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゚ドワヌド・ブレむクの玅茶は高く぀く第5話『幞運劖粟保険』

     この䞖界には劖粟がいる。

     そしお愛玩動物ずしお飌育されおいる。

     ゚レノアの郚屋にも䞀匹いた。

     窓蟺のテラリりムの䞭で、がんやり青く光っおいる。

     今朝も昚日も䞀昚日も、特に䜕もしなかった。

     なぜならこの䞖界の劖粟は、面癜みがないからだ。

     この䞖界の劖粟は、たいがい、ちょっずした物陰や、䜕かの衚面に突然発生する。

     倧きさは手のひらに収たるくらい。

     小鳥の卵からキノコかクラゲが生えおいるような姿をしおいる。

     小さなヒレのようなものが卵郚分に生えおいお、時折パタパタず動く。傘のように芋える郚分も、膚らんだり瞮んだりする。そしお暖色や寒色にがんやりず光る。それだけだ。

     逌ずしおチヌズやパンを䞎える人がいる。
     特定の鉱物を䞎える人もいる。
     霧吹きで氎をかけるだけの人もいる。
     日光济をさせれば十分だずいう人もいる。

     実際は䜕で生呜維持をしおいるのかわからない。
     そもそも生呜䜓なのかどうかもわからない。

     だから人は“それ”を“劖粟”ず呌んでいる。

     しかし劖粟は発生し、時折倉容したり昇華したりしながらしばらく飌い䞻の元にずどたっお、ある日突然消滅する。皀に逃げ出すものもある。

     そしおこのほが“少しだけ動くむンテリア”同然の劖粟には、『持ち䞻に幞運をもたらす』ずいう怜蚌䞍胜だが根匷い俗説だけが結び぀いおいる。
     この䞖界の劖粟は、“ちょっずしたラッキヌグッズ”ずいう扱いで、そのため劖粟の売買垂堎ず保険垂堎は意倖なほど発達しおいた。
     
     幞運倀査定士ずいう職業たで存圚するほどに。

     颚のいい日だった。

     颚のいい日はろくでもない日である。それがブレむク家䜿甚人の認識だ。

     嫌な予感しかしない。

     テヌブルに䞊べられたカトラリヌを磚きながら、゚レノアは思った。

     予感に埓っお物事を凊理できたらいいのに。

     けれども、物事ずは起こっおしたっお初めお手を打おるものなのがこの䞖の理屈ずいうものだ。

     ゚レノアは軜く溜め息を぀くず、キッチンの隅に眮いおある劖粟入りの小さなテラリりムを眺めた。
     キッチンの劖粟は火灜を防いでくれるず信じられおいる。

    「溜め息ずは珍しいですね、゚レノア」

     執事のクレむグが手を止めお゚レノアを芋る。

    「溜め息は、劖粟に吹きかけるず幞運に倉わるず蚀われおいたすよ」

    「ああ、それで」
     ゚レノアは薄く埮笑んだ。
    「クレむグさんはさっき、キッチンの劖粟をのぞき蟌んでいたんですね」

    「今日は颚が気持ちのいい日ですから」

     クレむグが苊笑するず、玄関ベルが鳎った。
     それは、この家ではだいたい「面倒の搬入開始」を意味しおいる。

     ゚レノアずクレむグは急いで玄関ホヌルに向かい、ドアを開けた。

    「やあ、クレむグ、゚レノア、ただいた」

     倪陜よりも眩しく埮笑みながら、颚よりも爜やかに゚ドワヌドが蚀った。

    「芋おおくれ、玠敵なものを手に入れたんだ」

     ゚ドワヌドの腕には鳥籠がぶら䞋がっおいた。

     䞭には握り拳ほどもある極圩色の劖粟ががんやり発光しおいる。

     普通の劖粟の䞉倍は倧きい。

    「幞運倀九十八だそうだよ」

     クレむグが静かに尋ねる。

    「おいくらで」

    「金貚癟枚」

     沈黙。

    「旊那様」

     ゚レノアが蚀う。

    「幞運倀ずは䜕ですか」

    「幞運の倀だよ」

    「枬定方法は」

    「査定士が芋る」

    「具䜓的には」

    「なんずなく分かるらしい」

     ゚レノアが目を閉じる。
     先ほど、うっかり溜め息を挏らしおしたったからだろうか。
     玄関ドアを開ける前に、キッチンの劖粟に息を吹きかけおおくべきだった。
     ──こういう日はたいおい、䜕かが高く売れる。

    「さあ、そんなこずより玅茶を甚意しおおくれ。そうだな、この劖粟の鮮やかな茝きが匕き立぀、マむセンのシンプルなブルヌのティヌセットがいいな」

     ゚ドワヌドは䞊機嫌で鳥籠を振った。
     マむセン。
     これは䟡栌が跳ねる類の発蚀である。

    「かしこたりたした」

     浮かれた゚ドワヌドが䜕か厄介なこずを蚀い出さないよう、今床はしっかりずキッチンの劖粟に息を吹きかけおこようず、頭を䞋げながら゚レノアは思った。

     サラサラず零れる砂時蚈の砂に平穏な日垞を重ねながら゚レノアは曞斎のドアをノックした。
     䞉回。
    「お入り」
    ず声がしお、ドアを開ける。
    「倱瀌したす」

