[エッセイ]無限に膨張する大名古屋ビルヂングの地下
好きな乗り物をあげろと言われたら、新幹線は3本の指に入る。
1位が自分の車であるのは揺るがないので、旅客機と熾烈な2位争いを演じている。
仕事の都合上、年に1〜2回大阪に行くのだが、新幹線が快適すぎて、乗る度に幸福な気持ちになる。
空調は適温、揺れは少なく、車内はまあまあ静かで、ヘッドフォンをしているので雑音はほぼ気にならない。
お菓子とペットボトルのお茶を持ち込めば、カフェで過ごすのと大差ない心持ちになるし、自己責任ではあるが居眠りも自由。
幸いなことに、勤め先は情報管理が厳しい会社なので、新幹線でパソコン仕事をするのは禁止である。
となれば出来ることなど何もない、会社が仕事をするなと言うのだから仕方ない。
東京駅から新大阪駅まで、事実上の自由時間。
さて車内では何を食べようか、匂いが強かったり音が出る食べ物はNGなのでやっぱりスコーンか、読んでない本は何があったか、Switchはどうしようか、と行く前からルンルンである。
東京からざっくり1時間半で名古屋に到着する。
自分が降りたことのない駅だ。
京都、新大阪、岡山に広島と、「のぞみ」の停車駅には大抵乗り降りしたことがあるが、名古屋は未だに未踏の地。
是非一度行ってみたいと思っているのだが、残念ながらまだその機会に恵まれない。
当たり前だが、自分が降りるかどうかに関係なく、名古屋でも人が降りる。
自分はいつも「この人たちは名古屋で降りてどこに行くんだろう」が気になって仕方ない。
自分は「知らない場所」が気になる。
通勤経路にある降りたことのない駅、同じ市内でも行ったことが無い町、近所の入ったことがない路地。
そこには、昭和レトロな巨大団地があるかもしれない。
立派な佇まいのお稲荷さんがあるかもしれない。
誰が来るんだろう、みたいな立地のトンカツ屋があるかもしれない。
そこでも誰かが何らかの生活をしていると思うと、世界の裏側を眺めているような心持ちがして、静かに興奮する。
ただ、その場所には一切用事がないから、おそらく今後も行くことは無い。
行かないくせに、それら未踏の地がどうなっているのかは知りたい。
Googleストリートビューで見たら一発で分かるのだが、なんというか、答えが欲しいのではなく、そうした町を解釈して回りたい。
実際に体験した方がよく見えるし、よく「膨らむ」。
そんな風なので、名古屋の街も気になるし、名古屋で降りたビジネススーツの人たちがどこに行くのかも気になる。
東京だの横浜だのから、わざわざ新幹線に乗って行くのだから、それだけの価値がある仕事に違いない。
降りる人が小脇にケチャップを抱えていたら、その行き先は間違いなくカゴメだろう。
隣を通ったときにバンテリンの香りがしたらコーワだろうし、パンをくわえて「遅刻遅刻〜!」とか言ってたら敷島製パンに行くだろう。
それなら「なるほど、大口取引に違いない」と分かるのだが、どの方もカバンかキャリーバッグしか持ってないので、その行き先は永久に分からない。
どこに行くのか聞いてみればいいのだが、世の中には、そして自分にとっては、分からない方が楽しいことがある。
「ミリしら」状態は唯一無二の体験をもたらしてくれると思うのだ。
名古屋ミリしらの自分は、名古屋で降りる人は9割トヨタの人だよ、と言われたら信じざるを得ないし、実はみんなエクストリーム出社で鉄板ナポリタンを食べたら午後の便で東京に帰って遅番勤務だよ、と言われても否定できない。
一番ありそうだと思っているのは、実は名古屋駅で降りた人はハンター候補で、大名古屋ビルヂングの地下にはハンター試験会場がある、というもの。
この説を自分は信じている。
そうやって見ると、スーツの人たちが、レオリオみたいな自信に満ちた表情をしているような気がする。
名古屋の街並みはどうなっているのだろう。
あの大名古屋ビルヂングの向こうには、キラキラしたオフィス街があるのか、それとも意外に下町風情や大正モダンな建物が残っているのか。
ゴジラ-1.0に出てきた昔の銀座みたいな昭和レトロな街並みや、プリンセス・プリンシパルに出てきたスチームパンクな都市が広がっていたら、興奮と衝撃のあまり電車から吹き飛ばされるだろう。
ご近所の未踏の地はさておくとしても、名古屋は一度その光景を確かめてみたいと思う。
そこに広がっているのが当たり前のビル街だったとしても、自分の経験上、必ず一つくらいは、想定外の気になる何かに行き当たる。
どこかに到着すると、その隣町や、路地の向こうや、歩かなかった道に、今まで見たことのない光景が生まれていくのだ。
宇宙が膨張しているのと同じように、自分の中の未踏の地も際限なく拡大していく。
だから、今回の行き先であり、何度も来ている大阪の淀屋橋近辺の街並みも拡大し続けている。
御堂筋線の淀屋橋駅で降りると土佐堀川を走る旅客船が見えるが、あの船は淀屋橋の下あたりで暗渠に入り、大阪の地下三千メートルにある、古代文明「ナミハヤ」遺跡の水路を進んでいく、という説を自分は信じている。
「ナミハヤ」の地下水路は、大名古屋ビルヂングの地下にまで繋がっていて、名古屋の地下空間には「ナミハヤ」よりさらに深い場所に、超古代文明「ヲワリ」の遺跡が埋没している。
名古屋駅を降りて、大名古屋ビルヂングのエレベーターに乗ると、たどり着くのはハンター試験の会場か、それとも広大なヲワリ文明の廃墟か。
今自分の中では、大名古屋ビルヂングのエレベーターは地下128階まである。
次に名古屋駅に停車したときには、256階になっている気がする。
未踏の地は今も、宇宙の膨張と同じ速度で拡大し続けているのだ。
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