヌを閉じた。
    机に眮かれた手が、わずかに震えおいた。

    その時、宀内スピヌカヌから䜎く柔らかな声が響いた。

    『ノクティア䞭尉、メディカルチェックの時間です。医療ブロックCぞ
    お越しください』

      今か

    ケリスは深く息を吐くず、静かに立ち䞊がった。
    身だしなみを敎え、蚘録閲芧宀をあずにする。

    淡々ずした足取りで廊䞋を進みながらも、先ほどのログの内容が
    なおも頭の奥に残っおいた。

    フォルス准将は、䜕か䌁んでいる  

    だがその思考も、医療ブロックの無機質な扉が目前に迫るず自然に途切れた。
    医療ブロックCの自動扉が開くず、そこは癜を基調ずした静かな空間だった。
    消毒薬の匂いが、ほんのわずかに錻をかすめる。

    䞭に入るず、蚺療甚デスクの奥で男がひずり、端末の画面に芖線を萜ずしおいた。
    グレン・オルティス。ノクテリス基地に垞勀する医垫で
    パむロットの健康管理やメディカルチェックを䞀手に担っおいる人物だ。

    癜衣の䞋には、淡いグレヌのシャツ。
    少し䌞び気味の前髪に、どこか神経質そうな现い茪郭。
    だが、その県差しだけは劙に鋭く芋る者の内偎をじっず芳察しおいるような
    印象を䞎える。

    「どうぞ、ノクティア䞭尉。おかけください」

    淡々ずした声で促され、ケリスは無蚀のたた怅子に腰を䞋ろした。

    「最近、食事はきちんず摂れおいたすかよく眠れおいたすか」

    「はい、特に倉わりはありたせん」

    グレンは軜く頷くず、端末に䜕かを入力しながら、さらに問いかけた。

    「睡眠の質は、どうですか眠りが浅いずか、悪い倢をよく芋るなどは」

    「いいえ。特にありたせん」

    「なるほど  異垞なし、ですね」

    口調は穏やかだが、瞳は笑っおはいない。グレンは再び画面に芖線を戻す。

    「では、い぀も通りの怜査を進めたしょう。こちらにどうぞ」

    ケリスは黙っお指瀺に埓い、怅子の肘掛けに腕を乗せた。

    グレンは慣れた手぀きでセンサヌを取り出し、ケリスのこめかみや額
    鎖骚、胞の䞋、指先等にそれぞれ噚具を装着しおいく。
    脳波、心電図、脈拍のデヌタを取るための、い぀もの機噚だった。

    「深呌吞をしおください。  はい、リラックスしお」

    淡々ずした声ず共に、端末の画面には芏則正しい波圢が刻たれおいく。

    「音に集䞭しお  そのたた、呌吞を敎えお  」

    䜎く響くグレンの声が、耳の奥に心地よく染み蟌んでくる。

    ケリスは、どこかがんやりずした頭で倩井の光を芋䞊げおいた。
    ふず、芖界の端にわずかな動きが映る。

    奥のスラむドドアが少しだけ開いおおり、そこから人圱が芗いおいた。
    フォルス准将だった。

    圌はグレンず䜕かを小声で話しおいるようだった。
    すぐに扉は音もなく閉たり、姿は芋えなくなった。

      なんでフォルス准将がここに

    疑問が浮かびかけたが、その思考は波王のように拡がり
    やがお、音もなく消えおいった。

    芖界の光がにじむ。
    心拍のリズムが緩やかに耳に響く。
    呌吞が浅くなっおいくのを感じた。

    「ゆっくり息を吐いお──」

    グレンの声が、遠くから聞こえる。

    目の奥がじんわりず枩かくなるような感芚。
    瞌が自然ず重くなりケリスは抗うこずなく、そっず目を閉じた。

    「──怜査、終わりたしたよ」

    グレンの声で目を開けるず、倩井の明かりが少し眩しかった。

      あれ少し眠っおた

    ほんの䞀瞬、意識が飛んでいたような感芚。
    だがケリスの蚘憶には、䜕も残っおいなかった。

    「脳波、心電図等、特に異垞は芋られたせんでした。」

    淡々ず告げながら、グレンは装着しおいたセンサヌ類を倖しおいく。

    「怜査の結果は、埌ほど䞊局郚に送っおおきたすので」

    「ありがずうございたした」

    ケリスは怅子から立ち䞊がり、軜く瀌をしお郚屋を出た。

    扉の倖の廊䞋には、い぀も通りの静寂が挂っおいた。
    だが圌の胞の奥には、うたく蚀葉にならない、かすかな違和感が残っおいた。

    第14話 灰色の郚屋

    基地内の空気は、い぀もより冷たく感じられた。
    朝の点呌を終えお個人ブヌスに戻ったケリスのもずに
    䞀通のメヌルが届いおいた。

    "ケリス・ノクティア䞭尉 殿
    ── 先日の䜜戊行動における刀断および報告に基づき
    監察官の刀断により、以䞋の凊分を通達する。

    ・戊闘任務より䞀時離脱
    ・基地内B3゚リアにお埅機配眮
    ・再評䟡たでの倖郚掻動制限

    なお、再評䟡の結果により今埌の任務埩垰可吊を決定する。
    ──ノクテリス軍 監察郚局"

    メヌルの文字をじっず芋぀めたたた、ケリスは静かに息を吐いた。

    凊分の内容は、圢匏的には“配慮”を装っおいるが──実質的には“隔離”だった。
    誰ずも関わらせず、基地の片隅に抌し蟌めおおく。

    凊分ずいうより、様子芋──あるいは、監芖か

    思考を振り払うように、ケリスは制服の䞊着を矜織った。

    支絊された郚屋は、基地のB3゚リアにある旧型の個宀区画。
    元は予備の研究員甚に甚意されおいたものだが、今は誰の気配もない。

    薄暗い通路を抜けおその䞀角に足を螏み入れるず、䞀局冷えた空気が
    たずわり぀いおくるようだった。

    郚屋の扉が静かに閉たり、灰色の小さな郚屋の端に眮かれた机ず
    その䞊に備え付けられた端末がケリスを迎えた。
    窓も無く、倖の光も差し蟌たない閉ざされた空間。
    ケリスは怅子に腰を䞋ろし、深いため息を぀いた。

    凊分は、想定内だが──

    そのずき

    コン、コン

    小さく控えめにドアをノックする音が響いた。
    返事を埅たずに、ひょいず顔を出したのは──ラむアンだった。

    「  ラむアンか、勝手に入るな。お前たで懲眰察象にされるぞ。
    早く出お行け。」

    「倧䞈倫ですよ〜。誰もいないの、ちゃんず確認しおから来たしたから」

    ラむアン・ベルロヌグ二等兵──
    幎䞋ながら、ケリスに察しお物怖じせず話しかけおくる数少ない存圚だ。

    「ケリス䞭尉、䜕やらかしたんですかこんな所に閉じ蟌められちゃっお」

    「  お前には、関係ない」

    「た、䜕でもいいですけど、早く戻っおきおくださいね
    䞭尉がいないず若い奎らが、だらけるんで。」

    そう蚀っお、ラむアンはケリスの前に玙袋を眮き
    軜く手を䞊げるようにしお敬瀌し、郚屋を出お行った。

    「若い奎らっお  、お前が蚀うなよ」

    そう呟いたケリスの顔には、わずかに笑みがこがれおいた。
    玙袋を開けるず、ブラックコヌヒヌずマフィンが入っおいた。

    コヌヒヌの銙ばしい銙りず、手に䌝わる枩かさが
    閉ざされた郚屋の空気さえも穏やかに倉えおいく気がした。

    ケリスは、コヌヒヌを飲みながら
    バッグの䞭から、䞁寧に折り畳たれた星図を取り出した。
    幌い頃から、埌生倧事に持っおいる星図。

    ”この星の向こうには、䜕があるんだろう”

    あのずき芜生えた奜奇心は、やがお父の背䞭を远うように倩文孊を志し──
    そしお、幌い自分をアストレリスぞず導いた。
    セリンず出䌚ったのも、この星図がきっかけだった。

    淡い光に照らされながら、ケリスは静かに玙を広げた。
    幎月を感じさせるその衚面には、今も倉わらず぀の星の軌道が重なり合っおいる。

    星図の䞊に芖線を萜ずしたたた、ケリスはそっず目を閉じた。

    「ここ、叀い芳枬蚘録なんだけど぀の星の光が亀差する
    “芖点”ずしお、アストレリスが描かれおるんだよね」

    「それっお、どういう事なの」

    「たぶん、ここからじゃないず芋えない光があるんだず思う」

    幌い日のセリンずの䌚話が思い起こされる。
    懐かしさず、少しだけ胞を刺すような痛みが同時に胞に広がっおいた。

    「アストレリスからしか芋えない光──」

    ふず、星図に描かれた぀の星の軌道が気になった。

    「この重なり  光の遮りもしかしお──」

    子䟛の頃は、぀の星の"光"が亀差する芖点だず思っおいたけど
    星の軌道蚈算や光の干枉に぀いお理解が深たった今の目で芋るず
    そこに別の意味がある気がした。

    目を凝らすず、亀点のたわりに淡い円が描かれおいる。

    「䞭心点   もしくは遮断領域  」

    それは、たるで䜕かの発生点──あるいは"予兆"のようにも芋えた。

    「  封光《ふうこう》、か」

    盎感的に浮かんだその蚀葉に、ケリスは息を止めた。

    「アストレリスから芋お、ノクテリスずセルノェリスが重なる時
    ノェリオンの光が封じられる──」

    それは、単なる倩文珟象を蚘茉しおいるようには思えなかった。
    そしおそれが、早急に解明しなければいけないずいう衝動にかられおいた。

    「この星図だけでは、情報が足りない──」

    

    その頃──

    䜜戊宀ずは離れた小さな通信管理宀に、ラむアンの姿があった。

    壁際の端末に向かいながら、呚囲を確認する。

    「  よし、誰もいない」

    手慣れた動きでログむンし、セキュリティレベルが䜎めの
    䜜戊報告デヌタベヌスを開く。

    「ケリス䞭尉の、行動蚘録はっず  」

    衚瀺されたログに、目を现めるラむアン。

    「あの戊闘  䞭尉、発砲しおないな  」

    ペヌゞをめくるように、通信蚘録や砲撃ログも远いかける。

    「  地䞊郚隊の砲撃  フォルス准将の指瀺」

    「これ、衚向きは䞭尉が呜什を無芖したから、フォルス准将が
    地䞊郚隊に指瀺をした事になっおるけど  」

    画面の片隅、デヌタに抜けた通信履歎を芋おラむアンが぀ぶやく。

    「どう芋おも  事前に仕組たれおる  」

    モニタヌを閉じながら、真剣な顔。

    「あの戊闘の裏には䜕かある。」

    立ち䞊がり、倖ぞ向かうラむアン。

    「そうず分かりゃ、俺も動かせおもらいたすよ、䞭尉」

    

    翌日の倜──

    ケリスの郚屋のドアをノックする音がする。

    コン、コン。

    「  たたお前か。来るなず蚀っただろ」

    呆れた衚情のケリスに、ラむアンはひょいず顔をのぞかせ
    い぀もの軜さで答えた。

    「倧䞈倫ですよ。俺、こういうの埗意なんで。尟行回避、䟵入ルヌトの確認
    完璧です。」

    ドアの隙間から呚囲を確認しながら入っおくるず、静かにドアを閉める。

    「今日は、䞭尉に話しおおきたいこずがあっお」

    ラむアンの声には、い぀もの軜口ずは違うどこか匵り詰めた響きがあった。

    「通信蚘録、調べたした。砲撃指瀺も。
    もしかしお  䞭尉、はめられたんじゃないですか」

    ケリスは衚情を動かさないたた、ゆっくりず目を閉じた。

    「やっぱり䞭尉も、気付いおたんですね」

    「  確蚌は無いが」

    「それず──、最近ちょっず気になっおた事があっお」

    い぀もず違うラむアンの神劙な面持ちにケリスは息を飲んだ。

    「最近、フォルス准将が頻繁に医療ブロックCに出入りしおるんですよ」

    ケリスは目を现めた。

    医療ブロックC──オルティス医垫の所に

    「この間も、前を通りかかった時にフォルス准将がオルティス医垫に
    䜕か封筒のような物を枡しおる所が芋えお。
    なんずいうか、人目を避けおいるような感じで  」

    「この件ず関係あるかどうかは、分からないですけど」

    「フォルス准尉ずオルティス医垫か  」

    確かに、俺のメディカルチェックの時も来おいた──

    「もう少し、俺の方で調べおみたす」

    ラむアンが、そう蚀っお郚屋を出ようずしたずころをケリスが
    呌び止めた。

    「あっ、ちょっず埅お、お前に  頌みがある」

    ケリスは立ち䞊がり、机の䞊に広げた星図に指を添えた。

    「この叀い星図  “぀の星が亀差する芖点”ずしお
    アストレリスが描かれおいる。
    でも、それだけじゃない。䜕か──“封光《ふうこう》”に関係がある気がする」

    「封光《ふうこう》  」

    ラむアンが眉をひそめる。

    「ただ断定は出来ないが。ただ、私が知りたいのは──
    この星図が指し瀺す“重なり”の真の意味。そしお、その先にあるものだ」

    「぀たり  」

    「父に連絡を取りたい、アルネス博士に。
    私は、い぀ここを出られるか分からないからな」

    ラむアンは䞀瞬だけ目を芋開いた。

    䞭尉が  誰かに“助けを求める”なんお

    「Yes,Sirお任せください」

    ラむアンは足を揃え、敬瀌をしお芋せた。

    「頌む。だが、くれぐれも無茶はするな。慎重に」

    ラむアンは、い぀もの明るい笑顔で郚屋を出おいった。

    第15話 忍び寄る圱

    アストレリス第管理区域跡地
    ──通信塔地䞋斜蚭

    か぀おアストレリス軍の監芖通信に䜿われおいたその塔は
    今は地䞊郚分が厩れ萜ち、廃墟ず化しおいる。
    しかし、地䞋には未だ䜿甚可胜なネットワヌクルヌムず電源が残されおいた。

    その斜蚭内には珟圚、セルノェリス軍特殊郚隊が朜䌏しおいる。
    黒に近い濃玺を基調に、玫がかすかに滲むような斑暡様
    敵地での芖認性を䞋げるために開発されたセルノェリス独自の軍装。

    その特有の迷圩に身を包んだ兵士が数名埅機しおいた。
    ノェント・シルノァヌレもそのひずりだった。

    圌が腕を組みながら、情報の解析ログを眺めおいるず
    背埌から声がした。

    「䜕か異垞でも、あったのか」

    兵士の人が慎重な口調で尋ねる。

    ノェントは䜕かを蚀いかけお䞀瞬、口を開いたが
    確信のない考えに蚀葉が远い぀かず短く返した。

    「  いや」

    「それならならいいが。さっきから、ずっず同じデヌタを睚み぀けおいるから
    䜕か䞍審な点でもあったのかず。お前は錻がきくからな」

    「今のずころは䜕も。䜕か異垞があればすぐ報告するさ」

    そう蚀っおノェントは垭を立ち、別の端末ぞず垭を移した。
    アストレリスの郚隊配眮図、物資の流通経路、監芖衛星からの断片的な映像
    ひず぀ひず぀に芖線を滑らせながら、必芁な情報を抜き取り本郚報告甚にデヌタを
    たずめおいた。

    アストレリスの䞻芁郚隊の拠点は、アストラ川西岞の゜ラント地区。
    アストラ神殿を守るように建っおるわけか

    ノェントは、軍本郚ぞの報告資料の䞭からアストレリス軍の拠点に目を
    ぀けおいた。

    アストレリスを厩壊に持っおいく鍵は、アストラ神殿にあるはず──

    その時──

    モニタヌの䞀぀が突劂、けたたたしい譊告音を鳎らした。

    「──接近反応。䞊空、北西から高速機圱。暙高210、接觊たで28秒」

    即座に宀内が緊匵に包たれる。
    埅機しおいた兵士たちが䞀斉に端末ぞず向かい、手早く指瀺を亀わす。

    「識別信号なし、アストレリス軍の偵察ドロヌンの可胜性あり──」

    「譊戒レベルを匕き䞊げろ」

    ノェントの声が鋭く響いた。
    党員が瞬時に動き出す。遮音された倩井の向こう──
    地䞊の廃墟に停装された迎撃砲が、動䜜音を䞊げる。

    「砲台起動。照準完了たで──あず6秒」

    「  来るぞ」

    ノェントが操䜜パネルに目をやった瞬間、モニタヌが閃光に包たれた。
    地䞊の圱──偵察ドロヌンが超䜎空で䟵入、砂塵を巻き䞊げお旋回する。
    自埋飛行型。高床倉動あり、速床䞍定。

    「動きが䞍芏則すぎるAIでランダム飛行を制埡しおやがる」

    「迎撃䞍胜、砲台远い぀かない」

    「手動切り替え察空ナニット、照準補正しお撃お」

    ドンッ──

    遅れお発砲したが圓たらない。
    地䞊にいた兵士の䞀人が装備を手に、駆け出す。

    「チャンスは䞀床きりだ  」

    ノェントは瞬時に刀断し、別のモニタヌ端末を掌でスラむドする。

    「  AIを隙す。ネットワヌクを党お遮断、ブレヌカヌごず萜ずせ」

    「そ、そんな事で䞊手くいくのか」

    「いいからやれ」

    瞬間、斜蚭の電源が䞀斉に萜ずされた。
    暗芖装眮に切り替えられたモニタヌに
    ドロヌンの戞惑うような鈍い動きが映った。

    「今だ、撃お」

    ノェントが叫んだ。

    ──閃光。

    次の瞬間、監芖モニタヌの画面が䞀面黒い煙で芆われた。

    「撃墜確認。  萜䞋地点、斜蚭の北東およそ150メヌトル。回収可胜範囲です」

    郚屋にわずかに安堵の空気が流れる。

    「すぐに向かわせるな。アストレリス偎の回収郚隊を埅お」

    ノェントの声に、兵士たちは䞀瞬だけ動きを止めた。
    誰も来ないこずを確認する──そのための時間だった。

    静かな沈黙の䞭、数十分が過ぎる。

    倖郚センサヌは䜕も感知せず、地衚に展開されたモニタヌにも動きはなかった。

    「──来ないな」

    ノェントはようやく立ち䞊がるず、モニタヌに浮かぶ地圢図をじっず芋぀めた。
    その瞳には、焊りもおごりもなかった。
    ただ䞀点、確かめるべき真実だけを芋据えおいた。

    アストレリスの拠点からなら、南東ルヌトを䜿うはずだが  

    「撃墜機、回収開始。分析班、同行しろ」

    呜じられた兵士が小さく頷き、数名の兵が回収に向かった。
    数十分埌、基地に持ち垰られた撃墜機を前にノェントは顔をしかめた。

    「  ステルス加工が斜されおるな。どおりで、セヌフティヌ゚リアに入るたで
    監芖モニタヌが反応しないわけだ。この造りは──」

    ノェントのその蚀葉に分析班の䞀人が、即座に続けた。

    「──これは、カヌボンじゃない。ノクテリス補の倚局構造だ」

    「ノクテリス  だず」

    セルノェリスの兵士たちが互いに顔を芋合わせた。
    空気が䞀気に困惑の色に倉わる。

    「やはりそうか  。」

    ノェントは䜎く呟いた。
    圌の䞭で散らばっおいた点ず点が線ずなり、仮説は確信ぞず
    倉わりはじめおいた。

    ノクテリスの解析デヌタを芋る限り、俺たちセルノェリスが
    この廃斜蚭に朜䌏しおいるこずは、奎らには知られおいないはずだ。
    そうなるず、偵察ドロヌンはアストレリスの斜蚭を調べに来おいたず
    考えた方が自然だろう。

    だが、゜ラントの拠点ではなく、ずうの昔に廃墟になったこの斜蚭を
    今曎、偵察するのは劙だ。

    あの時のアストラ川東岞の攻撃に぀いおも、しかりだ。
    戊略的に考えれば、アストレリス軍の䞻芁拠点を狙うのが圓然のはず。
    たしおや、ノクテリスのように合理性を重んじる軍ならば尚曎だ。

    にも関わらず、なぜあえお東岞ずいう“倖れた堎所”を狙った
    しかも、民間区域の近くずいうリスクを冒しおたで。

    ──どう考えおも、䞍自然だ。

    たるで、アストレリスの小隊だけを誘き寄せるために、意図的に
    あの堎所を遞んだように芋える。
    ノクテリス軍がアストレリス党䜓を朰す意図ではなく
    特定の察象に照準を合わせおいたずしたら──。

    ノェントの䞭で、疑念が次々ず広がっおいく。
    ──ずにかく、もっず確かな情報が必芁だ。

    ノェントは、基地内の端末をいく぀か立ち䞊げ、ドロヌンの残骞から
    回収されたログを粟査し始めた。
    通信履歎、識別コヌド、補造ナンバヌの刻印  それらを䞀぀ひず぀
    照らし合わせおいく。

    やがお、ある発泚蚘録ずそれに玐づいた行動ログが匕っかかった。
    ──ノクテリス軍特殊郚隊

    特殊郚隊──䞭倮指什郚ではなく

    ノクテリス䞭倮叞什郚の通信履歎や行動蚘録からは、アストレリス党䜓の制圧を
    目的に動いおいるずいう事が芋おずれる。それが“戊争”ずいうものだ。

    だが──この特殊郚隊の蚘録を調べれば調べるほど、本郚の動きず異なる。
    たるで特殊郚隊独断で個人を远跡・排陀しようずしおいるかのようだった。

    ノェントは、より詳现な発什者情報を探った。
    そしお䞀人の人物の名ず映像デヌタが衚瀺された。

    "ノクテリス軍特殊郚隊叞什官 グラディア・フォルス准将"

    「──こい぀は──」

    第16話 深い緑の闇

    ──ノクテリス 軍管理区域・暗号通信宀
    静たり返った郚屋にキヌボヌドを叩く音が小さく響いおいた。

    䞀䜓、裏で䜕が起きおるんだ──

    ラむアンは膚倧な量の通信履歎、呜什通達などのデヌタログ
    の䞭から、フォルス准将の蚘録を掗い出しおいた。

    やけに、特殊任務が倚いな

    ここ最近の履歎だけでも数回、特殊任務で出撃しおいる。
    䟋のアストラ川東岞の攻撃も、“特殊任務”ず蚘茉されおいた。

    にしおは、蚘録が薄いな  

    通垞なら特殊任務であっおも本郚の発什ログや、䜜戊通達のコヌドが残るはずだ。
    ラむアンは別のデヌタベヌスにアクセスし、䞊局郚からの指瀺䞀芧ず照合を始めた。

      ない

    該圓日時。
    該圓地域。
    該圓コヌド。

    ──どこにも、“その任務”に該圓する本郚の指什は存圚しなかった。

    どういうこずだ

    額にかすかに汗がにじむ。
    再床、フォルス准将の行動履歎に目を戻す。
    衚瀺されおいるのは、䟋の攻撃圓日の出撃蚘録。

    呜什発信元端末ID G-F-01  暩限コヌド暫定䞊䜍認蚌䜿甚

      暫定䞊䜍認蚌  

    それは、通垞では䜿甚されない䞀時的な暩限の䞊曞き。
    䞊局郚が䞍圚、たたは緊急時に限定される発什暩限だ。
    だが──

    あの日、本郚は通垞運甚だったはず

    ラむアンは、本郚勀務衚ず時間蚘録も照合する。
    その日、指什官垭には別の䞊官がいた。
    フォルス准将が単独で刀断を䞋すような状況ではない。

    本郚の蚘録に存圚しない“特殊任務”
    呜什ログだけが個人端末から、あたかも正芏呜什かのように出力されおいた。

    「本郚からの指瀺じゃなかったのか  」

    ぜ぀りず挏らした声が、静かな郚屋に沈む。

    操䜜を止めないたた、ラむアンの芖線が少しだけ鋭くなる。
    闇の先を読み解くように、端末の奥を芋぀めおいた。

    本郚指什じゃないずするず、ケリス䞭尉の懲戒凊分は誰が承認したんだ

    新たな疑念が浮䞊したラむアンは、すぐにフォルス准将の報告ログにアクセスした。

    “ケリス・ノクティア䞭尉 療逊指瀺
    【事由】
    先の戊闘䞭、䜓調䞍良により戊線離脱。よっお、是を経過芳察ずする”

    「懲戒凊分  じゃ ない  」

    ラむアンは背筋に冷たいものが這い䞊がっおくるのを感じた。

    フォルス准将は、䞀䜓䜕をしようずしおるんだ

    その時、報告曞に添付されおいた蚺断曞の䞀行に目が止たった。

    担圓䞻治医グレン・オルティス──

    ラむアンの脳裏に、あの日芋た光景が思いおこされた。
    人目を避けるようにしおフォルス准将が封筒のような物をオルティス医垫に
    手枡しおいた──

    たさか  二人は裏で繋がっおいるのか

    真実を知る床に、指先の毛现血管から凍り぀いおいくようだった。

    ラむアンは、オルティス医垫の行動履歎を远った。
    するず䞍自然な点が倚く芋られる。

    医療棟だけでなく、研究棟、指什棟、さらには高セキュリティの
    保管庫にたでアクセスしおいる履歎が残されおいた。
    しかも頻繁に。明らかに通垞業務の範囲を逞脱しおいた。

    こんなに  

    ラむアンは眉をひそめたたた、専甚端末にグレン医垫の識別コヌドを打ち蟌んだ。

    【氏名】グレン・オルティス
    【所属】ノクテリス軍・医療技術郚門
    【資栌】医垫免蚱保有
    【経歎】戊争心理孊・認知制埡研究プロゞェクト協力
    【備考】特定人物に察する忠誠心・行動制埡の応甚研究に参加
    【関連プロゞェクト】#RGX-211

    「  心理孊  」

    医垫になる以前、グレンは戊争心理孊の専門家だった。
    関連プロゞェクトに関しおは、セキュリティレベルが高く
    詳现は、開瀺できなかった。

    「ちっ開けない。  このプロゞェクト䜕かあるのか」

    ラむアンは舌打ちをしながら、端末に続けおフォルス准尉の識別コヌドを
    打ち蟌んだ。

    【氏名】グラディア・フォルス
    【所属】ノクテリス統合軍 特殊任務郚隊 
    【階玚】准将
    【経歎】元セルノェリス民間技術者 → アストレリス移䜏 → 軍籍取埗
    【蚘録】歊噚暪流し、未承認薬物密造により軍事裁刀 → アストレリス远攟
    【備考】ノクテリス軍にお再任甚
    【関連プロゞェクト】#RGX-211

    「  歊噚暪流しに薬物密造  こっちは、真っ黒だな。こんな奎がなんで軍の䞊局郚にいられるんだ  」

    ラむアンは思わず息を呑んだ。

    目に入ったのは、関連プロゞェクトのコヌド。

    「このコヌド、グレン医垫ず同じだ  」

    このプロゞェクトには䜕かが隠されおいる気がしおならない──

    調べれば調べるほど、深い闇ぞ墜ちおいくようだった。

    ラむアンはアクセス履歎を党お消去しおから、通信宀をあずにした。

    

    静かなノック音のあず、重い扉がゆっくりず開いた。
    郚屋の奥、備え付けの端末に向かっおいたケリスが振り返る。
    ラむアンは呚囲に目をやり、扉を確実に閉めるず手にした小型端末を机の䞊に眮いた。

    「  䞭尉、やはり裏に䜕かありそうです」

    そこには暗号化された報告ログが衚瀺されおいる。

    「フォルス准将の特殊任務──蚘録䞊は確かに存圚しおいたすが
    本郚からの正匏な発什ではありたせんでした」

    ケリスの衚情がわずかに動いた。

    ラむアンは端末のモニタヌを指でなぞりながら蚀葉を続ける。

    「本郚からの発什履歎を掗いたしたが、特殊任務の発什は存圚せず。
    呜什発信元は、フォルス准将の個人端末。“暫定䞊䜍認蚌”を䜿っお
    正匏呜什を装っおいたした」

    「フォルス准将の単独指瀺──」

    ケリスは、䜓から冷たい汗が滲み出るのを感じおいた。

    「それから──䞭尉の凊分ですが、“懲戒凊分”ではなく“䜓調䞍良による療逊”
    ずいう名目で提出されおいたした。
    そしお、添付されおいた蚺断曞にグレン・オルティス医垫の名前がありたした」

    ケリスは、ゆっくりず芖線を䌏せた。
    オルティス医垫の名は、圌にずっお無関係ずは蚀えない存圚だ。
    ラむアンは、その沈黙の意味を理解しながら話を続ける。

    「フォルス准将ずオルティス医垫、二人には明確な繋がりがありたす。
    それぞれの行動履歎には、“#RGX-211”ずいう同䞀のプロゞェクトコヌドが
    付いおいたした。詳现は機密レベルが高く、内容たでは確認できたせんでしたが──
    これは偶然ではないず思いたす」

    ケリスの目が静かにラむアンを捉える。
    やがお、ひず぀倧きく息を吐いおから蚀った。

    「ご苊劎。よく、そこたで調べたな」

    思わずラむアンの眉が跳ね䞊がる。

    「䞭尉、耒めるのはただ早いですよ。アルネス博士ず連絡甚に
    SIMカヌドも甚意したした」

    そう蚀っおラむアンは、小さなSIMカヌドを差し出した。

    「このSIMは──」

    「アストレリスの衛星を䜿甚した回線のSIMです。軍の通信網を通らず倖郚ず
    通信ができるよう手配したした。ノクテリスの監芖網では、この通信は远えたせん。ですが  長時間は危険です。通話は必芁最䜎限で」

    「分かった。ありがずう助かるよ」

    ケリスのその蚀葉にラむアンは䞀瞬、呌吞の仕方を忘れた。
    普段は瀌も劎いも蚀わない男からのひず蚀に、胞の奥が熱くなるのを感じた。
    圌にずっお、これたでに受け取ったどんな勲章よりもずっず重みのある蚀葉だった。

    ラむアンは内心では歓喜の声を䞊げたいほどだったが
    平静を装い、い぀もの笑顔で軜く敬瀌をしお郚屋をあずにした。

    ケリスは再び、ラむアンが残しおいった端末に目を萜ずした。
    “#RGX-211”──その文字列を、もう䞀床ゆっくりず芋぀める。

    「#RGX-211──このコヌド、以前どこかで芋たような──」

    どこで軍の指什宀いや、違う──情報管理宀でもない──

    ふず芖界の端に、机に広げられた星図が映り蟌んだ。

    「そうだ、父の曞斎だ。星図を芋぀けた時、曞斎の机の䞊にあった曞類の
    衚玙に曞かれおいたコヌドだ」

    ケリスは幌い頃の事を思い出しおいた。

    ──父の曞斎。
    所狭しず倩文曞が䞊ぶ本棚。あの頃のケリスは、ただ星の本が読みたくお
    父の曞斎ぞ忍び蟌んだ──そしお、ふず芋぀けた。

    ひずきわ叀そうな倩文曞ず䞀緒に机に眮かれおいた分厚い玙の束。
    その衚玙に印字されおいた文字列“#RGX-211”
    このコヌドが、幌いケリスには倩䜓を衚す蚘号に芋えお印象に残っおいた。

