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【第3話】 今倜、ご自愛させおいただきたす。

    第1話はこちらから

    第2話はこちらから


    「あ〜もう、本圓走りづらいんですよ」

    惣菜コヌナヌで買ったチキン南蛮匁圓に、タルタル゜ヌスをたっぷりかけながら栗山くりやたさんは䞍満をこがしおいる。専門店街のアパレルスタッフをしおいる栗山さんは、今幎の春からこのショッピングセンタヌに異動しおきた。私もよく利甚しおおり、お店を芗いおいるうちに仲良くなった。

    「50m、いや30m少し走ればたたすぐに信号に匕っかかるんですよ。どんだけ東京には信号があるんですか」

    12時を回った䌑憩所は賑わっおいる。お昌が重なるのは久しぶりだ。異動しお初めお東京に䜏むこずになっおから「趣味のランニングがスムヌズにできない」ずストレスが溜たっおいるんだそう。

    「信号だけじゃなくお人が倚いこずにもだんだんむラむラしおきちゃっお。家の近所で思いっきり走れないのがストレスです。あ〜もう東京は党然走れない」

    チキンを頬匵りながら怒っおいる姿がなんだか可笑しくお、悪い気もし぀぀笑っおしたった。

    「分かるなあ。でも郜䌚だし、こればっかりは仕方がないですよね」

    気が぀けばコンビニやスヌパヌの駐車堎が狭い話にたで発展しおいる。「東京は楜しいけど䞍自由」ず䞍満を募らせおいる栗山さんに笑いながら、䜜っおきたおにぎりをかじった。


    


    瀟員蚌をかざし倖ぞ出るず、梅雚のムワッずした空気が私を包み蟌んだ。今日は久しぶりに雚が降らない日ずあっお朝から気分がよかったものの、ぬるく湿気た空気にはやはり気持ちが負けそうになる。梅雚明けはただ先みたいだ。どんよりず曇った空を芋おいるうちに「東京は空も狭いですよね」ず栗山さんに蚀いたくなった。

    駅ぞ向かっお歩き出したずき、カバンに入っおいるスマホが鳎った。衚瀺には母の名前だ。

    「もしもし」

    「あ、良子ちゃんおばあちゃんよ」

    声を聞いた瞬間、傟きかけおいた気持ちがぐんず回埩した。思わず声が倧きくなる。

    「ばあちゃん元気にしおる」

    母方の祖母は今実家で暮らしおいる。私が倧孊生の頃に祖父が亡くなり、その埌から䞀緒に暮らすようになった。い぀も優しくお、家族想いで、おしゃれが奜きな可愛い祖母が私は倧奜きなのだ。

    京郜の実家に垰省するたびに「良子ちゃんのお掋服可愛いなあ」ず耒めおくれる。「ハむカラさん」ずニコニコ笑う祖母の前では、い぀だっお小さな子どもに戻ったような気分になる。

    「元気やで。倏䌑みはこっちに垰っお来れそうなん」

    倏ず冬の長期䌑みが近づくず、決たっお祖母は私に電話をする。本圓はもっず定期的に䌚いたいのに、䞊京したせいでなかなか䌚えないのが蟛い。だからせめお垰れるずきに垰りたい。

    「うん、垰るよ。楜しみにしおおな。ばあちゃんの奜きな和菓子買っお垰るからね」

    「良子ちゃんの奜きなおいなりさん䜜っお埅っおるよ」暖かい蚀葉に、グりっずお腹が鳎った。さ、早く垰ろう。


    


    持ち䞊げた瓶の重さに、1幎の時の流れを感じた。どんずテヌブルに眮いた瓶の䞭には、昚幎6月に挬けた梅酒が今か今かず蓋が開く瞬間を埅ちわびおいる。

    垰る間際、亀代で入っおくれる杏子ちゃんに「今日䜕か楜しみでもあるんですか〜」ず鋭い芳察県が向けられたのだけど、ご名答。今日は1幎間熟成した梅酒の解犁日なのだ。

    ちゃぷんずレヌドルを梅酒に぀ける。氷を入れたグラスにゆっくりず泚ぐず、透明な琥珀色が広がり心が湧く。パブロフの犬みたいに、じわっず口の䞭に唟液が広がっおきた。たずはロックで、その埌は゜ヌダ割り。䜙裕があればお湯割りも詊したい。

    ベランダに出お、キャンプ甚の小さな怅子を広げる。隣にはい぀もベッドの䞊で䜿っおいる折り畳みテヌブル。念の為小さな蚊取り線銙も焚いおおく。スマホはもちろんオフだ。梅酒のグラスず、商店街で買っおきたコロッケず、自家補のぬか挬けで、今日のご自愛が始たる。

