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Photo bytomojojo8

掌編|エメラルド

    林檎夫人

    誰もいない海辺を歩いていた。

    空は淡く、どこかアニメーションの背景みたいにやわらかい色をしていた。
    その中で、海だけが綺麗なエメラルドグリーンだった。

    波は静かで、砂浜の白さを薄く濡らしながら、何もなかったように寄せては返していた。


    歩いているうちに、足元に小さな影が見えた。
    猫だった。
    こんな場所に猫がいるなんて珍しいと思って、つい目で追った。

    猫は波打ち際を平気な顔で歩いていたけれど、次の瞬間、寄せた波に足元をほどかれるようにして、その体を少しずつ海に溶かしはじめた。

    慌てて駆け寄ると、猫はもう半透明になっていた。それでも抱き上げると、ちゃんと猫の重みがあった。
    腕の中で、ふにゃりと力を抜いて、うどんみたいに体を伸ばす。
    濡れているのか、溶けかけているのか、もう区別がつかなかった。
    とにかく何かしなきゃと思って、近くに店でもないか探した。


    すると、砂浜の上にぽつんと、コンビニが建っていた。

    中に入ると、普通に買い物できそうだった。
    棚もあるし、明かりもついているし、店員もいる。
    猫を抱いたまま商品を見て回るくらいは、何も言われなかった。
    でも会計の順番が来たところで、急に店員の顔が曇った。

    「うちの店、動物はダメなんですよ」

    その一言で、全部だめになった。
    さっきまで何も言わなかったのに。
    あと少しなんだから目をつぶってくれてもいいのに、と思ったけれど、店の空気はもうきっぱりしていた。
    仕方なく何も買えないまま外へ出る。

    腕の中の猫を見て、つい責任転嫁した。
    お前のせいだぞ。
    猫は何か言いたそうな顔をしたあと、腕からぬるりと降りて、普通の猫みたいに砂の上を歩いていった。
    さっきまで透明になりかけてたくせに、いつの間に戻ったのか。

    最後に振り返って、こちらを見た顔が、妙に腹立たしかった。

    お前がなんなんだよ、と思った。


    結局、何も買えなかった。
    でも、もうそのまま帰るしかなかった。
    猫もいない。
    なのに、さっき怒られたから、コンビニには行きにくかった。

    砂浜の上に立っているコンビニを後にすると、少し先に動く歩道のようなものがあった。

    空港にあるやつに似ていたけれど、もっと、地平線まで続いていそうな長さがあって、道が曲がっていた。

    ベルトコンベアみたいに、それなりの速さで進んでいく。
    乗ってみると、風が気持ちいい。
    すぐに降りることはできたけど、せっかくだから、どこかへ行こうと思った。

    どこへ行くのか検討もつかない。
    でも、勝手に世界が流れていく感覚は、なんだか無責任で心地よかった。

    電話中の人の声がして、その先にある場所の名前を呼んでいた気がする。
    けれど名前は最後まで聞き取れなかった。

    気づけば、その道はデパートの中を通っていた。
    私はデパートでたったひとつだけ、イヤリングを買った。
    貝殻のような、エメラルド。

    ついさっきまで海辺にいたはずなのに、見える景色は少しずつ変わっていく。



    砂浜の明るさも、コンビニの明かりも、動く歩道の風も、そのまま違う場所へ運ばれていく。

    私の胸に、猫の毛を張りつけたままで。




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