
スーパーマーケットの「中の人」の一年間
スーパーマーケットの一年は、「イベント」で回っている。
イベントからイベントへ、「行事」を渡り歩くように、売り場が変わる。
イベントというか「催事」であり、「催事」というか、「歳時記」とでも呼べるような、季節の移り変わりが反映されたリアルな現場である。
私はかつて地方のスーパーマーケットの店長だった。
お客さんではなく店員の立場から、皆さまの食卓をサポートするスーパーマーケットの一年をレビューしてみたい。
<1月>
1月のイベントは「正月」から始まる。
月の初め、最初の3日間が勝負みたいなもので、あとは消化試合みたいに過ぎていく。
前年末、というか数日前に「おせちの予約」をしてくれたお客さんにおせちを渡すところから、スーパーの一年は始まる。
年々、正月に食べる料理や食材も様変わりしており、おせちを食べなくなった家庭も増えていることと思うが、それでもおせちはまだまだ売れる。
おせちの他には、刺身の盛り合わせや肉全般が売れる。つまり、惣菜・鮮魚・精肉部門にとって、正月は「かきいれ時」である。
前日まで年越しの食材を必死に売って、一年の終わりに蛍の光を聞いて、大団円みたいな気分で感傷にひたっていたのに、翌日には、この時期にしか店内で流れない琴のBGMに合わせて、新年気分で、おせちや伊達巻やかまぼこを売らなければならない。
一日でのテンションの落差に、正月から酔いそうになる。
<2月>
2月になると、節分が来る。
節分は元来、豆を食べる日であり、売上が上がるのは、菓子部門のみだった。
しかも、お客さんが自分の齢の数だけ豆を食べたところで、せいぜい一家で食べるのは数百個。売れるのは1、2袋程度の豆。
催事としては弱いものだったが、そこに颯爽と登場したのが、恵方巻という救世主。
この関西発といわれる、由来のあやしい風習のおかげで、2月3日は、巻きずしが飛ぶように売れるようになった。
惣菜部門と鮮魚部門に降って湧いた恩恵。
しかも、豆と違って、当日、お面を被ったり、人に投げつけたりしなくていい。「その年の方角を向いて食べると吉」という、お年寄りにも安心なイベント。
これにより、子どものいない老夫婦も参加できるようになり、地方のスーパーにとっては渡りに船。願ったり叶ったりだ。
しかもこのご時世、無理に流行りを作ろうとすると、その魂胆が透けて見えたりするものなのに、恵方巻はどこからともなくやってきて、いつの間にか世間に浸透している。
しかも仕掛人が寿司業界なのか、海鮮業界なのか、そんな仕掛人など初めからいないのかも不明。うまくやってくれたものである。
しかも、クリスマスケーキと同じ、「事前に予約を取るスタイル」も浸透しているので、本当に計算の立つイベントとなった。
<3月>
3月3日はひなまつり。
ただ、ひな祭りは、一世代、二世代前の「女の子」イメージを引きずっているし、「お雛様を出しっぱなしにしておくと婚期が遅れる」なんて、現代の価値観にまったく合っていない。
「女の子の日」のはずなのに、当の女子が全然喜ばないイベントになっている。
スーパーで売れるのも、ひなあられという、3月3日以外にはほぼ口にしないお菓子のみ。
だが、ひな祭りの一番の問題は、日が悪いということである。
「3日」は致命的だ。月が変わって3日しかない。
お客さんは月が変わらないと気分が変わらないものなのに、盛り上がりきるには日数が足りなすぎる。
節分も(2月)3日だが、あれは、鬼に豆を投げて豆を食べるという「当日イベント」である。
もし当日に「今日、節分じゃん」と気づいても、スーパーで豆と鬼のお面を買えば、あとは鬼に向かって豆を投げるだけ。
それに比べて、ひな祭りは本来、「鑑賞イベント」である。
3月3日(イベント当日)までお雛様たちを眺めるだけのじゅうぶんな日数がほしいのに、3日は短すぎる。
スーパーでも2月末からひな祭りの催事スペースを作るものの、2月中にお客さんがひな祭り気分になることはない。
そこで、私はひな祭り関係者に対応策として、二つ提案したい。
一つは、ひな祭りを3月14日に移し、ホワイトデーとのコラボレーションという形で、「ひな祭り=女の子を喜ばせる日」に設定し直すこと。
