
けつピ
2025年、春。私は病院の待合室にいた。
病院と言っても地域の町医者ではない。新宿の美容クリニックだ。私はこれからピアスを開けようとしている。しかも、ただのピアスではない。けつピだ。私はこれからけつピを開けようとしているのだ。
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そもそもピアスうんぬん以前に、私はアクセサリー全般を身につけない。唯一、指輪をつけてみたことはあったが、むくみで朝晩の指の太さが変わりすぎるらしく、むくんで指が引きちぎれそうな痛みを味わったかと思えば、夜には気づいたら無くなっている。そうして失くした指輪は数知れず。そのうちどうでもよくなってしまってやめた。
そんなわけで唯一身につける金属製品といえばメガネと腕時計くらい。そんな私にとって本当に理解できないもののひとつがピアスだった。だってさ、なんなんだあれは!?ごく当たり前の文化として受け入れられているが「アクセサリーをつけるために耳に針で穴を開ける」って……カジュアルな人体改造かよ!?
そういうわけで私はアンチピアス人間だったのだが、なにせ大変立派な福耳なので「ピアス開けないんですか?」と人から言われることもしばしば。
あれなのかな。ピアスを開けることにためらいのない人からしたら「駅前にでかい空き地がある」みたいな状況に見えるのかな。たしかにそれはもったいないかもしれない。
ところが、である。
きっかけは忘れたのだがこの時期、毎晩眠れず夜中に近所の歩道橋の上で「よわない檸檬堂」を片手に月を見ながらポロポロ泣く、という今思うとあまりにセンチメンタルすぎる生活を送っていた。そんなある日の夜、私の頭に突如月のかけらが隕石となって落ちてきた。ドゴォーン!と。もちろん比喩表現である。
人は鬱の時、哲学的になるという。キェルケゴールだってトルストイだってそうだ。
御多分に洩れず私も「おいらひとりでてつがくするのニャー」モードになっていた。そして隕石に脳天を貫かれるが如く、気づいてしまったのだ。
「ひょっとして俺、本当はやりたいけど勇気がなくてできない事から『もっともらしい理由』をつけて逃げてきただけだな?」
隕石バゴォーン!!その瞬間、涙がポロポロを超えてシャバダバ(シャバシャバな涙がダバダバ、の略)流れ出してきた。大号泣である。嗚咽を漏らしながら私はぽつりと呟いた。「変わろう」と。
変わろう、変わらなくっちゃ。幸い周囲に人はいなかったが、もし誰かがこの姿を見ていたらさぞ気味が悪かった事だろう。通報されなくて本当に良かった。
「人生は苦しむにはあまりに長く、楽しむにはあまりに短い」
この時、頭に浮かんだ言葉である。誰の言葉なのかは不明。だが真理だと思った。
2025年当時、私は36歳。私は自認がロックンローラーなので、若いころは当然27歳で死ぬと思っていた。あれから10年。恥ずかしながら生き延びてまいりました。四捨五入すればもう40歳。人生の折り返し地点はまもなく過ぎる。いや、もう過ぎてるかも。
自認がロックンローラーの私はアナーキストでニヒリストだった。メインカルチャーを鼻で笑い、我が道を突き進むことをとにかくカッコいいと思っていた。人と同じことをしたくなかった。
たとえば私はシンガーソングライターのくせに路上ライブをやったことが無い。理由は「みんながやっているから」。でもそれだけではない。道路交通法に抵触する恐れがあるのでビビっているからだ。アナーキストが聞いてあきれる。
まだある。私は2016年ごろまで頑なにガラケーを使い続けていた。世間が「iPhone 7にイヤホンジャックが無くなった!」と騒いでいる頃、私は「俺、ガラケーだからLINEやってないんだよね」と言いながら友達にキャリアメールを送り続けていた。その理由も尖ってると見せかけて、本当のところは「フリック入力って難しそうだから」だった。
そうだ。ピアスだって本当は開けてみたかったんだ。だけど思春期を「ぽっちゃりイケてないメガネ君」として過ごした私にピアスなんぞ似合うはずがない。仮にやってみて、もし本当に似合わなかったら……。それを知るのが怖かった。傷ついてしまいそうで、自分の可能性が狭まってしまいそうで、それが怖かった。だけどやらなければ傷つくこともない。だからなにかと理由をつけてやらなかった。ただそれだけの臆病者だったのだ。
涙をシャバダバ流しながら私はそんな自分が心底嫌になった。変なプライドで自分をがんじがらめにして、「生きづらい」と苦しんで、そのまま死んでいくのか?なんてバカバカしいんだろう。なんて幼稚なんだろう。そんな生き方はこれっきりにしたい。変わろう。変えられることから変えよう。まずは何から変える?何か象徴的なもの……。外から見てもわかるような……。
そこで白羽の矢が立ったのがこの立派な耳たぶである。変わることの象徴として、今まで自分がずっと否定してきたピアスを開けよう。これは決意のピアス、略して「けつピ」だ。別にケツにピアスを開けるわけではない。こうして駅前の空き地に「けつピ」という名の再開発計画が立ち上がったのだった。
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そんなこんなで冒頭に戻る。ピアッサーで自力で開けるという手もあったが、膿んだら怖いので病院を予約して開けてもらいに来た。思想は幼稚だったが、この辺の慎重さはしっかり36歳である。
受付で名前を伝えたら、お姉さんがなにやら困惑している。確認してみると普通に予約日を間違えていて、前日に来院してしまったらしい。大馬鹿者である。私はなにより先にそういうところを変えるべきだ。
施術自体は本当に一瞬だった。耳たぶにマジックペンで印を付け、ニードルガンみたいな器具で穴を開ける。耳たぶに器具をあてがわれ、看護師さんが「右から行きますよ〜」と引き金に指をかける。ビビっているうちにバチン!という衝撃。痛いというより熱い。身体がびっくりしている。人間が文明を持たなければ決してしなかった行為だ。極めてプリミティブな恐怖感。
「大丈夫ですか?」と心配そうに覗き込む看護師さんに私は笑顔でサムズアップを送る。ダサい。平気なふりをしているがまったく余裕がないのだ。そして左耳もバチン!極めてプリミティブ!
病院に入ってから15分も経たないうちに両耳に見慣れないチタン製の小さな半球が付いていた。なんとあっけないことか。悩んだ期間は20年、変わるのは一瞬だった。鏡を見ると、広大な土地にポツンと佇む一軒家のように耳たぶに鈍く輝く反射光。うーむ、思ったより悪くないじゃないか。
少しドキドキしながら病院を出る。数分前、この階段を登った自分と、降っている今の自分は別の自分だ。もちろんピアスを開けたからと言って人生が劇的に変わるわけではない。階段の下にはいつもの新宿の風景。だけどなぜか同じ景色には見えなかった。
どこか清々しい気持ちで新宿の街を歩き出した私は、普段絶対に食べない「刺身定食」の看板に誘われ、見たこともない定食屋に入った。北海道出身の私は「東京の刺身は不味い」と決めつけてこれまでずっと避けていたのだ。上から目線ならぬ北から目線である。
ハズレかもしれない。でもハズレでもいいのだ。だって、やってみなければなにも始まらないのだから。