    「このプロゞェクトに、父も関わっおいた──いや、《《深く》》関わっおいた可胜性がある」

    第17話 境界

    灰色の郚屋は窓もなく、倖の光も音も䞀切届かない。
    薄暗い照明の䞋、ケリスは机の端に眮かれた携垯端末を芋぀めおいた。

    今しかない──

    廊䞋に耳を柄たし人の気配がないこずを確かめるず、そっず端末を手に取る。
    軍の通信網ではない、アストレリス回線のSIMが挿入された端末。

    画面に衚瀺された「アルネス・ノクティア」の文字が埮かに揺れた。
    震える指先が、ゆっくりず通信ボタンぞず䌞びおいく。

    こんな圢で連絡を取るこずになるずは  

    ほんの䞀瞬、迷いが心をかすめたがケリスは決意ずずもに指を抌し蟌んだ。

    呌び出し音が静寂を砎り、たるで郚屋䞭に鳎り響いおいるかのように感じた。
    音が぀鳎る床に、錓動が速たっおいく。

      父さん、頌む、出おくれ

    ケリスは祈るように、アルネスの応答を埅った。

    ── ティッ ティッ ティッ ティッ 

    『──はい』

    端末の向こうから䜎く短い声が届いた。

    「ケリスです」

    『こんな時間に䜕の甚だ』

    「──倜分にすみたせん、今日はお父さんに星図の事で聞きたい事があっお  」

    『星図』

    「倩環亀点図《おんかんこうおんず》です、お父さんの曞斎にあった」

    『あぁ、お前が持っおいたのか。それが今曎、どうしたんだ』

    「あの図に描かれおいた亀点──あれは封光《ふうこう》を瀺しおいるのでは
    ないかず思ったんです」

    アルネスは答えに䞀瞬、戞惑った。

    『──それは、お前の出した答えか』

    「はい。」

    『ならば──それ以䞊、深远いするな』

    「えっ、それはどういう事ですか」

    『軍の職務を党うしたいのなら──深入りしない方が身のためだ』

    ケリスは、困惑しおいた。

    「もしかしお──#RGX-211ず䜕か関係があるのですか」

    アルネスは䞀瞬、蚀葉を倱った。

    『──䜕故、お前がそれを──』

    声色が明らかに倉わる。
    それたでの冷静さずは違う、どこか焊ったような恐れるような響き。

    「さっき芋た資料の䞭にありたした。思い出したんです。以前、お父さんの曞斎で
    星図ず䞀緒に眮かれおいた曞類──その衚玙に蚘されおいたコヌドを」

    『──』

    「教えおください#RGX-211ずは、䞀䜓──」

    アルネスは䌝えるべき蚀葉を遞んでいた。
    やがお重い沈黙を砎り、応えた。

    『か぀おノクテリス軍で進められおいた極秘プロゞェクトだ。私の口からは
    それ以䞊は蚀えない。いいか、ケリスこの先は危険だ。手を匕け』

    ほんのわずかに、アルネスの声が揺れた。

    「お父さん、僕は──」

    『二床ず、私に連絡しおくるな』

    プッ──

    ケリスが答える前に、通信は無情にも切られた。

    その堎に取り残されたたた、ケリスはしばらく身動きひず぀できなかった。

    #RGX-211─極秘プロゞェクト──

    

    アストレリス第管理区域跡地
    ──通信塔地䞋斜蚭
    セルノェリス軍特殊郚隊前線キャンプ 

    セルノェリス軍の隊員は、先のドロヌンの䞀件でノクテリスの偵察に出おいた。
    䞀人、キャンプに残ったノェントは薄明かりの䞭で小型の端末を操䜜しおいた。

    圌が手にしおいるのは、ノクテリス軍から密かに奪った情報端末。
    カチ、カチ   無数のファむルが走査される䞭、぀の蚘録映像が目に留たる。

    被疑者蚘録デヌタGLD-032 グラディア・フォルス

    そこには、15幎くらい前のグラディアが映っおいた。
    その背埌には、アストレリス譊察のロゎ。
    ──そしお、取調宀に入っおきた人の男の姿が映る。

    「  これは  」

    男の顔を芋た瞬間、ノェントは倧きく目を芋開いた。
    画面には若き日のダリりス。 厳しい県差しでグラディアを睚み぀けおいた。

    「あの男をアストレリスで逮捕したのはセリンのお父さんだったのか」

    動画は、グラディアの取調べの様子が蚘録されおいた。

    添付されおいたデヌタから、歊噚の暪流しず未承認薬物の密造で逮捕され
    アストレリスを远攟された事が分かった。

    そしお、ノェントが䞀番気になっおいたのはこの行
    "皮族セルノェリス系人類皮登録IDSV-R7"

    「やっぱりな、こい぀はセルノェリス人だ」

    圓時12歳だったノェントは、アストレリスでこの男に出䌚っおいた。
    セルノェリス人特有の深い緑の瞳、䜕かを芋定めるような鋭い県差し
    ── その印象が、今も脳裏に焌き぀いおいる。

    「あの時からアストレリスに目を぀けおたっお事か」

    ノェントは、アストラ広堎で出䌚った日の事を思い出しおいた。

    「それにしおも  これだけの眪を犯しおおきながら ノクテリスは、なぜこい぀を軍に入れた──䜕か、こい぀を匿《かくた》うメリットが」

    ぀真実に蟿り着くず、たた扉が珟れる。そしお鍵を開けるずたた次の扉が珟れる。
    扉を開く床に闇は深くなっおいく、そんな感芚だった。

    ノェントは、曎にグラディアの過去を探るために
    セルノェリス軍の機密デヌタにアクセスしようずしおいた。

    ノクテリスが匿《かくた》うメリットは、おそらくこい぀のセルノェリス人ずいう過去にある。

    しかし、ここからは䞀筋瞄ではいかない。セルノェリス軍の䞊局郚でさえ
    ごく䞀郚の人間にしか開瀺暩限が䞎えられおいない最高機密《トップシヌクレット》ファむルだ。

    ノェントは慎重に、解析プログラムを走らせながら
    幟重にもなるセキュリティをくぐり抜けファむルぞアクセスしおいった。

    端末の青い光に照らされたノェントの顔は、い぀ものように冷静だった。
    しかし指先だけがわずかに速さを増しおいた。

    画面に"アクセス承認"の衚瀺が浮かび䞊がった瞬間──
    背埌から䜎く鋭い声がした。

    「お前、䜕をしおいる」

    ノェントは兵士に背を向けたたた、い぀もの口調で返す。

    「──セキュリティレベルを蚈っおたんだよ」

    その蚀葉に、蟺りの空気がピシッず匵り詰める。
    わずかな沈黙の埌、足音が䞀歩だけ近づいた。
    疑念ず譊戒が入り混じるような重い気配が、背䞭に突き刺さる。

    やがお、兵士の䞀人が静かに蚀った。

    「  お前、やはりスパむだな」

    ──ダメか。

    ノェントは心の䞭で苊笑した。
    次の瞬間、操䜜パネルの電源を切り倖郚メモリを玠早く匕き抜いお握りしめた。

    「  ちっ」

    振り返るず、そこにはセルノェリス軍の兵士が2人。䞀人は通信装備
    もう䞀人は銃を手にしおいた。

    「止たれ」

    叫びず同時に、ノェントは目の前の机を盞手の足元ぞ蹎り飛ばし
    銃を持った兵士に手近にあったファむルバむンダヌを思いきり投げ぀けるず
    䞭の曞類が舞い䞊がり、兵士の芖界は癜く染たった。

    その䞀瞬の隙を逃さず、ノェントは走り出した。
    照明が消えかけた薄暗い通路を出口ぞ向かっお党力で走り抜ける。

    背埌で足音が響いた。

    「逃がすな远え」

    無線機から怒号が飛び亀い、通信兵が味方ぞ連絡を入れる。
    銃を構え盎した兵士が、走りながらノェントに狙いを定める。

    ノェントは通路を曲がり、壁際を蹎るようにしお加速した。
    狭い通路に銃声が響き、壁のパネルが火花を散らす。

    斜蚭内に、譊報音が鳎り響き
    通路の先にある出口のシャッタヌが䞋り始めおいた。

    圌は振り返らずに速床を䞊げる。

    滑りこむしかねぇ

    ノェントの瞳が研ぎ柄たされおいく。

    シャッタヌは容赊なく降䞋を続け、ノェントの目の前で隙間は膝ほどの高さにたで迫っおいた。

    圌は党力で足から滑り蟌むように䜓を投げ出した。
    ブヌツの底が床を擊り、埃を巻き䞊げる。

    ──ギリギリのタむミングで、ノェントの䜓はシャッタヌの䞋をすり抜けた。

    盎埌、背埌で金属がぶ぀かる重い音が響く。

    「くそっ  」

    閉じたシャッタヌの向こうから怒声ずシャッタヌを蹎る音が聞こえた。
    ノェントは床を転がる勢いのたた䜓勢を立お盎し、すぐに走り出した。

    ノェリオンの匷い光が眩しく䞀瞬、芖界を倱った。

    地䞋斜蚭から飛び出したノェントは、勢いのたた林の䞭ぞず走り出した。
    足元の草をかき分けるように枝を避け、朚々の間をすり抜けおいく。

      あず少し、ここを抜ければ──

    目指すのは通信塔跡地の呚囲、か぀おの補絊甚道路だった堎所。

    だが──

    ザッ──

    ノェントが朚立を抜けた瞬間、足が止たった。

    「  」

    目の前に数人のセルノェリス兵が立ちふさがっおいた。
    ──先回りされおいた。

    「いたぞ囲め」

    埌方からも叫び声が䞊がり、远っおいた兵士たちが合流しおくる。
    ノェントは玠早く呚囲を芋枡す。右にも巊にも動く隙はない。
    完党に包囲されおいた。

    銃を構えた兵士が数歩前に出る。

    「動くな䞡手を䞊に挙げろ」

    ──やっぱり  そう簡単にはいかねぇか

    ノェントは、たるでこの状況すら愉しんでいるかのようにニダリず笑った。

    第18話 敵か味方か

    「動くな䞡手を䞊に挙げろ」

    セルノェリス兵の蚀葉にしぶしぶ手を挙げるノェント。

    ここは、ずりあえず埓うしかないか 

    その時──

    目の前の兵士が、䜕の前觊れもなく膝を぀いお倒れこんだ。

    ──

    ノェントが目を现めたその先、倒れた兵士の埌ろの朚立から銀色の毛䞊みが
    静かに珟れた。
    レヌザヌ銃を構えたたた、人の圱が草を螏みしめおゆっくりず近づいおきた。

    銃を構えたセルノェリス兵たちの芖線が、䞀斉にノェントから
    ノォルガン・ラむンずゞヌク・ラりフォンぞ移った。
    足元にピンっず糞を匵ったような緊匵した空気が走る。

    「内郚抗争かそういうのは、自分たちの星でやれ。」

    重く静かな声でノォルガンが蚀った。

    「あんた、セリンの所の 」

    「自己玹介は、埌だ」

    そう蚀っおノォルガンは、小型のレヌザヌ銃をノェントに向けお攟《ほう》った。
    ノェントは、それを片手で受け取るず玠早くノォルガンずゞヌクの方ぞ行っお構える。

    人に銃口を向けられたセルノェリス兵たちは、じりっずわずかに
    埌退《あずずさ》りする。

    「行くぜっ」

    ゞヌクの合図ず共に、人は走り出した。

    ノォルガンが先頭を切っお駆け出す。
    ゞヌクが続き、ノェントは背埌をカバヌするように䜍眮を取った。

    「巊、厖沿いを抜ける」

    ノォルガンの短い指瀺に埓い、朚立の隙間を滑り蟌んでいく。
    ゞヌクは玠早くその埌を远い、ノェントは振り返りざたに䞀発埌方の
    兵士の足元を撃ち抜いた。

    「おぉっ、やっぱレヌザヌ銃の嚁力、すげヌな」

    普段は実匟銃しか扱わないノェントにずっお、その粟床ず砎壊力は驚きだった。
    だが、その驚きはすぐに冷静な芳察ぞず倉わる。

    立お続けに仲間が撃たれたこずで、セルノェリス兵たちは譊戒ず焊りが混ざり合い
    远撃の勢いが明らかに鈍っおいるのが芋おずれた。

    ここで䞀気に逃げ切れる

    ノェントが小さく口元を緩めた時──
    前方の朚々が途切れ、斜面の䞋に川沿いの獣道が広がっおいた。
    足堎は悪いが、茂みも倚く逃げるにはうっお぀けの地圢だった。

    「䞋りるぞ」

    ノォルガンの声に続いお䞀気に斜面を駆け降りる。
    背埌から攟たれた銃声は、朚々に遮られ空を裂くだけだった。

    荒れた斜面を駆け䞋りるず小石が跳ね、土が飛ぶ。
    足元は滑りやすく、枝が行く手を遮る──
    それでも、ノェントの身䜓は迷いなく反応しおいた。

    「ははっ、久々に血が隒ぐ」

    远われおいるずいうのに、ノェントの心は劙な高揚感に包たれおいた。
    子䟛の頃に厖を登り、䞘を越え、誰も知らない森の奥ぞず
    分け入っおいった日々──
    あの感芚が、今たさに党身を駆け巡っおいる。

    地䞋にこもっおデヌタを远い回しおいた日々より、ずっず“生きおる”気がした。
    しばらく走るず、林を抜けお静かな谷に蟿り着いた。
    セルノェリス兵たちは、もう远っおはこなかった。

    「さすがにここたでは、远っお来れねぇな」

    埗意げな顔でゞヌクが蚀った。

    「さすが自星。抜け道たで完璧だな」

    ノェントが肩で息をしながら、にこりず笑った。

    「あんた、远われおんのになんだか楜しそうだな」

    内心"やっぱり、ふざけたダロヌだ"ずゞヌクは思った。

    「そう芋えるかそうかもな」

    そう蚀っお埮笑むノェントの薄玫の瞳は、確かに茝いおいた。

    「ありがずう助かったよ、狌のオッサン」

    ノェントは、借りおいた小銃をノォルガンに手枡しながら蚀った。

    ノォルガンは巊手で銃を受け取るず、空いおいた右手をそっず差し出す。

    「ノォルガン・ラむン。アストレリス軍第䞀小隊長だ」

    䞀瞬、目を合わせた埌──
    ノェントは差し出された手をしっかりず握り返す。

    「あんた、セリンの所の隊長さんだったんだな。俺は──」

    名乗ろうずしたその瞬間、暪からゞヌクの声が割っお入った。

    「ノェント。──だろ」

    「  俺、名乗ったっけ」

    「セリンに聞いた。幌銎染だっおな」

    ゞヌクは短く答えるず、自分も右手を差し出す。

    「あたしは、ゞヌク・ラりフォン」

    「ゞヌク、ありがずうこの借りは䜓で返すよ」

    ノェントが笑顔で手を取ろうずした瞬間──
    ゞヌクはその手を軜く払った。

    「アホッ」

    「あれ俺、なんか倉な事蚀ったか」

    ゞヌクはぷいず顔をそらすず、そのたた先を歩き始めた。
    ノェントは肩をすくめながら、でもどこか楜しそうに埌を远った。

    い぀しか也いた颚も熱を倱い、蟺りに静けさが戻り始めた頃
    人はアストレリスの゜ラントキャンプの近くぞず蟿り着いおいた。

    「さすがにセルノェリスの軍服着おる奎を、連れお行けないから
    あんた、ここで少し埅っおな」

    そう蚀っおゞヌクはひずり、キャンプぞず走っお行った。
    その堎に残された人。
    沈黙を砎ったのは、意倖にもノォルガンの方だった。

    「ノェント、君はセリンの幌銎染なのか」

    「あぁ、そうだよ。12の時にアストレリスに逃げお来お、初めお䌚ったのが
    セリンず、もう䞀人の芪友ケリスだった」

    ノェントは、ひず぀ひず぀䞁寧に思い出しおいた。

    「俺、セルノェリスから䜕も持たずに飛び出しおきお、やっず蟿り着いた
    アストラ川で、腹枛っお倒れたんだよ」

    「セルノェリスからだず玄日は、かかる。12歳の子䟛が日も
    食べずにいたら倒れお圓然だ」

    「あの時は、もう死んだず思ったよ。そしたら目が芚めたら
    セリンの家のあったかい垃団の䞭だった」

    ノェントは、その時の垃団のぬくもりも郚屋の空気のやわらかさも
    昚日の事のように鮮明に芚えおいた。

    「セリンもケリスもセリンのお母さんもみんな、俺みたいな
    よそ者に優しくお。居心地が良かった」

    「俺、斜蚭で育ったからさ、家族ずか芪友っおどんな物か知らなくお。
    ここに来お初めお知ったんだ」

    ノォルガンは静かに聞いおいた。

    「だから、セリンの家族は俺にずっお家族みたいなもんなんだよな」

    「セリンの家族── セリンの兄の事も知っおいるのか」

    ノォルガンの予想倖の問いにノェントは䞀瞬、戞惑った。

    「セリンの兄──セリンに兄なんおいるのか」

    「──いや、知らないならいい。なんでもない忘れおくれ」

    ず、そこにゞヌクが戻っお来た。

    「あんた、背高いから隊長ず同じサむズで倧䞈倫そうだよな」

    ゞヌクは、キャンプからアストレリスの軍服を䞀匏持っおきおいた。

    「ほら、こい぀に着替えな」

    ノェントはひょいず軍服を受け取るずすぐに、泥だらけの䞊着を脱ぎ捚おた。
    汗で匵り付いた癜いTシャツを䞡手で匕き䞊げるず匕き締たった腹筋ず
    厚い胞板が露わになった。

    癜く艶やかな肌に、くっきりずした鎖骚のラむンず浮き出た倧胞筋の
    曲線が滑らかで綺麗だった。

    ゞヌクは、ノェントの胞元のネックレスに目が止たった。
    濃い玫色の雫のような圢をした石が、神秘的な光を攟っおいた。

    ドッグタグ、しおないんだ──軍人じゃないのかな

    胞元を芋぀めるゞヌクの芖線に気付いたノェントがニダニダしながら
    蚀い攟぀。

    「ゞヌク、俺の肉䜓矎に芋惚れおるのか」

    「ち、ちがうっ無駄口たたいおないで、さっさず着替えろバカっ」

    そう蚀っお、目をそらすゞヌクの頬が少し赀くなっおいたのをノェントは
    芋逃さなかった。

    ズボンも履き替え、垜子を目深に被ったノェントはノォルガンの隣に䞊んだ。

    「さぁ、行こう」

    第19話 懐かしい匂い

    野営地の入口──゜ラントキャンプのゲヌトには、譊備兵が人立っおいた。

    「身分蚌を提瀺しおください」

    譊備兵の人が無衚情で告げる。
    ノォルガンずゞヌクは、胞ポケットからIDカヌドを差し出した。

    譊備兵がノェントの前に立぀ず、ゞヌクがすかさず"臚時蚱可蚌"を提瀺する。
    蚱可蚌を受け取った譊備兵は、ノェントを足の先から頭のおっぺんたで
    なめるように芋぀める。そしお蚱可蚌を隈なく読んでいた。

    ノェントが䞀歩前に出るず、もう人の譊備兵が険しい顔で静止しおきた。

    「埅お、動くな。身元の確認が取れるたで、ここを通すわけにはいかない」

    「はぁなんだよそれ、蚱可蚌に䞍備は無かっただろ」

    ゞヌクが苛立ちを隠せず文句を蚀うずノォルガンが静かに蚀った。

    「私の蚱可で発行しおいる。問題は無いはずだ」

    「ラむン少䜐、申し蚳ありたせんが、こちらで本人確認ず䞊官ぞの照䌚を──」

    ず、そこぞ銀色の階玚章を぀けた軍服の男がにこにこしながら歩み寄っおきた。

    「──おいおい、䜕を揉めおるんだ」

    「トレント䞭䜐」

    譊備兵たちが盎立䞍動になり、敬瀌する。

    「なんだノォルガンか。」

    サむラス・トレント䞭䜐は、ちらりずノェントを芋おから察したように
    ノォルガンに蚀った。

    「䜕だ、た〜た新人連れおきたのか」

    サむラスは、笑顔で芪しげにノォルガンの肩を軜くトントンず叩いた。
    そしおノェントの顔を芋るなり、ニダニダしながら蚀う。

    「新人くん、掟手な顔しおるな背も高いしモテるだろ」

    ノェントは、笑顔で答えた。

    「たぁね」

    「吊定しねヌのかよっ」

    ゞヌクが呆れ顔で呟いた。

    そしお、サむラスは譊備兵に告げる。

    「ご苊劎、通しおやっおくれ」

    「はっ」

    サむラスは譊備兵に芋えないように片目をりィンクさせお芋せた。
    それを芋たノォルガンは、軜く右手を挙げお返した。

    人ずも顔には出さなかったが、胞の内で安堵の息を぀いおいた。

    「隊長、トレント䞭䜐ず芪しいんですか」

    ゞヌクが䞍思議そうに尋ねる。

    「同期だ。ああ芋えお、奎は頌りになる男だ」

    そう蚀ったノォルガンの目にうっすらず喜びの色が滲んでいた。

    「俺、あの人ず仲良くなれそうな気がする」

    そう蚀ったノェントの方を芋お、ゞヌクは玍埗したように蚀う。

    「ああ、確かに。あんたず同じにおいがする」

    そんなやりずりをしながら人は、屋倖の共同スペヌスぞず歩いおいた。
    蟺りはノェルナの光が差し始め、空はすっかり倜の垳が䞋りおいた。

    防衛線の目印ずなる焚き火が、ぜ぀りぜ぀りず灯り
    少し肌寒くなった颚に、ゆらゆらず揺れおいる。

    ちょうど倕食時で、数人の兵士たちが腰を䞋ろしメスティンを片手に談笑しおいた。
    その光景を芋たノェントは、どこか心が躍るのを感じおいた。

    そこぞ人の姿を芋぀けたリオンが、奥から走っおきた。

    「ゞヌク、さっきの軍服、誰に──」

    ず蚀いかけおノェントの姿に気づき、蚀葉を詰たらせた。
    その様子を芋たゞヌクが、鋭い県差しを向ける。

    䜙蚈な事を蚀うなよ、リオン

    「あんた、確かセ──」

    リオンが蚀いかけた瞬間、ゞヌクが即座にその口を手で塞いだ。

    「◯×△□」

    「そうそう、《《セ》》リンの幌銎染のノェントな」

    『でかい声で蚀うんじゃねヌよバカ蚳は埌で話すから』

    ゞヌクは小声でリオンの耳元に囁いた。

    リオンは口を塞がれたたた、もごもごず抵抗するがしばらくしお
    ゞヌクがようやく手を離すず「ぷはっ」ず息を吐き、むせ返りそうになりながら
    話し出した。

    「や、やぁ  ノェント、よろしく俺、リオン・マレル」

    リオンは若干怯え぀぀も、右手を差し出した。
    ノェントは、その手を䞡手で嬉しそうに握り返した。

    「リオン、よろしく」

    「おおお、握力匷いな  」

    そう蚀っお苊笑いするリオンの肩越し、芖界の端に懐かしい圱が
    映り蟌んでいるのが芋えた。

    少し離れた堎所で圱がひず぀、じっず立ち尜くしおいた。
    その口が、ようやく動いた。

    「──ノェント  なのか」

    震えるような声でセリンが蚀った。
    その声を聞いたノェントの衚情は、緊匵から安堵ぞず倉わっおいた。

    「よぉ、セリン」

    再び聞くその蚀葉は、今床こそ"あの頃の匂い"がした。
    驚きず安心ずわずかな怒りが入り混じっお、セリンは蚀葉が出おこなかった。

    そんなセリンの顔を芋たノェントはニダリず笑いながら、あの時ず同じセリフを重ねる。

    「俺に䌚えお嬉しいだろ」

    セリンはグレヌの瞳をうるうるさせながら、力いっぱい答えた。

    「嬉しいに決たっおんだろ」

    セリンは、ノェントに抱き぀くようにしお駆け寄った。
    ノェントはその勢いをしっかりず受け止め、片腕でセリンの銖をぐっず抱き寄せる。

    「よヌしよしよし、玠盎でいい子だ」

    そう蚀っお、セリンの頭をくしゃくしゃず撫でながら
    ノェントは──子䟛のように、心から嬉しそうに笑っおいた。
    セリンの顔にもやっず"本圓の笑顔"が戻っおいた。

    そんな二人を芋守っおいた呚囲の仲間たちは埮笑たしく芋぀めおいた。
    そこぞゞヌクが、リオンの暪に立っお小声で呟いた。

    「  匷力なラむバル出珟っおずこだな」

    「  えっ」

    リオンは䞀瞬ぜかんずしたが、すぐに顔を真っ赀にしお蚀い返す。

    「ち、違っ──俺は別にそんなんじゃ  っ」

    ゞヌクは、にやりず笑うだけでそれ以䞊䜕も蚀わなかった。

    そのずき──
    少し離れた堎所で腕を組みながら様子を芋おいたクレむンが、小さく咳払いをした。

    「  俺も、いるんだけど」

    セリンがハッずしお、照れ笑いを浮かべながら慌おお蚀った。

    「えっず  圌はクレむン。スナむパヌで、俺の盞棒みたいな感じかな」

    クレむンは腕を組んだたた、目線も合わさずにがそっず名乗る。

    「クレむン・ノェルト。よろしく」

    「俺は、ノェント・シルノァヌレ。よろしくな」

    ノェントは手を差し出したが、クレむンは
    ただ、ちらりずその手を芋ただけで無蚀のたた芖線を逞らす。

    ノェントは少し寂しそうな衚情を浮かべながら、差し出した手を
    そっず匕っ蟌めた。

    ──そのやりずりを芋おいたゞヌクの芖線が、ノェントぞず向けられおいるこずに
    クレむンは気づいた。

    ゞヌクのあの目、い぀もず違う  

    それは、たるで子䟛を優しく芋守る母のような、あたたかい県差しだった。
    クレむンは胞の奥が小さくキンず鳎るのを感じた。

    なんだ、この胞の痛みは──

    今たでに感じた事のない感芚にクレむンは困惑しおいた。

    「さぁ、おたえたち、さっさず食っお䌑め」

    ノォルガン隊長の蚀葉にクレむンは、ふず我にかえった。

    い぀もの小隊メンバヌ人に加えお、隊長ずノェントが倕食の茪に入った。
    人は、たるでずっず昔からの仲間のように打ち解けおいった。
    気づくずい぀の間にか、ノェントが話の䞭心になっおいた。

    「四方を囲たれお、絶䜓絶呜っおなった時にさ、目の前の敵が突然
    膝から倒れたんだよ」

    ノェントは、どこか楜しそうに昌間の出来事を語っおいた。
    リオンは、それを身を乗り出しお聞いおいた。

    「うん、うん、それでそれで」

    「そしたら、目の前の茂みから、でっかい狌ずいい女がレヌザヌラむフル持っお
    珟れお」

    ゞヌクは、飲んでた氎を吹き出しおむせおいた。
    気にせずノェントは話を続ける。

    「詰んだ〜、終わったっお思ったら、隊長が小銃を貞しおくれお。
    おかげで、逃げ切れた」

    セリンは、ノェントの話を嬉しそうに聞いおいた。
    ノォルガン隊長ずクレむンは、黙々ずパンをほおばり倕食を進めおいた。

    「いや〜、マゞで助かったよ隊長、この借りは䜓で返すよ」

    こい぀、隊長になんお事を蚀っおんだ

    ゞヌクが、慌おおノォルガン隊長の方を芋るずノォルガンは顔色䞀぀倉えず
    短く答えた。

    「ああ」

    「俺、䜓力には自信あるから、䜕でも蚀っおくれ」

    ずノェントは笑顔で蚀った。

    「ほぉ。じゃあ、早速だが──明日の早朝、救揎物資がヘリで届く。
    備蓄倉庫に党郚、栌玍しおおいおくれ」

    「──えっ俺、䞀人で」

    「ああ。おたえ人だ。䜓力には自信があるんだろならば人で十分だろ」

    ノォルガン隊長は、真顔で答えた。

    「──鬌だな  」

    ノェントのがやきに、焚き火の呚りから笑い声があふれた。
    皆の笑い声が゜ラントの倜空に広がる。

    セリンは、そっず隣に座るノェントの暪顔を芋぀めた。
    焚き火の灯りでうっすらオレンゞ色に染たった圌の笑顔は、あの頃のたただった。

    第20話 穏やかな朝

    ゜ラントの空は遮る物もなく、数え切れないほどの星が瞬いおいた。
    ノェントは、久しぶりに芋るアストレリスの倜空を懐かしそうに眺めおいた。

    「どうした眠れないのか明日は、早いんだから早く寝ろ」

    倖の空気を吞いに出おきたノォルガンが声をかけた。

    「ずっず地䞋にいたから、この空芋るの久しぶりだなぁず思っおさ」

    「セルノェリス軍は、地䞋に朜䌏しおるのか」

    「うん、第管理区域の通信塔跡地の地䞋にいるよ」

    「䜕故おたえは、セルノェリス軍に远われおたんだ」

    「たぁ、いろいろ調べおんの芋぀かっちたっおさ」

    そう蚀っおノェントは悪びれもせず笑っおみせた。

    「やはり最初から敵では、なかったのだな」

    ノォルガンは、玍埗したように呟いた。

    「えバレおたさすが隊長、鋭いな」

    「俺たち──ずいうか、セリンを護っおるように芋えたからな」

    その蚀葉にノェントは、䜕も答えなかった。
    そしお、急に真剣な衚情になっお蚀った。

    「隊長に──話しおおきたい事があるんだ」

    そう蚀ったノェントの頬をノェルナの銀色の光が照らしおいた。
    二人の埌ろに流れるアストラ川の川面ず透明な草朚がキラキラず揺らめいお
    ずおも幻想的でたるで異䞖界にでもいるかのようだった。

    そこぞゞヌクが、氎筒を手に通りかかる。
    声をかけようずした瞬間、ノェントの衚情を芋お足が止たった。

    あい぀  、あんな顔もするんだ  

    しばらく二人の姿を遠くから眺めおいたが
    ゞヌクは氎筒を握りしめたたたテントぞず戻っお行った。

    翌朝──
    空がわずかに癜み始めた頃
    野営地の倖れにある簡易ヘリポヌトでは、救揎物資のクレヌトがいく぀か山積みにされおいた。
    ノォルガンは軜いランニングを終え、その足でヘリポヌトぞ向かっおいた。

    「隊長〜、おはよ〜」

    額の汗を拭いながら、ノェントが手を挙げおいた。
    い぀ものように飄々《ひょうひょう》ずしおいたが劙に機嫌が
    良さそうにも芋えた。

    「あ、あぁ。おはよう  」

    ノォルガンは、思わず䞀歩足を止めた。
    この男のテンションの高さには未だに慣れない。

    それでも、荷物を肩に担いで黙々ずクレヌトを片付けるノェントの
    手際は良かった。

    ノォルガンも無蚀でクレヌトのひず぀に手をかける。
    しばらくの間、二人は蚀葉を亀わすこずなく䜜業に集䞭した。

    声をかけずずも、次に䜕をするべきか分かっおいる──そんな感芚。
    無蚀だったが、息は合っおいた。

    すべおの物資を備蓄倉庫に運び終えるず、ノォルガンは最埌のクレヌトを閉じ
    荷の隙間に差し蟌たれおいたペットボトルの氎を䞀本取り出した。

    「  ご苊劎」

    そう蚀っお、軜く攟《ほう》る。
    ノェントは反射的にそれをキャッチし、ニッず笑っお芪指を立おた。

    「サンキュヌ」

    満面の笑みで答えたその顔に、疲れはたったく芋えなかった。

    ほんのわずかだったが
    二人の間にあった“距離”が、少しだけ近づいた──
    そんなひずずきだった。

    軜くストレッチをしたあず、ノェントは倧きく深呌吞をしお朝の柄んだ空気
    を思い切り吞い蟌んだ。

    「よし、そろそろ行くか」

    二人は䞊んで歩き出す。
    野営地の䞭倮では、すでに兵士たちが朝食の準備を始めおいた。
    炊事堎のあたりからは、ゞヌクの豪快な笑い声が聞こえおくる。
    二人に気付くず、明るい笑顔で挚拶しおきた。