もしくは、「ひな祭り=お内裏さまのお面を付けた男に向かってひなあられを投げつけるイベント」として設定し、節分とのつながりを作ることだ。
私は、一つ目を、お勧めする。
ひなあられは、当たるとけっこう痛い。
<4月>
4月は花見。
花見は、アルコール、ドリンク、惣菜、菓子など、どの部門にも恩恵があるイベントだったが、コロナ以降かわからないが、アフター5に職場の人たちが飲みに行く習慣が減った影響で、大口のお客さんが減り、スーパーにとってガツンとこないイベントになってしまった。
「桜」という、日本人がお金を無駄遣いするには最高のエクスキューズがあるにもかかわらず、日本人は花見のために散財しなくなった。
この習慣の変化は、地味に売上に影響している。
今後は、外国人に照準を合わせていくしかない。
私は海外で桜を鑑賞する外国人を見たことがあるが、彼らはまだ、桜の本当の楽しみ方をわかっていない。まだ、桜を背景に自撮りするくらいしか楽しむ方法を知らないのだ。
そうとなれば、桜の楽しみ方を知らない彼らに、蕾の桜を愛でながらビールを飲み、夜桜の下で焼酎を飲み、葉桜を感じながら日本酒をしっぽり飲むという日本の豊かな花見文化を教えていきたい。
その際は、多くの食材をスーパーで買い込むこと。もし、その時の酒のつまみが、ドミノピザやマクドナルドやケンタッキーだったらおしまいだからね。
<5月>
5月は「母の日」。
「母の日」は、カーネーションが売れる。
「母の日」とカーネーションがくっついた由来は知らないが、カーネーションが売れるので、とにかくカーネーションを売る。
また、カーネーションの準備と並行して、小学生から「お母さんの絵」を募集して、店内に掲示する。
応募してくれた「母の絵」を店内に並べていると、サービスカウンターから「中学生のお客さんが絵を持ってきている」と、内線が入る。
チラシに「応募は小学生まで」と書いていたはずだが、店内掲示のポスターの一つには、その文言が漏れていたらしい。
こちらのミスなので、一応受け取るが、この手の問題はよくある。
「1000円以上お買い上げのお客様」と対象を明記していたのに、店内に併設してあるクリーニング店のレシートを持ってきたお客さんに対し、「クリーニング店は別」「同じ店やろ」で、押し問答になる。
別の時には、チラシに「一家族2個まで」と書いていたのに、4個買ってる家族を見つけて、「家族ですよね」「家族じゃないし」でレジスタッフと揉めたこともあった。
表記には、「正確さ」と「わかりやすさ」が求められる。
セルフレジがまだ普及していなかった頃、子ども向けに「レジ体験」と銘打って、自分でレジが打てるイベントをやったら、「大きなお兄ちゃん」が来たこともあった。
ポスターには、子どものイラストを載せていたはずなのに、「子供向け」との文言は載せていなかった。
すべての女性レジスタッフが付き添いを拒否してきたので、責任を取って、私がマンツーマンで、「大きなお兄ちゃん」にレジを体験させた。
<6月>
6月はなにもない。
梅雨だし、湿気てるし、なにもない。
この時期にピンポイントで食べたくなるものも、この時期にこそ食べなきゃいけないものもない。ないからこそどうにかしようとイベントを打ってみるが、「雨の鬱陶しさに勝てるほどの魅力あるイベントがあるのか」と自問自答しているうちに、6月は終わる。
それでも、お客さんの足を少しでも店に向けさせるために、「雨の日ポイント」としてポイントアップを掲げてみたりするが、そもそも毎日が雨なので、ポイントアップが常態化してしまい、なんのためのポイントアップかわからなくなる。
<7月>
7月は七夕である。
毎年、笹のレプリカを置いて、短冊に願い事を書いてもらう。
やる気を出して、林から本物の笹を切って店内に置いてみたこともあるが、二日で葉っぱが茶色く変色した。
やはり、ああいうのは、レプリカでちょうどいいのだ。
短冊に願い事を書いてくれた人のなかから何人かの願いを叶えるというイベントをやったこともあり、その年は、一気に現実的な願いごとが増えた。
こちらのイベント予算を見越したかのように、「オロナミンC 1ダースほしい」とか「A5等級国産牛の焼肉セットがほしい」とか、現実路線の願いが短冊に書かれるようになった。
