
木の葉🍃の便り
里山に暮らす若菜は、今日もおばあちゃんの離れの家に遊びに来ていた。
若菜が大好きなのは、おばあちゃんの薬箱を眺めることだった。

おばあちゃんの家には、昔からたくさんの薬草が置かれている。
どくだみ、おおばこ、よもぎ、すぎな、はっか……。
薬箱の蓋を開けると、乾燥した薬草の独特な香りが、ふわりと漂ってくる。
若菜は、この香りが大好きだった。
里山の人々は、身体の調子が悪くなると、おばあちゃんのところへやって来る。
「トキさん、何かいい薬草はないかね」
そう言われると、おばあちゃんは相手の顔をじっと見て、
「それなら、これがいいわ」
その人に合った薬草を選んでくれる。
そして、薬草を一枚一枚、まるで宝物を扱うように丁寧に手に取るのだった。
おばあちゃんの煎じた薬草は、よく効くと評判だった。
若菜は、そんなおばあちゃんの姿を見るのが大好きだった。
そしていつか自分も薬草のことを知りたいと思い、おばあちゃんから少しずつ、その効能を教えてもらっていた。
そんなある日のことだった。
里山の上流から流れてくる小川のほとりに、一枚の大きな葉っぱで作られた舟が流れてきた。
舟の中には、一通の手紙が隠されている。手紙は濡れないように、透明なビニール袋に包まれていた。
若菜の家の前には、小川を横切るように小さな柵があり、そこには網が張られている。
葉っぱの舟は、その網にちょうどよく引っかかっていた。
これは、若菜と幼馴染の夏美の遊びだった。
上流から葉っぱの舟を流して、相手の家まで手紙を届ける、二人だけの、秘密の郵便屋さんごっこだ。
若菜は舟から手紙を取り出し、ビニール袋を開いた。
中には、夏美からの手紙が入っていた。
『若菜ちゃん、妖精さんの家に野いちごがいっぱいだよ!
夏美より』
若菜は、ぱっと顔を輝かせた。
「野いちご!」
若菜は急いでおばあちゃんの家へ行き、小さな籠を借りると、川の上流へ向かって走り出した。
妖精さんの家は、川の上流にある。
そこには、とてもきれいな水が流れていた。
川辺には一本の大きな丸太が転がっている。その丸太は中がきれいにくり抜かれていて、まるで小さなドールハウスのようだった。
若菜と夏美は、その中に小さな椅子やテーブルを置いた。小さな食器も並べた。
二人が作った、妖精さんのお家だ。
「若菜ちゃん!」
夏美が手を振っている。
「夏美ちゃん!」
若菜が駆け寄る。
そして、二人は妖精さんのお家の周りを見て、目を丸くした。
夏美の手紙に書いてあった通りだった。
野いちごが、いっぱいだ!

赤く熟した野いちごが、緑の葉っぱの間から顔を出している。
若菜は、そっとひとつ摘まんだ。
そして、口に入れる。
「わぁ……おいしい!」
口いっぱいに、甘い香りが広がった。
それを見ていた夏美も、ひとつ摘まんで頬張った。
「ほんとだ!」
夏美は目を丸くした。
「もっと酸っぱいかと思ってた!」
「ね!」
二人は顔を見合わせて笑った。
そして夢中になって、野いちごを摘んでは食べ、摘んでは食べた。
しばらくすると、二人は妖精さんの家の前に小さな野いちごを並べた。
「妖精さんにも、あげよう」
「うん!」
二人は、丸太の小さな家の中にも野いちごを置いた。
「妖精さん、召し上がれ」
「おいしいですよ」
二人は、妖精さんが小さな手で野いちごを摘んで食べている姿を想像した。
それから若菜は、おばあちゃんへのお土産に、籠いっぱいに野いちごを摘んだ。
その頃。
若菜のおばあちゃんは、川のほとりにいた。
若菜の家の前に張った網に、上流から流れてきた木の葉🍃や草🌱🌿がいくつも引っかかっている。
おばあちゃんは、その葉っぱを一枚ずつ取り除いていた。
実は、上流から流れてくる葉っぱは、おばあちゃんにとって大切な便りでもあった。
その季節にしか咲かない草花。
山の奥でしか見つからない薬草。
そんな植物の一部が、川を流れてくることがあるのだ。
おばあちゃんは葉っぱを手に取ると、じっと眺めた。
「今年も、あの花が咲いたんだね」
そう呟いて、微笑んだ。
もしかすると、この葉っぱを川に流したのは、森の妖精なのかもしれない。
若菜と夏美が葉っぱの舟で手紙を届けるように、森の妖精もまた、川を使って便りを届けているのかもしれない。
夕方。
若菜は、野いちごの入った籠を抱えて、離れのおばあちゃんの家に行った。
「おばあちゃん、ただいま!」
「おかえり、若菜」
おばあちゃんは籠の中を見て、目を丸くした。
「まあ、随分たくさん摘んできたんだね」
若菜は嬉しそうに笑った。
「すごく甘いのよ。おばあちゃんも食べてみて」
そう言って、籠からひとつ野いちごを摘むと、おばあちゃんに渡した。
おばあちゃんは、野いちごを口に入れた。
「……ほんとだね」
おばあちゃんの顔がほころぶ。
「すごく甘くて、おいしいねぇ」
若菜は嬉しそうに、おばあちゃんの顔を見つめた。
すると、おばあちゃんは突然、いつもの薬草の話をする時のように、目を輝かせ始めた。
「これはね、クサイチゴだよ」
「クサイチゴ?」
「そう。クサイチゴはね、疲れた時に食べるといいんだよ。それに、お腹の調子を整えるとも言われているの。昔から、咳や痒みの手当てに使われることもあるんだよ」
おばあちゃんは、次から次へとクサイチゴの話を始めた。
まるで、野いちごの中にも薬草と同じように、自然の恵みが詰まっていることを教えてくれるようだった。
若菜は、そんなおばあちゃんの話を聞くのが嬉しかった。
薬箱の中の薬草も。
山の中に咲く草花も。
川を流れてくる葉っぱも。
そして、妖精さんの家の周りに実った野いちごも。
みんな、里山から届いた小さな便りなのかもしれない。
その夜。
おばあちゃんは、若菜が摘んできた野いちごを、ひとつずつ丁寧に洗った。
そして、鍋に入れて、コトコト煮た。
甘い香りが、家いっぱいに広がっていく。
「おばあちゃん、何を作っているの?」
「若菜が届けてくれた、森の恵みだよ」
鍋の中で、赤い野いちごがゆっくりと煮えている。
やがて、おばあちゃんは出来上がったジャムを、小さな瓶に詰めた。
翌朝。
若菜は、焼きたてのパンに野いちごのジャムをたっぷり塗った。
ひと口食べる。
甘酸っぱい味が、口いっぱいに広がった。
若菜は、ふと妖精さんの家を思い出した。
「妖精さんも、食べてくれたかな」
すると、おばあちゃんが笑った。
「きっと食べてるよ」
「よかった!」
若菜は窓の外を見た。
朝の光が、里山を照らし、小川は、今日も静かに流れていた。

その水面を、一枚の小さな木の葉がゆっくりと流れていく。
🍃 🍃 🍃
今日も里山には、自然からの小さな便りが届いている。
おしまい。
こちらの企画に参加させていただきました。⏬