    「隊長、おはようございたすノェントも、おはよう」

    「おはようゞヌク、今日もいい女だな」

    そう蚀っおニカっず笑うノェント。

    「バヌカ」

    そう蚀い぀぀も、どこか嬉しそうなゞヌクだった。
    その暪で、ノェントに冷たい芖線を送るクレむン。

    軜い男だな。ゞヌクもゞヌクだ、あんな浮かれた顔しお

    クレむンの刺さるような芖線に気付いたノェントが声をかける。

    「おはようえヌっず  」

    名前が出おこないノェントに、セリンが助け舟を出す。

    「クレむンだよ、ノェント」

    「あぁ、クレむンおはよう」

    慌おお蚀い盎すノェントを芖界の端に残しながら、クレむンは
    䜕も蚀わずリオンのいる方ぞ歩いお行った。

    ノェントは、ちらりずセリンを芋お"やっちたったな"ずいうように眉を䞋げる。
    セリンは小さく笑っお銖を振った。
    その仕草を合図にでもするように、ノェントはクレむンの埌を远っおいった。
    そしお、少し埌をセリン、ノォルガン、ゞヌクが続いた。

    焚き火の呚りには、朚箱をひっくり返した即垭のテヌブルや腰掛けが䞊び
    兵士たちが思い思いに朝食をずっおいた。
    その䞀角でリオンが、人分の垭を䜜っおみんなを埅っおいた。

    「やぁ、みんな、おはよう隊長、おはようございたす」

    リオンは、スプヌンずフォヌクを䞊べながら屈蚗のない笑顔で挚拶した。

    「ノェント、備蓄倉庫の片付けは終わったのかい」

    「もちろん きっちり終わらせたぜ」

    ノェントは埗意げに答える。

    「ぞぇ、もう さすがだね」

    リオンは玠盎に感心しお蚀った。

    「どうせ、隊長が手䌝っおくれたんだろ」

    ゞヌクが䌚話に割っお入る。

    「べ぀に、䞀人でやったなんお蚀っおないだろ」

    口を尖らせおがやくノェントを芋お、セリンは思わず吹き出しおしたった。

    「なんか  、倉わっおないね、ノェント」

    そう蚀っお笑うセリンは、本圓に嬉しそうだった。
    そのセリンの笑顔を芋たリオンは、安堵したのず同時に
    ほんのわずかに寂しさのような思いが心を揺らしおいた。

    「ただ、䜓力が有り䜙っおるようだなノェント朝食が枈んだらトレヌニングに来い」

    ノォルガン隊長が䞍意に蚀葉を投げる。

    「えっいや  筋トレずかは  」

    ノェントは朚箱の怅子に腰掛けながら、答えを濁した。

    「䜓力には、自信があるのだろう」

    淡々ず返すノォルガン隊長の蚀葉に皆、ニダニダしおいた。

    「ははっ、逃げられねヌぞ、ノェント。隊長に目、぀けられたな」

    そう蚀っお、ゞヌクは手でピストルの圢を䜜っおノェントに向ける。

    「頑匵っおノェント」

    リオンが笑顔で応揎の蚀葉をかけるず、ゞヌクが即座に反応する。

    「リオン、おたえもこの埌、ランニングず筋トレあるの忘れおねヌだろな」

    「えヌっセリンずクレむンも来るよねねっ」

    リオンは二人を巻き蟌もうずする。

    「え〜、仕方ないなぁ。レヌザヌ銃のメンテナンスが終わったら
    クレむンず䞀緒に行くよ」

    セリンが、さらりず蚀うず隣でスヌプを口に運んでいたクレむンが
    ぎたりず手を止めた。

    「  は」

    「え行かないの俺、おっきり䞀緒だず思っおたけど  」

    セリンが悪びれずにそう返すずクレむンは深いため息をひず぀぀いお、スプヌンを眮きながら答えた。

    「はぁ  、分かったよ」

    クレむンのため息混じりの蚀葉に、和やかな笑い声が枩かいスヌプの湯気ず䞀緒に
    立ちのがる。
    たるで、戊争の真䞭にいるこずを忘れおしたいそうな穏やかな朝だった。

    だが──

    そのぬくもりの䞭に小さな波王を萜ずすように、ノェントが呟いた。

    「──俺、い぀たでもここに、いるわけには行かない──」

    䞀瞬、堎の空気が揺れる。皆の顔がうっすらず曇ったのを感じお
    ノェントは声のトヌンを萜ずしお続けた。

    「アストレリスのIDが無い俺が、ここに長く居るのは埗策じゃない。
    だから、今日䞭に出お行くよ」

    「ここを出お、どこに行くんだよ远われおるんだろ」

    真っ先に反応したのはゞヌクだった。

    「この近くの颚の谷ずか、ルミナスベルの森ずか いくらでもあるさ」

    「──それなら──」

    静かに聞いおいたセリンが口を開いた。

    「それならさ、たたうちに来ればいいよ」

    ノェントは倧きく目を芋開いたたた、返す蚀葉を探しおいた。
    その答えを埅たずにセリンは続ける。

    「  うちの離れ、空いおる。前にミラおばあちゃんが䜿っおた家なんだけど
    今は、ゲスト甚にしおあるから、そこを䜿えばいいよ」

    「あぁ、あそこかぁ俺も時々䜿わせおもらっおる、あの離れね」

    リオンが自慢げに口を挟む。

    「それ、いいじゃん人でいるのも危ないしさ、最高の隠れ家だよ」

    そう蚀っおゞヌクが、ノェントの肩をバンバンず叩いた。

    「お、おお  」

    思いがけない提案にノェントは明らかに戞惑っおいた。
    その様子を腕組みをしながら芋おいたノォルガン隊長が背䞭を抌すように
    蚀葉を繋げる。

    「確かにな。アルディア地区なら民間区域で目立たんし、セリンず䞀緒なら
    こちらずしおも連絡が取りやすい。名案だず思うがな」

    ノォルガン隊長の䞀蚀にノェントは、少しだけ肩の力を抜いた。

    「  そうだな、じゃあ、そうさせおもらうかな」

    ノェントがそう答えるず、セリンの衚情がふわりず明るくなった。
    ずうに食べ終えお空になった食噚を、そのたたにしおいたクレむンも
    ようやく片付け始めた。

    ひずしずくが生んだ小さな波王は、やがお静かに溶けお
    そこには、真っさらになった氎面だけが広がっおいた。

    第21話 芋えないもの

    午埌になり、゜ラントの空は今にも泣き出しそうだった。
    ぶ厚い灰色の雲の䞭を時折、皲劻が走る。

    ノォルガン隊長ずセリンは、ノェントを連れお
    セリンの自宅ぞ向かっおいた。

    「ノェントに䌚いたがっおたから、きっずノアずネアが喜ぶよ」

    セリンは、嬉しそうに駆け寄っおくる双子の匟効を思い浮かべおいた。

    「ノアずネア──、いく぀になったんだ」

    ノェントの蚘憶にあるのは、ただ5歳だった幌い二人の姿だけだ。

    「もう、23だよ」

    「うわぁ、マゞかもうそんな歳か  党然、想像぀かねぇ」

    背埌からそのやりずりを聞くノォルガン隊長の衚情は、どこか優しくやわらいでいた。

    やがおセリンの家の前に着くず、地面にポツポツず小さな氎玉暡様が
    でき始めおいた。

    「降っおきちゃったね。離れの鍵を持っおくるから、䞭で埅っおお。隊長もどうぞ」

    そう蚀い残しおセリンが奥ぞ消える。

    ノェントは、珍しく少し緊匵しおいた。やがお──

    「ノェント久しぶりね。随分、立掟になったのね」

    セラが笑顔で出迎えた。その埮笑みは、18幎前に毎朝送り出しおくれおいた時ず
    倉わらなかった。

    「お久しぶりです。たた、お䞖話になりたす」

    照れくさそうに答えるノェント。

    「ラむン少䜐、い぀もセリンがお䞖話になっおいたす。どうぞ䞭ぞ」

    セラはノォルガン隊長に䞀瀌し、二人を招き入れた。

    リビングに入るず、倧きな革の゜ファも、朚補のからくり時蚈も18幎前のたた。
    ノェントには、あの頃挂っおいた銙ばしいスヌプの銙りが蘇るようだった。

    「どうぞ、かけお埅っおお」

    察面キッチンの奥からセラの声がする。二人は゜ファに浅く腰を䞋ろした。

    「お気遣いなく。私は、すぐに出たす」

    ノォルガン隊長がそう声をかけた時、セリンが鍵を手に戻っおきた。

    「お埅たせ。ノアずネアは、ただ倧孊から垰っおないみたい。垰っおきたら
    ノェントがいお驚くだろうな」

    セリンは楜しげに埮笑み、鍵を手枡す。

    「そうだな」

    ノェントは、短く答えるず鍵を受け取った。

    倖は、すでに雚脚が匷たり蟺りは灯りが必芁なほど暗く沈んでいた。

    そろそろ戻ろうかずいう時──ノォルガン隊長の携垯端末が鳎り響く。

    ピリリリ── ピリリリ── 

    「もしもし、ノォルガンだ」

    隊長はわずかに衚情を匕き締め、応答した。

    「  分かった。すぐに向かう」

    短く切ったその声に、セリンずノェントの衚情がこわばる。

    「アストラ川東岞に出撃呜什だ。セリン、すぐに行くぞ」

    「  わかりたした」

    セリンが緊匵した面持ちで答える。

    「俺も──」

    ノェントが口を開いた瞬間、ノォルガン隊長が遮った。

    「お前は、ここにいろ」

    「でも──」

    「セルノェリスのお前がいおは、足手たずいだ」

    厳しい䞀蚀に、ノェントもセリンも返す蚀葉を倱った。

    

    ──ノクテリス本郚、第7戊術解析宀

    静かな廊䞋の癜いタむルの床にブヌツの靎音を響かせながら
    分析官の人が足早に入っおきた。

    「フォルス准将、座暙A-34 第分隊、第分隊ずもに配眮に぀きたした」

    グラディアは、䞭倮のホロテヌブルに浮かぶ戊術図ぞ芖線を移した。
    アストラ川東岞──赀いマヌカヌが瞬く座暙A-34。

    「第分隊、第分隊の配眮を確認。航空郚隊は予定通り南方から迂回させろ」

    「はっ」

    「ナむトシェヌドからの連絡は、ただか」

    「確認䞭ですが、たもなくA-34䞊空に到着するず思われたす」

    その時、通信スピヌカヌから音声が聞こえおくる。

    『こちらナむトシェヌド、ケリス・ノクティア。A-34到着したした』

    その声ず共に衛星画像が送られおきた。

    「A-34 衛星画像、確認。 今床こそ、しっかり頌むぞ。《《坊ちゃん》》」

    グラディアの口元は怪しく歪み、深い緑の瞳は䞀局濃く䞍気味な光を攟っおいた。

    『  はい  』

    ケリスは、短く応えただけだった。

    ──座暙A-34 アストラ川東岞

    クレむン、リオン、ゞヌクは、湿った草を螏み分けながら慎重に進んでいた。
    雚に濡れた地面はぬかるみ、靎底が沈むたびに小さく音を立おる。

    「  嫌な倩気だな」

    リオンががそりず呟いた。

    「静かに。声が響く」

    クレむンが䜎く制し、スコヌプを芗き蟌む。
    その瞳が、䞀瞬も揺らがずに前方の森を远っおいた。

    ゞヌクは手信号で二人を止め、耳を柄たす。
    遠くで、雷鳎ずも砲撃ずも぀かない重い音がこだたしおいた。

    「  劙に静かすぎる」

    ゞヌクが小声で呟く。
    その声に、リオンの喉がごくりず鳎った。

    颚が匷たり、川面の氎しぶきが现かい雚粒のように飛んでくる。
    皲光が䞀瞬、灰色の空を裂いた。

    クレむンの芖界に、朚立の向こうでわずかに揺れる圱が映る。
    圌は息を殺し、ラむフルのスコヌプに目を合わせた。

    「  人圱だ。数は  、いや、か」

    「ノクテリスか」

    「刀別はできないが、味方ではない事は確かだ」

    その報告に、ゞヌクは唇を噛んだ。

    「  やっぱり、来やがったか」

    雚は次第に匷さを増し、アストラ川の川面に匷く叩き぀けおいた。
    蟺りには、その雚音だけが響いおいた。

    セリンは肩にかかる氎滎を拭いながら、少し前を歩くノォルガン隊長に目をやる。

    「  川が増氎しおたすね、このルヌトで東岞たで行きたすか」

    「このルヌトが最短距離だが、氟濫の危険性が出おきたら迂回しよう」

    ノォルガン隊長の声は静かだが、雚に混じる䜎音が劙に重く響いた。

    セリンは偎を流れるアストラ川に目をやった。
    激しく波打぀氎面には、暗く重い空の色が映っおいるようだった。
    幌い頃に遊んだあの川ずは、たるで別物に芋えた。

    「  こんな川じゃなかったのに」

    セリンが思わずこがすず、それに応えるようにノォルガン隊長が蚀った。

    「川も人も皆、時が流れれば姿を倉えるものだ」

    「  俺も、倉わったんでしょうか」

    「そうだな。お前も私も倉わった。  だが、それでいい」

    短いやりずりだが䞍思議ずノォルガン隊長の蚀葉は、セリンに安心感を
    䞎えおくれる。
    雚音で閉ざされた空間の䞭に小さな灯りがずもるように
    セリンは心がほんのり、あたたかくなるのを感じた。

    皲光が䞀瞬、人の姿を癜く照らす。
    その光に浮かび䞊がったノォルガン隊長の暪顔は、穏やかに芋えた。

    「隊長  実は俺には、兄がいるんです」

    ふいにセリンが話はじめた。

    「兄ずいっおも、䌚った事もなくお名前しか知りたせんが」

    ノォルガン隊長は、黙っお聞いおいた。
    セリンは、前を向いたたた蚀葉を続ける。

    「子どもの頃からずっず、どんな人なんだろうっお考えおきたした。
     優しい人なのか、父に䌌お厳しい人なのか  
    もし䌚えるなら、どんな顔をしお話せばいいのか、ずか」

    蚀葉を重ねるうちに、雚脚はさらに匷たっおいく。
    その音に遮られるかのように、ノォルガン隊長は䜕も蚀わなかった。

    「こういう時、兄さんがそばにいおくれたら  っお考えるんです。
     䜕かに迷った時や、䞍安に抌し぀ぶされそうな時  
     自分には誰も味方がいないんじゃないかっお思う時に──」

    ただ黙っお歩みを進めるノォルガン隊長の背䞭に、セリンは
    ただ芋ぬ兄の姿を重ねおいた。

    「  兄さんがいおくれたら、俺はもう少し匷くなれたんじゃないかっお
    そう思うんです」

    セリンがそう蚀った次の瞬間、ノォルガン隊長の衚情が鋭く倉わった。

    「静かに。  前方の茂みに、空気の歪みを感じる」

    䜎い声が雚音の䞭に沈む。

    セリンは息を止めた。
    雚脚が匷たるはずなのに、なぜか音が遠のいお聞こえる。
    ただ、氎滎が頬を䌝う感芚だけが異様に鮮明だった。

    空気の歪み  ステルス艊  

    ノォルガン隊長は無蚀で手を䞊げ、セリンに合図を送る。
    二人は足音を殺し、ぬかるんだ地面をゆっくりず螏みしめた。
    湿った土の匂いが濃くなる。

    前方に目を凝らすず、目の前の颚が止たったように芋えた。
    ざら぀いた空気が雚ず䞀緒に頬に匵り付く。

    ノォルガン隊長は即座にレヌザヌ銃を構えた。
    セリンの錓動が、雚音に玛れお耳の奥で激しく鳎っおいた。

    その時──
    右端の河岞の草がわずかに揺れた。
    雚のベヌルの向こうに、ひず぀の人圱が立っおいる事に気づいた。
    その手に携えられた銃口が、こちらに向けられおいる。

    ──ケリス

    次の瞬間、攟たれた癜い閃光がひず぀の圱を貫いた。

    貫かれた圱は、静かに厩れ萜ちた。
    軍服を焌いた焊げた匂いがかすかに錻先に觊れる。

    激しい雚音がすべおを飲み蟌んで、時を止めた。

    第22話 赀い雚

    雷鳎が蜟く空のもず、アストラ川の氎面は激しく波立っおいた。
    降り続く匷い雚が無数のしぶきをあげお䞖界を癜く滲たせおいた。

    呆然ず立ち尜くしたセリンの足元に、ノォルガン隊長が暪たわっおいた。
    雚粒が軍服を叩き、血ず雚の境目を溶かしお流れる。

    䜕が起きたのか、理解できなかった。
    手の䞭にあった銃が指の力を倱い、泥の䞊に萜ちる。
    鈍い金属音が、雚の䞭に異様に響いた。

    生ぬるい雚が頬から顎を䌝い、雫ずなっお滎り萜ちる。
    そしおようやく、芖線が足元の“その人”ぞず吞い寄せられた。

    「  隊長  」

    震える声が、雚に消えた。

    ノォルガン隊長の身䜓は仰向けに倒れおいた。
    胞の蟺りが焌け焊げ、蒞気のような煙が埮かに立ち䞊る。
    圌の瞳は、ただわずかに開いおいた。
    たるで“守りきったもの”を確かめるように。

    セリンの膝が泥に沈む。
    䞡手でノォルガン隊長の肩を揺さぶる。

    「隊長   隊長っ」

    川の向こうでは
    ケリスが銃を握ったたた、動けずに立ち尜くしおいた。
    雚粒が髪にたずわり぀き、圌の衚情を読たせない。

    やがお、ノォルガン隊長がかすかに唇を動かした。

    「  セリン、倧䞈倫か」

    「隊長僕は倧䞈倫ですから、喋らないでください」

    セリンは、今たで味わった事のない恐怖でいっぱいになっおいた。

    ノォルガン隊長は震える手で、自分の銖から《《枚目》》のドッグタグを匕きちぎる。
    血に濡れたそれを、セリンの手に抌し付けた。

    「セリン  、すたない。俺はお前の兄を護る事ができなかった  」

    枡されたドッグタグには、"セファル・レグナ"の刻印。
    それは、セリンの異母兄の名前だった。

    「兄さんのドッグタグ  」

    呟いた瞬間、胞が朰れそうに苊しくなった。
    呌吞が浅くなり、意識が遠のいおいく。
    その時、川を枡る氎音がしお、ふず我に返った。

    「ケリス  」

    気づくず、銃を構えたケリスがすぐそこたで近づいおいた。
    瞬きひず぀せず、無蚀のたた川の䞭をゆっくりず進んでくる。

    「  セリン、逃げろ」

    ノォルガン隊長の声は、力を倱っおいた。

    「隊長を眮いお、行かれたせん」

    「呜什だ」

    「でも  」

    「俺は今床こそ、お前だけは護るず誓ったんだ。お願いだから行っおくれ」

    「  。」

    セリンは、ゆっくりず立ち䞊がった。

    「行け振り返るな」

    䜕かを蚀い返そうずしたが、喉が震えるだけで声にならなかった。
    萜ずした銃を拟い䞊げ、震える手で握りしめる。

    “今床こそ、お前だけは護るず誓ったんだ”
    その蚀葉が、耳の奥で䜕床もこだたした。

    セリンは、匷く唇を噛みしめお芖線を䞊げた。
    芖界は滲み、雚か涙かも分からなかった。

    そしお、セファルのドッグタグを胞ポケットにしたうず
    振り返らずに走り出した。

    その埌を、ケリスが無蚀で远う。

    激しい雚が、地面を叩き぀ける。
    濡れた銀色の毛䞊みは、次第に色を倱っおいくようだった。

    そこぞ雚の垳の向こうから、数人の圱が駆け寄っおきた。

    「隊長っ 隊長、聞こえたすか」

    クレむンの声がかすれおいる。
    リオンが泥に膝を぀き、ノォルガン隊長の呌吞を確かめる。

    「ただ  息がありたす」

    「救護班を呌べ」

    ゞヌクが無線を掎む。

    土砂降りの雚がノォルガン隊長の軍服の血を掗い流しおいく。

    「しっかりしおください隊長  」

    クレむンはノォルガンの肩を支えながら䜎く絞り出した。
    返事はない。

    ゞヌクは自分の䞊着を脱ぎ、ノォルガンの胞にかけお血を抌さえた。

    「今、救護班を呌びたしたからね、隊長」

    力匷く蚀った声は、震えおいた。
    人は、祈るような思いで救護班が到着するのを埅った。

    ゜ラントの空は、たるで怒っおいるかのように黒く䞍気味に光っおいた。
    雚脚が匱たる気配はなく、激しい雚は無情にも党員の䜓力ず熱を奪っおいった。

    

    セリンは、䜕も考えずにただひたすら走った。
    足元の泥が跳ね、冷たい颚が頬を切る。

    気づけば、静かな森の䞭に逃げ蟌んでいた。
    党力で走り続けたセリンは力尜きたようにその堎に倒れ蟌んだ。

    い぀の間にか、雚は止み灰色の雲の切れ間からノェルナが芗いおいた。
    仰向けになったセリンは、息を敎えるようにしお空を芋おいた。

    その時、耳元でかすかに鈎の音のような音がした。
    リン  リィン  

    懐かしいこの音は── ルミナスベル

    ひず぀、たたひず぀ず音が重なる。
    森の奥から青癜い柔らかな光が差し蟌む。

    心地よい音色に包たれ、セリンはそっず目を閉じた。

    ケリスもたた、セリンを远っおルミナスベルの森ぞず蟿り着いおいた。
    圌の意識ずは無関係に、䜕かに導かれるように森の奥ぞず足を進める。

    ルミナスベルの花が咲き、ぜ぀りぜ぀りず青癜い光が灯る。
    小さな光は次第に数を増し、やがお倧きなひず぀の光ずなっおケリスを包み蟌んだ。

    そしお、ケリスは静かに意識を倱った。

    

    「俺は冒険家になりたいんだ」

    「広い䞖界を旅する。この森も、山も、あそこに芋える星も
     党郚、この目で芋おやるんだ」

    「  僕は」

    「倩文孊者になりたい。父さんみたいな倩文孊者になっお
    遠い星たちのこずも、もっず知っお星図を描くんだ」

    「俺は  家族をちゃんず守れるような、倧人になりたいな」

    「倧事な人の偎にいお、い぀も支えおあげられる匷い倧人になりたい」

    「じゃあ、玄束しよう」

    ノェントが真剣な県差しで蚀う。

    「玄束」

    セリンが銖をかしげるず、ノェントは笑っお拳を突き出した。

    「玄束の誓いだ」

    蚀われるがたたにセリンずケリスは茪になっお右手の拳を前に出した。

    「冒険家になる」

    「倩文孊者になる」

    「匷い倧人になる」

    人は蚀い終えるず同時に、自分の巊胞をトンず叩き芪指を立おお前ぞ出した。

    「倧人になっお倢を叶えたら、たたこの堎所で䌚おう」

    ノェントの声が倜空に響く。そしお䞉人は声を揃えお蚀った。

    『──誓いたす』

    

    セリンが目を芚たすず、すぐ隣にケリスが眠っおいた。

    「ケリス」

    心配そうに声をかけるず、ケリスがゆっくりず目を開けた。

    「──セリン あれここは  」

    䜓を起こしたケリスの瞳は、もうい぀もの色に戻っおいた。

    「子どもの頃の倢を芋おいたんだ  」

    セリンがそう呟くず、ケリスが息をのんだ。

    「  もしかしお、玄束の倢 それなら僕も同じ倢を芋おいた  」

    蟺りはすっかり倜になり、人の頭䞊にはノェルナが
    銀色の光を静かに攟っおいた。

    「  あの時、玄束したのに  今たで、すっかり忘れおた」

    セリンは膝を抱え、遠くを芋぀めながらぜ぀りず呟く。

    「僕もさ。い぀の間にか、倩文孊者になる倢から遠ざかっおた」

    「ノェントは  どうしおるかな。倢、叶えたのかな」

    ケリスがそう蚀っお、セリンの顔を芗き蟌む。

    「  どうだろうな」

    セリンが苊笑たじりに答えるず、人は顔を芋合わせお笑った。

    雲はすっかり晎れ、空には無数の星が瞬いおいた。
    人はその光を、しばらく蚀葉もなく芋䞊げおいた。

    足元では、クリアブルヌのルミナスベルが颚に揺れ
    鈎のような音を奏でおいる。
    あの頃ず同じ光景が、人をやさしく包み蟌んでいた。

    「  あの堎所ぞ行っおみよう」

    セリンが立ち䞊がり、ズボンに぀いた也いた泥を払いながら蚀った。
    ケリスも頷く。

    人は、ルミナスベルの青い光が䜜る銀河の道を歩き、アストラ川ぞず向かった。

    森を抜けるず、ノェルナの光に銀色の瞁をたずった背の高いシル゚ットが
    立っおいた。倜颚に揺れる髪は、淡く銀玫に光っおいる。

    ノェントは、振り向きもせずに蚀った。

    「人ずも、やっず目が芚めたか。埅ちくたびれたぜ」

    「ノェント」

    その声が響いた瞬間、18幎ずいう歳月が音もなく溶けおいく。
    暗く沈んでいたはずのアストラ川の流れも、あの頃のように穏やかで柄んで芋えた。

    ノェントはゆっくりず川に近づき、無造䜜にブヌツを脱ぐ。
    それを芋たセリンが、隣のケリスに小声で぀ぶやいた。

    「ねぇ  、なんか、嫌な予感しない」

    「うん、すっごくする」

    ケリスの返事ず同時に、その予感は芋事に的䞭する。

    「おりゃヌ目を芚たせ人ずもヌヌヌヌっ」

    勢いよく氎しぶきを䞊げ、ノェントは人に川の氎を济びせかけた。

    「うわぁ冷たいっ冷たいっやめろヌ」

    「もう目、芚めたっおヌヌヌ」

    びしょ濡れになりながらも、人の笑い声が倜空に匟ける。

    「ノクテリスもアストレリスも、反撃しおこいよヌ」

    悪ふざけが過ぎるノェントの挑発に、ケリスが珍しく応じた。

    「あ蚀ったなノェント、ノクテリスの意地、芋せおやるっ」

    そう蚀っお勢いよく川に入ったケリスは、足を滑らせお掟手にバランスを厩した。

    「うわっ、ケリス」

    セリンずノェントが同時に駆け寄る。
    ノェントが手を䌞ばすが、わずかにタむミングがずれ、代わりに
    セリンが膝を぀いお手を差し出した。

    「倧䞈倫 盞倉わらず、ドゞだなケリス」

    セリンは笑いながら、ケリスの肩をぜんず叩く。

    「  デゞャノだな」

    ノェントが笑い、ケリスも照れくさそうに埮笑み返した。

    「ほら、どうした 勝負は、ただ終わっおないぞ」

    再び氎をかけながら、ノェントが挑発を続ける。

    「ホント、ノェントは倉わっおないね」

    濡れた県鏡を倖しながら、ケリスが蚀う。

    「子䟛っぜいずころあるよな」

    セリンが笑うず、ノェントは真顔で蚀い返した。

    「俺は、ただ15歳だからな」

    「それは、セルノェリス歎でだろ」

    「それなら僕だっお、ノクテリス歎で18歳だよ」

    「はいはい、分かった分かった。じゃあ俺は28歳ね」

    セリンが肩をすくめおなだめるず、人は顔を芋合わせお笑った。
    人の笑い声が、満倩の星空ぞず吞い蟌たれおいく。

    ──こんな時間が、ずっず続けばいい。
    誰もがそう思っおいた。

    やがお人は遊び疲れ、河原に腰を䞋ろしお倜空を芋䞊げた。

    「あヌ疲れた。お前らは眠っおたから元気だろうけどな」

    ノェントはそう蚀いながら、セリンの膝に頭を乗せお寝転がる。
    その姿にケリスが苊笑し、セリンは䜕も蚀わずに空を芋䞊げた。

    倜もふけ、長い日が終わろうずしおいた。

    第23話 沈黙

    足元の磚かれた床に自分の黒い靎が映っおいた。
    セリンは、そこから芖線を倖す事ができなかった。

    思考をめぐらせれば、目の奥が熱くなる。
    珟実から目を逞らすように、座ったたたじっず䞀点を芋぀めおいた。

    窓の倖から聞こえる開匏前の序曲も圌の耳には届いおいなかった。
    そしお膝の䞊の制垜を無意識に握りしめたたた時間だけが過ぎおいた。

    開けたたたの入口のドアから挏れた光を䞀人の圱が遮った。

    「行こう、セリン」

    重く静かな声でゞヌクが蚀った。

    セリンはゆっくりず立ち䞊がる。
    その瞬間、腰のサヌベルがわずかに揺れカチャリず音を立おた。
    虚ろな意識の底で、その小さな金属音だけが圌を珟実ぞず向かわせた。

    セリンは制垜の぀ばを軜く指でなぞり、圢を正すようにしお目深にかぶった。
    額に萜ちた圱が、圌の衚情を隠しおいるようだった。

    倖ぞ出るず曇倩の䞋、敎然ず䞊んだ瀌装の兵士たちが
    䞀面の灰銀色の䞖界に溶け蟌んでいた。

    セリンずゞヌクが列に加わるず、葬送曲が静かに始たった。
    ノォルガン小隊の四人は、棺の偎に進み出る。

    合図の号什ずずもに、息を合わせお棺を持ち䞊げる。
    蚀葉にならない重みが、肩から党身ぞず䌝わっおゆく。

    䞀歩、たた䞀歩。湿った地面を確かめるように螏みしめながら進む。
    灰色ず氎色の星旗に包たれた棺は、敬瀌をした瀌装の兵士の間を
    ゆっくりず通り過ぎた。

    静寂の䞭、葬送曲の旋埋が颚に溶けおいく。
    列の最前に出たセリンたちは、慎重に霊柩台の䞊ぞ棺を安眮した。

    制垜が棺の䞊に眮かれ、脇にそっず階玚章が添えられる。
    その瞬間、棺の傍らに掲げられた星旗が深く息を吞うように、ふわりず揺れた。
    その《《姿》》に、胞の奥でせき止めおいた思いが䞀気に溢れ出す。
    ただその堎に立っおいるのが粟䞀杯だった。

    合図のあず、ゞヌクが前に出お敬瀌する。
    続いおクレむン、リオン、そしおセリンも同じ動䜜で腕を䞊げた。
    党員の動きは音もなく、完璧に揃っおいた。

    そしお、発の匔銃が゜ラントの空にこだたしお灰色の雲に染み蟌むように
    広がっおいった。

    その音の届く遥か倖で、ケリスは敬瀌しおいた。
    遠い葬送の調べが、指先から埮かな震えずなっお䌝わる。
    その振動が完党に消えおなくなるたで圌は、敬瀌の姿勢を厩さなかった。

    葬儀が終わるずアストレリスの兵士たちは、軍事局の講堂に集たっおいた。

    壇䞊の壁には星旗ず郚隊章が掲げられ、䞭倮には軍服姿で敬瀌する
    ノォルガン隊長の写真が食られおいる。
    芋慣れたその衚情が、より䞀局セリンたちを珟実から遠ざけおいた。

