見出し画像

実家の近くで家族の話を聞く

私の実家の近くで、グラフィックレコーディングのイベントがあるのを見かけたので、先日参加してみた。他の参加者、主催者に話しかけたところ、「あの・・お父様はよく存じております」という話になり、父が地元の名主になっていることを、図らずも知ることになった。

私の父は医者で、最近は地域の病院長をしていることまでは知っていたが、細かい仕事内容までは分からなかった。父はそこまで口数多く話す人でもない。家に帰れば、仕事の話はほとんどしない。本を読んだり、他愛の無い話をしたりして過ごしている。

私は板橋区に住んで10年ほどになる。「今日は東京から来たんです」と参加者の方に話していたが、私の苗字は珍しいので、知っている人はすぐに私が息子であると気づき、色々なエピソードに花が咲くのだった。

私は家族に自分の本音を面と向かって直接話したことはない。ただ、言いたいことはある。父とは良好な関係だが、母には言いたいことが山ほどあったので、先日手紙を書いた。

詳細は伏せるが、家族との思い出はいいことばっかりではなかった。あんまり思い出したくないトラウマのようなものが母親に対しては今でも残っていて、それが自己効力感を下げていた。

色々な本を読んで、自分自身の育てられ方を振り返ってみた時、母子密着型の子育てをすると、いろいろ歪みが出るということだった。

地方から首都圏に来て、身寄りもいない中で、母親一人が子供と付きっきりでお世話をするとどうなるか。どうしても共依存的な関係性になり、母は子の存在を必要とし、子も母の存在を必要とするような、あまり健全ではない人間関係を築いてしまう。

そして、大人になっても、家族以外の人間との関係性がうまく築けないと、共依存の関係が引き続いてしまうことになる。

だからこそ、それをもう止めよう。お互いに。

その為には、恐らく母親側にも、家族以外に気兼ねなく話せるようなご近所付き合いが必要なのだ。

女性の生き方として、子供が小さい時にはどうしても、子供との関係性がメインになりがちで、近所の人達と良い関係性が築けないと、それがプレッシャーになるということは理解できる。

ただ、一人の人として真に心が安定するには、家族以外の誰かに、能力云々でなく認められて、気兼ねなく話せる人がいることなんじゃないかと思う。

多分それが出来ていないのではないか。地方から首都圏に若い頃に越してきて、色々大変な思いがあったかも知れないが、実家の近くには、こんなに楽しい人達がいるのだから、もっと知り合いになればいいのに。

余計なお世話かも知れないが、紹介をすることが、家族にとっても必要なことなんじゃないか、、と思えてきた。

そして、そのつながりが板橋区の友達経由で生まれたのも、奇跡のようで必然だったのかも知れない。

いいなと思ったら応援しよう!

ため画伯/Tammy サポートで下さったお金は、今後の創作やライティングに活用していきたいと思います!