
【街歩き】蔵前の猫と浅草のスナイパー。「余白」を愉しむ、濃すぎる休日
家の用事で、蔵前に行くことになった。
乗り換えで通り過ぎることはあっても、
降り立つのはほぼ初めての街だ。
——どうせ行くなら、少し遊んでみよう。
そんな軽い気持ちで、
私は約束の3時間前にその地へ降り立った。
このときはまだ、猫にあしらわれ、
浅草で狙われることになるなんて、
微塵も思っていなかった。
🌱🌱🌱
まずは腹ごしらえ。
近くの珈琲館でモーニングを頼み、
ついでに資格の問題集を10問だけ解く。
——よし、今日の勉強はここまで。
眠気がきたら、さっさとテキストを閉じる。
自分に甘いのか、潔いのか(笑)
どちらにせよ、
勉強は疲れる前にやめるのが私流。
挫折しないための、高度な戦略である
(ということにしておく)。
カフェを出ると、
まだ朝の空気が少しだけ冷たくて気持ちがいい。
やるべきことを早々に切り上げ、
未知の街へ繰り出すワクワク感。
さぁて、ここからが休みの本番だ。
🌱🌱🌱
最初に向かったのは、蔵前神社。
閑静な住宅街の中に、質素ながらも落ち着いた境内。
一人静かに手を合わせる。
初めて訪れる土地の神様には、
いきなり個人的な願い事や決意を語らない。
それよりご縁ができたことへの感謝と
挨拶のみにとどめることにしている。
——ご縁をいただきありがとうございます。
今日はこの辺りを散策させていただきます。
よろしくお願いいたします。
参拝を終えて振り返ると、
参道のど真ん中にちょこんと座っている
一匹の猫と目が合った。
(かわいぃ~……くはないな)
そんな失礼な本音が、
顔に出ていたのかもしれない。
猫はぷいっとそっぽを向いて、
どこかへ行ってしまった。
招き猫ならぬ、塩対応猫。
いかん、せっかくの「招かれ感」を
自分の素直すぎる感性で台無しにしてしまった。
その後、草むしりをしていたおばあさんに声をかけたところ、
時間前にもかかわらず御朱印をいただけることになった。
社務所の中へ案内されて待っていると、
先ほどの猫が、どこからともなく部屋の奥から再登場。
(まあ、ゆっくりしてけや)
そんな声が聞こえてきそうな家主の風格で、
堂々と目の前を横切っていく。
彼の縄張りに一時滞在する許可を得られた気がして、
その程よい距離感がちょっと心地よかった。
🌱🌱🌱
次に向かうは、鳥越神社。
歩きながら、やけに外国人観光客が多いことに気づいた。
地図を見ると、少し足を伸ばせばすぐ雷門があるらしい。
——余裕があったら、浅草まで歩いてみようかな。
なんて午後の予定をおぼろげに計画しながら歩くこと11分。
鳥越神社に到着。
境内を回りながら、ふと疑問が浮かぶ。
地名は「とりごえ」なのに、神社は「とりこえ」。
濁るか、濁らないか、問題。
昔、神聖なものには濁点をつけない、
なんて話を聞いたことがあるけれど、
これもそういうことなのだろうか。
——知らんけど。
誰にも聞かれていないのをいいことに、
一人で勝手な推理を転がしながら、
ノリツッコミしながら歩いていく。
🌱🌱🌱
少し歩き疲れたのでカフェを探すものの、
おしゃれな人気店はどこも満席。
ところが、待ち合わせ場所へ向かう途中
チャイカフェだけを取り扱っている喫茶店を発見。
外から店内を覗いてみると、
定員わずか3~4名という超ミニマム空間。
ラッキーなことに、誰もいない。
すかさず店内を占拠し、冷たいチャイで喉を潤す。
満席のカフェが立ち並ぶ中、
誰もいない店を見つけるあたり、
今日の私はなかなかツイてるみたい。
混雑した街の中で、
自分だけ秘密基地を見つけた気分で嬉しい。
🌱🌱🌱
蔵前で思った以上に満足した私は、
そのまま勢いで浅草まで歩くことに。
雷門から仲見世通りの人混みを抜け、
浅草寺の本堂を参拝。
ここまでは通常運転だが、
今日はいつも通らない裏手の道を散策。
そこで見つけたのが『銭塚地蔵尊』だった。
お賽銭箱の両脇に盛り塩が置かれていて、
少し不思議な空気が漂っている。
思いきって住職さんに声をかけてみると、
丁寧に供養の作法を教えてくださった。
見慣れない作法に戸惑いながら手を合わせていると、
周囲の外国人観光客から熱い視線を浴びる。
なんだか「日本代表」のような気分で、
少し気恥ずかしい。
「外のお堂では健康を、中のお堂では金銭融通のお願いをするといいですよ」
住職さんのありがたい言葉に従い、
外で健康を祈ったあと、
中ではこれでもかと「金銭融通」を全力で祈る。
朝の蔵前で見せた、あのスマートな大人の流儀はどこへやら。
現世利益には、いつだって全力投球である。
🌱🌱🌱
人混みに疲れ、仲見世通りの入り口でぼんやり人間観察をしていると、
和装姿の若者たちが目に留まった。
袖がレースだったり、シフォンだったり。
私の知っている「着物」は、いつの間にか随分自由に進化しているらしい。
——すごいなぁ、最近の浅草。
そんなことを思いながら、浅草演芸場方面へ歩き出す。
建物の前に、銅像のようなオブジェが立っていた。
——あれ、なんの像だろう?
目印代わりに近づいた、その瞬間。
ビシッ!!
あろうことか、その銅像は突如として動き出し、
私へ向かって矢を向けてきた。
『えぇっ!?うわっ!』
不意打ちに、思わず声が出てしまった。
(……しまった。)
反応したせいで、完全に獲物認定された気がする。
銅像――いや、パフォーマーは、
無表情のまま、私が通り過ぎるまで
ずっと照準を合わせ続けてきた。
(なんでやねん!)
ただ歩いていただけの、善良な小市民を狙うなんて。
ちょっと、理不尽すぎる…。
🌱🌱🌱
帰りの電車の中で、一日を振り返る。
参拝したそばから銅像に狙撃されるなんて、
誰かに話したくてたまらない。
込み上げてくる笑いを堪えきれず、
私は窓の外を見つめながら、
マスクの下で小さく口角を上げた。
朝、蔵前神社で「ご縁への感謝」だけを伝えた結果が、
この濃すぎる引き寄せだったとは。
——ご利益受けるの、はやっ。
猫にはあしらわれ、スナイパーには狙われたけれど、
予定にない「余白」を歩いたおかげで、
私の休日は、忘れがたいものになっていた。
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