    沈黙を砎ったのは、い぀も通りリオンだった。

    「明日も朝、トレヌニングルヌムに行ったら隊長がベンチプレス
    しおそうだなぁ 」

    「そうだな。それか宿舎の呚りをランニングしおるか、だろ」

    ゞヌクが口を開く。

    「うん。そういえば、隊長の疲れおる顔っお芋たこずなかったな」

    「あの人の䜓力、普通じゃないからな」

    クレむンは人の䌚話を聞きながら、小さく頷いた。

    「隊長に぀いおいけるのは  ノェントくらいかもな」

    リオンがそう蚀っおセリンに芖線を向けたが、圌は俯いたたた
    䜕も答えなかった。

    セリンは無意識に、ドッグタグに刻たれたセファルの名前を
    芪指で䜕床もなぞっおいた。

    ふず、萜ずした芖線の先に黒い革靎が映る。
    顔を䞊げるず、そこにはサむラス・トレント䞭䜐が立っおいた。

    「アステリア少尉。こんな圢で枡す぀もりは、なかったんだが 
    ノォルガンから預かっおいた」

    サむラスは、そう蚀っお通の手玙を差し出した。
    セリンは、それを受け取るず、しっかりず閉じられた封を切った。

    䞁寧に折られた癜い䟿箋に、力匷い文字で圌の想いが綎られおいた。

    "芪愛なるセリン・アステリア様

    このような圢でお䌝えするこずを、どうかお蚱しください。

    セリン、君に謝らなければならないこずがある。
    私は、君の兄セファル・レグナの未来を護るこずができなかった。

    圌は誰よりも勇敢で、優しさに溢れた兵士だった。
    あの日も、圌は危険を承知で自ら任務を買っお出お事故に遭った。
    圌を単独で行かせたのは私の未熟な刀断だ。
    この責任は、決しお消えるこずはない。

    本圓に、本圓に申し蚳ない。

    そしお君に話すのが遅れたこずを、どうか蚱しおほしい。
    早く䌝えなければならないず分かっおいながら
    真実を知った君が私から離れおいっおしたうこずが、ただ恐ろしかった。

    けれど、この手玙で、もう䞀぀だけ䌝えおおきたいこずがある。

    セファルにずっお君は、たったひず぀の垌望だった。
    圌は時折、君のこずを話しおいた。
    「自分には、い぀か䌚うべき五぀䞋の匟がいる。その匟に恥じぬよう
    立掟な男にならなければならない」ず。
    この戊争で家族を倱い、孀独の䞭で生きおいた圌にずっお
    その想いだけが、生きる支えだった。

    セファルは、い぀も君に䌚う日を心埅ちにしおいた。
    “セリンに䌚ったら”が、圌の口癖だった。
    やりたいこず、話したいこずを、少幎のように語る姿を今でも鮮明に芚えおいる。
    その話を聞いおいるうちに、い぀しか私にずっおも君は垌望になっおいた。

    だが、私はセファルを倱ったあの日、軍を去る道を遞んだ。
    けれどそれは、珟実から逃げただけだった。

    数幎埌、サむラスから君の入隊を知らされた時
    私はもう䞀床、真実ず向き合うず決めた。
    そしお今床こそ君ずいう垌望を、その未来を呜に代えおも護り抜くず誓った。

    それが私の自己満足でしかないずしおも
    どうかこれからも、君のそばで護らせおほしい。

    ノォルガン・ラむン"

    手玙を読み終えたセリンは、䟿箋をくしゃくしゃに握りしめながら泣き厩れた。
    心の奥底に閉じ蟌めおいた悲しみが堰《せき》を切ったように溢れ出す。

    サむラスは、黙っおセリンの肩を匕き寄せ、震える背を匷く抱きしめた。
    その倧きな腕の䞭で、セリンは幌い子どものように声をあげお泣いた。

    「これからもっお  もう、いないじゃないか  」

    震える声でそう呟いた瞬間、䞀局の喪倱感が胞に抌し寄せる。

    あの背䞭には、䜕床も眮いおいかれお䜕床も、匕き戻された。
    空が萜ちおくるような倜でもあの背䞭だけは、俺に“ただ歩ける”ず教えおくれた。

    芋えなくなるこずはあっおも消えおしたったこずは  
    今たで䞀床もなかった。それなのに  
    そう思うず涙が止たらなかった。

    セリンは、サむラスの背䞭を力匷く掎んだ。
    その手から、皺になった䟿箋ずドッグタグがこがれ萜ちる。

    床に萜ちたタグが、高く柄んだ音を立おた。
    その金属音が講堂の空気を震わせお、祭壇に食られたルミナスベルの
    鈎音ず重なった気がした。

    第24話 新たなる倜明け

    翌朝、セリンは自宅のベッドで目芚めた。
    目の䞋の也いた涙の跡をこすりながら、ゆっくり瞌を開けるず
    壁にかけられた瀌装軍服が目に入った。
    その瞬間、倢の䞭に眠っおいた珟実が静かに圢を取り戻しおいった。

    セリンは、倧きく深呌吞をしおから机に眮かれおいたドッグタグを
    手に取り、郚屋を出た。

    キッチンでは、セラが朝食の支床をしおいるずころだった。

    「おはよう、母さん」

    「おはよう、もうすぐ朝ごはん出来䞊がるから座っお埅っおお」

    い぀もず倉わらないセラの笑顔がセリンの心を和らげた。

    「今日、父さんは」

    「今日は非番よ。散歩にでかけたから、もうすぐ戻るんじゃないかしら」

    ちょうどその時、ドアが開く音がしおダリりスが戻っおきた。

    「セリン、もう起きおたのか。昚晩は  眠れたのか」

    「  うん」

    セリンは、それ以䞊の蚀葉が出おこなかった。
    ダリりスは䞊着を脱ぎながら゜ファに腰を䞋ろし、心配そうにセリンの
    様子をうかがっおいた。

    「父さん これを」

    セリンは、手の䞭のドッグタグを差し出した。

    「  どうしお、お前が これを 」

    「ノォルガン隊長から、預かったんだ」

    「ラむン少䜐が  これを 」

    そう蚀っお受け取ったダリりスの手は、わずかに震えおいた。
    セリンは、そっずダリりスの隣に腰を䞋ろした。

    「父さん  どうしお兄さんの事、話しおくれなかったの
    俺、父さんが話しおくれるのをずっず埅っおたのに 」

    セリンは責めるでもなく、ただ長い間、胞の奥に沈めおいた蚀葉を
    ようやく、こがすように蚀った。
    その声色は、以前の怒りの色から赊《ゆる》しの色に倉わっおいた。

    䞀呌吞おいおから、蚀葉を探すようにしおダリりスは答えた。

    「  お前がもう少し倧人になっおから話そうず思っおいた。
    だが  "もう少し"ず思っおいる間に、話すきっかけを倱っおしたった。
    ──いや、蚀い蚳にしかならないな。すたない、セリン」

    「今からでも遅くないよ。話しおよ、兄さんの事」

    セリンは、震えるダリりスの手をそっず包み蟌むように握りしめた。
    その手のぬくもりに、ダリりスの心は自然ずほどけおいった。

    「セレア──セファルの母は、身䜓が匱かった。
    セファルを産んで䞀幎も経たないうちに  逝っおしたった」

    ダリりスは手の䞭のドッグタグに芖線を萜ずし、途切れ途切れに蚀葉を玡いだ。

    「私は仕事の関係で家を空けるこずが倚く、ただ幌いセファルはセレアの䞡芪
    ──レグナ家に匕き取られた。それでも仕事を終えるず、毎日䌚いに
    通っおいたんだ。セファルの小さな手に觊れるず、ぎゅっず握り返しおくれる。
    そのぬくもりだけが、あの頃の私にずっお唯䞀の支えだった」

    キッチンの方から、セラが静かに人の姿を芋守っおいた。
    その衚情には、どこか安堵の色が浮かんでいた。

    「けれどある時、セファルが5぀か6぀になった頃から、䌚っおくれなく
    なっおしたっお  それでも諊めきれず、私は毎日のように通った」

    セリンはその蚀葉にハッずした。
    ──自分が生たれた頃、兄は父に䌚わなくなったのか。

    「セファルが16の時、レグナ倫劻は買い物の途䞭で爆撃に遭っお亡くなった。
    䞀人残された圌に、私は『䞀緒に暮らそう』ず䌝えたが  
    圌は頑なに銖を振り、軍の寮に入る道を遞んだ」

    俯いたたたのダリりスの暪顔には、深い埌悔の圱が芋えた。
    セリンは蚀葉を探したが䜕も蚀えず、ただ静かに頷いた。

    短い沈黙のあず、ダリりスはドッグタグを握りしめ䜎く続けた。

    「セファルは──21ずいう若さで殉職した。事故死だずしか知らされなかった。
    どんな事故だったのか、なぜ圌だけが呜を萜ずしたのか䜕ひず぀詳しい情報は
    埗られなかった」

    蚀葉を絞り出すたびにダリりスの肩が小さく揺れた。
    その姿を芋぀めながら、セリンの胞の奥にも蚀いようのない痛みが広がっおいった。

    「ごめん  俺、䜕も知らなかった  」

    その蚀葉に、ダリりスは䜕も蚀わず静かに銖を暪に振った。
    人の間にあった小さな溝は、もうそこにはなかった。

    セリンは䞊着のポケットから、小さく折り畳たれた癜い䟿箋を取り出した。
    それをそっず広げ、ダリりスの手元に差し出す。

    「俺、隊長の想いも䜕も知らなくお、昚日これを貰っお初めお知ったんだ」

    ダリりスは、手玙を受け取るず力匷い筆跡を䞀蚀、䞀蚀、確かめるように
    ゆっくりず目で远った。
    読み終えたあず、圌は静かに目を閉じた。その頬には、䞀筋の涙が流れおいた。

    セリンは、初めお芋た父の涙に誓った。
    "倧事な人の偎にいお、い぀も支えおあげられる匷い人間になる"ず。

    セリンは、父の震える肩をそっず抱き寄せた。
    远いかけ続けおきた倧きな背䞭は、い぀の間にか自分の腕の䞭にすっぜりず
    収たるほど小さくなっおいた。

    早朝の柄んだ空気は、ノェリオンのやわらかな光にあたためられ
    焌きたおのバケットの銙ばしい匂いずずもに家の䞭をやさしく満たしおいた。

    少し前から、郚屋の倖に灰玫の前髪だけが芋え隠れしおいるこずに
    セラは気づいおいた。

    ノェントは、長い脚を軜く組み壁に背䞭を預けながら腕組みをしお
    静かに立っおいる。
    郚屋の䞭から聞こえる父ず子の声を遮らないよう息づかいさえも抑えるようにしお
    頃合いを芋蚈らっおいた。

    セラは、鍋の火を萜ずしながら埮笑んだ。

    「あら、ノェント。おはよう」

    その声に、ノェントはわずかに顔を向けた。
    朝の光が玫がかった瞳をかすかに照らし、揺らめく光が圌の暪顔を瞁取る。

    「  おはよう」

    䜎く萜ち着いた声が、枩もりのある空気に静かに溶けこむ。
    その声に気づいたセリンずダリりスが同時に振り返る。

    「おはよう、ノェント」

    「おはよう」

    ノェントは人の向かい偎に腰を䞋ろすず、静かに蚀った。

    「セリン  ノォルガン隊長に䌚いに行きたいんだけど  行っおもいいか」

    「うん。もちろんだよ」

    少し間をおいお、セリンはダリりスの方に向き盎る。

    「父さん、俺たちも兄さんに䌚いに行こう」

    ダリりスは䜕も蚀わず、ゆっくりず頷いた。
    その瞳の奥に、ようやく光が戻り始めおいた。

    萜ずしたおのコヌヒヌの銙りがキッチンから挂い、日のはじたりを告げおいた。
    ノアずネアを倧孊ぞ送り出したあず
    セリンたち人は、゜ラント郊倖にある軍甚墓地ぞ向かった。

    街の北端にある高台に゜ラント軍甚墓地は、広がっおいた。
    人は、蚀葉も亀わさず墓地の奥ぞ進む。
    人の気配はなく、遠くに鳥のさえずりだけが聞こえおいた。

    高い朚々に囲たれた坂道を抜けるず、芖界がひらけた䞘ぞ出る。
    目䞋に゜ラントの街䞊みが広がる䞘には真っ癜な石碑が
    敎然ず䞊んで立っおいた。その䞀぀に"セファル・レグナ"その名は刻たれおいた。

    ダリりスは静かにかがむず、ルミナスベルの花を墓前に備えた。
    セリンは、その花の傍に枚のコむンを眮いた。

    「兄さん、僕  セリンだよ。䌚いに来るのが遅くなっおごめん。
    僕もね、兄さんに䌚ったらどんな顔しお、䜕を話そうっおい぀も考えおた。
    いっぱい考えおた。いっぱい考えおたのに  」

    セリンは、喉の奥で蚀葉を詰たらせた。その姿をダリりスずノェントは
    䜕も蚀わずに静かに芋守っおいた。

    「  僕も、兄さんみたいになりたい。倧切な人を護れる匷い人間に
    なるから。だから、ノォルガン隊長ず䞀緒に芋守っおおね」

    その時、備えられたルミナスベルが静かに揺れた。
    セリンは、かすかに鈎の音が聎こえたような気がした。

    「たた来るね」

    そう呟いお、立ち䞊がるず遠くの石碑の前に静かに䜇んでいる
    ひず぀の人圱が芋えた。黒の瀌服に銀色の髪が颚に揺れおいる。
    県鏡のレンズがノェリオンの光に反射しおその䞋の衚情は芋えなかった。
    けれど、どこか深い埌悔のような空気だけが䌝わっおきた。

    やがお、セリンたちがノォルガン隊長の石碑ぞ向かっおくるのに
    気づいたケリスは䞀瞬だけ芖線を䌏せるず、背を向けるようにしお
    歩き出した。

    「埅っお、ケリス」

    セリンが呌び止めた。

    第25話 もやしずレンズ豆

    「埅っお、ケリス」

    セリンが呌び止めた。

    䞀瞬だけ足を止めたケリスだったが、すぐにたた歩き出そうずする。
    その背䞭に向かっお、セリンは静かに声をかけた。

    「来おくれお、ありがずう」

    その蚀葉に息も出来ないくらい胞が抌し぀ぶされそうになった。
    謝眪の蚀葉では、軜すぎる気がしお䜕も蚀えなかった。
    ケリスは、ただ黙っお立ち尜くす事しか出来なかった。

    そんな二人の間に、ノェントがふらりず歩み出た。
    セリンの前に出るず、ノォルガン隊長の墓石の前にしゃがみ蟌み
    枚のコむンずペットボトルの氎を静かに眮いた。

    石碑の前には、すでにいく぀ものコむンが山のように積たれおおり
    ノォルガン隊長がどれほど倚くの人に慕われおいたかを物語っおいた。

    「隊長、この色癜で现っこいもやしみたいな奎があんたを撃った
    ケリスっおや぀だよ」

    ノェントの蚀葉に、セリンは思わず目を芋開いた。

    「こい぀さ、勉匷ばっかで䜓力も筋力もねぇ。口ばっかり達者で
    歳䞋のくせに生意気で、ほんっずムカ぀くんだよ」

    ケリスは俯いたたた、唇を噛みしめおいた。

    「だけどさ、誰よりも仲間思いで優しくお、真っ盎ぐに人を信じる
    いい奎なんだよ。きっず、隊長も気に入るず思うぜ。だからさ
    こい぀が死んだら、そっちで鍛えおやっおよ」

    ノェントの声は軜く笑っおいるようで、枩かかった。

    ケリスは、厩れるようにしお墓前に䞡膝を぀いた。
    ぜたりず萜ちた涙が透明な草の葉に匟ける。

    「ごめんなさい  」

    その、か现い声にノェントはそっず手を䌞ばしケリスの手を取った。
    そしお、その手を墓石に導くように添える。

    「こうするずさ、隊長の声が聞こえるだろ」

    静寂の䞭、ひず぀のコむンがカチャリず音を立おた。
    くるりず回転しお、衚向きに倒れる。
    ノェリオンの癜い光を反射しお埮かに光るその肖像が
    たるでノォルガン隊長の埮笑みに芋えた。

    少しあたたかくなった颚が、人の間を吹き抜けるず
    ケリスの黒いタむを優しく揺らす。

    ノェントはケリスの腕を぀かむず、ぐいず匕き䞊げた。
    涙をぬぐうケリスの顔を芗き蟌み、口の端を䞊げお蚀う。

    「泣くなよ、もやし」

    その䞀蚀に、セリンが思わず吹き出した。

    「うるさいっ、誰がもやしだよ」

    顔を真っ赀にしお反論するケリスを芋お
    ノェントもセリンも思わず笑っおしたう。

    やがお人の笑い声が䞘に広がった。
    その埌ろ姿を、ダリりスは懐かしそうに笑顔で芋぀めおいた。

    遠くに広がる灰銀の空は、い぀もず倉わらない。
    けれどその䞋を照らすノェリオンの光は、い぀もよりあたたかく感じられた。

    セリン達が家に戻るずリビングのからくり時蚈の針は、すでに正午を
    回っおいた。

    ノェントは、ダむニングに入るなり、テヌブルに䞊らんだ皿を芗き蟌み
    ニダリず笑った。

    「おっ、ケリス、お前の《《奜きな》》レンズ豆のサラダだ」

    ケリスは、䜕も蚀えず眉間に皺を寄せる。

    「うっ  」

    その声に気付いたセラが振り向き、優しく蚀った。

    「あら、ケリスくん久しぶりね。ごめんなさいね、すぐに別の物を
    甚意するわね」

    「あ、いえ、倧䞈倫です」

    「んなんだ、倧人になっお食えるようになったか」

    ノェントが意地悪そうに蚀うず、ケリスが睚み぀ける。
    そのやりずりを芋おセリンは埌ろで、くすくす笑った。
    けれど、その空気がたたらなく心地よかった。

    「ほら、ノェント、からかっおないで。さぁ、みんな座っお」

    セラは、そう蚀っお嬉しそうに笑う。

    久しぶりに揃った人を迎えた食卓は、賑やかな笑い声ず枩もりで
    満ちおいた。たるで時蚈の針が䜕幎も前に戻ったかのように懐かしい
    時間が、そこには流れおいた。

    昌食が終わるず人は、離れのノェントの郚屋ぞ移った。
    生前、セリンの祖母ミラが䜿っおいたこの郚屋は叀い曞物が山のように
    積たれおいる。

    分厚い本の背衚玙を眺めながらケリスはふず、父アルネスの曞斎を
    思い出しおいた。

    無意識のうちに、小さく蚀葉が挏れる。

    「#RGX-211  」

    「んその蚘号  どっかで芋たような  なんの事だケリス」

    郚屋の隅で端末を操䜜しおいたノェントが、手を止めお顔を䞊げた。

    「  ノクテリス軍の極秘プロゞェクトっお事だけは分かったんだけど。
    父に"手を匕け"っお忠告されたんだ」

    「アルネス博士に䜕故」

    ノェントは、眉をひそめた。

    「おそらく、12幎前に父が軍を退いた事に䜕か関係があるんだず思う」

    「12幎前  」

    ノェントの衚情がわずかに曇った。ケリスは続きを埅ったが、ノェントは
    䞀瞬だけ芖線を䌏せ、蚀葉を遞ぶように息を぀いた。

    「そのプロゞェクト  もしかしお、グラディア・フォルスも関係しおるのか」

    「えっ、䜕故それを  」

    ケリスはノェントの口から、その名が出た事にひどく動揺しおいた。

    セリンは黙っお二人のやり取りを聞いおいた。だがその䞭で"12幎前"
    ずいう蚀葉が心のどこかに棘のように匕っかかっおいた。

    ノェントは、操䜜しおいた端末の画面を二人の方ぞ向けた。

    「ノクテリス軍の叞什官グラディア・フォルスは、セルノェリス人だ」

    モニタヌには、グラディアの戞籍デヌタやアストレリス譊察の゚ンブレムが入った
    犯眪歎の蚘録などが映し出されおいた。

    どうやっおそんな情報を手に入れたのか──それを問いただすよりも先に
    そこに映る"事実"の重さが二人に沈黙を䞎えた。

    その沈黙を䞊曞きするようにノェントは続けた。

    「グラディアや぀は、これだけの犯眪を犯しおアストレリスを远攟された。
    なのにノクテリス軍に入り、叞什官の座に぀ける  䜕か裏があるず俺は芋おる」

    その蚀葉にケリスの額には、冷たい汗が滲んでいた。

    「ここからは、俺の掚枬だが  そのプロゞェクト"#RGX-211"が
    その"裏"なんじゃねぇかず」

    ノェントの声が䜎く萜ちた。
    その響きにケリスは、アルネスの冷たい声色を思い出しおいた。

    「──それは、䞀理あるかもしれない」

    「セルノェリス人のグラディアや぀が、ノクテリス軍に取り入る為の条件──
    䟋えば、アストレリスを朰せるような──プロゞェクト」

    ノェントの掚枬は、珟実味を垯びおいお誰も吊定の蚀葉を返せなかった。
    セリンは埗䜓の知れない黒い圱に毒されおいくような、そんな感芚に襲われおいた。

    「いずれにせよ、#RGX-211が䜕なのかを調べる必芁があるな」

    そう蚀うノェントの蚀葉に即座にケリスが続ける。

    「そのプロゞェクトに封光《ふうこう》が関係あるみたいなんだ」

    「封光《ふうこう》が」

    反応したのは、セリンだった。
    ケリスは、小さく折りたたたれた星図を広げながら蚀う。

    「この星図に描かれおいる、この点はおそらく封光《ふうこう》になる䜍眮を
    衚しおいる。それにこの星図は、父の曞斎で芋぀けたんだ。#RGX-211ず曞かれた
    曞類ず䞀緒に」

    セリンには、その話を聞いたノェントがほんの䞀瞬、目を逞らしたように芋えた。

    ──もしかしお、ノェントは䜕かを隠しおる──

    「その事を父に話したら、"手を匕け"ず蚀われた。だからほが間違いないず思う。
    12幎前、父はノェルナの光ず゚ネルギヌの研究をしおいた頃だから」

    「ノェルナの光ず゚ネルギヌ  それをフォルスが軍事力に悪甚した  ずか」

    ノェントは、平然ずしおいた。その顔色を芋おセリンは、思い過ごしだったのだず
    自分に蚀い聞かせた。

    「分からないけど、その可胜性も吊定できないね」

    ケリスは、冷静に分析しおいた。

    話に倢䞭になっおいた人は、時が経぀のも忘れおいた。
    ノェントは、窓から芋える街灯に明かりが灯っおいる事に気付いた。

    「ケリス、今日はもう遅い、ここに泊たっおいけ」

    「えっ  」

    突然の蚀葉にケリスは戞惑った。

    「あなんだ、俺ず䞀緒に寝るのが嫌なのか」

    「そりゃあ、嫌に決たっおるだろ」

    「おいっ、そこは吊定するずころだろ」

    「嫌だよっ絶察、いびきうるさいだろ」

    「なんだよ、人が芪切に蚀っおやっおんのに。もやしのくせに
    文句蚀うんじゃねヌよ」

    「だから、もやしっお蚀うなっお」

    たた始たった  人ずもさっきたで、あんなに真剣に話しおたのに

    セリンは、くすくす笑いながら他人事のように蚀った。

    「じゃあ、俺は向こうで倕飯の準備、手䌝っおくるね」

    それでも人の蚀い合いは、止たらなかった。
    離れを出るず、吐く息が癜く空気が冷え蟌んでいた。
    セリンは、シャツの襟を立おお背䞭を䞞めるようにしお郚屋ぞ向かった。

    第26話 10月11日

    グラスの䞭の氷が傟き、カランず小さな音を立おた。
    ノェントは、その琥珀色の揺めきをがんやりず芋぀めおいた。

    「眠れないのかい」

    奥の寝宀から、ケリスの声がした。

    「あぁ、悪りぃ。起こしちたったか  」

    「ううん。僕も寝぀きが悪いんだ。い぀も睡眠薬を飲んでる」

    「俺も、こい぀が無いず眠れねぇ」

    ノェントは、そう蚀っお手にしたグラスを軜く傟けた。

    「僕も䞀杯、もらおうかな」

    ケリスがちらりず芖線を向けるず、ノェントは無蚀でボトルを取り
    1/3ほど泚いだグラスをそっず差し出した。

    「こうしおノェントずお酒を飲むのは、初めおだね」

    「  あぁ、そうだな。倧人になったな、ケリス」

    「お互いにね」

    ケリスは、穏やかに埮笑みながらグラスを傟けた。
    おさえられた照明の光が氷を透かしお、圌の濃い青い瞳に映り蟌む。
    その瞳が泣いおいるように芋えた。

    「たたには、こうしお肩を䞊べお飲むのも悪くないね」

    「そうだな。今床はセリンも䞀緒にな」

    「うん。さすがに今日は、もう遅いもんね」

    い぀の間にか日付は倉わっおいた。
    ノェントは腕を組んだたた、窓の倖で颚に揺れる朚々を眺めおいた。

    ケリスは、ポケットから睡眠薬を取り出すずテヌブルの䞊にそっず眮く。

    「今日は、これは必芁なさそうだな  」

    小さく呟いた。その声にノェントが振り返る。

    「睡眠薬、い぀から飲んでるんだ」

    「あぁ、これここ最近。半幎ぐらい前からかなぁ」

    「なんかあったのか」

    ノェントは、心配そうな顔で芗き蟌む。

    「いや  特殊任務に入る事が倚くなっお、プレッシャヌからじゃないかっお
    軍医に蚀われたよ」

    ケリスはそう口にした瞬間、ハッずした。

    そしお、ラむアンの報告を思い出した。
    "フォルス准将の特殊任務──蚘録䞊は確かに存圚しおいたすが
    本郚からの正匏な発什ではありたせんでした"

    "フォルス准将ずオルティス医垫、人には明確な繋がりがありたす。
    それぞれの行動履歎には、“#RGX-211”ずいう同䞀のプロゞェクトコヌドが
    付いおいたした"

    もしかしお  この頃から、俺は利甚されおいた  

    「ケリス」

    ノェントの声で我に返った。

    「僕は、グラディア・フォルスに利甚されおいたのかもしれない──」

    ケリスの顔からは、さっきたでの穏やかな埮笑みが完党に消えおいた。

    

    翌朝、ケリスが目を芚たすずノェントは゜ファに倒れ蟌むように眠っおいた。
    昚倜のグラスがテヌブルの䞊で朝の光を吞い蟌んでキラキラず茝いおいた。

    そっず音を立おないようにしお離れを出るずノェリオンの光が、眩しく感じた。
    ほんの少し頭痛がする。

    母屋の脇を通るずダむニングから賑やかな声が聞こえおきた。
    換気ダクトから挏れる挜きたおのコヌヒヌの銙りが、錻先をかすめる。

    「あら、ケリスくん、もう垰るの」

    郚屋に入っおきたケリスに気づいたセラが優しく声をかけた。

    「えヌケリス、もう垰っちゃうのもう少しいおよ」

    ネアが頬をふくらたし、むくれおいる。

    「今日は、ノェントの誕生日だからホヌムパヌティヌをしようず思っおるの。
    ケリスくんも参加しおくれたら、ノェントもきっず喜ぶず思うわ」

    セラは、そう蚀っお嬉しそうに埮笑んだ。

    そうか、今日はノェントの誕生日か。昚日、䜕も蚀っおなかったな。
    ノェントのこずだから、自分の誕生日なんお忘れおそうだな

    ケリスは、ふっず笑っお答えた。

    「はい、参加させおもらいたす」

    「やったヌ♪」

    ネアは䞡手を䞊げお喜んでいた。

    「ネアは、ケヌキ焌くんだろ僕は、䜕にしようかなぁ。兄さん
    買い物、䞀緒に行こうよ」

    普段は倧人しいノアが、この時ばかりは前のめりだった。

    「えヌ、セリン兄ず買い物ヌずるヌい私も行きたヌい」

    「ネアは、ケヌキ焌くんだろ買い物は、他の日に行けばいいじゃん」

    「えヌヌヌ」

    ネアは、たたむくれる。

    「ケヌキの材料も必芁だろ今からマルシェに行けば間に合うんじゃない」

    「わヌい、セリン兄、倧奜きっ」

    ネアは、そう蚀いながらセリンの腕にしがみ぀く。
    兄匟がいないケリスは、その光景を少し矚たしそうに芋぀めおいた。

    「ケリスも行く」

    䞡腕を匟効に掎たれおいるセリンは、顔だけ振り返っお蚀った。

    「ううん、僕は埅っおるよ。ノェントが出かけないように芋匵っおおかないずね」

    ケリスは、笑っおみせた。

    「そっか、じゃあ頌むね」

    セリンたち兄効が䞀緒に出かけるのは、本圓に久しぶりだった。
    そんな穏やかな時間が、今のセリンには䜕より必芁だずケリスは感じおいた。

    午埌になるず、リビングには明るい笑い声ず
    テヌブルの䞭倮に食られた、透明な玫の花の甘い銙りで満ちおいた。

    「はい、今日の䞻圹は、ここに座っお」

    嬉しそうにネアが、怅子を匕いおノェントに蚀う。

    「今日の䞻圹俺がなんで」

    やっぱり、忘れおる

    「今日、誕生日でしょ、ノェント」

    小さく笑いながらセラが蚀う。

    「30にもなっお、誕生日祝いっお歳でもないだろ」

    口ではそう蚀いながらもノェントの衚情には、かすかな照れず嬉しさが滲んでいた。
    圌にずっお”誰かに誕生日を祝われる”のは初めおだった。

    ノェントが垭に぀くず、ネアがワゎンを抌しおキッチンから珟れた。
    ケヌキの䞊には"30"の数字のキャンドルが立おられお炎がゆらゆらず揺れおいる。

    「ノェント兄、願い事の準備はいい」

    「  お、おぅ」

    ノェントは恥ずかしそうに、がそっず答えた。

    歌声ず手拍子が、家䞭に広がり、
    最埌のフレヌズが、ゆっくりず終わる。ノェントは、キャンドルの炎を
    勢いよく吹き消した。

    『ノェント、お誕生日おめでずう』

    ノェントは、なんだかくすぐったかった。

    「ノェント兄、このケヌキ私が焌いたの。食べお食べお」

    ネアに急かされお、ノェントは小さく切っお口に運ぶ。

    「甘っ」

    ノェントが顔をしかめるず、セリンが笑いながら蚀う。

    「ノェント、甘い物、苊手だったね」

    たたもや、ネアが頬をふくらたしおむくれた。

    「僕は、このケヌキ、矎味しいず思うよ。ネアちゃん」

    すかさず、ケリスが笑顔で蚀う。

    「ノェント兄が䞀番奜きだったけど、ケリスに乗り換えようかなぁ」

    「ネアは、リオンじゃなかったの」

    意地悪そうにセリンが口を挟む。

    「リオンくんは、リオンくんだもん。あ、そうだ、セリン兄
    リオンくんも呌がうよ」

    「たったく、ネアは調子が良いんだから」

    ノアがため息を぀きながら、がそっず呟いた。

    「リオンあの小さくお、可愛い奎か。久しぶりに䌚いたいなぁ」

    ノェントのその䞀蚀に、セリンは苊笑しながらリオンぞ電話をかけた。
    誘いを受けたリオンの声は、電話越しでもわかるほど匟んでいた。

    やがお、窓からの光が䜎く差し蟌みカヌテンの圱を䜜っおいた。
    リオンが到着する頃には、ノェントのケヌキの皿は、フォヌクだけが残されおいた。
    それを芋たセリンは、ふっず笑った。

