
バンコクの高校のちょうどいい谷底
いつも、「谷底」を探している。
子どもを突き落とすのにちょうどいい「谷底」。
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」という故事があるが、故事は故事でしかなく、実際のライオンは、我が子に対しだいぶ手厚く子育てするらしいが、故事というのは、人の役に立つからこそ、時代を超えて言い伝えられてきたものである。
つまり、人間は、子どもが落ちても大したケガをせず、かと言って、底を覗くと怖気づいてしまうくらいには深い谷に子どもを突き落とすことを、長い間、考えてきたといえる。
最近は、身体的にはもちろんだが、精神的にも「安全第一」で子どもの教育を進めていこうとする前提がうっすらあるので、子どもにあまりプレッシャーを与えたり、怖さを感じさせるような機会を与えてはいけないとされる。「このくらいかな」と大人が考える15メートルほど手前に線が引かれ、安全圏のなかで子どもたちは活動している。
それでも、子どもの「成長」のためには多少の負荷は必要だと考える大人もいて、そうした人々は、子どもを積極的に外の世界に連れ出したり、やらなくていいような新しい体験をさせたりする。
高校で英語を教えている時、2年生を連れてタイのバンコクにある高校に行く仕事があり、そこで、ちょうどいい「負荷」を見つけた。
到着したバンコクの高校は、なぜだかわからないが、全校を挙げて日本の高校生たちを熱烈歓迎してくれ、盛大なセレモニーが開かれた。
日本の生徒がホールに入るなり、日本では考えられないレベルの声援をくれ、セレモニーは興奮のなかでスタート。
が、そこで、ちょっとしたハプニングが発生した。外国ではよくある、機械トラブルである。
日本の高校生たちがセレモニーの後に英語で自分たちの地元についてプレゼンテーションする予定だったのだが、なぜかスライドがスクリーンに映しだされない。
パソコンは動いているのに、接続先の機械がまったく反応しない。
変圧の関係ではないようだが、国が変われば、機械もへそを曲げるもので、ちょっとした違いが接触を拒む。
ホールに集まった800人くらいのタイ人高校生たちの視線を一身に受ける壇上の女子生徒たちは、英語の原稿を片手に、手持ち無沙汰で、スライドの復旧を待つ。
5分経っても10分経っても状況は改善の兆しを見せず、居ても立っても居られない壇上の女子たちは、微妙な空気のなか、ケーブルを挿しては抜き、抜いては挿すを繰り返しているだけの我々、大人の方を睨んでいる。
背中越しに刺さる、彼女らの物言わぬ強いメッセージ。
「は・や・く・し・て・くだ・さい!」
これは、まずいな。
スライドが映らないと、高校生たちが用意してきたプレゼンテーションも無駄になるし、タイの生徒たちは日本側の発表を今か今かと待ちわびている。
時間稼ぎのために、予定を変更して、バンコクの高校の発表を先に回してもらうが、ケーブルが悪いのか、ソフトが悪いのか、全く反応しない。
埒があかない状況に、「もうこれは無理だ」と観念した私は、スライドなしで発表させることを一瞬考えるが、それはどう考えても無理な話。
短時間で、スライドがないバージョンの英語原稿を作りなおし、それを即興で読ませるのは、普通の高校生にはハードルが高すぎる。
これはもう、「プランB」を考えるしかない。
そう決心を固め、ホールの隅っこで、「プレゼンも機械の不具合も自分には何も関係ありませんよ」とばかりに、タイの「嗅ぎ薬」を友達と嗅がせあって喜んでいる一人の男子生徒を呼ぶ。
普段、私が英語を教えている、今回バンコクに来たなかで一番英語が話せる男子生徒のケイゴである。
さっきまで、友達とじゃれあっていた彼に状況を伝えるべく、ホールの外に呼び出して、真剣な面持ちで言う。
「緊急事態だ。パソコンの不具合で、用意していたプレゼンができなくなった。君が代わりに、壇上に上がって、日本の学校と地元のことについて英語で話をしてくれ」
「えっ」
「最低でも10分」
「なっ」
人前で英語で話すのは緊張する。
用意している英文を読むだけでも緊張するのに、即興で考えた英語の文章を初めて会う数百人の外国人の前で話す。
しかも10分間。
急にそんなことを言い渡されたケイゴの表情は明らかにこわばり、みるみる緊張していく様子が、嗅ぎ薬を握る左手から伝わってくる。
しかし、緊張していてもしょうがない。
「君がやるしかないんだ、青年」
そう背中を押して、壇上で話すべきテーマをいくつか与える。
左手に嗅ぎ薬を握ったまま、かすかに震える指で喉元に触れたケイゴは、腹を決めたのか、「どのくらい時間ありますか」と強い声で尋ねるが、時間はないに等しい。
「5分」と、答える。
「5分」
その時間の短さを確かめるように、乾いた唇を舐め、嗅ぎ薬をポケットの中にしまって、思考のエンジンをかける。
さっきまでケイゴとはしゃいでいた友達たちも、ホール脇に連れ出されたケイゴの真剣な面持ちに、事態のシビアさを感じ取り、ざわつき始めている。
一旦、ケイゴに準備させ、その間にパソコンがつながっていないか一縷の期待を持って、駆け足で、ケーブルと格闘している同僚の元に戻ってみる。
が、変化はない。
ソフトの拡張子を変え、ファイルの開き方を変えているが、スクリーンは真っ暗なままである。