    「あ〜〜矎味しい」

    初めお䜜った梅酒は、芳醇な銙りでちょうどいい甘さだ。自分で䜜るのはちょっぎり面倒くさいけれど、時間をかけた分矎味しさが染み枡る。梅の実はゞャムにしようかな。

    6月の東京の倜は、じめっず蒞し暑い。空を芋䞊げおみるず黒い雲が芆ったたたで䜕も芋えやしない。決しお気持ちのいい気候ではないけれど、少し気枩が䞋がった静かな倏の倜に身を朜めおいるず、子どもの頃にタむムスリップしたかのような懐かしい気持ちになる。

    「商店街のコロッケ矎味しいな。今日は4぀も買っちゃった」

    じゃがいもがゎロっず入っおおり、ほんのり甘い。時間が経っおもサクサクな衣に口の䞭が喜ぶ。ペロリず1個食べ終わるず、次はさっぱりしたものが食べたくなっおきゅうりず倧根のぬか挬けをかじった。そろそろ梅酒の゜ヌダ割りでも䜜ろうか。


    「やっぱり今日はうたく芋えないな」

    突然隣から声が聞こえお、心臓が飛び出そうになった。グラスを手に持ったたた静止する。ゆっくりずベランダの仕切り板に目をやった。

    今の、隣から
    もしかしおお隣さんもベランダに出おきた

    心臓の錓動が早くなる。い぀からいたんだろう。もしかしお私の独り蚀、党郚聞こえおいたかもしれない。

    せっかくシャワヌを济びたのに、背䞭がじわっず汗ばむ。

    隣には男性が䜏んでいる。すれ違えば挚拶をする皋床で、ちゃんず喋ったこずは䞀床もない。梅酒ずかコロッケずか蚀いながら錻歌を歌っおいる奎が隣に䜏んでいるなんお思われるのは恥ずかしい。

    「たあこんな日もあるか」

    聞こえおきた声に、疑問笊が浮かぶ。「うたく芋えない」っお䞀䜓なんだろう。この人は䜕かベランダから芋おいるのだろうか。

    もしかしお誰かの郚屋、ずか

    悪い劄想が䞀気に広がり、脈を打぀スピヌドが早くなる。いやいや、ありえない。倱瀌だぞ良子。もしかしたら䜕か育おおいるだけかもしれない。よし、今日はもうこのたた郚屋に戻ろう。厄介なこずになったら面倒だ。

    ゆっくりず郚屋に戻ろうず怅子から立ち䞊がったずき、隣のベランダの手すりから飛び出しおいる现長いものが芋えた。ず、同時に育おおいるシ゜ずネギの鉢にぶ぀かっお、バランスを厩しおしたった。

    「わ」

    幞いグラスは割れなかったものの、倧きな音ず声が出おしたっお咄嗟にしゃがむ。お隣からハッず息を呑む音が聞こえた。私がベランダにいるこずが完党にバレおしたっお詰んだ。

    「  倧䞈倫ですか」

    お隣から声がかかった。なんお答えようか。もうこのたた無芖しお郚屋に戻ろうか。いやでも「䜕かありたしたか倧䞈倫ですか譊察呌びたしょうか」ず心配そうな声が聞こえおくる。恥ずかしいけれど、ここはもう答えおおくしかない。

    「はい、倧䞈倫ですシ゜にぶ぀かっただけで」

    立ち䞊がり少しベランダから身を乗り出しお声をかけるず、芋えおいた现長いものの正䜓が分かった。やっぱり望遠鏡だった。


    

    「ISS  を芋おいたんですか」

    「そうなんです」䜎く穏やかな声が返っおきた。今日はISSが芋える日らしい。

    「ずきどきベランダに望遠鏡を出しお月を眺めおいるんですよ。しかも今日はISSが䞊空を通過する日だから芋なきゃず思っお」

    先ほどたでドキドキしおいた錓動が少しだけ萜ち着いた。ふうず䞀息぀いお仕切りに近づき、向こう偎ぞ耳を柄たせる。

    「でも雲が厚くおよく芋えたせんでした」

    ははは、ず小さく笑う声が聞こえた。芋えないっおそういうこずだったのか。ホッず胞を撫で䞋ろす。

    「ISSっお知っおいたすか」

    「う〜ん  蚀葉くらいですね」

    ふんふんず話を聞いおいたけれど、振っおくれた質問にどうしようず固たった。ISSに関しおは「囜際宇宙ステヌション」だずいうこず以倖知らない。ここで䌚話が終了しおしたいそうだ。郚屋に戻るタむミングも完党に倱っおしたっお気たずい。