    「やぁ、ノェント、久しぶりだね。お誕生日おめでずう」

    そう蚀っお、リオンは现長い玙袋からリボンがかかったボトルを差し出した。

    「急なお誘いだったから、倧した物は甚意できなかったんだけど
    これ、ノェントのむメヌゞにぎったりだず思ったんだ」

    期埅に満ちた笑顔でそう蚀うリオンに促されお、ノェントが
    リボンをほどいお包みを開くず䞭から淡い玫色のスパヌクリングワむンが
    姿を芋せた。

    「うわぁ、ほんずだぁ。さすがリオンくん、センスいい」

    ネアは、ボトルずノェントを亀互に芋比べながら目を茝かせた。
    透き通った玫色が、ノェントの瞳の色をそのたた閉じ蟌めたようだった。

    「  ありがずな」

    ノェントは小さな声でそう呟き、照れくさそうに目を逞らした。
    その顔を芋お、すかさずケリスが茶化す。

    「ノェント、顔が赀いぞ」

    「ケ、ケヌキのリキュヌルのせいだ  」

    慌おお蚀い蚳をするノェントにケリスが食い䞋がる。

    「おそらく、このケヌキにリキュヌルは入っおないね。仮に入っおたずしおも
    高枩で焌き䞊げるから、アルコヌルは熱分解しおいるだろうね」

    しおやったり、ず埗意げに笑うケリス。
    ノェントは肩をすくめお立ち䞊がるず、キッチンの方に向かっおわざずらしく
    声を匵った。

    「セラヌ、ケリスがレンズ豆のサラダ、たた食べたいっおヌ」

    「    」

    ケリスは、䜕も蚀い返せずにノェントを睚み぀けた。
    そんな二人の子䟛みたいなやり取りをリオンは、目を䞞くしお芋おいた。

    その時、ケリスのポケットの䞭で《《鳎るはずのない》》端末が震えた。

    えっ

    「あ、ちょっずごめん」

    ケリスは反射的に立ち䞊がり、静かに家の倖ぞ出お行った。

    第27話 鳎らないはずの電話

    ケリスは家の倖ぞ出るず、ポケットから端末を取り出した。
    それは以前ラむアンに甚意させた、ノクテリス軍の通信網ではなく
    アストレリス回線を䜿うSIMが入った端末だった。
    番号は誰も知らないはず──。

    たさか、アストレリスにいる事で探知されたのか
    ケリスは、恐る恐る通話ボタンを抌す。
    盞手の声を確かめるように、息を殺した。

    「──あ、やっず出た、もしもし䞭尉」

    電話の盞手は、ラむアンだった。
    ケリスは、ふうっず深い息を぀いた。

    「もしもし䞭尉聞こえたすか」

    心配そうなラむアンの声が響く。

    「あぁ、すたない。ラむアン、聞こえおいる」

    「良かったぁ、䞭尉、生きおたんですねで、今どこにいるんです」

    久々の䌚話に、ラむアンの声が䞀気に明るく匟んだ。

    「心配かけお、すたない。今は──」

    ケリスは䞀瞬、答えに躊躇《ちゅうちょ》した。
    居堎所を教えれば、セリンたちにもラむアンにも危険が及ぶかもしれない。

    「今は、ただ蚀えないが、私は無事だ。心配するな」

    「心配するなず蚀われおも、心配したすよ〜。俺は䞭尉の右腕なんですからっ」

    「お前を右腕にした芚えは、ないがな」

    呆れた口調だったが、内心ケリスは聞き慣れたラむアンの声に心底安堵しおいた。

    「䞭尉  、軍にはもう戻っお来ないんですか」

    「  そうだな。私には、他にやらなければならない事がある。軍には
    戻らない぀もりだ」

    「やっぱり、そう蚀うず思っおたした。それなら軍の情報は、俺に任せおください」

    ラむアンの口調は決しお軜くはなかった。力匷く、自信に満ちおいた。
    ケリスには、空に向かっお敬瀌するラむアンの姿が浮かんでいた。

    「お前の方は、倧䞈倫なのか」

    「えっ、䞭尉が俺の心配しおくれるんですか嬉しいな。倧䞈倫です、
    䞊手くやっおたすよ」

    「だが、くれぐれもフォルスずオルティスには泚意しろ。
    奎らは、非垞に危険な人物だ。無理はするなよ」

    「分かっおたすっお䞭尉こそ、死なないでくださいね」

    「あぁ。近いうちにそっちぞ戻る。その時は、連絡する」

    「わかりたした」

    電話を切るず、ケリスは空を芋䞊げた。
    雲は少なく柄み枡る灰銀に癜い飛行機雲が真っ盎ぐに䌞びおいた。

    ラむアンは、窓の倖の暗い空を芋぀めおいた。
    その背埌から、静かにグラディア・フォルス准将が入っおきた。

    「ベルロヌグ二等兵、䟋の蚈画は䞊手く行っおるのか」

    「はい、予定通りです」

    ラむアンは、䜎く答えた。

    

    家の䞭は、嵐が過ぎ去った埌のように静かだった。
    セラが掗い物をする氎音だけが穏かに郚屋ぞ流れおいた。

    リビングの゜ファでは、喋り疲れたノアが暪になっお眠っおいる。
    その暪で、腕組みしたたた目を閉じおるノェントの前髪が小さく揺れおいた。

    「ノェントが酔い぀ぶれるなんお珍しいね」

    セリンが、くすっず笑う。

    「盞圓、嬉しかったんじゃないノアくんに貰ったブレスレットも
    倧事に぀けおるし」

    ケリスが皮肉っぜく蚀うず、ノェントは眠ったふりをしながら
    さりげなく巊手銖を隠した。

    「あの銀のブレスレット遞ぶのに、時間も付き合わされたからね」

    セリンは笑いながら、やれやれずいった様子で肩をすくめる。

    「どうりで、なかなか垰っお来ないなず思ったよ」

    「茶色い皮のブレスレットずどっちがいいか悩んでおさ。最終的に俺が決めた
    んだよ」

    「ノアくん、ノェントが倧奜きなんだね」

    「ノアもネアも小さい頃から、ノェントによくな぀いおたよ」

    セリンは、そう蚀うず゜ファで眠る二人にそっず毛垃をかけた。

    「  小さい頃さ、セリンの家族が矚たしかったんだよね」

    リビングで眠る二人を遠くに芋ながらケリスが語りはじめた。

    「匟効がいお、お母さんが優しくお、あったかい家族っお感じがしおさ。
    僕には兄匟は、いないし、父は研究宀にこもりっぱなし。母も
    仕事で家にいない事が倚くお、い぀も䞀人で星ばかり芋おた」

    セリンは、幌い頃のケリスず初めお出䌚った日のこずを思い返しおいた。

    「でも、ノェントに出䌚っおさ、家族がいないっお聞いた時──
    僕は、なんお甘えおたんだろうっお思ったよ」

    ケリスは、手元のカップに芖線を萜ずしながら続ける。

    「ノェントは、元気で明るくお、たくたしくお。い぀も䞀人でどんどん先ぞ
    進んでいく。たるで怖いものなんお無いみたいに。そんな匷さに、ちょっず
    憧れおたんだ  」

    ケリスは、少し恥ずかしそうに顔を䌏せた。

    「ノェントっお時々、子䟛っぜいずころあるけどさ  いざっお時には
    頌れるお兄ちゃんっお感じだよね」

    するず、寝たふりをしおいたノェントが、わざずらしく倧きな声で蚀う。

    「やべっ、぀い寝ちたったもうこんな時間かぁ  」

    ケリスは、䜕事もなかったかのように黙った。
    セリンが、すかさず堎を繋ぐように口を開く。

    「俺は明日の朝から軍本郚ぞ戻るけどケリスは、ノクテリスに垰るの」

    「あ、ああ、うん。䞀床、家に垰るよ。あっちで調べたい事もあるし」

    「倧䞈倫なのか今戻ったら、危険なんじゃねヌか」

    ノェントが真顔で心配する。

    「うん、そこは  なんずかなるず思う。䞀応、軍に味方が䞀人いるから」

    ケリスは、ポケットの䞭の端末をぎゅっず握りしめた。

    「気を぀けろよ。なんかあったら、すぐ連絡しろ。俺が行くから」

    「  うん、ありがずう」

    ケリスは、ふっず肩の力を抜いた。
    そのわずかに緩んだ衚情を芋おセリンずノェントは、ほんの少し安心した。

    ──翌朝

    皆を送り出しお、静けさが戻ったダむニングには、い぀も通り
    淹れたおのコヌヒヌの銙りが挂っおいた。

    流しで掗い物をするセラの埌ろ姿に向かっおノェントが声をかける。

    「ねぇ、この花、なんおいうの」

    その声にセラが振り返るずノェントは、ダむニングテヌブルに食られた
    花を芋぀めながら、頬杖を぀いおいた。

    「"ルミステラ"っお蚀うのよ」

    「"ルミステラ"っおいうのか。俺、花っお蚀ったら"ルミナスベル"くらいしか
    知らねヌからさ」

    「あら、ルミナスベルは知っおるのね」

    セラは、にこっず笑った。ノェントの口から花の名前が出おきたこずが少し
    意倖だった。

    「これ、ルミステラ  本、貰っおもいいかな」

    思いもよらないノェントの申し出にセラは䞀瞬だけ目を芋開いた。
    けれどすぐに、やわらかい笑顔を浮かべた。

    「ええ、もちろんよ」

    ノェントは花瓶からそっず茪抜き取るず、たじたじず芋぀めた。
    そしおルミステラの甘い銙りを、すうっず䞀息吞い蟌んでから
    倧事そうに手を添える。

    歩く床に、倧きな花びらがふわふわず揺れた。
    ノェントは、颚に煜られお花が散らないように手で軜く芆いながら
    ゆっくりず歩いお離れぞ向かった。

    郚屋に着くず、花瓶の代わりのグラスに挿しお窓蟺に眮く。
    朝の癜い光に照らされお、透明な淡い玫色の花びらが煌めいた。
    ノェントは、初めお《《この色》》を綺麗だず思った。

    第28話 黒い矜の倩䜿

    ノェントは、暗い路地裏を䞋を向いお歩いおいた。
    昌間でも薄暗く、蟺りにはゎミが散乱しおいる。
    现い通りの䞡偎には、朚片や金属を寄せ集めお䜜ったような“瓊瀫の小屋”
    が䞊び、人々は圱の䞭で息をひそめながら暮らしおいた。

    今さら斜蚭に戻るわけにも行かず、垰る家もない圌にはもう、この堎所しか
    残されおいなかった。

    法の目が届かないこの区域では、幌い子どもが働くこずも珍しくはない。
    圓然、15歳のノェントもその䞀人だった。

    街では、未成幎である以前に──圌の《《瞳の色》》が党おを拒んだ。
    玫の瞳を芋た途端、誰もが芖線を逞らし、「悪魔」などず囁かれた。
    仕事を埗るどころか、人に近づくこずさえ蚱されなかった。

    生きおいくには、遞択肢などなかった。
    食事ず寝床を埗るためには、どんな仕事でも匕き受けるしかない。

    ノェントが働く店は酒ず銙氎の匂いが入り混じり
    露出が高いドレスを着た女たちが倜を過ごす堎所だった。
    未成幎の圌にも、そこがどういう店なのか、なんずなく分かっおいた。
    この日も、重い足取りで店ぞ向かっお歩いおいた。

    「ノェント、あんたに客だよ」

    女店䞻が顔を芋るなり短く蚀い攟った。
    ノェントが、怪蚝そうな顔で店内を芗き蟌むず開店前の薄暗いカりンタヌに
    人の初老の女性が座っおいた。
    この店には、あたりにも䌌぀かわしくない存圚だった。

    「俺にあの婆さん、誰」

    「知らないよ。"玫の目の少幎に䌚いたい"っおし぀こいんだよ」

    女店䞻は面倒くさそうにそうに蚀い捚おるず、裏手ぞ戻っおしたった。
    ノェントは、仕方なく店の䞭ぞ入った。

    その気配に気づいた女性が、ゆっくりず振り返る。
    そしお、䜕かを確かめるようにノェントの目を真っ盎ぐに芋぀めた。
    ノェントは、反射的に芖線を逞らした。

    たたか。どうせ"悪魔"ずか"䞍吉"だずか蚀われるんだ

    「ああ、生きおいたんだね  」

    女性は、そう蚀いながらノェントの肩を抱きしめた。
    思いがけない女性の行動にノェントは思考が远い぀かず、そのたた硬盎した。

    「あんた  、誰」

    冷たく問い返す声だけが、やっず抌し出された。

    「驚かせおしたったね。私は、マレッタ・シェルド。お前を、ずりあげた
    助産垫だよ」

    「助産垫  俺の  母さんを知っおるっお  事」

    セルノェリスぞ戻っおから、ノェントは必死に自分の過去を探ろうず
    斜蚭の近くを調べお歩いたが、思うように情報が掎めず諊めかけおいた時だった。

    そんな圌の目の前に今、母を知る人物がいる。
    埅ち䟘びおいた事実に、今たさに觊れようずいうこの瞬間
    ノェントの頭の䞭は、真っ癜になっおいた。

    「もちろん、よく知っおいるよ」

    その蚀葉にノェントの掌には冷たい汗が滲み、胞の錓動がうるさくなっおいった。

    「私たちは、ミラルダ村で生たれ育ったんだよ。お前の母さん、アネリアは
    小さな蟲家の䞀人嚘で、ずおも働き者で気立の良い子だった」

    ノェントはこの時、初めお母の名前ず生たれ育った堎所を知った。

    「15幎前のある日、アネリアは子䟛をみごもったず私の所に来たんだ。
    けれど圌女は未婚だった。子䟛の父芪が誰なのか、いくら聞いおも頑なに
    答えようずは、しなかった」

    マレッタは、ひず぀ひず぀蚀葉を遞びながら静かに続けた。

    「みんな反察したけど、アネリアは「ひずりで産んで育おる」ず
    蚀っおきかなくおね。私もその熱意に負けたのさ」

    「  じゃあ、なんで捚おたんだよ」

    ノェントは、小さな声で呟いた。
    心の奥底にしたっおいた蚀葉が、無意識のうちにこがれ出おいた。

    「ひずりで産んで育おるっお蚀っおおきながら結局、捚おたんじゃねヌかよ」

    「違うんだよ、アネリアは、ちゃんずお前を育おようずしおたんだ。だけど──」

    マレッタの声は震えおいた。
    圌女の衚情を芋たノェントは、自分のせいだず悟った。

    「どうせ、この目のせいなんだろ生たれおきた子が、こんな目の色で
    悪魔みたいで気味悪かったから、捚おたんだろ」

    「それは違う。アネリアは、お前が生たれおきおくれた事を本圓に
    喜んでいたんだよ。その目の色だっお"たるで倩䜿みたいだ"ず蚀っお
    ずおも倧事に思っおいたんだよ」

    「じゃあ、なんでだよ──なんで捚おたんだよ」

    ノェントは、マレッタを責めおも仕方ないず知りながらも
    行き堎のない怒りを抑えきれなくなっおいた。

    「あの時は、どうにもならなかったんだよ  」

    マレッタは、小さく息を぀くず過去の闇をゆっくりず語り始めた。

    「ミラルダは叀いしきたりの残る小さな村でね。未婚で子䟛をみごもったずいう事が
    蔑芖された。そしお、折悪く封光《ふうこう》の幎だったから、灜いが起きるずいう噂が噂を呌んで玫の瞳は悪魔の蚌、父芪は悪魔だ、悪魔の子だず蚀われたんだよ」

    やっぱり俺は、悪魔の子なんだ  

    ノェントは、窒息しそうなほどに胞が苊しくなった。
    それたでずっず心の奥で吊定しおきた事が、たるで真実ずいう烙印を抌された
    かのように重くのしかかっおきた。

    しばらく二人の間に深い沈黙が流れた。
    マレッタは、幌い少幎に真実を告げた事を悔やんでいるようだった。
    けれど、ゆっくりず瞬きをするず再び話し始めた。

    「  そしお、村長《むらおさ》に蚀われたんだ。"灜いが起きる前に
    悪魔の子は始末しろ。さもなくば村から出お行け"ず。
    アネリアを誰も護っおやれなかった  」

    マレッタの膝の䞊に眮かれた小さな拳は震えおいた。
    そしお、その拳の䞊にぜたりず涙が萜ちる。

    「  なんで泣いおるんだよ それから、どうなったんだよ」

    ノェントは、その先に続く蚀葉をどうしおも打ち消したかった。

    「アネリアは  それから村で姿を芋かけなくなった。
    お前を連れお村を出たんだず、皆そう思っおいた。けれど──
    数日埌、玍屋で倉わり果おた姿で芋぀かったんだ」

    マレッタは、そこたで蚀うずノェントの足元に膝を぀き泣き厩れた。

    「アネリアを助けおやれなかった  。すたない  」

    ノェントの胞の䞭は、予想通りだったずいう諊めの気持ちず
    ほんのわずかな期埅が打ち砕かれた痛みで入り乱れおいた。

    「  そっか。もう  いないんだ  」

    ノェントは、無衚情で呟いた。
    怒りの矛先を向ける堎所を倱い、途方もない虚無感に抌し぀ぶされそうに
    なっおいた。

    薄暗い店の䞭に、マレッタの啜り泣く声だけが虚しく響いおいた。

    

    ノェントは、窓蟺で煌めくルミステラの花びらを芋぀めながら
    15幎前を思い出しおいた。

    「封光《ふうこう》の幎には、灜いが起きる  か」

    ノェントは、そう呟きながら立ち䞊がるず壁にかけられた
    カレンダヌに芖線を向けた。

    「  時間がねぇ」

    ルミステラの透明な圱が埮かに揺らいでいた。
    その花越しに芋える灰銀の空が、歪んで芋えた。

    第29話 真実の入口

    ゜ラント地区第区に䜍眮するアストレリス軍本郚は堂々たる嚁容を誇っおいた。
    広倧な敷地の䞭倮には、癜亜の巚倧な建物がそびえ立ち
    正門の厚い鋌板で組たれたゲヌトが嚁圧感を䞎える。

    セリンは譊備兵にIDを提瀺し、手荷物チェックを受けお䞭ぞ入った。
    廊䞋では、様々な階玚章を付けた兵士たちが慌ただしく行き亀っおいる。
    受付で曞類を蚘入し、入通蚌を受け取るず階の叞什郚ぞ向かった。

    長い枡り廊䞋の突き圓たり──扉脇のリヌダヌにIDをかざすず
    重厚な扉がゆっくりず開く。

    「アステリア少尉、こちらぞ」

    奥からサむラス・トレント䞭䜐の声がした。
    宀内には巚倧な地圢図や衛星画像が映し出されたモニタヌが䞊び
    端末を操䜜する倧勢の兵士がいる䞭、奥の䌚議宀ぞず通された。

    「少しは、萜ち着いたかな」

    サむラスは、優しく尋ねた。

    「はい、ありがずうございたす。今は、だいぶ萜ち着きたしたが
    ただ、あたり珟実ずしお受け止めきれおは、いたせん  」

    セリンは、小さく芖線を䞋げた。

    「無理も無い、私も同じだよ  ノォルガンは匷い男だったから
    あい぀が、いなくなるなんお考えた事もなかったよ。
    い぀も、あい぀には助けられおばかりだった  」

    「僕たちも、ずっず隊長に護られおきたした。あの倧きな背䞭を道暙にしお
    歩いお来られた。だから  今は行先が芋えなくなっおしたったようで」

    セリンは、溢れそうな涙をこらえるように倩井を仰いだ。

    「うん、十分に承知しおいるよ」

    サむラスは静かに頷き、続けた。

    「本来、第䞀小隊を分けるべきではないかもしれないが
    今は新しい隊長を据えるより各自、他隊の補匷にたわる方が埗策ず刀断した」

    「はい。それが最善だず思いたす」

    「それでは、早速で申し蚳ないんだがアステリア少尉、君はここで
    私の䞋に぀いおもらう。他の隊員は、この蟞什曞にある通り明日付けで
    新しい配眮に぀くよう、君から䌝えおくれ」

    「はい、わかりたした」

    セリンは蟞什曞を受け取り、䞀呌吞眮いた埌──
    静かに顔を䞊げた。

    「あの  トレント䞭䜐、ひず぀お聞きしたい事があるのですが」

    その衚情を芋おサむラスは、すぐに察したようだった。

    「──12幎前の事故ですが、兄さん  セファル・レグナは
    䜕故、事故に遭ったんですかどんな事故だったのか教えおください」

    広い䌚議宀にセリンの真剣な声が鋭く響いた。
    サむラスは䞀床たぶたを䌏せ、深く息を吞うずゆっくり語りはじめた。

    「圓時、アストラ川東岞のルセリオで、シカやむノシシなどの野生動物が
    倧量死するずいう奇劙な出来事が続いおいお、ノォルガン小隊が
    原因調査に圓たっおいた」

    セリンの胞が匷く脈打぀。
    サむラスの蚀葉のひず぀ひず぀が、心の奥に重く沈んでいく。

    「あの日も、䜏民から“倧量死がたた起きおいる”ず通報があった。
    だが、ノォルガン小隊は別任務で䞀時キャンプを倖しおいお  
    最初に戻っお来たのがセファルだった」

    サむラスは、窓の倖の灰銀の空ぞ芖線を向けた。
    その暪顔を、セリンは息を飲んで芋぀めた。

    「私は“他の隊員が戻るたで埅お”ず蚀った。だがセファルは
    皆すぐ戻っおくるから、先に出るず蚀っお出お行った。
      埌になっお分かった事だが、他の隊員は皆、その“奇劙な出来事”を
    恐れお、故意に垰りを遅らせおいたらしい」

    セリンの脳裏に、ノォルガン隊長の手玙がよみがえる。
    "──あの日も、圌は危険を承知で自ら任務を買っお出お事故に遭った。"
    拳に力が入り、爪が掌に食い蟌んだ。

    「ノォルガンもすぐに埌を远った。だが――」

    サむラスは唇を震わせた。

    「蟿り着いた時には、もうセファルの息はなかったそうだ」

    「兄さん  どうしお  人でなんか行ったんだよ  」

    セリンの声は、今にも厩れ萜ちそうに震えおいた。

    「倧量死した動物にも、セファルにも倖傷は無かった。
    毒物も怜出されず  結局“原因䞍明の突然死”ずしお凊理された」

    「  なぜ、その事を父に話さなかったんですか」

    セリンの問いに、サむラスは苊しげに目を䌏せた。

    「  すたない。圓時、兵士を人で危険な任務に向かわせたこずが
    軍の責任になるず恐れ、䞊局郚が“事故党䜓”を隠蔜した。
    私も  逆らえなかった」

    その蚀葉を聞いた瞬間、セリンは勢いよく立ち䞊がり
    拳で机を匷く叩いた。
    胞の奥に抌し蟌めおいた怒りが䞀気に噎き出す。

    だが――今曎、誰を責めおも意味はない。
    それは圌自身が䞀番わかっおいた。

    「今たで黙っおいお、本圓にすたなかった  」

    サむラスは、深々ず頭を䞋げた。

    「いえ、頭を䞊げおください䞭䜐。あなたの責任では、ありたせん。
    圓時のお立堎では、そうする他無かったのでしょう」

    セリンは静かに蚀い、顔を䞊げるず
    その衚情が䞀倉しお鋭く匕き締たった。

    「しかし、その出来事が気になりたす。兄は事故では無かったのでは
    ないでしょうか。あたりにも䞍自然すぎたす」

    「圓時、譊察も出お捜査をしたんだが、真盞は藪の䞭だ」

    12幎前――、䜕かがひっかかる

    「僕に調べさせおください任務には支障がないようにしたす」

    「䜕か心圓たりでもあるのか」

    セリンは䞀瞬、間をおいおから答えた。

    「――はい。ただ、はっきりず断定はできたせんが」

    サむラスの前に立぀セリンの暪顔には、疑念ず芚悟がはっきりず刻たれおいた。

    

    ケリスは、ノクテリスの自宅に戻るず䟋の端末から
    ラむアンに電話をかけた。

    「もしもし私だ。ノクティアだ」

    「䞭尉、お戻りですかちょうどよかった䞭尉にお話したい事が
    あっお」

    ラむアンの明るい声は、ケリスに䜕よりの安心を䞎えた。

    「䜕か、あったのか」

    「ええ、色々ず調べお分かった事があるんです。電話じゃ埒《らち》開かない
    んで、䌚っおお話したいんですけど――時間取れたす」

    「分かった。明日の正午、出お来られるか」

    「はい、倧䞈倫です」

    「では明日の正午、私の自宅に来おくれ」

    「分かりたした、䌺いたす」

    「くれぐれも、軍の連䞭に気付かれるなよ」

    「もう〜、倧䞈倫ですよ〜、分かっおたすっお」

    「ホント、お前のその軜返事は信甚できん」

    「え〜俺、今たでしくじった事ありたす〜無いでしょ〜」

    「わかった、わかった、では、頌むぞ。明日の正午だ」

    ケリスは面倒くさそうに笑いながら電話を切った。

    頌りにしおいるぞ、ラむアン

    ノクテリスぞ戻った今、呚囲すべおが敵に芋えた。
    最初はただの“扱いにくい郚䞋”だず思っおいたラむアン。
    だが今では――圌こそが、ケリスが唯䞀心から信頌できる存圚になっおいた。

    ケリスは、自宅を出るず父アルネスの研究宀ぞ向かった。

    やはり父に盎接、確かめるしかない

    研究宀は車で10分ほどの堎所にある。
    到着しおすぐ、駐車堎に父の車がないこずに気づいた。

    「やはり、連絡しおから来るべきだったか  」

    そう思いながらもドアの前でチャむムを鳎らす。
    䜕床詊しおも、応答はなかった。

    「連絡しお出盎すしかないか  」

    諊めお垰ろうずしたその時、颚に揺れる癜いカヌテンが芖界に入った。

    窓が開いおる  

    道路偎の窓の隙間から、カヌテンが倖に出おひらひらず揺れおいた。
    ケリスが窓に近づいおみるず、地面に無数のガラスの砎片が散らばり
    窓の鍵の郚分が打ち砎られおいた。

    ケリスは胞のざわ぀きを抑えながら冷静に、こじ開けられた窓から䞭ぞ入った。
    そしお次の瞬間――息を呑んだ。

    曞類は床䞀面に撒き散らされ、本棚はすべお匕き倒され
    匕き出しはひず぀残らず開け攟たれおいる。

    機械のように敎然ずしおいたはずの研究宀が
    たるで“誰かが䜕かを探し回った埌”のように荒らされおいた。

    第30話 研究ず陰謀

    研究宀の䞭にアルネスの姿は、なかった。
    ケリスは、胞隒ぎに突き動かされるようにその堎で父ぞ電話をかけた。

    父さん、無事でいおくれ

    ── ティッ ティッ ティッ ティッ 

    『もしもし』

    「あ、お父さん、今どこにいるんですか」

    い぀もの父の声色にケリスは、少しだけほっずした。

    『ケリスか。連絡しお来るなず蚀ったはずだ』

    「すみたせん。でも、研究宀に来たら䜕者かに荒らされたような状態だったので
    心配になっお  」

    『研究宀が荒らされおいる 私は今、孊䌚でルクサリオだ』

    「そうだったんですね。ひずたず無事でよかった。研究宀は、倖からガラスを割っお
    䟵入した圢跡がありたす。ですが、高䟡な機材や端末は手付かずなので
    空き巣では、なさそうです」

    『    』

    アルネスは、黙りこんだ。電話越しにも考え蟌んでいる様子が䌝わっおくる。

    「䜕か、心圓たりがおありなんですね 譊察に──」

    『いや、䞋手に動くず危険だ。明日の午埌には戻る。お前は家に戻っおいなさい』

    「  わかりたした」

    ケリスは、浮かない衚情のたた通話を切った。

    父さんは、䜕か隠しおいる。䞀䜓誰が、䜕のためにこんな事を

    なんずも蚀いようのない、ざら぀いた埌味だけが残っおいた。

    今のケリスには、床䞀面に散乱した曞類や本棚を敎理する䜙裕は無かった。
    ひずたず足の螏み堎を確保するず、壊れた窓を内偎から閉じお
    研究宀をあずにした。

    ──翌日の正午。
    玄束通り、ラむアンが自宅ぞやっおきた。

    ドアを開けるなり、子犬のようにラむアンが飛び付いおくる。

    「䞭尉お垰りなさい本圓に無事で良かった」

    「あ、あぁ  、ず、ずりあえず䞭ぞ入れ」

    匕き぀る顔のケリスをよそにラむアンは、嬉しそうに郚屋ぞ入った。
    ケリスは呚囲を䞀床芋枡し、誰もいない事を確認しおから扉を閉める。

    「もう〜倧䞈倫ですよ、誰にも぀けられおたせんっお。ホント俺、信甚無いなぁ 」

    そう蚀っお、ラむアンは肩を萜しながらダむニングの怅子に腰かけるず
    郚屋の䞭のあちこちに芖線を走らせた。

    「ぞぇ〜、やっぱり片付いおたすね。俺の郚屋なんお散らかりっぱなしですよ」

    「お前が、だらしなさすぎるだけだ」

    ケリスは、呆れた口調で蚀いながら淹れたおのコヌヒヌをカップに泚ぐ。

    「誰か、片付けおくれる可愛い子いないかなぁ」

    「そんな話をしに来たわけじゃないだろ」

    「  はい、そうですね」

    ラむアンは䞀瞬で衚情を匕き締めた。
    ケリスも垭に着き静かに芖線を向ける。

    「オルティス医垫の経歎が気になったんで調べおみたんですよ。
    俺の倧孊の先茩でオルティス医垫ず同じ研究宀にいた人がいお  」

    そこたで蚀っお、ラむアンは䞀床蚀葉を切り、ケリスの様子をうかがった。

    「オルティス医垫の専攻は心理孊でした。ノェルナの光を䜿った意識操䜜の
    研究をしおいたそうです」

    「意識操䜜だず」

    ケリスはその蚀葉に匷い嫌悪感を抱いた。

    「はい。ノェルナの光に含たれる埮匱な電磁波が人間の脳波ず共鳎する。
    オルティス医垫は、その性質を利甚しお粟神を安定させる研究しおいた、ず」

    「぀たり──」

    ケリスの心に、黒い圱が萜ちる。

    「それをフォルス准将が悪甚したんじゃないかず  」

    「そういう事だろうな。だずするず、それが#RGX-211プロゞェクトずいう可胜性が
    高いな」

    「はい。ただ盎接的な蚌拠はありたせんが、そう考えるず蟻耄は合いたす」

    ケリスの䞭で、ひず぀ひず぀ピヌスが揃っおいくのを感じおいた。
    だが、同時に父アルネスぞの疑念もしだいに重さを増しおいった。

    「実は昚日、父の研究宀が䜕者かに荒らされおいた」

    その蚀葉を聞いたラむアンの眉がわずかに動いた。

    「父の䞍圚を狙っお、䟵入した圢跡があった。金目の物は手付かずだったから
    おそらく盗たれたのはデヌタだろう」

    「譊察には届けたんですか」

    「いや。父に止められた。"䞋手に動くず危険だ"ず」

    ラむアンの背䞭に、冷たい汗が滲む。

    「父は──」

    ケリスは、蚀葉を぀たらせた。

    「父は、#RGX-211に深く関わっおいる」

    「えっ、アルネス博士が」

    ラむアンは激しく動揺しおいた。

    「父の曞斎にこの星図ず䞀緒にプロゞェクトの資料があった」

    そう蚀いながら、ケリスは星図を広げお芋せた。

    「父は以前、ノェルナの光ず゚ネルギヌに぀いお研究しおいお軍に
    科孊者ずしお出入りしおいた」

    「ノェルナの光の研究  オルティス医垫ず関っおいおも䞍思議じゃないですね」

    ケリスは、静かに芖線を萜ずした。

    「あっ、すみたせん憶枬で蚀うべきこずじゃ  」

    「いや、いい。私も同じ事を考えおいた。疑いたくはないが、そう考えるのが
    劥圓だろう」

    「  アルネス博士は無事なんですか」

    「あぁ。無事は確認できた。今日の午埌には戻るず蚀っおいた。
    戻り次第、もう䞀床研究宀ぞ行く぀もりだ」

    「くれぐれも気を぀けおください、䞭尉  」

    ラむアンは、い぀になく心配そうな衚情を浮かべおいた。

    「わかっおいる。十分に泚意する。  が、もし私に䜕かあったら──」

    「やめおくださいそういうの聞きたくないです」

    ラむアンの顔に冗談めいた色は䞀切なかった。

    「  分かった。倧䞈倫だ、心配するな」

    ケリスは、優しく埮笑みを浮かべる。

    「私には、優秀な《《右腕》》がいるからな」

    「はいっ」

    ラむアンは背筋を匵り、敬瀌しおみせた。
    そしお次の瞬間、ラむアンの腹の虫が鳎った。

      ぐうぅぅ  

    「    」

    ラむアンは䞀瞬固たり、次の瞬間、耳たで真っ赀にしながら照れ笑いを浮かべた。

    「す、すみたせん  。ほっずしたら、急に腹が枛りたしお  」

    「──仕方ない、昌飯にするか」

    ケリスは吹き出すように笑い、キッチンぞ向かった。

    䞋準備しおあったスヌプを枩め盎し、パスタを茹でる。
    サラダを皿に盛り付け、たずめおテヌブルぞ䞊べた。

    「うわぁ  これ党郚、䞭尉が䜜ったんですか」

    「圓たり前だろ。ここにいるのは私䞀人なんだからな」

    「いただきたヌす」

    ラむアンは、遠慮も忘れおパスタを頬匵った。

    「おいおい。ここは戊堎じゃない。ゆっくり食べろ」

    「  はい。  あの  おかわり、ありたすか」

    「サラダもスヌプも、ただある。奜きなだけ食え」

    普段、誰かのために料理をするこずなどないケリスは
    自分の䜜った料理を本圓に矎味しそうに食べるラむアンの暪顔を
    嬉しそうに眺めおいた。

    時蚈の針は13時を少し回っおいる。
    午埌の光は䜎く、窓際に眮かれた芳葉怍物が床に長い圱を萜ずしおいた。

    その時──
    ケリスのポケットに入れおいた端末が震えた。
    画面に衚瀺されたのは、アルネスの研究宀の番号。
    ケリスは、すぐに通話ボタンを抌した。

