
5年という節目を迎えて
今月、私は一つの節目を迎えます。
卵巣がんの告知から5年。
ようやく「寛解」という言葉を手にしました。
振り返れば、私の闘病生活はコロナ禍の真っ只中でした。
8時間に及ぶ全摘手術、その後の抗がん剤治療。
社会がしんと静まり返り、誰もが正体の見えない不安に包まれていたあの頃、私の身にも大きな出来事が起こっていました。


閉ざされた病棟で、私たちは笑っていた
あの頃の入院生活は、今思い出しても少し特殊です。
面会は一切禁止。他病棟への移動も許されず、リハビリのために患者同士でひたすら短い廊下を往復する毎日。
でも、そこには不思議と明るい光が満ちていました。
人工膀胱のこと、乳がんのこと、これから始まる治療への不安…。
誰もが重い荷物を背負っているはずなのに、廊下でリハビリをしながら情報交換をし、お互いの治療のことや、初孫のこと、先生の噂話などのたわいない話に花を咲かせる。
「お腹の傷に響くから、もう笑わせないで!」
そう言い合いながら、私たちはケラケラと笑っていました。あの時の笑い声は今も忘れません。


「もしも」に備えて、家を磨き上げた日
手術まで何回かに分けて自己血を採るという準備が必要だったので、三週間ほど時間がありました。その間、私は焦っていました。
「もし帰ってこれなくても、恥ずかしくないように」
そう思って、家中を徹底的に掃除し、身の回りの整理を済ませたかったのです。「どうしょう、時間がない!やっぱり写真の整理しておくんだった!」
お腹が痛くて病院へ行き、検査を重ねて先生から「悪性だと思われます。進行の度合いは開腹しないとわかりません」と聞かされた時、
「えっ?手遅れ?」「こういう瞬間ってやっぱり突然やってくるんだ」
そんな思いが頭をよぎった経験は、私に一つの確信をくれました。
それは、「いつ人生が終わってもいいように、今この瞬間を後悔なく生きなくては!」ということです。
知ってはいたんです。たぶんみなさんもそう。
ドラマだったり、知り合いの突然の訃報とか。
その度に毎日を大切にしなくては…と。
でも、それが実際自分に降りかかった時、これまでとは違う衝撃というか、驚きというか、何とも説明し難い感情でした。
壁の傷より、心の彩りを
病気を経て、私の暮らし方は変わりました。
以前なら「壁に傷をつけたくないから」と我慢していた額を、今は思い切ってブスブスと穴を開けて飾っています。
「まだ使えるから」と何年も迷っていたカーテンも、今の私をご機嫌にするために新調しました。
ずっと興味があった着物でお出かけ、そしてリサイクル着物のお店を始めたこと。
初めてペットを迎えて、子どもたちが小さかった頃と重ねたりしながら、その可愛さに目尻を下げる毎日。
それらはすべて、「明日があるとは限らない」という覚悟から生まれた、私なりのささやかな「丁寧な暮らし」です。


いま、不安の中にいるあなたへ
今思えば恥ずかしい、痛みが続き「このままこの痛さが続くなら死にたい~!」なんて叫んだこともありました。コロナ禍で家族とも会えない、ネットを見れば最悪の情報ばかりが目に入り不安に襲われる。
でも、入院中は同じ病室で笑い合った仲間たち、優しい先生や看護師さんたち、そしてコロナ禍で外出もままならなかった中での抗がん剤治療中は、自分なりに見つけた小さな楽しみや目標のおかげで、私にも乗り越えられました。
もし私のこの5年間の歩みが、これから手術や治療に向き合う誰かの「小さな安心」になれるのなら。
そう願って、これからも日々の小さな断片を綴っていこうと思います。