バレンタインデーやホワイトデーのような「恋人系」のイベントが年々、下火になっていくなか、「短冊に願いを書くと叶う」という、どの世代にも開かれた七夕は、ポテンシャルを秘めている。
七夕は、元々、織姫と彦星という「恋人系」の物語でスタートしたにもかかわらず、「恋愛臭」を抜き、「願えば叶う」というサンタクロースにも通じるテーマを、全世代を対象に広めた戦略には目を見張るものがある。今後はもっと特定の食品を絡めて、盛り上げていってほしい。
7月の後半には「土用丑の日」もある。
江戸時代に始まったというこの催しは、「暑い日が続くからそろそろうなぎを食べよう」という、なんとも「鮮魚部門」に都合のよい日である。
他のイベントが何かの由来が元々あって、そのオマケとして特定の食べ物を食べるのに対し、「土用丑の日」は最初から、うなぎを食べさせることが目的のイベントである。言い訳がましくなくていい。
「土用丑の日」の10日ほど前からうなぎの予約を募り、お客さんだけでなく、銀行や問屋さんなどの取引先にも注文をお願いする。
最近のうなぎは中国産でも値段が上がっているが、かつては、国産と中国産で値段に明らかな差があり、お付き合いで買ってくれる人たちの「見栄」が垣間見える瞬間だった。
私も店長として、一人暮らしなのに、「見栄」と「鮮魚部門へのねぎらい」のためだけに4匹も買い、一週間、うなぎばかり食べていた。
<8月>
8月はお盆の季節である。
お盆と暮れには店内に「お中元/お歳暮コーナー」が立ち上がる。
カルピスや洗剤や食用油などを互いに送り合う習わしだが、これも時代とともに廃れてきている。
互いに送り合うくらいなら、互いに送り合わなくていいと考えるのが現代人である。
「お中元/お歳暮コーナー」は店内に設置すると、何かと幅を取るので、毎年売上が減っていくなかでも、わざわざコーナーを作るかどうかが毎年、議論に上がる。
「食品部門」としては売上を減らしたくないためコーナーを作りたいが、お客さんに対応する人員を配置する立場や、お中元によって売り場を縮小させられる部門からは、コーナー設置に消極的な声が出る。
お中元は熨斗(のし)の書き方や贈答品の選定など、若いアルバイトでは対処しきれないことが多く、トラブルが起こりやすい。
私も、お中元に貼る熨斗を印刷するプリンターが故障していたため、言われた名前を筆ペンで書いていたら、その文字の下手さに怒鳴られたことがある。申し訳ないとしか言いようがない。
逆に、この売り場でリーダー的存在だった達筆のベテランスタッフが、すらすらと筆ペンで名前をしたためていたら、若者から「パソコンで書いてもらっていいですか」と、彼女のアイデンティティを奪うかのような一言をくらわせたということもあった。
何を良しとし、何を常識とするかは、世代間で差が出やすい。注意が必要である。
<9月>
9月は彼岸である。
春と秋にはお彼岸があり、田舎では墓参りに行く習慣がまだ残っている。
「いや、墓参りは、お盆にも行ったじゃん」と私などは思うが、とにかく、彼岸には仏花が売れる。
地方では、「青山フラワーマーケット」のような日常を彩る花はなかなか売れないので、売るなら仏花を、売れる時に売れるだけ売るしかない。
仏花は水を張ったバケツにつっこんで売るので、花がたくさん売れる日には床がたくさん濡れる。
床が濡れるとすべりやすくなり、すべったお客さんが転んで救急車が来たこともある。
対策はするし、注意書きもするが、床は濡れてしまうし、高齢者はそもそも濡れていなくても転倒しやすい。
仏花を買った人がそのまま仏花とともに救急車で運ばれる姿を見ると、なんだか、複雑な気持ちになる。
<10月>
10月はハロウィンである。
この最も新しく日本に定着したイベントは、まったくスーパーにお金を落とさない。
まず、お年寄りに関係ないイベントだし、仮装がメインなので、食料品が売れない。
ハロウィンだからといってかぼちゃが売れたりもしない。
たしかにお菓子は売れ、「菓子部門」の担当者は喜ぶが、「ハロウィンといえばこれ」みたいな特定のお菓子があるわけではないので、節分でいう「恵方巻」や、母の日でいう「カーネーション」などのように、売上の見込みが立たない。