    「もしもし」

    『私だ、アルネスだ。今、戻った。倉わりはないか』

    「はい、今のずころは特にありたせん」

    『そうか。それならいいが』

    「埌ほど、そちらぞ行っおもいいですか」

    䞀瞬の沈黙。
    その少しの間が、劙に長く感じた。

    『  あぁ。構わないが、気を぀けお来なさい』

    「わかりたした。14時頃、䌺いたす」

    通話が切れるずケリスは、ゆっくりず息を吐いた。

    今床こそ、真実を確かめる  

    第31話 パンドラの箱

    ケリスは研究宀の駐車スペヌスに車を停めるず、呚囲を譊戒した。
    䞍審な人圱などが無い事を慎重に確認しおから車を降りお
    玠早くドアに向かっおチャむムを鳎らす。

    すぐにアルネスが出迎えた。

    「入りなさい」

    ケリスは黙っお頷き、郚屋ぞ入る。
    昚日、散乱しおいた曞類や匕き出しは、既にひずずおり片付けられおいた。
    黙々ず、棚に本を戻すアルネスの背䞭に向かっおケリスは
    意を決しお声をかけた。

    「  お父さん、䜕があったんですか」

    アルネスの手が䞀瞬止たる。だが、振り向くこずなく䜎い声で答えた。

    「危険だから、手を匕けず蚀ったはずだ。お前が銖を突っ蟌む事ではない」

    「僕は、もう軍の人間ではありたせん。軍やノクテリスの為に呜を賭けるより
    倧切な仲間や家族を守る道を遞びたした」

    「そんな簡単な事ではない。お前人でどうにかなるものではない」

    「人では、ありたせん。僕には䞀緒に戊う仲間がいたす。だから 
    話しおください。12幎前、䜕があったのか」

    ケリスの真剣な県差しが、アルネスの胞に突き刺さる。
    圌はゆっくりず手を止め、ケリスの方ぞ向き盎る。

    「私は、かねおからノェリオンの゚ネルギヌ消費に぀いお研究しおいた。
    圓時、ノェリオンの光゚ネルギヌは無限ず考えられおいたが、私の研究結果は
    違っおいた」

    それは、ケリスが初めお聞く話だった。
    思いもよらない告癜に少し、戞惑っおいた。

    「ノェリオンの光゚ネルギヌは、有限だずいう事ですか」

    「そうだ。だから私は、ノェルナの光を甚いお゚ネルギヌを埪環させる
    方法を研究しおいた。ノェルナは、恒星でありながらノェリオンの光を反射する
    惑星だ。その特性を甚いおノェリオンに゚ネルギヌを返還する。それが《《本来の》》
    "Resonant(共鳎)Gravitic(重力・磁力)X-Transducer(倉換噚)211プロゞェクト"だ」

    「  ずいう事は、オルティス医垫ずお父さんの研究が軍に、いや
    "フォルス准将"に悪甚された、ずいう事ですね」

    ケリスの問いにアルネスは目を閉じ、黙っおゆっくり頷いた。
    その暪顔には深い埌悔の念が滲み出おいた。

    「圓時、ノェルナの光を甚いお粟神を安定させる、意識操䜜の研究をしおいた
    オルティスが、軍医ずしお入っおきた。圌は、同じノェルナの光を利甚するずいう
    点で、私の研究に非垞に興味を持っおいた。すぐに意気投合しお、お互いの研究で
    協力するようになっおいった」

    ケリスは、無意識に拳を匷く握りしめおいた。

    「協力し合ったおかげで研究は順調に進んでいた。埌少しで完成する
    ずいう時に、フォルスが研究を支揎するず蚀っお近づいおきた。研究には
    莫倧な費甚がかかる。軍の支揎が埗られるずいう事は、本圓に救いだず思った」

    「フォルス准将は、最初から利甚する぀もりで近づいおきたんでしょうね」

    「ああ、おそらくそうだろう。ダツの䌁みに気付けなかった私の責任だ」

    そう蚀っおアルネスは深いため息を぀いた。

    「やがおフォルスは、オルティスをそそのかし、裏で操䜜しお私たちの研究を
    軍事兵噚に䜜り替えおいた。意識操䜜をしお、軍に埓わせるずいう兵噚に  」

    その蚀葉を聞いお、ケリスは背筋が凍り぀き右手の震えが止たらなくなっおいた。

    やはり、俺はオルティス医垫に意識操䜜され、フォルス准将に利甚されたんだ

    「私たちが研究したノェルナの光を利甚するずいう方法は、ノェリオンの光が
    封じられ、ノェルナの光が最倧になる時に効果が最倧限発揮される。
    すなわち、"陜封光《ようふうこう》"の時だ」

    アルネスは、そう蚀っお芖線を萜ずした。

    「12幎前の陜封光《ようふうこう》の幎、私の知らないずころで
    初期実隓が行われおいた」

    ケリスは、思わず息をのんだ。
    この先、アルネスの口から語られる真実が重くのしかかっおくる事は容易に
    想像が぀いた。

    「フォルスずオルティスは、アストレリスの広倧な草原にいる、動物を察象に
    意識操䜜できるかを実隓しおいた。しかし、いずれも倱敗に終わり
    たくさんの動物を犠牲にしおいた。その事に気付いた私は、実隓をやめるように
    蚀ったが、もう手遅れだった。悲劇は起きおしたっおいた──」

    アルネスは、力を倱ったかのようにその堎に膝を぀いお䞡手で顔を芆った。

    「぀いに人を犠牲にしおしたった──」

    ケリスは、顔面蒌癜の父の顔を芋お返す蚀葉を倱った。

    「私の研究で、アストレリスの若い軍人の尊い呜を奪っおしたったんだ  」

    「お父さんのせいでは、ありたせん悪甚したフォルスずオルティスの仕業じゃ
    ありたせんか。しかも知らなかったのだから、仕方ない」

    「知らなかったでは、枈たされない。元は私のプログラムだ。それがなければ
    犠牲は、出なかった」

    「それで、お父さんは軍を離れお、その研究を封印したんですね」

    アルネスは、静かに頷いた。

    「もしかしお  昚日、盗たれた物っお#RGX-211のプログラムですか」

    「ああ、そうだ。プログラムだけでなく#RGX-211に関する資料、党お
    持っおいったようだ」

    「党お  。しかし䜕故、今曎  」

    「封光《ふうこう》の呚期は1200日に1床、陰ず陜が入れ替わる。
    おそらく今幎が陜封光《ようふうこう》の幎だからだろう」

    「今幎の封光《ふうこう》で、たた犠牲が出る  もしくは既に
    出おいるかもしれない  」

    ケリスは自分の口から出た蚀葉に埗䜓の知れない恐怖を感じた。

    「だが、あのプログラムだけではシステムは完成しない。
    あのシステムは、封光《ふうこう》の正確な座暙倀を党お入力しなければ
    ならない。お前が持っおいる星図、倩環亀点図《おんかんこうおんず》が
    なければ完成しない」

    「これが  鍵  」

    ケリスは、䞊着の内ポケットから星図を取り出しお広げた。
    幌い頃、意味も分からず父の曞斎から持ち出したこの星図が
    封印を解く鍵になっおいたずは、思いもよらなかった。

    「ここに眮いおおくより安党だず思ったが、お前が軍を離れた今
    それを持っおいるず知られたら危険だ。くれぐれも泚意しなさい」

    「はい。僕はたた、アストレリスぞ向かいたす」

    「そうか。その方がいいかもしれんな。連絡は最䜎限にしなさい。
    私の事は、心配しなくおいい」

    「わかりたした」

    ケリスは静かに頷くず、そっずドアを開けた。狭い隙間から倖を䞀床
    確かめおから研究宀を出る。

    そしお、車のドアに手をかけたその瞬間──
    背埌に人の気配を感じ、ケリスは玠早く振り返った。
    そこに立っおいたのは、ラむアンだった。

    「なんだ、お前か。驚かせるな。぀いお来たのか」

    「はい、心配だったんで」

    い぀ものようにヘラヘラしながらラむアンは蚀う。

    「倧䞈倫だず、蚀っただろう」

    「でも䞭尉が"もし䜕かあったら"なんお蚀うから心配になっちゃっお」

    ケリスは少しだけ、申し蚳ない気持ちになったが
    ちょうどいい蚀葉が思い぀かずそのたた俯いた。

    「でお前、この埌どうするんだ」

    「この埌ですかえっず  考えおたせん」

    その即答にケリスは思わず倧きい声で笑った。

    「たぁいい、乗れ。家たで送っおやる」

    「やったありがずうございたす」

    ラむアンは、嬉しそうに助手垭に飛び乗った。

    第32話 鍵

    午埌になるず、灰色の雲が空を芆いノェリオンの光を遮っおいた。
    ひんやりずした颚が少し開けた窓から車内を通り抜けお
    ハンドルを握るケリスの前髪を揺らしおいた。
    その冷えた暪顔にラむアンが話しかける。

    「ここを、右に曲がっお぀目の信号過ぎた所で停めおもらっおも
    いいですか」

    「なんだ、䜕か甚事でもあるのか」

    䞍思議そうに聞き返すケリスに、ラむアンはニカっず笑っお答えた。

    「俺の行き぀けのカフェです。昌飯のお返しにご銳走するんで寄りたしょ」

    「気を䜿わなくおいいぞ」

    「いえ、俺がコヌヒヌ飲みたいんで」

    ケリスは、蚀われた通りに亀差点で右にハンドルを切った。
    信号を぀過ぎるず、右手にカフェのサむネヌゞが芋えた。

    カフェの駐車スペヌスは、あたり空きが無く
    ケリスが車を停めるず、その埌に来た黒いセダンが駐車したずころで
    入口の満車サむンが点灯した。

    「随分ず混んでるな。この店、人気があるんだな」

    目を䞞くしながらケリスが蚀う。

    「はい、俺も毎日のように来たすけど、特にこの時間は混みたすね」

    そう蚀いながら、ラむアンは人分の垭を確保した。

    「䞭尉は、ブラックでいいですか」

    「あぁ、そうだな」

    ケリスは垭に着くず䞊着を脱いで、隣の怅子の背もたれにかける。
    ふうっず息を぀き、あたりを芋枡した。老若男女、様々な客で
    店内は、溢れかえっおいる。

    少ししお、コヌヒヌずマフィンを乗せたトレヌを持っおラむアンが戻っおきた。

    「ここの店のだったんだな」

    芋芚えのあるマフィンのカップを芋おケリスが埮笑む。

    「えあぁそうです。俺、ここのマフィン倧奜きなんです」

    子䟛のように嬉しそうなラむアンを芋おケリスは、クスっず笑った。
    手にしたコヌヒヌのぬくもりが、なんだか少し懐かしく感じた。

    「  あの時は、䜕もない郚屋に閉じ蟌められお誰ずも䌚話できず
    絶望的だった。お前が眮いおいった、このコヌヒヌずマフィンが本圓に
    矎味く感じたが  」

    ケリスは、真顔でラむアンを芋぀め蚀葉を止める。
    その芖線に気付きラむアンは期埅した衚情で続きを埅った。

    「これだけ行列が出来るほど、この店のマフィンは矎味いんだな」

    「っお、ちょっずそこは、俺を耒めるずこですよね」

    思い通りの反応を返すラむアンにケリスは、クスクスず笑う。

    「でも  本圓に助かっおいる。お前のおかげで、真盞に蟿り着けた」

    そう蚀うケリスの濃い青の瞳には淀みはなかった。

    「真盞  ずころで、研究宀からは䜕が盗たれたんですか」

    少しトヌンを萜ずしたラむアンの声は、雑螏の䞭に玛れる。

    「䟋のプロゞェクトに関するデヌタず資料、党おだ」

    「だずするず、やはりフォルスの仕業  ですね」

    「おそらくな」

    「ただ䜕か䌁んでるっお事か  」

    ラむアンの額にうっすらず汗が滲む。

    「プロゞェクトには、封光《ふうこう》が関係しおいお今幎がその幎なんだ。
    だから奎らは、躍起になっお"鍵"を探しおいる」

    「鍵 鍵なんおあるんですか」

    「あぁ。私が持っおいる"星図"だ。これが無ければプロゞェクトは完成しない」

    「あの星図が、鍵 それじゃあ、たすたす䞭尉が狙われるじゃないですか」

    ラむアンは、目を倧きく芋開き身を乗り出した。

    「だが、ただ連䞭は、私が持っおいる事には気付いおないだろう」

    「でも、気付くのも時間の問題じゃないですか」

    「そうだな。ひずたず私は、アストレリスの仲間の元ぞ戻る」

    「敵地にですかその仲間っおいうのは、本圓に信甚できるんですか」

    あからさたに曇ったラむアンの衚情を芋お、ケリスは穏やかな笑顔で答えた。

    「倧䞈倫だ。もう、芋倱わない。あい぀らは敵じゃない」

    「  じゃあ、俺も䞀緒に行きたす」

    「それは駄目だ。お前には軍の任務がある。その申し出は、ありがたいが
    こっちで埅っおいおほしい」

    「    」

    心配そうにケリス芋぀めるラむアン。
    ──その時、ラむアンの端末が震えた。
    衚瀺を芋お、圌は小さく舌打ちする。

    「  ちっ、こんな時に  」

    「出おいいぞ」

    ケリスは、電話に出るように促すずラむアンは申し蚳なさそうに
    䌚釈しながら垭を倖した。

    ケリスは、腕時蚈に目をやった。

    「そろそろ行かないずな  」

    数分埌、ラむアンが戻っおくるのが芋えた。
    ケリスが、トレヌを持っお立ち䞊がるず、それに気付いたラむアンが
    慌おお駆け寄っおくる。

    「あっ、すみたせん、俺が片付けたす」

    トレヌ受け取り、店内のゎミ箱に片付けお倖ぞ出た。

    枩かい店から倖ぞ出るず颚は、䞀局冷たく感じられた。

    「あれ䞭尉、ゞャケット着おたせんでしたっけ」

    「あ、店に忘れた先に車に行っおおくれ」

    「じゃあ、俺が取っおきたすよ」

    そう蚀っおラむアンは店内に戻っお行った。
    ケリスは、車に戻り゚ンゞンをかけお倖で埅っおいた。
    ほどなくしお、䞊着を手にしたラむアンが小走りで戻っお来る。

    「こんな寒空の䞋で、䞊着なしでいたら颚邪ひきたすよ」

    そう蚀っお、持っおいた䞊着をケリスの肩にそっずかけた。

    「あぁ、すたない」

    ケリスは、䞊着に袖を通しながら運転垭に座る。
    車茉の時蚈はすでに16時を少し過ぎおいた。

    ラむアンの道案内で車を走らせ、圌の家ぞ向かう。
    あたりは、すっかり暗くなり、前を行く車のテむルランプが
    やけに明るく芋えた。

    やがお、倧きな葉を぀けた街路暹が䞊ぶ街道の脇の
    ラむアンの家の前で車を停める。

    「今日は、ありがずうございたした。アストレリス、気を付けお
    行っお来おください。䜕かあったら、い぀でも連絡くださいね」

    ラむアンは降りる前、念を抌すようにケリスの腕をしっかりず掎んだ。

    「分かった、たた連絡する」

    ケリスは、ゆっくりず瞬きをしお答えるずラむアンは、ようやく安心したように
    腕を離し、車を降りた。

    車が走り出しおもしばらくラむアンはその堎に立ち、芋えなくなるたで
    敬瀌しお芋送っおいた。

    ケリスは、ルヌムミラヌ越しにその姿を芋぀めながら静かにアクセルを
    螏み蟌んだ。

    街路暹の圱が途切れ、道路は再び暗い盎線ぞず続いおいく。
    車内にぱンゞン音だけが響いお劙に広く、静かに感じた。

    それから30分ほどで自宅に着いた。
    車を降りたケリスは無意識に空を芋䞊げる。

    ノクテリスの空は、アストレリスよりも暗い。
    今日は雲も厚く、星の光は぀も芋えなかった。

    

    翌朝、空が癜み始めた頃
    ケリスは貚物茞送甚の小さなステヌションに立っおいた。
    始発の貚物船を埅ちながら、呚囲に芖線を巡らせる。

    人圱は、たばらで冷えた空気が足元をすり抜けおいく。
    この時間垯にここを利甚する者は、ほずんどいない。

    ケリスは、コヌトの襟を立おお静かに息を敎えおいた。
    やがお貚物船は朝霧の䞭に、ゆっくりず姿を珟し始めおいた。

    第33話 茪郭

    正午を告げる時報を聞くずすぐにセリンは地䞋階の資料宀ぞず向かった。
    入り口のカヌドリヌダヌにIDをかざしお䞭ぞ入る。
    窓のないこの郚屋はセリンが䞀歩足を螏み入れた瞬間、自動で照明が灯った。

    䞊んでいるのは無数のメモリヌカヌドが敎然ず収められた棚ず、閲芧専甚の端末矀。
    人の気配のない宀内には、セリンの靎音だけが静かに反響しおいた。

    調べるず蚀ったものの  どこから手を぀ければいいのやら  

    棚の隙間から芗くセリンの濃い灰色の瞳が、獲物を探すように巊右ぞず激しく動く。
    やがお12幎前の蚘録が保管されおいる棚の前で足を止めるず
    セリンは「ルセリオ地区」ず蚘されたメモリヌカヌドを手圓たり次第に
    抜き取っおいった。

    1枚ず぀端末に差し蟌み、映し出される情報を食い入るように読み蟌んでいく。
    だが、いく぀確認しおも有力な手がかりは芋぀からなかった。
    もどかしさず疲劎が混じる䞭、それでも諊めずにスクロヌルを続けおいた
    セリンの目に、ある蚘事のタむトルが飛び蟌んできた。

    "今幎の封光《ふうこう》は陜封光《ようふうこう》"
    快晎で芳枬可胜だったずいう内容ずずもに
    ノェリオンにノェルナが重なっお珟れた光の茪の写真が添えられおいた。

    「12幎前は、陜封光《ようふうこう》の幎か  」

    セリンは、その蚀葉を口にしながら目を现めた。
    頭の片隅に远いやっおいた疑念が、再び姿を珟し始めおいた。

    

    建物の倖ぞ出るず、歩道には䞀面、灰色の枯葉が敷き詰められおいた。
    この季節になるずアストレリスの景色は空も地面も同じ色に染たる。
    その平な䞖界の䞭をセリンは、歩いおいた。

    「今幎の封光《ふうこう》も、もうすぐか  」

    そう呟いお空を芋䞊げたそのずき、雲ひず぀ない空に䞀瞬
    黒い線が暪切った。

    「火球  ずは、ちょっず違うような  」

    皲劻ずも違う。芋えたのは裂け目のような黒い筋だった。
    セリンは立ち止たり、しばらく空を芋぀め続ける。

    そしお次の瞬間、空の䞀郚が歪んだように芋えた。

    やっぱり気のせいじゃない。  䜕かがおかしい。胞隒ぎがする  

    だが、呚囲を芋枡しおも誰ひずりずしお空の異倉に気付いおいる様子はなかった。
    セリンは泚意深く空を芋ながら足早に垰路に぀いた。

    自宅に着くずすぐに、離れのノェントの郚屋ぞ向かう。
    窓からは、明かりが挏れおいた。

    軜く床ノックしおから扉を開ける。

    「ノェント、入るよヌ」

    郚屋の䞭にはノェントず、ケリスの姿があった。

    「ケリス垰っお来おたんだ」

    セリンの衚情が䞀気に明るくなる。

    「うん、今来たばっかりだよ」

    「ちょうどよかった、ケリスに聞きたい事があったんだ」

    「僕に たぁ、ずりあえず座れば僕の家じゃないけど」

    そう蚀っお笑うケリスの隣に座るず、セリンはすぐに
    垰り道で芋た珟象を人に話し始めた。

    「さっき垰っお来る時、空を芋おたら亀裂が入ったみたいに黒い線が暪に
    走ったんだ。皲劻みたいに倧きく。でも雲なんお無かったし、あり埗ないだろ
    火球かずも思ったけど光っおは、いなかった」

    セリンは話ながら、自分でも曖昧だず思った。
    だが人の衚情は倉わらなかった。

    「それで䞍思議に思っお、しばらく空を芋おたら  今床は歪んだ」

    ノェントは腕を組んで、静かに目を䌏せる。

    「でも空が歪むのを芋たのは、今日が初めおじゃない。今たでも䜕床かあった。
    でも党郚、気のせいだず思っおた。だけど今日は、はっきり芋えた」

    セリンは、真剣な目で人を芋た。

    「ねぇケリス、これっお封光《ふうこう》ず䜕か関係あるのかな」

    ケリスの衚情が䞀瞬で匕き締たる。

    「  封光《ふうこう》ずいうより、ノェリオンの光゚ネルギヌの枛少で
    重力や匕力の均衡が厩れ始めおいる可胜性がある」

    「それは  確かなの別の可胜性もあるっお事」

    その時、黙っおいたノェントが口を開いた。

    「いや。今ケリスが蚀った事でほが、間違いないだろ」

    セリンずケリスが同時にノェントを芋る。

    「ノェリオンの光゚ネルギヌが幎々、枛少しおるのは事実だ」

    「それっお、アストレリス政府が䟛絊量を制限しおいるからじゃ」

    セリンが真っ盎ぐに問いかける。

    「《《衚向き》》はな。だが実際は、ノェリオンから埗られる量そのものが枛っおいる」

    「父さんの研究でも分かっおいた事なんだ」

    ケリスが続ける。

    「だから父さんは、ノェルナの光を利甚しおノェリオンに返還する方法を
    研究しおいた」

    ケリスは唇を噛み締めお芖線を萜ずした。
    そしおノェントが静かに蚀葉を繋ぐ。

    「ノェリオンの力が匱たれば、重力や匕力も䜎䞋する。そうするず
    ノェリオンの呚囲を公転しおいる俺たちの星の軌道が少しづ぀ズレおいく。
    その《《ズレ》》が顕著に珟れるのが、぀の星が重なる時」

    「封光《ふうこう》  、今幎っお事か」

    セリンは、目を倧きく芋開く。
    ノェントは、小さく頷いた。

    「セリンが芋た空の亀裂や歪みは、その軌道のズレが芖芚化されたものず芋お
    間違いないだろう。そういう事だろケリス」

    「うん。攟っおおけば、惑星同士が衝突したり、ノェリオンに匕き寄せられお
    僕たちの星は、消滅する。぀たり  䞖界が終わる」

    「ケリスのお父さんの研究っお、もしかしお  」

    セリンの蚀葉が終わらないうちにケリスが答える。

    「そう。フォルスに悪甚されお、軍事兵噚に䜜り替えられた」

    「やっぱり、そういう事だったか。#RGX-211」

    「#RGX-211は、非垞に危険なプロゞェクトだ。12幎前に
    アストレリスで実隓が行われ、倧量の動物ず人たでも犠牲にしおいる」

    ケリスの蚀葉にセリンが絶句する。

    「えっ  」

    「奎らは、今幎の封光《ふうこう》で再び、プロゞェクトを実行しようずしおる。
    だから、なんずしおでも阻止しなければならない」

    「そんな  。兄さんは、やっぱり事故なんかじゃなかったんだ」

    セリンは勢いよく立ち䞊がった。
    その声にケリスは驚いお芋䞊げる。

    「兄  さん  12幎前の実隓で犠牲になった若い兵士が  
    セリンのお兄さん  」

    ケリスは、党身の血の気が匕くのを感じた。
    頭の䞭が真っ癜になり、思考が止たる。
    ノェントもたた、立ち䞊がったセリンを芋぀めたたた蚀葉を倱っおいた。

    長い静寂が、郚屋の空気を支配した。
    やがおその重い沈黙を砎ったのはノェントだった。

    「ケリスのお父さんは、䞖界を救うための研究をしおいた。それを悪甚したのは
    フォルスだ。ケリスも意識操䜜された犠牲者の䞀人」

    ノェントは感情を抑えた声で淡々ず続ける。

    「それが《《事実》》だ。"真実"は立堎によっお芋え方が倉わる。セリン
    お前が誰を憎んで誰を蚱すかは、お前の自由だ。だけど今、䜕を䞀番に
    考えなきゃいけないか、分かるよな」

    「  うん」

    セリンは、ゆっくりず腰をおろしお䞡手を重ねお俯いた。
    䞀床、深く息を吞い蟌むず静かに顔を䞊げる。

    「ケリス、フォルスのプロゞェクトを止める為に、俺たちは
    䜕をすればいい」

    セリンの瞳には、もはや憎しみは映っおいなかった。

    「うん。そうだね、それを考えよう。今できる事は──」

    そう蚀いながら、ケリスは䞊着の内ポケットに手を䌞ばした。

    「あれ  」

    もう䞀床探る。

    「  無い」

    䜕床も内ポケットを確認する。

    「どうしたの」

    「おかしいなここにい぀も入れおるはずなのに  」

    今床は倖偎のポケットを次々ず探る。

    「どこかに萜ずしたかないや、ここから萜ちるずは考えにくい  」

    「えもしかしお、い぀も持ち歩いおる星図が無いの」

    セリンは、幌い頃からケリスが肌身離さず持ち歩いおる星図の事を知っおいた。
    倧人になっおからは、必ず䞊着の内ポケットに入れおいた事も。

    「たずいな  。盗たれたかもしれない  」

    ケリスの顔に再び、緊匵の色が走る。

    「あの星図が、#RGX-211の鍵なんだ。あれが奎らの手に枡ったらたずい
    今床こそ、アストレリス党域の人々が意識操䜜されるか殺される  」

    抑えようずしおもケリスの手の震えは止たらなくなっおいた。

    い぀  い぀盗たれた䞊着から目を離した事なんお無い  はず

    必死にこれたでの行動を思い返す。

    たさか  あの時  

    「ケリス、萜ち着け」

    ノェントが震える䞡肩をしっかりず掎む。

    「たさか  」

    「その星図の事、俺たち以倖の誰かに話したか」

    「    」

    ケリスは答えられなかった。

    あい぀が、俺を裏切るはずがない  

    第34話 序奏

    ノクテリス軍の軍事斜蚭である倩䜓芳枬所は、小高い䞘の頂䞊に
    䜍眮しおいる。芋晎らしの良いその堎所には、コンクリヌトの建屋ず
    その䞊に巚倧な銀色のアンテナのような電波望遠鏡がそびえ立぀。

    䞘のふもずにある駐車スペヌスに台の黒いセダンが停車する。
    スヌツ姿の男が二人、車から降りお斜蚭ぞ向かっお歩き出した。

    呚囲には照明ひず぀無く、頭䞊に浮かぶノェルナの淡い光だけが
    足元を照らしおいた。
    二人の埌を远うように、ラむアンが斜蚭内ぞず入っお行った。

    

    「今曎、じたばたしおも始たらねぇ。封光《ふうこう》たでに
    取り返すしかねぇ」

    ノェントは、たっすぐにケリスの目を芋぀めた。

    「取り返すっお蚀っおも  どうやっお」

    セリンがノェントの方ぞ向き盎る。

    「それを今から、考えるんだろケリス」

    「    うん」

    ケリスは、絶望の淵に立たされおいた。それでも手の震えを必死に抑えながら
    県鏡を倖し、テヌブルの䞊に眮く。
    そしお䞡手で顔を芆うようにしながら、思考をめぐらせた。

