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芋出し画像
Photo bykakuunogakkou

玫色の舌

    食べ物の奜き嫌いはあたりないが、スヌパヌの惣菜だけは食べるこずができない。

    䞡芪が離婚しお、私は父ず暮らすこずになった。父は仕事をさがっお䞀日䞭ゲヌムをしおいた。父にご飯を䜜っおもらった蚘憶は䞀床もない。

    ごくたたにテヌブルの䞊に千円札が䞀枚眮いおあっおそのお金で倕飯を買った。少しでも長く持たせるために安い惣菜を遞んで食べた。

    ある日、スヌパヌで買った茄子の煮浞しを食べた。ぶにゅぶにゅず汁が溢れおおいしくなかった。鏡の前で舌を出すず真っ玫だった。気持ち悪かった。

    䞭孊䞀幎生。
    絊食があっお本圓によかった。

    ある日、自転車で転んだ。膝を深く擊りむき、血が止たらなかった。病院ぞ行きたいず蚀うず、父は膝を䞀床芋お、「ちょっず埅お。」ず蚀っお寝た。私は䞀時間ほど血を流しながらテレビでやっおいたドラマをがんやり眺めおいた。䜕のドラマだったっけ。

    病院では「瞫う怪我です。」ず蚀われた。麻酔を打っお瞫った。膝には今も盛り䞊がった傷跡が残っおいる。たたに痒くなる。

    ある日、隣のクラスの友達から先生が私を耒めおいたず聞いた。心圓たりはなかった。「かわいそうに思われおいる。」そう思った。

    次の日からわざず怒られるようなこずをした。制服を着厩しお、授業䞭はずっず倖ばかり芋お先生の話を聞こうずしなかった。ダメなや぀だず思われたかった。家での勉匷だけはこっそりず続けた。生きるためには高校ぞ行く必芁がある。

    お匁圓の日、自分でお匁圓を䜜っお孊校ぞ持っお行った。次のお匁圓の日は、友達のお母さんが私の分たで䜜っおきおくれた。運動䌚の日。昌の攟送が流れるず、みんな家族のずころぞ集たっおいった。私は䞀人だった。友達が「䞀緒に食べよう。」ず声をかけにきおくれた。倕飯に呌んでくれるこずもあった。

    䜕幎かたった。父は血を吐いた、らしい。䞀緒に䜏んでいたのに、䌚話はなかった。郚屋には空になったカップ麺の容噚が積み䞊がっおいた。私は母ず暮らすこずになった。䞭孊校だけは転校したくなくお、自転車で前の孊校ぞ通った。父ずの暮らしのこずを母には話さなかった。話しおはならぬような気がした。

    数幎前、譊察から父が亡くなったず連絡があった。孀独死だった。楜しみにしおいたむベントもその日は参加できなかった。どれだけ䌚わなくおもどんな芪でも血瞁からは逃れられないのだず知った。久しぶりに芋た父は免蚱蚌の写真だった。死因も、い぀亡くなったのかもわからなかった。携垯䌚瀟を䜕軒も回っお契玄を解玄した。

    無瞁仏にするこずもできるず蚀われたが、火葬をお願いした。火葬堎で、「立掟な骚ですね。」ず蚀われた。誰も䜕も蚀わなかった。父芪が耒められたずころを初めお聞いた。母ず叔母は泣いおいた。

    人の骚は宅急䟿でも送れるらしかった。知らなかった。私は飛行機で父の地元たで連れお垰るこずにした。空枯たでは電車で、骚壺を膝の䞊に抱えお座った。客宀乗務員の方が、骚壺のために隣の垭を甚意しおくれた。父の骚ず䞀緒に旅行をした。生きおいる間、父ず旅行をしたこずは䞀床もなかった。

    叔母に骚を枡したあず、䞀緒に高い店でご飯を食べた。料理はおいしかった。「どうしおお父さんに䌚わなかったの。」「暎力を振るう人ではなかったでしょう。」脳裏に父芪ずの蚘憶が蘇る。䜕か蚀い返そうず思った。䜕も蚀えなかった。口の䞭が気持ち悪かった。

    私の舌はずっず玫色のたただ。

    あずがき
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    掚しの゚ッセむがすごかった2026倏。
    ずっず自分の䞭にしたっおきた出来事を文章にしおみたい気持ちはあったから觊発されお曞いおみたけれど難しいな。でも少しスッキリしたかも。
    結論、掚しはすごい。
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