
魔女刈り
航空会社のバックオフィスでは、デブリーフィングが行われていた。
何事もなく運航できた時は、すぐに終わる。
だが、そうでない時は、さながら魔女狩りのような雰囲気になる。
ただ、それは個人を責めるためのものではない。
なぜ起きたのか。
どうすれば再発を防げるのか。
それを検証するための時間なのだが……。
✈️✈️✈️
業務を終えたグランドスタッフが、バックオフィスへと戻っていく。
行きたくない。
でも、逃げるわけにもいかない。
集まってきたグランドスタッフたちは、談笑しながら開始時間を待っていた。
そして、デブリーフィングが始まった。
旅客課マネージャーから、乗り継ぎ旅客の誘導ミスにより、接続便に間に合わず、他社便への振り替えとなってしまった事例が挙げられた。
当事者の私は、息苦しさを覚えた。
その時の状況を事細かに説明される間、胃がキュッと縮み、じっとりと冷たい汗が流れ出るのを感じた。
そして、再発防止についての注意喚起が淡々と語られていく。
私は俯いていた。
他のスタッフたちは、マネージャーの言葉に耳を傾けながら、対象の便のアテンドは誰だったのか、こっそりとアサイン表を確認し、こちらを見る視線を感じていた。
デブリーフィングが終わった。
スタッフがロッカールームへ引き上げようとバックオフィスを出始めた時、私はマネージャーに呼び止められた。
「ここに行くように」
そう言って、一枚の封筒を差し出された。
中を開くと、次の早番勤務終了後、業務命令として客室乗務員の訓練センターに行くように書いてあった。
そして当日。
訓練センターへ行くと、メイクアップルームへ案内された。
そこには、業界でも名の知れたカリスマ美容師がいた。
「マネージャーより、魔女刈りのオーダーを受けています。こちらへどうぞ」
私は恐る恐る椅子に座った。
『魔女刈り?』
虎刈り、五分刈り、乙女狩りは知っている。
だが、魔女刈りとは?
この前のミスの罰なのだろうか。
美容師がハサミを手に取る。
シャキシャキシャキ
髪が落ちる。
シャキシャキシャキシ
また髪が落ちる。
私は怖くて目を閉じた。
ハサミが入るたび、体にも力が入る。
やっと夜会巻きができる長さになったのに……。
一時間後。
「終わりました」
私は恐る恐る鏡を見て、その仕上がりに息を呑んだ。
毛先のライン、前髪の長さ。
そして顔の輪郭に沿ったシルエット……どれも完璧だった。
今までしたことのないベリーショートスタイルが、私にはこの上なく似合っていた。
「すごい……」
思わず口から漏れた。
カリスマ美容師は満足そうに頷いた。
「似合っていますよ」
そして、静かに続けた。
「ただし、次はありません」
私は、その言葉の意味を重く受け止めた。
✈️✈️✈️
翌朝。
出勤すると、同僚が駆け寄ってきた。
「髪型変えた?」
「うん……」
「すごくいい!」
別の同僚も振り返る。
「どこで切ったの?」
「教えてよ」
髪型に触れられるたび、あの時のミスの記憶が蘇る。
そして、少し離れたところにいた先輩がこちらを見た。
視線が私の髪に止まる。
そして、何も言わずに目を逸らすのだ。
私は悟った……先輩も魔女狩りを受け、この髪型が何を意味するのかを知っているのだと。
この会社には、失敗をした者だけが受けられる、特別なカットがある。
それは、誰もが羨むほど洗練されたカット。
けれど、それを受けた者は二度と同じミスをしない。
いや。
二度と、失敗できない。
そのオーダーの名は、
魔女狩りならぬ、
『魔女刈りだ』
甘野充さんの企画に参加させていただきました。⏬