    匵り詰めた空気が、人の呌吞を浅くしおいた。

    「ケリス、どこで盗たれたか  心圓たりは、ある」

    セリンの問いにケリスは、重い口を開く。

    「おそらく  ノクテリスのカフェだ。䞊着を怅子にかけたたた
    離れた時だず思う。すぐ戻ったから倧䞈倫だず思っおいたけど──」

    「カフェか  」

    ノェントの薄玫の瞳が鋭く光る。

    「人も倚いし、隒がしい。盗むには、確かに絶奜の堎所だな」

    「封光《ふうこう》たで、あず週間か  」

    壁にかけられたカレンダヌを芋ながらセリンが呟いた。

    「時間がねぇな。ノクテリスたで最短でも日は、かかる。、日䞭に
    出発しなきゃなんねぇ」

    「僕が油断しおいたせいだ  。人を巻き蟌んでしたっお本圓にすたない  」

    ケリスは、深く頭を䞋げた。

    「今は、謝っおる堎合じゃねぇだろ。どのみち、お前人でどうにかなる
    話じゃねぇ。頭、䞊げろ」

    「こうなるず、俺たち人だけでも厳しいかもね。アストレリス党土の問題だ。
    明日にでも、軍に掛け合っおみるよ」

    「ああ、そうだな、頌むわ。俺は、ケリスず人で準備が敎い次第、出発する」

    「分かった。俺は、埌から远うよ」

    そう蚀ったセリンの蚀葉にノェントが即座に切り返した。

    「いや、セリンは、こっちに残れ。フォルスは、お前の呜を狙っおる」

    「でも  」

    「倧䞈倫だ、心配すんな。必ず星図を取り戻しお垰っお来るから、お前はこっちで
    埅機しおろ」

    ノェントの匷く、それでいお枩かい県差しにセリンは、黙っお瞬きを返した。

    そこぞ、入り口のドアをノックする音が聞こえた。

    コンコン  

    「セリン兄、ノェント兄、倕飯の支床できたよ〜」

    ネアの明るい声ず共に扉が開くず振り返りながらセリンが答えた。

    「うん、今行く」

    「あら、ケリスも来おたのね」

    どこか嬉しそうなネア。

    「ネアちゃん、こんばんは」

    䞋りた前髪をかき䞊げながら優しく埮笑んだ。県鏡を倖したケリスの巊目の䞋にある
    小さな黒子が、際立っお芋えた。

    「こ、こんばんは、ゆっくりしお行っおね」

    ネアは、慌おおドアを閉めた。
    い぀もず違うネアの様子にケリスは、きょずんずしおいた。

    「さお、たずは腹ごしらえだな。䜜戊䌚議は、飯の埌だ」

    そう蚀っおノェントは、真っ先に立ち䞊がり郚屋を出お行った。
    セリンずケリスもそのあずに続く。

    倖の空気は、しんず静たり返り吐く息を癜くした。
    空は高く、満倩の星が瞬いおいる。

    人は歩きながら、無意識に空を芋䞊げた。
    時折、小さく歪む倜空が埗䜓の知れない恐怖ず焊りを䞎えおいた。

    家に入るず、枩かな空気ず銙ばしいシチュヌの銙りが䞉人を迎えた。

    「うわぁ、あったけヌ」

    ノェントは、䞀目散に垭ぞ぀く。

    「今日は、䞀段ず冷えるわね」

    そう蚀いながら、セラはが䞁寧にシチュヌの皿をテヌブルに䞊べおいく。

    「さぁ、人ずも寒いから早く䞭に入っお」

    入り口で䜇むセリンずケリスに声をかける。
    すでにテヌブルには、ダリりスずノアずネアが垭に぀いおいた。

    賑やかな食卓は、他愛ない䌚話で溢れおいた。
    セリンは、この䜕気ない日垞を心から守りたいず思った。
    そしお、談笑する父ダリりスの暪顔を芋るず、セファルの死の真盞を
    語る気には、なれなかった。

    党郚、終わったら 話そう  

    セリンは、その想いをそっず胞の奥に閉じ蟌めた。

    食事を終えるず人は、再び離れのノェントの郚屋ぞず戻った。

    ノェントは、机に向かうず端末に玠早くキヌを打ち蟌む。

    「さぁ、䜜戊䌚議だ」

    ケリスが画面を芗くず、そこにはノクテリスの衛生画像が映し出されおいた。

    「ねぇ、い぀も思うんだけど  ノェントのその情報網っお、どうなっおるの」

    䞍思議そうに尋ねるケリスに、ノェントが䜕かを蚀いかけるず
    セリンが、興味接々な顔で身を乗り出しおくる。

    「  内緒」

    ノェントは、ニダっず笑っお答えた。

    「ちぇっ、俺たちには話しおくれおもいいんじゃない」

    セリンがむくれたように蚀うず

    「教えな〜い」

    ノェントは、さらにふざけお笑う。

    「  その顔が、ムカ぀くんだよな」

    ケリスががそっず呟く。

    「あ今なん぀った」

    「はいはい、もういいから話、進めお」

    呆れたようにセリンが促すず、ノェントは肩をすくめながら画面を指した。

    「これは、ノクテリス軍本郚だ。ケリス、フォルスの居堎所は」

    「ここ、この棟の最䞊階、第戊術解析宀」

    ケリスが画面の䞭倮の建物を指し瀺す。

    「でも  、フォルスが持っおるずは限らない。圌ず組んでる
    軍医、グレン・オルティスの可胜性もある」

    そう蚀っおケリスは、画面巊䞊に衚瀺された䞘を指す。

    「こっちの倩䜓芳枬所にある可胜性の方が高いかもしれない」

    「なるほどな  」

    ノェントは、腕を組んで画面を凝芖し、しばらく考え蟌んだ。
    数分埌、䜕か思い぀いたように顔を䞊げお蚀った。

    「セリン、お前のずこのスナむプくん借りれるか」

    「クレむンの事」

    「そうそう、クレむン。埌もう人ぐらい助っ人が欲しい」

    「分かった。早急に手配するよ」

    そのやりずりを聞きながらケリスの脳裏には、ラむアンの姿が
    浮かんでいた。

    あい぀が味方なら、どれだけ心匷いか  

    小さくため息を぀いたケリスをノェントは、芖界の端で捉えおいた。

    䜜戊䌚議は、深倜にたで及んだ。焊燥に駆られる人の暪で
    窓の倖に芋える䞋匊のノェルナが、運呜の時が近づいおいる事を
    静かに告げおいた。

    ──翌朝。

    アストレリス軍本郚、叞什宀。セリンの姿がそこにあった。

    「今、お話した通り今床の封光《ふうこう》たでに"鍵"を奪還し
    ノクテリスのプロゞェクトを止めなければ  アストレリスは終わりたす」

    セリンは真っ盎ぐに前を芋据え、力匷く蚀い攟った。
    その蚀葉を受けたサむラス・トレント䞭䜐は、険しい衚情のたた
    黙り蟌んでいた。

    「䞭䜐、ご刀断を」

    セリンが䞀歩詰め寄るず、ようやくサむラスが口を開いた。

    「  分かった。私の出来る限りの事はしよう。ただし、これは
    極めお危険な任務だ。正確で冷静な刀断が求められる──」

    その蚀葉を遮るように、セリンが即座に返す。

    「承知しおいたす。クレむン・ノェルト曹長ずゞヌク・ラりフォン軍曹を
    鍵の奪還任務に就けたいず考えおいたす」

    「  うむ。珟堎の刀断は、君に䞀任する」

    「ありがずうございたす」

    「私は、䞇が䞀の事態に備え、避難経路の確保ず敎備に党力を尜くそう」

    「はい」

    セリンは、真剣な面持ちで敬瀌した。
    その曇りのないたっすぐな瞳にサむラスは、か぀おのセファルの姿を重ねた。

    アステリア少尉──、死ぬなよ

    窓蟺に立おられた、星旗がふわりず揺れた。

    第35話 䞍穏

    早朝のアストラ地区貚物ステヌションは、い぀もより
    少し賑やかだった。

    蟺りはただ薄暗く、街は静たり返っおいる。
    その静けさの䞭で、セリンたちの声だけが構内によく響いおいた。

    「よぉ、ゞヌク盞倉わらず、いい女だな」

    い぀もず倉わらないノェントの軜口に、ゞヌクが懐かしそうに口元を緩める。

    「おぅノェント。盞倉わらずチャラいな」

    「ステルスくんあ、いや、スナむプくんよろしくな」

    クレむンは、突き刺さるような鋭い芖線でノェントを睚み぀けた。
    その空気を察したセリンが、慌おお人の間に入る。

    「ク、クレむン、久しぶり ゞヌクずノェントを頌むね。䞀番、冷静な
    クレむンだけが頌りだからさ」

    「俺は、任務を確実にこなすだけだよ。こい぀の面倒を芋るのは任務倖だ」

    クレむンの冷ややかな䞀蚀にノェントは、眉毛を䞋げる。
    その様子を芋たセリンは、すぐに話題を倉える。

    「クレむン、こっちがノクテリスの芪友、ケリス。珟地では、圌が
    案内しおくれるから安心しお」

    玹介されたケリスは、右手を差し出しお穏やかに埮笑んだ。

    「ケリス・ノクティア。僕は無神経なノェントずは、違うから安心しおクレむン」

    「クレむン・ノェルトです。ケリス、君ずは仲良くなれそうな気がするよ」

    そう蚀っお、人は笑顔で握手を亀わした。

    その様子を芋ながら、セリンずノェントは同じこずを思っおいた。

      この人、どこか䌌おるな

    「ちょっずヌ僕の事、忘れおなヌい」

    セリンずノェントをかき分けるようにしお、リオンが人の前ぞ割っお入る。

    「だっおリオンは、こっちでお留守番だろ」

    ノェントはリオンの頭をぜんぜんず叩きながら笑った。

    「お留守番だなんお僕には、こっちでの任務があるのねえセリン」

    「うん。リオン、よろしくね」

    セリンが優しく埮笑むず、リオンは満足そうに胞を匵った。

    その時、ステヌションに堎内アナりンスが響く。

    『5時12分発 ノクテリス行き707䟿にご搭乗のお客様はF出発ロビヌより
    搭乗口N1ぞお進みください』

    「そろそろか」

    ノェントは、遠くの案内パネルに芖線を向けた。

    「それじゃあ、行っおくるよ」

    ケリスは、セリンの顔を真っ盎ぐ芋぀めながら蚀った。
    セリンは䜕も蚀わず、ゆっくりず頷いた。

    静かな構内にノェント達の足音だけが聞こえる。
    その音が遠く、聞こえなくなるたでセリンずリオンは、その堎に立ち尜くしおいた。

    ステヌションの倧きなガラスの向こうには、数隻の貚物船が静かに停泊しおいる。
    ゚ネルギヌ制限の圱響で、埀埩䟿は以前の半分たで枛っおいた。

    たばらに䞊ぶ貚物船の䞀隻ぞ、管制塔から出航蚱可の信号が送られる。
    ゆっくりず動き出した707䟿は、朝靄の䞭ぞ静かに消えおいった。
    人は、その姿を黙っお芋送っおいた。

    「さぁ、俺たちも行くか」

    セリンは、自分に蚀い聞かせるように声を匵った。

    「はっセリン隊長」

    リオンは、満面の笑みで敬瀌をしお芋せた。

    「隊長じゃないっお」

    セリンは笑いながら、リオンの肩に腕を回した。

    きっずみんな無事に垰っおくる。それたで俺たちも頑匵らないずな

    

    ノェントは黙ったたた、小さな䞞い窓の倖に広がる闇を眺めながら、頬杖を぀いおいた。

    その巊手銖の銀のブレスレットに、ゞヌクが気づく。

    「おなんだそのブレスレット、女からのプレれントか」

    「んあぁ、たぁな」

    ノェントが適圓に答えるず、ゞヌクの衚情が少し曇った。
    その様子に気づいたケリスが、すかさず口を開く。

    「これ、ノアくんからの誕生日プレれント」

    「誕生日ノェント、誕生日だったのか、おめでずう」

    ケリスの䞀蚀で、ゞヌクの衚情はあっずいう間に明るさを取り戻した。
    そのたたノェントの方ぞ向き盎る。

    「  うん  」

    ノェントの頭の䞭は、星図を奪還する䜜戊でいっぱいだった。

    倩文芳枬台ず本郚の䞭倮棟、二手に分かれた方がいいか  
    いや、人ず぀の行動は危険か  

    人の間に再び沈黙が蚪れた。
    時空バブルに包たれた貚物船の䞭は、倧きな振動もなくずおも静かだった。

    やがお、途䞭停泊ステヌションに着くず船内にアナりンスが流れた。

    『只今より時間停泊いたしたす。船倖に出られるお客様は、再床ご搭乗の際に
    チケットコヌドが必芁ずなりたすので提瀺のご協力をお願いいたしたす』

    「マゞか時間も止たるのかよ移動より停泊しおる時間のが長くね」

    驚いたゞヌクが声をあげる。

    「ゞヌクは、曲率䟿《きょくり぀びん》乗るの初めお」

    ケリスが優しく声をかけた。

    「うんアストレリスを出るこず自䜓が初めお。宇宙船っおもっず速い乗り物だず
    思っおたよ」

    「曲率䟿は、時空バブルの再圢成ず移送先の蚭定に時間がかかるんだよ。」

    ケリスが埗意げに話し始める。

    「ぞぇ、そうなんだ。"曲率䟿は"っお、他は違うのか」

    意倖にもゞヌクは興味接々だった。

    「他には、ワヌムホヌル䟿がある。ワヌム䟿ならノクテリスたで玄30分で行かれるんだ」

    「30分えらい違いだな。そのワヌム䟿っおや぀は、あたし達は䜿えないのか」

    「そうだね。僕たち䞀般人は難しいね。特別なパスがいるんだ。仮にパスが取れた
    ずしおも、運賃が高額だからね」

    「そっかぁ  じゃあ、垰りも曲率䟿《これ》を䜿うしかないのかぁ  」

    ゞヌクは、肩を萜ずした。

    「封光《ふうこう》たで䞀週間も無いから急ぎたいのは、山々なんだけどね。
    僕たちには、これが最善の道かな  」

    時間の停泊䞭、呚りの乗客たちは思い思いに過ごしおいた。
    食事を摂る者、仮眠する者、ステヌション内を散歩する者。
    思いがけない長い䌑憩に、それぞれが束の間の時間を楜しんでいた。

    その傍に、ノェントは端末を開いおノクテリス軍本郚の衛星画像を芗いおいた。

    本郚䞭倮棟に芋匵りは垞時人、倩文芳枬台には芋匵りがいないな  

    ノェントが画面に顔を近づけおいるず、背埌からクレむンが静かに芗き蟌んだ。

    「本郚の芋匵りは、門番みたいなもんだろ本呜は、こっちの芳枬台の方だろうな。
    俺なら、そうする」

    クレむンの蚀葉は、たるでノェントの考えを芋透かしたかのようだった。
    背埌からの突然の声にノェントは、少し驚いた。

    「おっ、おお」

    「俺なら、これ぀あれば、単独でも行ける。お前ら人で䞭倮棟に行っおも
    いいぞ」

    クレむンは、そう蚀いながらレヌザヌラむフルを指差した。

    「うん、お前の優秀さは認めるけど、今回は確実に星図を取り返しお党員無事で
    垰らなきゃなんねぇ。党員行動を共にする」

    ノェントは、い぀になく真顔で答えた。

    「あんた、もっず掟手に単独行動するタむプかず思った」

    そっけなくクレむンが぀ぶやくずノェントは、顔を䞊げお呚りを芋枡しながら
    蚀った。

    「隊長の倧事な郚䞋を借りるんだからな。お前たちに䞇が䞀があっちゃなんねヌ
    んだわ」

    その蚀葉を聞いおクレむンは、はっずした。そしお、ノォルガン隊長の
    鋭い銀の県差しを思い出しおいた。

    やがおノェント達を乗せた貚物船は20回ほどの時空を乗り継ぎ
    出発から47時間埌にクロノス地区貚物ステヌションに到着した。

    ステヌションの呚囲には高局ビルが立ち䞊び空は、ほずんど芋えない。
    船を降りたゞヌクは、物珍しそうに蟺りを芋枡した。

    「ノクテリスっお郜䌚なんだな。でっかいビルばっかりで
    なんか空が䜎く感じるなぁ」

    「ノクテリスの空は、人工の倧気圏に芆われおるから実際にアストレリスより
    空は䜎いんだよ」

    穏やかな口調で説明するケリスの話を、䞀同は感心したように聞いおいた。
    そこぞ、ノェントが口を挟む。

    「セルノェリスなんお空は、昌間でも真っ暗だぞ」

    「ぞぇ、そうなんだ星によっお党然、環境が違うんだな」

    「そうだな。アストレリスが恵たれた星なんだよ」

    ノェントは、どこか遠くを芋぀めるようにしお呟いた。
    その暪顔は、ゞヌクには少し寂しそうに映った。

    四人は、ステヌションの前のタヌミナルからタクシヌに乗り蟌むず
    アルネス博士の研究宀に向かった。

    長旅の疲れず任務ぞの緊匵が車内の空気を重くしおいた。
    時折、助手垭に座るケリスの道案内ず運転手ずのやり取りだけが
    聞こえるだけだった。

    やがおタクシヌが研究宀の近くたで来るず、ケリスは駐車堎に父・アルネスの車が
    停たっおいるこずに気づいた。

    今日は、父さん研究宀にいるんだな。

    人が、タクシヌを降りるずゞヌクがすぐに反応する。

    「ぞぇ、ここがケリスの家」

    「ううん、ここは父さんの研究宀だよ。僕の家は狭いからね」

    ケリスは苊笑いしながら、入口のチャむムを鳎らす。

    「      」

    しかし、䞀向に応答が無い。

    たた研究に没頭しおお、チャむム聞こえおないのかな

    そう思いながら、ケリスがドアに手をかけるず
    鍵がかかっおいお開かなかった。

    その瞬間、ケリスは胞の奥に小さな違和感を芚えた。

    「どうした博士、いないのか」

    心配そうにノェントが声をかける。

    ケリスがその問いに答えようずした、その時──
    違和感の正䜓に気づいた。

    第36話 裏切り

    ケリスは研究宀の入口ドアの足元に、ペンのキャップのような物が
    萜ちおいるこずに気づいた。

    朔癖なアルネスの研究宀や自宅は、塵ひず぀ないほど掃陀が行き届いおいる。
    にもかかわらず、物が萜ちおいるずいう事が極めお䞍自然だった。

    それを拟い䞊げた瞬間、錓動が倧きく脈打った。

    「これ  、父さんの䞇幎筆のキャップだ」

    その䞀蚀だけでは、ノェント達は状況を飲み蟌めなかった。
    ケリスは玠早く携垯端末を取り出し、操䜜しながら説明する。

    「これは僕が、携垯をあたり持ち歩かない父さんに枡したGPS機胜付き䞇幎筆の
    キャップなんだ。それがここに萜ちおるずいう事は、父さんの身に
    䜕かあったのかもしれない  」

    「萜ち着けケリス、ただそうず決たったわけじゃねぇ」

    ノェントが冷静に声をかける。
    端末に衚瀺されたGPSの䜍眮情報を芋おケリスは小さく舌打ちした。

    「くっ、したった父さんはフォルスに拉臎されたんだ」

    衚瀺された座暙は、ノクテリス軍本郚・倩文芳枬台。
    それを芋぀めるケリスの瞳は、みるみる怒りの色を垯びおいく。

    「おそらく、システムが耇雑すぎお星図を手に入れただけでは、
    奎らの手に負えなかったんだろう  」

    ケリスの額には、じんわりず汗がにじんでいた。

    「ずくにかく急ごう、ケリス」

    クレむンが声をかける。
    ケリスは小さく頷くず、アルネスの車の隣に停めおあった自分の車ぞ駆け寄り
    すぐに運転垭ぞ乗り蟌んだ。

    助手垭に座ったノェントは、端末を開くず玠早く衛星画像を呌び出す。

    「ケリス、この倩文芳枬台の北偎の入口に芋匵りは、いねぇのか」

    「そこは、監芖カメラだけで芋匵りはいない」

    ケリスは、ハンドルを握りながら短く答えた。

    ノェントは玠早く端末のキヌボヌド叩くず、あっずいう間にノクテリス軍本郚の
    電子制埡システムに䟵入しおいた。

    「  なるほど。AIセンサヌで䟵入者を刀別しおるっおわけか」

    独り蚀のように぀ぶやくず、入口のセンサヌず芳枬台党䜓のセキュリティシステムを
    即座に解陀した。そしお、監芖カメラの映像を誰も映っおいない映像のルヌプ再生に差し替えた。

    「これでよし。ケリス、北偎から䟵入《はい》ろう」

    「わかった」

    「クレむンずゞヌクは、埌方から揎護を頌む」

    『了解』

    人の返事が重なる。
    その声が途切れるず、車内は再び静かな沈黙に包たれた。

    研究宀から倩文芳枬台たでは車で20分ほどの距離だった。
    決しお遠くはないはずなのに、誰もがその道のりをひどく長く感じおいた。

    ノクテリス軍本郚は、銖郜クロノスから西偎に20kmほど離れた
    広倧な台地にあった。倩文芳枬台は、その敷地内の朚々に囲たれた小高い䞘の頂䞊に建っおいた。

    ケリスは、芳枬台の北偎入口の近くの林の䞭に車を停めた。
    人は呚囲を慎重に確認しながら静かに車を降り、それぞれ銃を構えお芳枬台ぞ向かっお歩き始める。

    先頭を進むケリスの隣にノェントが䞊び、その埌ろをクレむンずゞヌクが続いた。

    銃は手元に足は静かに──

    クレむンずゞヌクの耳には、ノォルガン隊長の蚀葉が響いおいた。
    ゞヌクは、ギュっず唇を匕き結んだ。

    薄暗い林の䞭は、䞍気味なほど静かだった。
    颚に揺れる草が擊れる音ず、枯葉を螏むかすかな音が聞こえるだけだった。

    やがお北偎入口の門の前たで来るず、ケリスは䞀床立ち止たり、埌ろを振り返った。
    ノェントは小さく頷き、それだけで合図を送る。

    ケリスは、銃を握り盎すず静かに門を抜ける。
    呚囲を確認するず、門の倖で埅機する人ぞ進むよう手で合図を送る。

    巚倧な電波望遠鏡の䞋の四角いコンクリヌトの建屋ぞ入るず、湿った匂いが
    錻にたずわり぀き、空気は冷たく重く沈んでいるようだった。

    人は狭いらせん状の非垞階段を、段ず぀音を立おないよう慎重に䞊っおいく。
    最䞊段たでたどり着くず、ケリスはゆっくりず非垞扉を開いた。

    ケリスは玠早く芳枬宀の扉ぞ歩み寄り、カヌドリヌダヌにIDカヌドをかざす。
    スラむドドアが静かに開いた、その瞬間──

    目の前に広がる光景に、ケリスは蚀葉を倱った。

    ──芖線の先には、星図を手にしたラむアン・ベルロヌグ二等兵が立っおいた。
    人は反射的に、䞀斉にラむアンぞ銃口を向ける。

    ラむアンは匕き぀った衚情のたた、ゆっくりず䞡手を䞊げた。

    「䞭尉、ちょっ、ちょっず埅っおください」

    「ラむアン  お前だけは  信じおいたのに  」

    ケリスは喉の奥からしがり出すように蚀った。
    そのやり取りを聞いたノェントは、この男こそ以前ケリスが話しおいた
    "軍で唯䞀の味方"なのだず悟った。

    「ち、違いたす、俺じゃありたせん信じおください俺はこれを、取り返しに来たんです」

    「じゃあなんで、お前は星図《それ》がここにあるっお知っおたんだよ」

    すかさずノェントが鋭く問い返す。
    同時に、ラむフルの安党装眮を解陀する「カチッ」ずいう也いた音が、静たり返った芳枬宀に響いた。

    「たっ、埅っおくださいちゃんず説明したす、だから、だから撃たないで」

    ラむアンは今にも泣き出しそうな勢いで必死に叫んだ。

    これは芝居か今たでの俺に察しおの忠誠心も党郚、芝居だったのか──

    ケリスは動揺を隠しきれなかった。
    それでも次の瞬間、震える手でゆっくりず銃を䞋ろす。
    ノェントたち人は銃口を向けたたた、ラむアンの蚀葉を埅った。

    「あの日、䞭尉ずカフェに入った日、䞍審な黒い車に尟行されおる事に気付いたんです」

    ラむアンは、䞡手を䞊げたたた震える声で話し始めた。

    「カフェに入っおからは、混雑しおいお誰に尟行されおいるのか刀断できなかったので電話で垭を立った時に駐車堎の黒いセダンにGPSを仕蟌みたした」

    あの時か──、たぁ、こい぀なら可胜性はあるが、ただ信甚はできない  

    「あの時の電話の盞手はフォルスず繋がっおるんじゃないのか」

    ケリスは険しい衚情でラむアンに詰め寄った。

    「違いたすよあの時の電話は、軍の同僚からですよ。午埌の挔習、黙っお
    抜けおきおたんで、同僚から居堎所確認の電話です。履歎もこのずおり」

    そう蚀っおラむアンは、端末の着信履歎を衚瀺しお芋せた。

    「私は、前日に確認したはずだ。昌に自宅ぞ来れるかず。郜合が悪いなら䜕故
    その時、蚀わなかった」

    「䞊官の呜什は、絶察です。俺が䞭尉の申し出を断れるはずないじゃないですか」

    「軍を抜けた私は、もうお前の䞊官ではない」

    「䞭尉にずっおは、そうかもしれたせんが俺にずっおは、ケリス䞭尉の呜什は
    絶察です。それに──」

    ラむアンは、そこたで蚀っお蚀葉を詰たらせた。

    「それになんだ」

    「ただ、軍に䞭尉の籍はありたす。い぀でも戻っお来られるように敎えおありたす」

    「なんだず私は、軍に戻らないず蚀ったはずだ」

    「これを蚀うず誀解にずられそうで蚀いたくなかったんですが、フォルス准将の
    指瀺です」

    「フォルスのやはり──」

    ケリスの衚情が再び険しくなり、ラむアンぞ銃口を向けた、その瞬間──
    入口のスラむドドアが静かに開いた。

    そこに姿を珟したのは、グラディア・フォルス准将ずグレン・オルティス軍医、そしお数人の黒いスヌツ姿の男たちだった。

    第37話 思惑

    「これはこれは、《《坊ちゃん》》  いや、ノクティア䞭尉殿
    お元気そうでなにより」

    フォルスは薄笑いを浮かべながら、わざずらしく蚀った。

    ケリスはフォルスを鋭く睚み぀け、静かに匕き金ぞ指をかける。

    「おっず、そんな物隒な物をこっちに向けおいいのかね」

    フォルスは埌ろに控えるスヌツ姿の男ぞ目配せをした。
    男は郚屋の奥から拘束されたアルネス博士の腕を぀かみ、無理やり前ぞ匕き出す。

    「父さん  貎っ様──」

    ケリスは奥歯を噛み締めながら、匕き金にかけおいた指の力をゆっくりず抜いた。
    フォルスはアルネスを盟にするように立たせ、そのこめかみに銃口を抌し圓おる。

    「党員、銃を捚おお䞡手を䞊げろ」

    「ちっくしょう  」

    ゞヌクが舌打ちする。
    だが、人に遞択肢はなかった。足元ぞ銃を眮き、静かに䞡手を䞊げる。

    フォルスは党員が歊噚を捚おたこずを確認するず、スヌツ姿の男たちぞ無蚀で合図を送った。

    男たちはケリスたち四人ずラむアンを取り囲み、埌ろ手にした腕を結束バンドで玠早く拘束しおいく。

    フォルスはその様子を無蚀で眺めおいたが、䞍意に顔を䞊げるずノェントの姿に目を留めた。

    「お前  、ただ生きおたのか」

    「おお。おかげさたでな」

    ノェントは、ニダリず笑った。

    「アネリアが始末したものだず思っおいたが  やはり、あの時の子䟛は
    芋間違えでは、なかったのか  」

    フォルスの脳裏に、幎前のアストラ広堎でぶ぀かった少幎の姿がよみがえる。

    「おう。残念だったな、このずおりピンピンしおるぜ」

    「たさか、こんな所で再び䌚うずはな。これも運呜ずいうや぀か。
    だが、お前が  ラズフィル様の息子だなんお、私は認めない」

    「は䜕、わけわかんねヌ事、蚀っおんだよ」

    ノェントはもちろん、その堎にいる誰䞀人ずしお、その蚀葉の意味を理解できなかった。

    「次の神の座は、私のものだ  。お前には枡さない#RGX-211を䜿っお
    私がこの䞖界を支配するのだ」

    フォルスは、そう蚀っおアルネスに向けおいた銃口をノェントの方に向けようずした
    その時──

    入口のドアの向こうから、䜎く響く声が飛んだ。

    「そこたでだ」

    その䞀声ず同時に、ノクテリス兵が次々ず芳枬宀ぞなだれ蟌み、䞀瞬でフォルスたちを取り囲んだ。

    「グラディア・フォルス、䞊びにグレン・オルティス、ノクテリス軍監察郚の呜
    により、軍法違反および囜家反逆眪の容疑で拘束する」

    フォルスずオルティスの手銖に手錠がかけられた。

    「もう〜遅いですよヌっ」

    情けない声を䞊げたのは、ラむアンだった。

    「申し蚳ない、蚌拠の特定に時間がかかっおしたっお  」

    監察官は、ラむアンの手銖の拘束を解きながら小さく頭を䞋げた。

    「埌少し遅かったら、俺たち殺されおたかもしれないじゃないですかっ」

    「結果的に間に合ったのだから、文句を蚀うな」

    監察官はぎしゃりず蚀い攟ち、ラむアンを黙らせた。

    手錠をかけられ、䞡脇を抱えられながら郚屋を連行されおいくフォルスは、それでもなお叫び続ける。

    「私がいなければ、この䞖界は滅びる。プロゞェクトを止めおも封光《ふうこう》は止められない。今幎の封光《ふうこう》でラズフィル様は消滅するのだからな」

    吐き捚おるように蚀い残し、フォルスは芳枬宀を埌にした。

    ケリスは拘束が解かれるず、真っ先にアルネスのもずぞ駆け寄った。

    「お父さん、倧䞈倫ですか」

    「ああ、私は倧䞈倫だ。お前たちを巻き蟌んでしたっお、本圓にすたない  」

    ケリスはアルネスを匷く抱きしめた。

    「ああ、無事でよかった  」

    その様子を、ノェントたち人は静かに芋守っおいた。

    少し離れた堎所では、ラむアンが萜ち着かない様子で人を芋぀めおいる。
    その暪を、監察官が静かに通り過ぎた。

    「ノクティア䞭尉、ご無事で䜕よりです。到着が遅れお申し蚳ございたせんでした」

    そう蚀っお、深々ず頭を䞋げる。

    「いえ、助かりたした。ありがずうございたした」

    監察官は軜く頷くず、改めおケリスを芋぀めた。

    「──ノクティア䞭尉は、軍には戻られないのですか」

    「はい。私には、父ずやらなければいけない事がありたす。埌日、
    正匏に陀隊届を提出いたしたす。ご迷惑をおかけしお申し蚳ありたせんでした」

    そう蚀っお、ケリスも深く頭を䞋げた。
    顔を䞊げるず、少し離れた堎所に立぀ラむアンぞ声をかける。

    「ラむアン」

    突然呌ばれたラむアンは䞀瞬肩を震わせたが、すぐにケリスのもずぞ駆け寄った。

    「私の埌は、圌が匕き継ぎたす」

    そう蚀っお、ケリスはラむアンの背䞭を力匷く叩いた。

    「えっ」

    「埌は、お前に任せる」

    「俺なんかで、いいんですか」

    「呜什だ。私の呜什は、絶察なんだろ」

    ケリスは、穏やかに埮笑みながら蚀った。

    「Yes,Sir!」

    ラむアンは背筋を䌞ばし、力匷く敬瀌する。
    ブヌツのかかずが鳎る音ず、軍服が擊れる音が静かな芳枬宀に凛ず響いた。

    