しかも、花見のように期間の幅があるイベントではなく10月31日のみ、もしくは10月最終週の週末のみに子どもたちが仮装するだけなので、当日以外、なにも商品が動かない。
もし今後もハロウィンが続いていくのなら、欧米のように、「大人が子どもたちのためにお菓子をたくさん配る日」という意識を日本中で高めて、田舎のじいちゃん・ばあちゃんが、孫用に多くのお菓子を買っておくという習慣を醸成していってほしいものである。
<11月>
11月はなにもない。
ボジョレーヌーボー解禁や七五三参りなどはあるが、大きなイベントはなく、迫りくる12月への助走みたいな期間である。
ただ、「スポーツの秋」なので、地元の小中学校の運動会が多く開催される(最近は5月、9月に移行ぎみ)。
スーパーが子どもを相手にする機会は意外に多く、職業体験で中学生を受け入れたり、社会科調査で小学生にアンケート取らせたり、高校生のイベントに協賛を出したりと、なにかとつながっている。
子どもはスーパーに落とすお金をたいして持ってはいないが、子どもはそのまま地域の未来でもあるので、大切にするよりほかはない。
子どもによる万引きなども頻繁に発生するが、そういうのを相手するのも含めて、地域の仕事である。
ただ、捕まえた子に説教をしても、ほとんどの万引きが、興味本位の暇つぶしで盗っているだけなので、私の言葉が相手の心に響くことはない。
スーパーの店長にできることは、親や先生や警察に引き渡すことくらい。
「万引きより楽しいことを早く見つけなよ」と思いつつ、地域の仕事の一環として、万引き時の書面づくりを全うする。
<12月>
12月はもう目白押しである。
まず、お歳暮コーナーを作ることで「暮れ」が近づいてきたことを実感する。
それと同時にクリスマスも迫っており、クリスマスケーキの事前注文にも気合が入る。
「土用丑の日」のうなぎ同様、銀行や取引先にも注文をお願いするので、クリスマス当日のバックヤードの冷蔵庫は、様々な種類のケーキであふれている。
こういうふうに書くと、スーパーが銀行や取引先にお願いばかりしているように聞こえるが、スーパー側は、ケーキ注文のお返しに、銀行から「年末ジャンボ宝くじ」を買う。
3000円のケーキを買ってもらったお返しに、当たったとしても300円の宝くじを3000円分買うのだ。
口に甘さが残る分、ケーキのほうがマシなような気がするが、スーパーで働く人たちも夢を見たいらしく、けっこうな枚数を買う。
私は店長なので、銀行とのお付き合いとして数十枚を買い、それを年末に、普段頑張ってくれているパートさんやアルバイトの子たちに配る。
どうせ当たらないが、数日だけは夢を見られる。
そして、年の終わりに突き進んでいくなかで、年越しそばの準備や年明けのおせちの予約に奔走する。
クリスマス、年越し、正月はそれぞれ順番にやってくるが、その前準備は、同時並行で進められていく。
歳末が本格的に近づいてくると、売り場に、黒豆や数の子などのおせち食材や、しめ縄や鏡餅などの正月商材が並び、いよいよ年越しの雰囲気がたちこめる。
スーパーや商店街では歳末にガランガラン抽選会的なイベントをやるのも恒例で、店内の出入り口に「当たり」の景品を積み上げ、店内に鐘の音を響かせる。
ガランガラン抽選会は、一年の総決算的なイベントなので、常連のお客さんや育ち盛りの子どもを持つ家庭にいい景品が当たってほしいのに、その日にたまたま来た中年男性に一等の旅行券が当たるなんてこともあり、そんな時は、一年が台無しになった気分になる。
そして、怒涛のクリスマスが終わり、年越し商材を売り切って、年明けへの準備も一段落した大晦日の夜21時55分。
その年最後の「蛍の光」を流しながら、売れ残った年越しそばを一人で整理する。
お客さんたちが家で「紅白歌合戦」を見ているであろう時間に、年内最後のお客さんを出口から送り出して、店を締める。
「今年もおつかれさまでした」
そうバックヤードで礼をしつつ、12時間後には、入口にしめ縄を飾って、新年の店を開けることを思いながら、一人、紅白のクライマックスを見るために、コンビニでファミチキを買って、家路を急ぐ。
<おしまい>