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今ここから 自分らしさとは何か 第六話 これからの自分をどう生きるのか

    人生には、

    いくつかの節目がある。

    生まれた時。

    社会に出た時。

    大きな責任を担った時。

    そして、

    それまでの役割を終えた時。


    若い頃は、

    何者になるのかを考えていた。

    どんな仕事をするのか。

    どんな立場になるのか。

    どんな成果を残すのか。

    でも、

    ある時から、

    問いは変わっていった。

    何者になるかではなく、

    どう生きるか。


    ただ、

    ふと思うことがある。

    どう生きるかなどと悩めること自体、

    贅沢なことなのかもしれない。

    生きることに必死で、

    そんな問いを持つ余裕すらない人もいる。

    私は仕事を通じて、

    そういう人たちと向き合ってきた。

    でも、

    だからこそ思う。

    自分自身の生き方を考えられる時間を持てることも、

    また大切なことなのだと。


    役割を終えた後、

    私は書くことを始めた。

    過去を振り返ること。

    経験を言葉にすること。

    自分自身と対話すること。

    それは、

    誰かに何かを伝えたかったからだけではない。

    書くことで、

    初めて見えてくる自分がある。


    公務員として過ごした時間は、

    常に「組織の中の自分」だった。

    判断も、

    言葉も、

    行動も、

    組織の一部としての自分が求められた。

    でも、

    書く時、

    組織はない。

    肩書きもない。

    ただ、

    自分だけがいる。


    その静けさの中で、

    気づいたことがある。

    あの時、本当は何を感じていたのか。

    あの判断は、正しかったのか。

    あの場所で、自分は何を学んだのか。

    答えが出るわけではない。

    でも、

    問い続けることが、

    今の自分を作っている。


    何者になるか、ではなく、

    どう生きるか。

    その問いを持てること自体が、

    すでに一つの豊かさなのかもしれない。


    自分らしさとは、

    過去に作られたものだけではない。

    今日の選択の中にも、

    明日の向き合い方の中にも、

    まだ形になっていない自分がいる。


    これからの自分を、

    どう生きるのか。

    その答えは、

    まだ途中にある。

     
     
    Liberté, Égalité, Fraternité——自由、平等、友愛。 生命は自然の流れの中にあり、生きるものは皆、約束も契約もなく、ただ一度の命を気まぐれに、しかし真摯に生きる。 人間の生命もまた、同じはずだ。 言葉と声で残しています。