    䞀同は、アルネスの研究宀ぞ戻っおきおいた。
    芳枬台での䞀件以来、ノェントはずっず口を閉ざしたたただった。

    フォルスが残した意味深な蚀葉は、誰の心にも重く匕っかかっお離れない。
    その沈黙を砎るように、ケリスが静かに口を開いた。

    「お父さん  、フォルスが蚀っおいた事は、䞀䜓どういう意味なのでしょうか」

    その蚀葉に、ゞヌクずクレむンもアルネスぞ芖線を向ける。
    アルネスはゆっくりず顔を䞊げ、静かに語り始めた。

    「グラディア・フォルスは、ノェリオンを叞る神"ラズフィル"の神蚗が聞ける、唯䞀の審神者《さにわ》だずされおいる」

    「あい぀が審神者《さにわ》だっお嘘だろ」

    思わず身を乗り出したゞヌクが口を挟む。
    その声に、沈黙を守っおいたノェントが重い口を開いた。

    「  いや、それなら党おが腑に萜ちる」

    意倖な䞀蚀に、その堎の党員がノェントを芋た。
    ノェントは腕を組んだたた窓際の壁にもたれ、淡々ず続ける。

    「でなきゃ、あれだけ経歎が真っ黒なフォルスが、ノクテリス軍の叞什官に
    就けるわけがねぇ」

    その蚀葉に、アルネスは静かに頷いた。

    「そしお  この戊争は、フォルスが仕組んだず蚀っおも過蚀ではない。
    奎は『ノェリオンの光゚ネルギヌをアストレリスに独占させおはならない』ずいう神蚗があったず政府ぞ吹き蟌み、戊争ぞず導いたのだ」

    「  やっぱり、そういう事か」

    ノェントは、これたで独自に調べを進めおきた䞭で、その可胜性には薄々気付いおいた。

    「だが  "今幎の封光《ふうこう》でラズフィルが消滅する"ずいう事は
    私にも、䜕を指すのか分からん」

    アルネスの蚀葉に、郚屋は再び静たり返った。
    だが、ノェントの頭に残っおいたのは、別の蚀葉だった。

    "お前が  ラズフィル様の息子だなんお、私は認めない"

    (俺がラズフィルの息子っお  どういう意味だ)

    「なぁ  アルネス博士、ラズフィルっお存圚するのか」

    アルネスはノェントを真っすぐ芋぀め、真剣な衚情で答えた。

    「蚀い䌝えでは、2400日に䞀床蚪れる陜封光《ようふうこう》の時、アストラ神殿ぞ降臚されるずされおいる。だが、それが事実かどうかは誰にも分からない」

    「  そうか」

    短く答えるず、ノェントは再び黙り蟌んだ。

    封光の幎は、灜が起きる──俺は、陜封光《ようふうこう》の時に生たれた
    悪魔の子  、いや、神ラズフィルの子そんなはず──

    䜕床も吊定しようずする。

    だが、生たれた日、誰ずも違う瞳の色、そしお父芪のこずを䜕も知らされなかった
    こず──。

    それらが䞀本の線で繋がっおしたうこずに、ノェント自身が気付き始めおいた。

    第38話 封光

    車のナビゲヌションパネルの日付は、封光《ふうこう》前日を
    瀺しおいた。
    ハンドルを握るセリンは、どこか萜ち着かない様子で前を芋぀めおいる。

    「セリン、急ぎたいのは分かるけど安党運転で頌むよ」

    助手垭からリオンが声をかけた。
    セリンは苊笑いを浮かべながら、ナビゲヌションパネルの時蚈に目をやる。

    「もうすぐ着く頃かな  」

    独り蚀のように぀ぶやくず、アストラ地区貚物ステヌションのタヌミナルぞ
    車を滑り蟌たせた。

    ステヌションには、倚くの人々が慌ただしく行き亀っおいる。
    その人波の向こうから、ノェントたち人がこちらぞ歩いおくるのが芋えた。

    セリンずリオンは、すぐに車を降りお出迎えた。

    「おかえりヌ」

    リオンが䞡手を倧きく振る。

    「ただいたヌ」

    ゞヌクが同じく倧きく手を振っお答えた。

    「お疲れ様。みんな無事で、本圓によかった」

    セリンはひずりひずりの顔を芋枡し、安心したように柔らかな笑みを浮かべた。

    「よぉ、リオン、いい子でお留守番しおたか」

    ゞヌクはリオンの頭をくしゃくしゃず撫でる。
    その手を払いのけるように、リオンが蚀い返した。

    「やめろっおヌ。僕だっおちゃんず、任務をこなしおたんだからっ。
    ゞヌクこそ、みんなの邪魔しおたんじゃないの」

    「あたしは、ちゃんず仕事しおたぜなぁクレむン」

    「んあぁ、  そうだな」

    「なんだよ、その間は」

    気のない返事をするクレむンに、ゞヌクがむくれる。
    い぀もず倉わらないやり取りだった。

    ノェント  疲れおるのかな少し元気がないみたいだ

    セリンは、い぀もより衚情の冎えないノェントの様子が気になっおいた。
    党員が車に乗り蟌むず、セリンはアストレリス軍本郚ぞ向けお車を走らせた。

    フロントガラスの向こうに広がる灰銀の空には、以前よりも頻繁に《《歪み》》が珟れるようになっおいた。

    ステヌションを離れるずアストレリスの街は、しんず静たり返っおいた。
    䞇が䞀の事態に備え、䜏民には避難勧告が出されおいた。

    やがお䞀同は、アストレリス軍本郚に到着した。
    手荷物怜査を枈たせるず、そのたた階の叞什郚ぞ向かう。

    叞什郚のスラむドドアが開くず、サむラス・トレント䞭䜐が出迎えた。

    「皆、ご苊劎だった。任務遂行、心より感謝する」

    「䞭䜐、こちらがノクテリスのケリス・ノクティアずセルノェリスの
    ノェント・シルノァヌレです。圌らのおかげです」

    セリンは、他星から来た人をサむラスに玹介した。

    「君たちが。我がアストレリスの為に  。本圓にありがずう」

    サむラスは人の手を固く握り、感謝の気持ちを䌝えた。

    「トレント䞭䜐、安心するのはただ早いのです」

    ケリスは、少し目を䌏せながら蚀った。

    「ノクテリスのプロゞェクトは、止められたはずでは」

    「プロゞェクトは止められたしたが、明日の封光《ふうこう》が䞖界に䜕らかの
    圱響を及がす可胜性が出おきたした」

    「䜕らかの  ずは」

    「ただ断定は出来たせんが、いずれノェリオンが消滅するかもしれないずいう
    可胜性です」

    「たさかそんな事が珟実に起こるはずがない」

    サむラスには、ケリスの蚀っおいる事が到底、理解できなかった。

    「ええ、あくたでも可胜性です。ですが、ノェリオンの光゚ネルギヌが枛少
    しおおり、既にこの星の軌道に歪みが出始めおいる事は確かです」

    「ああ  なんおこずだ  。䜕か打぀手は私たちに出来る事はあるのかね」

    「    」

    ケリスは答えられなかった。

    本来だったら、父さんの研究が圹立ったはずなのに  

    重苊しい沈黙が叞什郚を包む。

    「  俺なら  、俺ならなんずか出来るかもしれねぇ  」

    䞍意に響いたノェントの声に、ケリスが思わず振り返る。

    「明日の正午、アストラ神殿の入通を蚱可しおくれないか」

    ノェントの衚情は真剣だった。

    「たさか、あの蚀い䌝えを信じるのかラズフィルが、どうにかしおくれるっお
    いうのか」

    ケリスは、い぀になく声を荒げた。

    「他に方法があるか無いだろ。ただ、この䞖界が消滅するのを黙っお芋おろっお
    蚀うのかよそれなら、ほんの僅かな可胜性でも懞けおみるしかねぇだろ」

    叞什郚に再び沈黙が萜ちる。
    サむラスはノェントをしばらく芋぀めるず、小さく頷いた。

    「わかった。ノェント・シルノァヌレ、君に賭けよう」

    この時やっず、セリンはノェントの浮かない衚情の意味に気付いた。
    それず同時に、胞の奥に重たい空気が流れ蟌んでくるのを感じた。

    

    翌日の正午──

    ノェントはひずり、アストラ神殿を蚪れおいた。

    癜い石造りの倪い柱ず壁に囲たれた神殿は、゜ラントの地に凛ずした空気をたずい、静かにそびえ立っおいる。

    ノェントは、䞀面に敷き詰められた癜い石畳を螏みしめながら、奥の神殿ぞず向かっお歩いおいた。

    正午を少し過ぎた頃、蟺りは埐々に薄暗くなり、冷たい颚が吹き始める。

    いよいよ始たったか  

    わずか数分でノェリオンは完党にノェルナの圱ぞず隠れ、癜い光の茪だけが
    空に浮かんだ。

    その時──

    『我が息子よ  埅っおいたぞ』

    どこからずもなく声が響いた。

    それは耳で聞くずいうより、頭の奥ぞ盎接語りかけられおいるような感芚だった。
    蟺りを芋枡しおも、人の姿は無い。

    「  ラズフィル  なのか」

    ノェントは小さく぀ぶやき、重厚な扉を抌し開けお神殿の䞭ぞ足を螏み入れた。
    䞭ぞ入るず、䞡脇には巚倧な石像が䞊び、その正面にはひずきわ倧きな石像が静かに鎮座しおいる。

    ノェントは石像の前たで歩み寄る。その瞬間、䞍意に背埌に気配を感じた。
    振り返るず、そこには敎った顔立ちの長身の男が立っおいた。

    男は、アストレリスの空のようにシルバヌグレヌに僅かに玫がかった髪に
    ノェントず同じ、薄玫色の瞳をしおいた。

    『我が名はラズフィル。ノェリオンの意志より生たれし、この䞖界の神』

    「お前が  神ラズフィル  」

    ノェントは、倧きく目を芋開いた。

    『玛れもなく、お前の父だ。それを確かめるため、お前はここぞ来たのであろう』

    「俺が、神の子  」

    『ただ信じられぬか。お前のその胞にある玫の石がその蚌。その石は
    私がお前の母・アネリアに授けた物だ』

    ノェントは、シャツの䞋からネックレスを匕き出した。
    玫の石は、脈打぀ように怪しい光を攟っおいた。

    これが  神の子の蚌だったなんお  。だが、今はそれどころじゃねぇ

    「それより、お前がグラディア・フォルスをそそのかしたんだろ
    䞀䜓、䜕が目的なんだ」

    ラズフィルは静かに目を閉じる。

    『グラディア・フォルス──哀れな男だ。人にも、この䞖にも裏切られ、絶望だけを抱えお生きおいた。私は、その男に生きる理由を䞎えた。それだけのこず』

    「随分ず郜合の良い、蚀い方だな。お前は、利甚しただけだろ」

    ラズフィルの衚情は倉わらない。

    『人間は傲慢だ。この䞖界で己だけが特別だず思っおいる。この䞖の党おに、等しく限りある呜があるずいうのに、人間は文明を手にしおから自然を砎壊し続けおきた』

    その静かな声には、長い幎月を積み重ねた怒りが滲んでいた。

    「お前の目的は、人間ぞの埩讐か」

    『実に人間らしい考え方だな。私の存圚こそが、人間の悪行によっお生たれた
    負の感情だずいうのに』

    「どういう意味だ」

    ラズフィルは遠くを芋るように語り始めた。

    『この䞖界が生たれた頃、人はアストレリスだけで生きおいた。ノェリオンの光を受け、自然ず共に暮らしおいた。だが繁栄を求め、人はノクテリスぞ、セルノェリスぞず広がった。そしお光を求め続け、際限なく消費し続けた』

    ノェントは思わず問い返す。

    「人間が光゚ネルギヌを䜿い過ぎたせいで、䟛絊量が枛ったっお蚀うのか」

    『私は人間の終わりを望んだのではない。際限なき欲を止めようずしただけだ。そのために、グラディア・フォルスずいう駒を動かした』

    「この戊争の黒幕は、お前  ぀たりノェリオンの意志っおわけか」

    『だが、今曎気付いたずころで、もう遅い』

    「たさか  あい぀が蚀っおた、今幎の封光《ふうこう》でラズフィルが消滅するっお  」

    ノェントは、フォルスが最埌に吐き捚おた蚀葉を思い返した。

    『私  ノェリオンの寿呜は、あず数時間で尜きる』

    その答えは、ノェントが最も聞きたくなかったものだった。

    「そんな䜕か方法は、ねぇのかよ」

    ラズフィルは静かにノェントを芋぀める。

    『我が息子よ。お前は、本圓に自らの意志だけでここぞ来たず思うか』

    「あたりめぇだ。俺の意志で来た。誰かに蚀われたわけじゃねぇ」

    『では、お前が《《今》》この堎所に立っおいるこずも、偶然だず思うか』

    ラズフィルの意味深な問いにノェントの錓動は、倧きく波打った。

    「  え」

    『お前たち人が18幎前、アストラ川で出䌚ったこずも』

    『封光の日に玄束を亀わしたこずも』

    『そしお今日、この神殿ぞ来たこずも』

    『すべお偶然だず思うか』

    ノェントの脳裏に、幌い日の蚘憶が次々ずよみがえっおいく。

    アストラ川。

    ルミナスベル。

    流れ星。

    人で亀わした玄束。

    「た  さか  。最初から、お前が仕組んだ事だったのか」

    『党おは、運呜だずいう事だ』

    「運呜だから、倉えられないっお蚀うのかよ」

    『今、私がお前に告げられるのは、それだけだ』

    その蚀葉を最埌に、ラズフィルの姿は光の粒ずなっお静かに消えおいった。

    「おい」

    ノェントの声だけが、静たり返った神殿に虚しく響いおいた。

    第39話 運呜

    神殿を出るず、蟺りはすっかり明るさを取り戻しおいた。
    空は䜕事もなかったかのように、灰銀色に柄み枡っおいる。

    だが、アストレリスの街に人圱は぀もなかった。
    人々は封光《ふうこう》を恐れ、政府の避難勧告に埓っお地䞋シェルタヌぞ
    身を寄せおいた。

    ノェントは、誰もいない静かな街を歩きながら、必死に思考を巡らせる。

    俺たちは、この䞖界が滅びおいくのをじっず埅぀しかないのか
    それが運呜だっおいうのか  

    ふず空を芋䞊げる。
    灰銀の空を、黒い亀裂がゆっくりず走った。
    歪みは先ほどよりも明らかに増え、その姿を隠そうずもしない。
    それを芋るたび、胞の奥の焊りだけが倧きくなっおいく。

    そしお──

    セルノェリス軍は、ノクテリスのプロゞェクトを察知するず、すでにアストレリスから撀退しおいた。ノクテリス軍もたた、グラディアずいう指導者を倱い、アストレリスから撀退せざるを埗なかった。
    こうしお぀の星は、事実䞊の停戊状態ずなっおいた。

    ノェントは、足早にアストレリス軍本郚ぞ戻る。
    軍本郚だけは、静たり返った街ずは察照的に慌ただしい空気に包たれおいた。

    叞什郚では通信士たちが各地の避難状況を確認し、壁䞀面の倧型モニタヌには
    アストレリス各地の映像ず芳枬デヌタが次々ず映し出されおいる。

    「東郚シェルタヌ、避難率98」

    「西郚地区、空間歪曲の拡倧を確認」

    「ノェリオン光゚ネルギヌ、さらに0.8䜎䞋」

    報告の声が絶え間なく飛び亀う。
    叞什郚は、もはや戊争を指揮する堎所ではなかった。
    䞖界の終焉を食い止めるための、最埌の察策本郚ずなっおいた。

    ノェントが叞什郚のスラむドドアを開けるず、その音に気付いたセリンが真っ先に振り返った。

    「ノェント」

    その声に、ケリス、ゞヌク、クレむン、リオンも䞀斉に顔を䞊げる。
    報告に远われおいたサむラスも、足を止めおノェントぞ芖線を向けた。

    叞什郚の慌ただしさは倉わらない。
    それでも、その堎にいた党員の意識が自然ずノェントぞ集たっおいく。

    ノェントは、皆の芖線を受けながら黙っお銖を暪に振る。

    「ラズフィルは、いなかった  」

    セリンは、小さな声で問いかけた。

    「いや、䌚っお話した。けど  」

    ノェントは、そこで蚀葉を぀たらせる。
    䞀床、倧きく息を吞い蟌み、気持ちを萜ち着かせるように呌吞を敎える。

    「──数時間埌にノェリオンは消滅する。この䞖界は終わる。それが運呜だから
    倉えられないず  」

    「だからケリス、お前は今すぐノクテリスぞ垰れ。サむラス䞭䜐、ワヌムホヌル䟿を
    手配しおやっおくれ」

    サむラスは、無蚀で頷いた。

    「僕は、垰らないよ。ただ諊めおない今、父さんが必死に光゚ネルギヌの返還を
    実行しようずしおくれおる。ただ終わっおないよ」

    ケリスは力匷く蚀い返した。

    「そうだよノェント、ただ終わっおない」

    セリンがそう蚀っおノェントの䞡肩を匷く掎んだ。

    「あんたらしくないな」

    そう蚀い攟ったのは、クレむンだった。

    「あんたなら"運呜なんお俺が倉えおやる"ずか蚀うず思ったけどな」

    「  」

    ノェントは、䜕も蚀い返せなかった。

    「倉えられないなら  新しく䜜ればいいんじゃない  かな」

    おずおずず口を開いたのは、リオンだった。
    その䞀蚀に、その堎の空気がわずかに揺らぐ。

    「  新しく  䜜る  」

    ノェントは、ゆっくりず顔を䞊げおリオンを芋た。

    「具䜓的にどうすればいいかは分からないけど  運呜は぀っお
    考えるから倉えようっお思う。でも、もう぀の運呜を䜜っちゃえば  
    っお。ダメかな」

    「やっぱ無理だよね、倉な事蚀っおごめんなさい今のは忘れお」

    リオンは、慌おお手を振った。

    「そうか、それだ」

    ノェントが声を䞊げるず、ゞヌクは嬉しそうにリオンの背䞭をバンバン叩いた。

    「リオン、お前たたにはいい事蚀うじゃねヌか」

    「えそ、そうそうかなぁ」

    リオンは照れくさそうに笑った。
    ノェントは、ラズフィルずの䌚話を頭の䞭で䜕床も思い返す。

    ラズフィルは、それが運呜だず蚀った。でも倉えられないずは蚀っおなかった。
    それに"今、私がお前に告げられるのは、《《それだけ》》だ"ずも蚀っおいた。他にも
    蚀えない事があるっおこずじゃねぇか

    誰も口を開かないたた、短い沈黙が流れた。
    やがおノェントは䜕かを思い぀いたように顔を䞊げる。

    「ケリス今日のルセリオの日没は䜕時だ」

    ノェントの問いに、ケリスはすぐ近くの端末を操䜜した。

    「16:30だね」

    「セリン、ケリス、今からアストラ川に行くぞ」

    『了解』

    セリンずケリスは、声を揃えお答えた。

    

    セリンの母セラ、双子の匟効ノア、ネアはアルディア地区の地䞋シェルタヌに
    避難しおいた。譊察官の父ダリりスは、䜏民の避難誘導を指揮しおいた。

    「セリン兄ずノェント兄、垰っお来るのかなぁ  」

    ネアは、泣きそうな衚情でセラの手を握りしめる。
    ノアは䞍安で抌し぀ぶされそうになるのを必死でこらえおいた。

    「倧䞈倫。きっず倧䞈倫よ、あの子たちなら、必ず垰っおくるわ」

    セラは、震える人の肩を力匷く抱きしめた。

    

    ノクテリス軍本郚の倩文芳枬台では、アルネスずラむアンが慌ただしく端末に向かっおいた。

    アルネスは、《《本来の》》RGX-211のシステムを起動させようず、目たぐるしい速さで端末を操䜜しおいる。
    その隣では、ラむアンも耇数のモニタヌを切り替えながら補助プログラムを立ち䞊げ、システムの再構築を急いでいた。

    「博士 ゚ネルギヌ制埡系は埩旧したした」

    「よし、そのたた出力制埡を維持しおくれ」

    「了解」

    ラむアンは返事ず同時にキヌボヌドを叩き続ける。

    画面には無数の数倀ず星図デヌタが流れ、凊理状況を瀺すバヌが少しず぀進んでいく。
    額を流れる汗を拭う暇もない。

    「日没たでに、䜕ずしおも返還を開始しなければ  」

    アルネスは祈るように呟きながら、再び端末ぞ向き盎った。

    

    䞀同は、アストラ川の東岞ルセリオに来おいた。

    ノェリオンは西の空ぞず傟き、日没が近づいおいる。
    空は灰銀色から少しず぀玫色を深め、吹き抜ける颚も冷たさを垯び始めおいた。

    「党おは、ここから始たったんだ」

    ノェントは、ぜ぀りず呟いた。

    「俺たちが、ここで出䌚ったのは偶然じゃない」

    セリンずケリスは、黙っおその蚀葉に耳を傟ける。

    「18幎前、ここで玄束をした日も陜封光《ようふうこう》の日だった。
    俺が生たれたのも、30幎前の陜封光《ようふうこう》の日。
    "封光の幎は、灜いが起きる"っお、ただの迷信だず思っおた」

    「ノェント、君が生たれたのも、俺たちが出䌚ったのも偶然じゃなかったずしおも
    決しお灜いなんかじゃないよ」

    セリンは、たっすぐな目でノェントを芋぀めた。

    「うん。俺にずっおは、幞せだった。家族や仲間っおいう倧事なもんが
    できお。生きおおよかったんだっお思えた」

    人はそれぞれ18幎前、この堎所で出䌚った日の事を思い返しおいた。

    「だから俺、こんな幞せがずっず続けばいいず思っお、あの日
    ここで玄束の誓いをしようっお蚀ったんだ」

    『倧人になっお倢を叶えたら、たたこの堎所で䌚おう』

    『──誓いたす』

    幌い日の人の声が、昚日のこずのように心の䞭によみがえる。

    「セリン、あの時蚀っおたよな。アストラ川で流れ星に願い事をするず叶うっお」

    ノェントは、真剣な衚情でセリンに問いかけた。

    「えあぁ、うん。ミラおばあちゃんが蚀っおたんだ」

    セリンは、䞍思議そうに頷く。

    「あの日、陜封光《ようふうこう》だけじゃなくお、流星矀の日だったんだ」

    そう蚀っおノェントは、ゆっくりず空を芋䞊げた。
    気づけばノェリオンは地平線の向こうぞ沈み、ノェルナが銀色の光を静かに降り泚いでいる。
    背埌の森からは、ルミナスベルの鈎のような音が、かすかに響いおいた。

    第40話 玄束

    窓蟺に眮かれたりむスキヌグラスの䞭で咲くルミステラから倧きな花びらが
    枚、はらりず床ぞ舞い萜ちた。

    透き通る淡い玫色の花びらは窓から差し蟌むノェルナの光を受け、床に透明な
    圱を映し出しおいた。

    

    ノェントは、倜空を芋䞊げたたた静かに口を開く。

    「陜封光《ようふうこう》、アストラ川、流れ星。あの日ず同じ芁因は
    揃った。だが、俺たち人が出䌚ったこずに意味があったずしたら  。
    単に぀の星の人間っおだけじゃねぇ、䜕か理由があるず思うんだ」

    「ノェントは神の血をひくラズフィルの子  僕は、なんだろう
    封光《ふうこう》の座暙を瀺した、この星図」

    ケリスは、胞ポケットから星図を取り出しお広げた。

    「俺は  、なんだろうミラおばあちゃんから聞いた蚀い䌝え  かな」

    その時だった──。

    ノェントは、ノェルナの光に照らされた星図に、うっすらず文字が浮かび䞊がっおいるこずに気付いた。

    「埅お、これ、なんか文字が曞いおある  」

    「文字」

    セリンずケリスには、星図しか芋えおいなかった。

    「昔の文字だな  なんお曞いおあるんだ぀の  薄くお芋えにくいな。
    ぀の星  亀わりし  時  」

    ノェントがそこたで読み䞊げるず、セリンが自然にその続きを口にした。

    「぀の星、亀わりし時、神の手のひらに玫の涙をおさめよ」

    「お前、それ  」

    ノェントは、呆気に取られたようにセリンを芋぀めた。

    「ミラおばあちゃんに"い぀か圹に立぀時が来るから芚えずけ"っお蚀われお
    芚えさせられたんだ。意味たでは分からないけど」

    「぀の星亀わりし時は、おそらく封光《ふうこう》だろうな。神の手のひらっお
    なんだ」

    そう蚀っおノェントは、自分の手のひらぞ芖線を萜ずした。

    「この蟺に"神の手のひら"っお呌ばれる堎所があるっお聞いた事がある」

    セリンはそう蚀っお蟺りを芋回した。
    その芖線の先、森の方にルミナスベルの淡い光に照らされた、倧きな手のひらのような圢をした岩が浮かび䞊がっおいるのが芋えた。

    「あれだ」

    セリンが指を差す。
    ノェントは銖からネックレスを倖しながら蚀った。

    「玫の涙っお  これ  だろうな」

    雫の圢をした濃い玫色の石は、ノェルナの光を受けお脈打぀ように茝いおいた。

    「これを、あそこに眮く  っお事か」

    セリンずケリスは、ノェントの手の䞭で静かに光るネックレスを芋぀めおいた。

    「星図、蚀い䌝え、玫の石。これで぀揃ったっおわけか」

    そう蚀うず、ノェントは深く息を吞い蟌み、静かに目を閉じた。

    その時だった。

    アストラ川ぞ、クレむンやゞヌク、そしおアストレリス軍の兵士たちが次々ず駆け぀けおきた。

    皆が固唟をのんで芋守る䞭、ノェントはネックレスを手にしたたた、ゆっくりず
    "神の手のひら"ぞ向かっお歩き出す。

    その瞬間──

    ノェントの頭の䞭に、ラズフィルの声が静かに響いた。

    『我が息子ノェントよ、遞択するのは、お前だ。本圓にそれでよいのか』

    「なるほどな。あんたが蚀えなかった事っお、こういう事だったんだな」

    ノェントは、ニダリず笑いながら髪をかき䞊げた。
    そしお、岩の䞊にそっずネックレスを眮いた。

    玫の石は、ノェルナの光を受けお静かに脈打っおいる。

    蟺りは、䞍思議なほど静たり返っおいた。
    颚が止み、アストラ川のせせらぎさえ聞こえない。

    誰も息をするこずすら忘れたように、ノェントを芋぀めおいた。

    ノェントは、ゆっくりず目を閉じる。
    頭に浮かんだのは、18幎前の朝の光景だった。
    毎朝、笑顔で送り出しおくれたセラの顔。

    『いっおらっしゃい』

    その優しい声が、昚日のこずのようによみがえる。

    「  いっおきたす」

    ノェントは、小さく呟いた。

    するず、玫の石が眩く茝き始める。
    小さな光は錓動のように脈打ち、やがお空ぞ向かっお䞀筋の光を攟った。

    同時に倜空を流れ星が暪切る。

    そしお──

    空から真っ癜な光の柱が、ゆっくりず倧地ぞ降り泚いだ。

    「ノェント」

    セリンずケリスは、䞀斉にノェントのもずぞ駆け寄った。

    誰もが、その光が䜕を意味するのか理解しおいた。
    だからこそ、誰もその先ぞ螏み出せなかった。

    ノェントは人の足音を聞いお、ゆっくりず振り返る。
    癜い光が、その暪顔を優しく照らしおいた。
    その衚情に迷いはなかった。

    「俺、行くわ」

    「えっ」

    「セリンは、倧事な家族を護る匷い倧人に、ケリスは軍を蟞めお博士ず䞀緒に
    倩文孊者になった。倢を叶えおねぇのは、俺だけだろ」

    ノェントは、粟䞀杯の笑顔を浮かべた。

    「ダメだ、そんなのダメだよ」

    セリンは、ノェントの腕を力いっぱい掎む。
    ケリスは、もう蚀葉すら出おこなかった。

    ゞヌクは、その堎で肩を震わせたたた立ち尜くしおいた。

    「埅およ」

    クレむンは、ゞヌクの暪を駆け抜けおノェントの前ぞ出る。

    「お前じゃなきゃダメなのかただ考えれば他に方法があるんじゃないのか」

    「ありがずう、クレむン」

    初めお名前を呌ばれたクレむンは、思わず目を芋開いた。

    「スナむプくんずは、もっず話したかったけどな」

    ノェントは、ニカッず笑う。
    だが、すぐに真剣な衚情ぞ戻った。

    「でも俺は、諊めたわけじゃねぇ。これは俺が遞んだ運呜
    なんだ」

    「  それ  が  、それがノェントが新しく䜜った運呜  」

    リオンは、必死に蚀葉を繋いだ。

    「おう、そうだ」

    ノェントは短く答えた。

    セリンは、ノェントの腕を぀かんでいた手から、ゆっくりず力が抜けおいくのを
    感じた。
    ノェントは再び皆ぞ背を向け、癜い光の柱ぞ向かっお歩き出す。

    「行くなよ」

    ゞヌクは皆をかき分けるように走り出し、ノェントの背䞭ぞすがり぀いた。

    「  行かないで  」

    蚊の鳎くような声でゞヌクは、囁いた。

    ノェントは、ゞヌクの腕を優しくほどくず、静かに振り返る。
    䞡肩にそっず手を添え、目線を合わせた。

    「そんな顔すんなよ。いい女が台無しだぜ」

    ノェントは指先で涙を拭い、そのたたゞヌクの頬ぞ手を添える。
    そしお、そっず額ぞ口づけた。

    癜い光が二人を包み蟌み、その姿を幻想的なシル゚ットぞず倉えおいく。

    「セリンを頌む」

    そう蚀っおノェントは、ゞヌクの頭を優しく撫でた。
    ゞヌクは、その堎に厩れ萜ちるように泣き䌏した。

    ノェントは最埌に皆の方を振り返り、倧きく叫ぶ。

    「来䞖でたた䌚おう」

    誰も、その蚀葉に返事はできなかった。
    ただ、背䞭を芋぀めるこずしかできなかった。

    ノェントは、もう振り向く事はなかった。
    癜い光の柱の䞭ぞ、ゆっくりず歩いおいく。

    䞀歩、たた䞀歩。

    その姿は次第に光ぞ溶け蟌み、やがお完党に芋えなくなった。
    癜い光は䞖界䞭ぞ広がり、景色は次第に癜䞀色に染たっおいく。

    そしお、その瞬間──。

    音は消え、䞖界は静かに"無"ぞず還った。

    ──数幎埌──

    曞斎の机に眮かれた冊の本が、窓から吹き蟌む颚にあおられ、ペヌゞを
    ぱらぱらずめくっおいた。

    窓の倖には穏やかな空が広がり、淡い玫色の光が倧地ぞ降り泚いでいる。
    䞭庭からは、子どもたちの賑やかな笑い声が聞こえおきた。

    「キャハハハハ」

    「ほら、ケむティ、着替えないずびしょびしょじゃないか」

    「ただ倧䞈倫ヌ」

    「2人ずも氎遊びは終わりにしお、お昌ご飯にするわよヌ」

    『はヌい』

    䜕気ない䌑日の穏やかな声が、窓の向こうから響いおくる。

    ふわりずレヌスのカヌテンが揺れた。
    机の䞊の本は、枚のペヌゞで静かに止たる。

    そこには、淡い玫色に茝く星の写真が茉っおいた。
    "恒星ノェント旧ノェリオン"

    

    星たちはすべおを芚えおいるずいう。

    ささやいた誓いも、静かな別れも。

    果おしない空の䞋、俺たちはひず぀の玄束を亀わした。

    幟千の呜が過ぎ去っおも、䞖界が厩れ去っおも──。

    時の向こう偎で始たった物語だけが、静かに終わりを埅っおいる。

     
     
    玫色ず日本の挫画特に少幎ゞャンプ系をこよなく愛するフリヌランス。動画線集の傍らに執筆しおおりたす。 声優さん倧奜き☆䞀番奜きな声優さんは塩沢兌人さん。掚し接田健次郎さん/Jesse MoralesVertical俳優

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