タイ側が「つなぎ」としてやってくれている、中身のない校長先生の訓示も、全校生徒の飽き飽きした顔から察するに、もう限界である。
「しょうがない。ケイゴを上げよう」
そう心を決めた瞬間。
手に長いものを持ったタイ人スタッフが、勢いよく部屋に入ってきた。
急いでパソコンのケーブルを外し、新しいケーブルをつないで、ソフトを開きなおす。
すると、訓示を続けている校長先生の後ろの巨大スクリーンに、パッと、日本語のスライドが映しだされた。
おーっという、地鳴りのような全校生徒の声。
「やった!映ったよ!」と、興奮して、タイ人スタッフと何度もハイタッチする同僚。
壇上の女子生徒たちは、映し出された自分たちのスライドを見て、ホッとした表情で、手元の原稿を確認し始める。
校長先生は話を切り上げ、「次はお待ちかね、日本のプレゼンテーションです」的なことを言って、壇上を降りた。
ぎりぎりで間に合った。というか間に合ってはいないが、予定通り実施できた日本側のプレゼンテーションは、これまで練習で何度も耳にした、「サワディカッ〜、ワイルン(こんにちは、ブラザー)」という、女子生徒たちのやや元気で、少々すべっていそうなタイ語の挨拶で始まった。
その挨拶をホールの脇で背中越しに耳にしたケイゴは、その瞬間、自分の出番がなくなったことを悟った。
その時の気持ちが安堵だったのか口惜しさだったのかはわからない。
ケイゴは、駆け寄ってきた私を見て、「もう大丈夫なんですね」と確認する。
「そう、ごめん。間に合った」と返すと、そうですかと、緊張の残る面持ちで一つ息を吐き、他の先生に促される形で、ホールの中に歩いていった。
結局、ケイゴは壇上に立たなかった。
しかし、彼が準備した5分間は、実際にプレゼンした生徒の何倍にも濃い時間だったろうと想像する。
緊張し、追い込まれ、自分がやるしかない状況というのは特別で、まわりの大人が計画して経験させられるものではない。
自分の能力以上の力を発揮しなければいけない状況に追い込まれた人間は、自ずと成長する。
今回、急なトラブルによって、急遽、ケイゴを壇上に立たせようとしたが、それは何も、彼にその能力があったからという理由だけではなく、彼が、普段、自分の能力以上のことに手を出さない子だったからでもあった。
能力の高い子は「賢い」ために、自分で先に線を引いてしまうところがある。
なにをやらせても、やることはやるのだが、ある程度のところで、こなしにかかる。
自分にとって「挑戦」になるような、「できるかできないかギリギリのライン」に踏み込もうとせず、やれそうなことだけに手を伸ばす。
もしくは、自分ができなそうなことを、「別に自分にはできなくていい」と、早々に見切りをつける。
それでも、「できる子」であるケイゴに、学校の先生たちは生徒代表の挨拶を任せたり、発言を求めたりするのだが、彼はいつも、「賢く」、スマートに、それらしい言葉で応えた。
その「賢さ」が、彼の中に入学以前はあったはずの「エゴ」や「野心」をだんだんと薄めていくのを普段から感じていた私は、彼が落ちてもいいような「谷底」を、常に探していた。
彼が落ちるのにちょうどいい、底の深さに足はすくんでも、落ちたからといって致命傷にはならないくらいの「谷底」。
今回、彼にとって最適の「谷底」がようやく見つかったのに、寸前のところで、落としそびれてしまった。
残念。
「谷底」に落ちるケイゴを、自分で考えた言葉で喋るケイゴを見たかったのにな。
しかし、彼は今回、「谷底」に落ちはしなかったが、「谷底」に落ちる覚悟を決めたことで、谷に落ちることがどういうことかを、疑似的に経験できたはずである。
その経験は、きっと次に活きる。
おそらく、次に彼が落ちる「谷底」は、大学時代に直面する「谷底」かもしれないし、プライベートで出会う「谷底」かもしれないが、本気でものを考えた5分間は、次の「谷底」に向かう推進力となる。
一度落ちる覚悟ができれば、「谷底」がそんなに怯えなくてよいものと知れる。
彼が落ちる「谷」というのは比喩であり、同時に、「落ちる」ということも比喩であっていいわけだから、壇上に上がらなかったことも、彼の経験になっただろうと思う。
結果的に何もしなかったとしても、心が動けば、当人にとっては、重要な経験である。
バンコクから帰国し、学年が一つ上がると、最上級生になり、冬には受験期に突入する。
卒業後、どの大学に行くかは個人の問題であるが、進学校は受験する大学について口を出すことも多い。
「できる子」には、なるべく世間で評判のいい大学に行ってほしい。
それが、学校の本音である。
ケイゴも例に漏れず、学校から、偏差値の一番高い大学をかなり勧められたが、頑として受け入れず、自分の行きたい大学を受験した。
自分の判断で決めたことは、たとえ結果が悪くても、受け入れられる。
一年浪人したところで、それは、自力で這い上がれる「谷底」である。
しかし、結果、ケイゴは合格した。
「しかし」と書くと、まるで不合格を望んでいたかのように聞こえるが、合格が喜ばしいことはいうまでもない。
ただ、人生は「山あり谷あり」であり、合格という「山頂」にいる子どもに、大人が関わる余地はない。
子どもは勝手に「山」に登る。
大人が面倒を見るのは、子どもが「谷」にいる時だけであり、私が探しているのは、子どもを落とすのにちょうどいい「谷底」だけである。