
短編小説『未来記事』
テツオは図書館で新聞をファイリングする仕事をしていた。
全国紙から地方紙まで、発行済みの新聞を年代ごとに整理し、保存するのが仕事だ。
閲覧用の棚には最新の新聞が並ぶが、テツオが扱うのは二年ほど前のものが多かった。
作業中、同僚と少し前の記事を見つけては話をする。
「ロシアとウクライナが戦争になるかもしれない、って書いてありますよ」
「うわあ、懐かしいな」
「結局、本当に戦争になっちゃいましたもんね」
別の日には、
「2020年の東京オリンピック、コロナの影響で延期だって」
「そういえばそんなこともありましたね」
「結局いつ開催だったんでしたっけ?」
またある日は、
「米不足で古古米が話題になってる」
「その頃はまさか、あんなに騒ぎになるとは思わなかったな」
そんな会話をするたび、不思議な感覚になった。
二年前の記事なのに、そこにはまだ結果の書かれていない未来がある。
まるで過去を覗き込みながら未来を知っているようだった。
ロシアとウクライナの戦争も、オリンピックの混乱も、米不足も。
記事を書いた人たちは、その先に何が起こるのか知らない。
けれどテツオは知っている。
もし未来を知っている人間が、そのことを過去の人たちに伝えたらどうなるのだろう。
戦争は防げるのか。
パンデミックは防げるのか。
そんなことを考えながら、仕事帰りの道を歩いていた。
その時だった。
ズドン!
突然足元が抜けた。
気づけばマンホールの穴に落ちていた。
尻を強く打ったが、幸い大した怪我はない。
「いてて……」
穴の中にあった梯子を登り、地上へ出る。
すると違和感を覚えた。
目の前に、ずっと前になくなったはずのスターバックスがある。
工事中だったはずのビルも建っていない。
大型ビジョンに流れるニュースの日付は、
2018年7月
となっていた。
「……は?」
思わず声が出た。
スマホを確認する。
そこにも同じ日付が表示されている。
どうやら本当に過去へ来てしまったらしい。
江戸時代でも戦時中でもなくてよかった。
そんな妙な安心を覚える自分がおかしかった。
ふとテツオは思った。
もし本当に未来を知っているなら。
これから起こる出来事を伝えれば、何か変えられるのではないか。
テツオはXを開いた。
そして投稿する。
来年以降、未知のウイルスが世界中で流行する。
ロシアとウクライナは和解せず、戦争になる。
送信。
数分待つ。
反応はない。
いいねもリポストもゼロ。
そもそも誰も信じるはずがなかった。
平和な時代に突然そんなことを言われても、ただの変な人でしかない。
テツオは少し笑った。
その帰り道。
また足元が抜けた。
今度もマンホールだった。
「うわっ!」
再び穴に落ち、梯子を登る。
地上へ出ると、そこには見慣れた2026年の街並みが広がっていた。
急いでスマホでニュースを調べる。
だが何も変わっていない。
戦争は起きていた。
パンデミックも起きた。
歴史はそのままだった。
けれど不思議と落胆はなかった。
未来を変えられなかったことよりも、別のことが心に残っていた。
未来を知っていた自分でさえ、何も変えられなかった。
それほどまでに、出来事というのは無数の人間や偶然が絡み合って生まれるものなのだろう。
良いことも。
悪いことも。
一見すると不幸に見える出来事も。
その先に続く未来の一部なのかもしれない。
翌日。
テツオはいつも通り図書館で新聞をファイリングしていた。
二年前の記事をクリップしながら思う。
この紙面の中にも、まだ誰も知らない未来が眠っている。
そしてその未来は、きっと起こるべくして起こるのだ。
テツオは静かに新聞を綴じた。
まるで時間そのものを保存するように。
(MacBook)