    「ISSは地䞊からだいたい400km先にある実隓斜蚭なんです」

    もしかしお無知な私のために䞁寧に説明しおくれおいるのだろうか。ずりあえず返事をする。

    「400km   そんな遠いずころにあるんですね」

    「ず、思うじゃないですか」

    ベランダの仕切り越しに、穏やかな声が少しだけ倧きく明るくなった。あれ私倉なこず蚀っちゃった

    「実はそんなに遠くなくお、ISSっお案倖地球に近いんですよ。しかもサッカヌ堎くらい倧きいんです。宇宙にそんな倧きなものが浮かんでいるず思うずびっくりしたすよね」

    楜しそうな声が湿った倜の空気を軜くしおいく。お隣さんはどんな人物だったっけ。゚レベヌタヌで乗り合わせたずき、゚ントランスですれ違ったずきを必死に思い返しおみるけれど、背が高かったこずしか思い出せない。挚拶皋床しかしないし、ほずんど無意識だったので、党く印象に残っおいない。この人は䞀䜓どんな顔をしおいるんだろう。

    「っお、すみたせん」

    「え」

    「いきなりペラペラ喋っおしたっお。驚きたしたよね」

    先ほどたで明るかった声色がみるみるトヌンダりンしおいく。仕切り越しでも慌おおいる様子が䌝わっおきお、思わず吹き出しおしたった。

    「いえいえ。詳しいんですね。宇宙がお奜きなんですか」

    「  あ、はい。専門は星なんですけど」

    「専門は星」ずは、研究者かどこかの孊校で教えおいるのだろうか。聞いおみたい気もするけれど、いきなり根掘り葉掘り聞くのはよくないかも。「そうなんですね」ず盞槌だけ打った。


    「実家が四囜の田舎なんですけど」少しの間があった埌、ぜ぀りず声が届いた。

    「倜になるず星がぶわ〜っず䞀面に広がっおいるんです。高い建物がないので、遠くの方たでよく芋えお。もう、空が萜ちおくるみたいなんです」

    ぬるい颚が吹いた。あたりはずおも静かだ。

    「星空を芋おいるず嫌なこずが党郚忘れられお、心がスッキリしおいたした」

    「癒されそうですね」

    「はい。でも、䞊京しおからはなかなか星が芋぀けられなくお」

    次の蚀葉たで䞀呌吞止たったずき、思わず「ですよね」ず盞槌を打ちそうになった。倜でも明るい東京は星が芋えづらい。芋䞊げおも真っ先にビルや電線が目に入る。造りものの光ではなく自然の光に心が動かされたい気持ちはよく分かる。なんなら信号も倚くお走りにくいし、駐車堎も狭いし。東京は「仕方がない」が倚い。

    「だから、月を芋るこずにしたんですよね」

    手に持っおいたグラスの氷がカランず鳎った。

    「星空は難しくおも、月なら東京でも綺麗に芋えたす」

    「たしかに。月たで芋えなかったら悲しいですよね」

    「そうですよね。そういえば、月がなかったら人類が誕生しなかったかもしれない説もあるんですよ。月明かりもないから、今より倜はもっず暗かったはずです」

    「ぞえ、月があっおよかった」

    「東京に来およかったのは、月を奜きになったこずですね」

    仕切り板を芋䞊げた。顔は芋えないけれど、なんずなく優しい人だったらいいなず思った。

    芖線をベランダの倖ぞ向ける。そういえば、このマンションのベランダ偎は高い建物や電線がほずんどない。遠くの方たで空がよく芋える。ベランダの颚景も気に入っお入居を決めたのに、忙しく毎日を過ごしおいるうちにすっぜりず頭から抜け萜ちおしたっおいた。

    「こういう時間が、僕は奜きなんです」

    きっずこの人は、どんなずきだっお空を芋䞊げおいる。

    そんな気がした。


    


    「ありがずうございたした。じゃあ、おやすみなさい」

    仕切り板越しに蚀う「おやすみ」はなんだか䞍思議な感芚だった。グラスや怅子を片付ける。ちらりず芋䞊げた空にはただ䜕も浮かんでいないけれど、たんたるな月を想像したら東京も悪くないず思った。星が芋えないなら月を楜しむなんお発想なかったな。

    「こちらこそ、ISSの話に付き合っおくれおありがずうございたした」

    カラカラず窓を閉めおいるず「あそこのコロッケ矎味しいですよね。僕もたた食べおみたす」ずいう声が滑り蟌んできお䞀気に顔が熱くなった。

    やっぱり党郚聞こえおいたのか  。4぀も買った自分をちょっずだけ恚んだ。


    ヌヌヌヌ

    画像

    ヌヌヌヌ

    illustration byキコ


    第4話はこちらから


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