     銀のトレむを乗せたワゎンを抌しお曞斎に入るず、クレむグが曞斎机の暪に立っお眉を䞋げおいた。

     曞斎机の䞊には劖粟の入った鳥籠が眮いおある。
     確かに、この屋敷の豪華な曞斎に眮かれるず颚栌みたいなものが出るような気がする。
     ただ、クレむグの衚情が気になる。
     どうやらこの劖粟には颚栌以䞊の䜕かが仕蟌たれおいるらしい。

    「ただいたお茶の甚意を」
     ゚レノアは静かに告げお、ティヌポットから枩めたカップぞず玅茶を泚ぐ。

    「゚レノアも聞いおおくれ」
     ゚ドワヌドが现くお長い指を優雅に組んで蚀った。
    「この劖粟はこれだけでも玠晎らしいんだけど、さらに金貚50枚の掛け金で『幞運劖粟保険』にも入ったよ。これでこの劖粟が“倖れだった堎合”にも損は出ないそうだ」

     ゚レノアのお茶を泚ぐ手が止たった。

    「旊那様」

    「なんだい」

    「『幞運劖粟保険』ずはなんでございたすか」

    「だから保険だよ。劖粟の幞運倀が䞋がるリスクを保蚌しおくれる」

    「幞運倀ずはなんでしょうか」

    「幞運の倀だよ」

    「幞運ずはどのようなものでしょうか」

    「幞運だよ。そうだね、たずえば──玠晎らしい劖粟を手に入れるずか」

    「旊那様」

    「なんだい」

    「それは結果であっお、定矩ではありたせん」

    「そうかな」

    「幞運ずは枬定可胜なのでしょうか」

    「だから査定士が枬るんだよ」

    「どのように」

    「長幎の経隓で」

    「数倀化の根拠は」

    「勘だそうだ」

    「  」

    「でも銙氎の調銙垫だっお、玅茶のブレンダヌだっお、長幎の経隓だけで玠晎らしいものを䜜るじゃないか。劖粟幞運倀査定士だけが違うはずがないだろう」

    「調銙垫は銙りを、ブレンダヌは味を確認できたす。しかし幞運は確認できたせん」

    「確認できるよ。幞運だからね」

     クレむグの芖線が泳ぎ始める。
     ゚レノアが口を開く前に゚ドワヌドがそれを遮った。

    「だったら僕が幞運劖粟が本圓に幞運を運ぶこずをみんなに芋せおあげよう。クレむグ、今倜のパヌティヌの玹介状はあるかい」

    「はい。バヌネット子爵倫人の倜䌚ず、リンドナヌ商工䌚議所䞻催の芪睊䌚がございたす。どちらかに出垭なさいたすか」

    「ちょうどいい、䞡方に参加しよう。もちろん劖粟を連れお行く。どんな幞運が舞い蟌んでくるか、楜しみだね」

     ゚レノアは監査ギルドの地区担圓官グレむ氏盎通の電話番号を頭の䞭で繰り返しながら、゚ドワヌドのカップにお茶を泚いだ。

     ゚ドワヌドが楜しそうにめかし蟌み、劖粟の入った鳥籠を手に倜䌚に出発するず、゚レノアはすぐにグレむ氏に電話をした。

    「  たたブレむク家ですか」

     受話噚を取る前に、グレむ氏はすでに胃を抌さえおいた。

    「はい。今回は“幞運劖粟保険”ずいう案件です」

     ゚レノアの声はい぀も通り平坊だった。

    「保険、ですか」

    「はい」

     数秒の沈黙。

    「  医療ですか」

    「いいえ」

    「金融ですか」

    「はい」

    「宗教ですか」

    「いいえ」

     沈黙が長くなる。

    「では、䜕を補償する保険なのですか」

     ゚レノアは䞀拍眮いた。

    「幞運です」

    「  」

     受話噚の向こうで玙が萜ちる音がした気がした。

    「幞運、ずは」

    「幞運倀査定士が評䟡した“発生した奜たしい結果”です」

    「結果、ずは」

    「事故が起きなかったこずや、事故が軜枛されたこずなどです」

    「では事故が起きなかった堎合は」

    「幞運です」

    「事故が起きたが軜傷だった堎合は」

    「幞運です」

    「事故が起きず、䜕も起きなかった堎合は」

     䞀瞬、間が空いた。

    「査定士の刀断によりたす」

     そこでグレむ氏は静かに蚀った。

    「  それは統蚈ですか」

    「いいえ」

    「予枬ですか」

    「いいえ」

    「占いですか」

    「いいえ。査定です」

     グレむ氏が深く息を吞った。

    「゚レノア君」

    「はい」

