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仕事は嫌なことの往復ビンタ

    「会社、どうして辞めたの?」

    「中途採用で自分より後に入ってきた人が、若いからって重宝されてさ」

    「なにそれ。Sさんの方が経験あるじゃない」

    「今って、若い人いないから大事にされるんだよね。面倒くさいことは、だいたい自分にまわってくる」

    「ずっと頑張ってきたのに、会社、Sさんのこと舐めてるよね」

    「仕事って、嫌なことの往復ビンタだからさ。少し疲れたなって」

    「それって、跡は消えても痛みは残るよね」

    「ま、しばらく休んで、そのうちね」

    やわらかな風が吹く、平日の午後。
    静かで、落ち着いたレストラン。

    窓の向こうには、見渡す限り樹々が広がる。

    しばらく、人と会うのも億劫だった友人S。
    声のトーンは、いつもとあまり変わらない。

    「甘いものでも食べようか」

    私はメニューをそっと差し出した。

    「ありがとう。アイスクリーム、食べようかな」

    テーブルに運ばれてきたアイスクリーム。
    バニラの白さが、透明のグラスに映える。

    「これ……美味しい!」

    Sさんの目尻が下がり、ほんの少し笑った。

    「また、食べに来ようね」

    小さく微笑み、頷いたSさん。

    励ます言葉は、何を選んでも嘘っぽい気がした。

    乗り越えたのか。
    やり過ごしただけなのか。

    私にも、嫌なことはたくさんあった。

    理不尽な言葉に、心が追い込まれた日。
    自分を失くして、飲み込むしかなかった日。

    ……胸の奥が、少しだけ疼いた。

    溶けはじめた目の前のアイスクリーム。

    ふと、窓の向こうに目を移す。

    風に吹かれて、樹々がやさしく揺れていた。

     
     

    tani

     
     
    書きたいわりには、腰が重い。たまにしか書かない私の日常エッセイ。「なんてことない、毎日のはなし」。

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