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上野國こうずけ 一之宮 貫前神社ぬきさき 2026/05末旬平PM@群馬県富岡市

ハードな旅程にちょっと役立つHUELと共に 第一鳥居
理論上だけは各栄養素をバランスよくカバー可能
まあ元来あるローフード食が何よりベストだから
過信はしないけども
先の石段を上がると門 と 駐車場
エントランス
門をくぐると もう一度 下る
そして 本殿のエリア
この辺 なぜか社殿の雰囲気が南方チック なんですよね
明らかに日本海沿いの荘厳さと異なる

群馬県・上野国(こうずけ)はいろいろと興味深い箇所が多い。たまたま、参拝時に近隣のおじさんと談話した。珍しい地区から群馬に来たんだな と一発でバレたからだ。近隣のおじさんは妙に歴史通な方、本当に多いから。色々と聞いた。

まず、このエリアはどうやらアイヌ血筋の人が一定数いるらしい。北方から連れてこられたらしいとは聞くが、征夷という言葉もあるから、その勢力筋が南下していた節もゼロとは言えない。下にも続くが、日本の地形が今とだいぶん異なる、古代寄りの話かな?とも推察。

周辺はもう少し宿場っぽい雰囲気だったらしいが、今は面影を察するのが難しいくらい、静かで古めの住宅街である。

この神社、おかしなアップダウンがある作りをしている事も珍しい。神が宿るような場所、という観点からはシンボリックかもしれない。

今でこそ高崎〜前橋など平野化しているエリアが栄えているが、当時は地形がかなり異なり、山麓エリアに武将・豪族の拠点があったり、生活の名残である遺跡(とくに群馬には縄文が多い印象)が多かったり。

群馬・上毛・両毛といった名前からしても、早くに 馬 の輸入?渡来?があり、育てるにも良好な土地柄であった事。古代〜中世における馬は現代で言う、自動車とか戦車のような代物、現代でも馬所有はステータスシンボル。すなわち、常に社会では上位カースト的とされる武家筋がマークした土地、今でいうトヨタ?豊田?のようなプレゼンスがあった、らしい。

古墳の数も凄い。周辺の山間地域も相応に存在感がある古産業、たとえば絹などがあり、それも当然祀り対象とされてて、古代に遡れば遡るほど、影響力がある土地だったことが窺える。関東平野が湿地帯・島・川・水だらけだった頃、ここが東日本の中心だったのではと感じるくらい。物部氏関連の主祭神が祀られている点も、読める人には流れが読めるのかもしれない。自分はまだ疎い。

貫前神社も、意外と一見では「なんでこんなところに一ノ宮が存在するんだ?」という場所にあるのも、探求し甲斐があるように感じている。

ここから北部の榛名山域も活火山で、富士山のように何度か噴火と周辺地域に被害を出している歴史も、ぼんやりと確認はしてる。富国強兵時代以降、冨岡や軽井沢など国家の力で強く変化した街も近所に散見されながらも、浅間山も割と近距離にあったりで、様々な運もあった土地柄と見ている。

疎い領域が多いのだが、気が向いたらまた色々調べてみよう。

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