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ないなら作ればいい。

    15歳で社会に出た私が、一番欲しかったものは
    『安心できる居場所』だった。


    育った家にも、社会にも、見つけられなかった。


    ないなら自分で作ればいい。


    16歳、20歳の彼氏と
    四畳半一間のアパートを借りた。

    1組しかない布団が、私の居場所になった。

    お腹に命が宿り、

    今度はこの子の居場所を作る番だった。

    お金も知識もない若い2人が、

    小さな家族を作る。

    『産まれたら、何て呼ばせる?』

    『パパって柄じゃないから、”お父さん”かなぁ』

    やっと出逢えた我が子。

    『パパだよ~』

    『えっ?』

    こうして、パパとママと長男、
    3人の居場所ができた。

    私は、孤独を知っている。

    だから、
    ひとりで悩んでいる人を放ってはおけない。

    だからと言って、
    世界を変えるほどの力が
    自分にないことも知っていた。

    最初に形にしたのは、

    若いお母さんの居場所だった。


    18歳で母親になった私は、
    街を歩くだけで目立った。

    公園で遊ばせたくても、視線が痛かった。

    だんだん、公園に行かなくなった。

    『子供が子供を産んでどうする』

    聞こえた言葉は、
    見た目だけで決めつけられた言葉だった。

    だから私は、応援する側にいたい。


    子供たちが保育園へ通いだした。

    1歳8ヶ月しか離れていない兄妹。

    まだ小さいのに
    長男はしっかりしたお兄ちゃんだった。

    保育園で気が済むまで遊んだら
    妹のクラスまで迎えに行っていたらしい。

    『〇〇ちゃん、帰るよ〜』

    そんな自由奔放な長男には、ファンがいた。

    同じクラスの女の子と、お母さん。

    遠足のバスで、初めてゆっくり話をした。

    私にとって初めてのママ友だった。

    『ママ友って、いいなぁ』

    同じ境遇の人のために『安心できる居場所』を
    作りたいという気持ちになっていった。


    『子供の親は、ママだけじゃない。
    パパだって、本当はパパ友が欲しいはず。
    だったら、家族ごとメンバーになってもらおう。
    そうすれば、子供たちだって、
    みーんな兄弟みたいになれるじゃない?』

    ただ純粋に、
    仲間と笑い合える場所を作りたかった。

    みんなで遊んだあと、

    『帰りたくない』と泣き出す子もいた。

    そんな居心地のいい場所を作れたことが
    私は嬉しかった。

    あのとき私が作りたかったのは
    遊ぶ場所ではなく
    安心して居られる場所だった。


    あれから私は、その人がその人らしくいられる
    『居場所』や『仕組み』を作り続けてきた。

    いつの間にか私自身も、
    そんな『居場所』を見つけていた。

    持続可能な社会とは、
    一人ひとりが安心していられる居場所の
    積み重ねなのかもしれない。

    最後まで読んでくださりありがとうございます。たくさんの記事からこの場所を見つけていただいたご縁に感謝します。経験は誰かの役に立つ財産になる。これからも私にしか書けない言葉で届けていきます。スキ・フォローが励みになります😊
    この記事を引用・紹介される際は、
    ひとことご一報いただけると嬉しいです🐚🤍

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