[エッセイ]収斂進化とペンギン
世界のルールは、あまりにも美しく出来ている。
というのは「チ。」を読んでいて一番最初に感動したシーンなのだが、世界には星の運行以外にも、まだまだ美しいルールがある。
例えば適者生存は、環境に適したものが生き残り、そうでなければ淘汰されるという、この世界における絶対的なルール。
要するに、生き残り栄えるためには、この世界に適応して合理化せよ、という話なのだが、適応をしていく内に、遺伝的に別の系統樹から発生し、生息する土地も異なる生き物が、同じような姿形になっていることがある。
収斂進化と呼ばれる、適者生存のルールに対する、生物側の回答だ。
例えばイルカとサメ。
片や哺乳類で片や魚類なのに、そのフォルムはおおよそ同じ。
海の中で生活し、隙あらば自らの生存領域を広げようと切磋琢磨する中で、最も合理的な形状を求めた結果、別種の動物が同一の最適解に行き着いてしまった。
そこには天体の運行と同等の、ロジカルな美しさがある。
収斂進化で最も好きなのは、アルマジロとセンザンコウだ。
アルマジロは中南米に住む被甲目というナマケモノなんかに近いグループで、センザンコウはアフリカやアジアに住む鱗甲目という、他の哺乳類からは離れたグループ。
別の系統樹に属しながら、どちらも「俺たちはアリとかの昆虫食中心で行こう」「機動力は捨てて、身を守って食べられないようにしよう」「毒や針のカウンター戦術はイケてない、今後のトレンドは防御全振りだ」という意見が、海の向こうで一致を見た格好だ。
結果、この世界に、硬い鎧をまとって丸まって身を守る「別の生き物」が誕生するに至った。
収斂進化するものは動物に限らない。
乗り物や日用品のような、人間が作り出すものも同じ傾向で進化していく。
旅客機、特にジャンボジェットの類は航空各社でどれも同じ形をしている。
長大な後退翼にエンジンが付いていて、垂直尾翼1つに水平尾翼が2枚という設計、胴体と各翼の配置バランスもほとんど同じ。
これは「大量の人間を、なるべく経済的に、空を飛んで運ぶ」という目的に即した最適解が、あの形だったからだ。
ハヤブサとタカがよく似ているのも、ユーフォルビアが見た目ほぼサボテンなのも、どのメーカーのスマホもスリープさせると黒い板になるのも。
適者生存のルールの中で競争し、繁栄するために自らを最適化していく中で、同じ方向性を指向したものたちは同じ姿に収斂していく。
自分はこの、収斂進化なる現象が好きでたまらない。
時に、なぜその方向に収斂してしまったのか、という生物が発生するのも含めて。
自分がペンギンを好きになったのは「バケツでごはん」というマンガからだが、今ではペンギンという種に敬意を抱いている。
ペンギンは、鳥なのに、飛ぶことを捨てた。
海中での捕食者として、適応するために。
対抗者のいないブルーオーシャンを求めてニッチ戦略を採った生物はいる。
他の動物が追随できない急峻な崖を生活の場に選んだアイベックスや、毒性が強すぎて他の生き物が食べないユーカリを主食にしたコアラなどがそうだが、ペンギンはそうではない。
ペンギンの先祖が海中を主戦場と定めた時には、海には一通りの生態系が出来上がっていただろう。
もちろん、イルカなどの競合やサメなどの捕食者の先祖たちがいたはずだ。
彼らペンギンはそうした、対抗者ひしめくレッドオーシャンに、自ら飛び込んでいったのだ。
しかも「空を飛べる」という、鳥類のストロングポイントを捨てる、不退転の決意をもって。
氷河期という限界状況がそうさせたのか、確たる勝ち筋が見えていたのか、他の捕食者勢が怖すぎて海中に逃げてるうちに「俺らここでもイケるんじゃ?」と思ったか、理由は定かでないが、それでも彼らはキッパリと飛行能力を捨てた。
そして彼らは見事に海中に適応し、大量絶滅の時代も、氷河期をも、立派に乗り越えてみせた。
生物は適者生存の理に従って、現在の環境に最適化する。
さもなくば、淘汰され、絶滅する。
その世界のルールに応えるために、鳥類の絶対的優位性を捨てた、水鳥種代表、ペンギン。
生き残るための強固な意志と、果てなき努力、そしてロジカルで美しい生き様を、今に至るまで体現している。
だから自分は、ペンギンが好きなのだ。
そしてこのペンギンこそ、我々人類が見習うべき収斂進化の有り様なのだ。
彼らが泳ぐ姿をよく見てほしい。
流線型のフォルム、たくましい翼に、撥水性の油でコーティングされた羽毛、体を縦にくねらせる泳法。
おおむね、イルカだ。
哺乳類も魚類も鳥類も、収斂進化した結果は、イルカの姿なのだ。
つまりイルカ型のフォルムこそが、海中の捕食者としての最適解だということだ。
地球の温暖化はとどまることを知らず、地球環境は悪化の一途をたどっている、と言っても過言ではない。
このまま温暖化が進めば、そう遠くない未来には、南極や北極の氷土氷山が溶け尽くし、海面上昇と浸食によって世界はことごとく水没して、我々人類とて海中生活を余儀なくされる。
マグロやクジラと餌の取り合いをしているうちはまだいいだろう。
しかし忘れてはいけない。
世界が水没すれば住処を失うのは人間だけではないということ、そして、適者生存はこの世界における絶対的なルールだということを。
陸地に住むあらゆる生物が海中に放り込まれたのなら、適者生存のルールに従って、すべての生物がイルカ型の形状に収斂進化していくことに、何の疑いがあろうか。
我ら万物の霊長なりやと慢心し、地球温暖化を放置したツケは、その時に重くのしかかる。
我々人類は、海中という新天地で、サメやペンギンといった先達に加えて、イルカ型に収斂進化したジャイアントパンダやオオスズメバチやコモドオオトカゲと覇を競わなければならないのだ。
我々も来たる未来に備えて、他に先駆けてイルカのフォルムを獲得する、その準備をすべき時がやってきたのかもしれない。
しかし、さすがに人間とイルカではそのフォルムが違いすぎる。
人間がかの姿になるには、まだ何世代も進化の系統樹を更新する必要があるだろう。
であれば、まず目指すべき姿は何か。
そう、ペンギンである。
空を飛ばず、海中に適し、二足歩行っぽい姿で陸上生活もこなせる。
そして、かの先達に倣えば、その先には海中の最適解が見えている。
だから自分がペンギン舎からじっと動かない時は、人類の存亡をかけて、ペンギンに進化するべく、その生き様や一挙手一投足を観察しているのだ。
はるか未来の子孫に、我々が向かうべき進化の方向性を指し示すために。
決して「ペンギン可愛い、スイスイ泳ぐの可愛い、よちよち歩くの可愛い、んぐんぐって餌飲み込むの可愛い、なでなでしたい、ぬいぐるみ買って帰りたい」とか考えているわけではないのだ。
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