
コーチ物語 クライアント62「生きる、生かされる」 第5章 唯一無二の存在 その4
「ちょっと理解するのが難しい話なので、具体的な事例をご紹介しますね。これはボクが桜島さんのところで修行をしていたときのお話です。このとき、まだボクは自分の考えややり方の方が効率よくて、正しいんだっていう自負があったんです」
羽賀さんは自分のことをそうやって語りはじめた。
「桜島さん、もっと効率のいいやり方を考えませんか? なんだか見ていて、すごく回り道をしている気がしているんですけど」
桜島さんのところに弟子入りして二週間ほど経ったときだった。ボクは自分で言うのもなんなのだが、エリート営業マンとして、仕事の効率を重視しながら働いていた。
だが、この桜島さんのやり方、特に営業のやり方には無駄が多いと感じていた。というより、桜島さん自信が一向に営業らしいことをしていない。
企業訪問をするわけでもないし、宣伝広告をすることもない。ただぶらりと知り合いのところに出かけて、そこで世間話をして帰るだけ。これのどこが営業活動なのだろうか。
ボクなら、相手企業の困りごとを聞き出し、それを持ち帰って自分たちができることを考え、企画書とプレゼン資料を作成して、なるべく早く相手のところに伺う。ボクはそうして今まで営業を勝ち取ってきた。
「羽賀よ、ワシの行動がそんなに効率が悪いと言うかな?」
「えぇ、言ってはなんですけれど、ボクは今までもっとアグレッシブに営業活動を行ってきました。桜島さん、ボクに営業を任せてはいただけないでしょうか? そうすればもっと桜島さんのお仕事をとってくることができます」
「うーむ、確かに羽賀に任せれば仕事は取ってこれるじゃろう。じゃが、それで本当に相手のためになっておると思うかな?」
「相手ためにって、当然じゃないですか。桜島さんのコーチングの技術や持っている情報を、もっと多くの人に拡げることでたくさんの人達が助かると思います。だからこそボクは桜島さんに弟子入りしたんです」
「そう言ってくれるのはありがたいのぉ。では、昨日訪問したワシの友人の会社、大塚インダストリーについてはどう思ったかな?」
ボクは昨日、桜島さんに連れられて、昔からの知り合いだという企業、大塚インダストリーの会長さんのところを訪問した。
この企業は昨年、息子さんに社長を継がせて、会長は一線を退いたという町工場である。
「そうですね、まだ新社長はお若くて、経営者としての勉強が必要と感じました。桜島さんは今まで経営者向けの、主に理念を中心としたセミナーやコンサルを行ってきた実績があります。だから、この社長にもコーチングをしながらその必要性を解き、次は社員教育へと結びつけるといいかと思っています」
「さすがは羽賀じゃのぉ、教科書通りの筋書きじゃな」
教科書通り、というのがちょっと気になったが、内容的には問題ない、いやむしろそうすべきだと改めて感じた。
「で、それで誰が喜ぶかな?」
「誰がって、それはもちろん、事業継承を行った会長さんが喜んでくれるのではないでしょうか?」
「では、社長はどう思うかな?」
「どう思うも何も、これは必要な教育だと思いますよ。昨日の会長のお話では、息子さんは新しいことにはすぐに飛びついて導入したがるということですが。それはいいことだと思いますが、社員がついていかないと思います」
「うむ、社長の教育の必要性はわかった。で、社長はそれを喜んで受け入れてくれるかな?」
「だからぁ、そういうのは二の次じゃないでしょうか?」
どうも桜島さんと話が噛み合わない。
「では羽賀よ、お前の思うような営業資料をつくってみてくれんか。そして、大塚さんのところに直接営業に行ってみると良い」
桜島さんはニヤリと笑ってそう言う。どうやらボクは試されているようだ。
「もちろん、やってやりますよ」
そこから四星商事時代に培ったプレゼン資料作成スキルを駆使して、自分の中では完璧と言える資料を、わずか二日で作成してみせた。このとき、こちらの一方的な提案に終わらず、客先のニーズをしっかりと捉えることは特に意識をした。
「では行ってまいります」
「うむ、どうなったか、結果を楽しみに待っておるぞ」
なんだかんだ言っても、桜島さんも自分の生活を支える仕事は欲しいはずだ。ボクだって桜島さんに一方的にお世話になるわけにはいかない。どうやったら恩返しができるのか、ボクなりに考えての行動である。
「こんにちは、桜島のご紹介で伺いました羽賀純一と申します」
「おぉ、先日桜島さんと一緒に来たかただな。どうぞこちらに」
大塚インダストリーの横にある大塚会長の自宅。そこは都会の真ん中にありながらも静かな佇まいとなっている。家も昔ながらの日本家屋であり、庭もきちんと手入れされている。
先日桜島さんと一緒に訪れたときには、和室の客間に通された。だが、今度は入口近くにある事務所的なところに通された。
事務所、といっても普段は人がいるわけではなさそうだ。そこはどちらかといえば書庫といった感じで、真ん中にぽつんと丸テーブルが置いてあり、四方向に一人がけのソファが置いてあった。
「桜島さんからは話を聞いているよ。なんでもうちの会社に向けての教育研修の説明に来てくれたとか」
「はい、先日お伺いして大塚様と桜島の二人の話を傍から聞いていて、問題点がいくつかあるなと感じたものですから。差し出がましいとは思いますが、こういった教育を行ってはというご提案に伺いました」
「ま、確かにあのときは主に息子に対しての愚痴をこぼしてしまったが。では早速だけど話を聞こうじゃないか」
「はい、ありがとうございます」
ボクは早速ノートパソコンを取り出し、スライドの資料を見せながら今回の研修事業の企画提案の説明を始めた。大塚会長はうんうんうなりながらボクの話に耳を傾けてくれている。
よし、反応はいいぞ。これなら間違いなく桜島さんの研修の仕事が取れるはずだ。ボクはそう確信した。
「以上が説明となります。内容について何かご質問はございませんでしょうか?」
「いやいや、素晴らしいね。うちの会社の弱点を見事に見抜いている。そこを補強するためには、確かにこういった教育は必要になるだろう」
大塚会長の反応はいい。だが、次の一言が問題だった。
「けれど、息子の智章はどう思うだろうなぁ」
「えっ、息子さん、ですか?」
「そうだよ。今、会社の権限は全て息子にある。私が良いと思っても、息子がダメだといえばそれまでだ」
そうか、会長とはいえ決定権は今は息子さんに譲っている。肝心の息子さんが納得しなければ、この話は無駄に終わってしまう。
「では、息子さんに、社長に取り次いでいただくことはできないでしょうか?」
「私がかね? どうして私が?」
意外な返事に、ボクは思わず固まってしまった。