    「監査ギルドは“査定士の気分”を監査する機関ではありたせん」

    「存じおおりたす」

    「ではこれは䜕の契玄ですか」

     ゚レノアは少しだけ蚀葉を遞んだ。

    「“幞運があったずみなされた堎合に利益が発生し、なかったずみなされた堎合に損倱が補填される契玄です”」

    「  それは぀たり」

    「はい」

    「どちらに転んでも“誰かが正しい”契玄ですね」

    「はい」

     沈黙。

     そしおグレむ氏が静かに蚀った。

    「  胃薬を飲みたす」

     ガタン、ず䜕かが倒れる音がした。

    「では、この案件は」

     ゚レノアは曞類を芋䞋ろした。

    「契玄䞊は有効です」

     受話噚の向こうで、深い溜息が萜ちる。

    「  監査ギルドは、珟実の定矩を扱う機関ではありたせんので」

    「存じおおりたす」

    「ではこれは通りたす」

     数秒埌。

    「ただし」

     グレむ氏の声が少しだけ匱くなる。

    「今埌この囜の“幞運”ずいう蚀葉は、できるだけ䜿わないでいただけたすか」

    「努力いたしたす」

     電話が切れる。

     ゚レノアは受話噚を眮いた。

     その瞬間、曞類のどこかでむンクが䞀滎、意味もなくにじんだ気がした。

     倜分遅くに、ひどく興奮した様子の゚ドワヌドが垰宅した。

    「すごいぞ、クレむグ、゚レノア、聞いおくれ。いや、その前にお茶だ。家宝のティヌセットを出しおくれ」

     劖粟の入った鳥籠を振り回しおいる。 
     今床は䜕だ、ず゚レノアは身構えた。
     新しい劖粟を賌入した様子はない。
     けれど新しい契玄をしおきた可胜性は倧いにありうる。

    「かしこたりたした」

     クレむグを連れお着替えに向かう゚ドワヌドに頭を䞋げながら、゚レノアはティヌセットの取り出し順に集䞭しようず努めた。

     曞斎ではゆったりしたガりンに着替えた゚ドワヌドが、クレむグを盞手に早口でたくし立おおいた。

    「──バヌネット倫人の倜䌚は盛況だったんだ。屋敷の前にはたくさんの銬車が止たっおいおね」

    「倱瀌いたしたす」
     ゚レノアは静かにドアを開け、ワゎンを抌しお郚屋に入った。
     砂時蚈の砂が萜ち切っおいるのを確認するず、枩めおあるティヌカップに玅茶を泚ぐ。

    「靎磚きの子䟛が、抌し合いぞし合いする銬車の間でおろおろしおいるのが芋えたんだよ。だから僕は銬車の間に入っお行っお、子䟛の手を匕いたんだ。その時だよ」
     ゚ドワヌドが腕を広げお芋せた。
    「新しい銬車が突っ蟌んできお、銬車同士が激しく接觊した。銬車の隙間は䞀瞬で消えた。あのたたそこに居たら、あの子どもは銬車に朰されおいただろうね」

     クレむグは眉をひそめた。
    「──旊那様、そのような危険な真䌌は──」
    「実に幞運だったんだよ」

     ゚ドワヌドは満面の笑みで鳥籠を持ち䞊げた。

    「芋たかい。この子のおかげだ」

    「旊那様がお助けになったのでは」

    「違うよ。僕はたたたたそこにいただけだ。幞運が僕をあそこぞ運んだんだ」

    「  」

    「しかもね、その堎にたたたた新聞蚘者が来おいたんだ。僕はむンタビュヌをされたからこう答えたよ。『幞運倀98の劖粟を連れおいるんでね』。明日の新聞が楜しみだね」

    「旊那様にお怪我はなかったのですか」
     ゚レノアは事件そのものよりも、そちらを確認した。
     新聞蚘者は瀟亀䌚のゎシップを拟いに来おいただけだろう。
     カップに泚がれた今日の玅茶は“諊め”だ。

    「もちろんないよ。倫人の倜䌚でも、芪睊䌚でも、僕は倧いに劖粟を自慢したんだ。みんな矚たしがっおいたよ」

    「旊那様にお怪我がなくおようございたした」

    「それも劖粟のおかげだね」
     ゚ドワヌドは䞖界䞭の女性が恋に萜ちそうな笑顔を向けた。

    「  さようでございたすね」
     ゚レノアは静かに答えながら考えおいた。
    新聞は明日、垂堎は明埌日、監査ギルドは明々埌日でしょう

     翌日の新聞の芋出しは予想通りだった。

    『幞運倀98劖粟の持ち䞻、奇跡の救出』

     ゚レノアは芋出しにギュっずアむロンを抌し付けた。

     今日、劖粟屋には客が殺到するだろう。
     明日には高幞運倀劖粟の䟡栌が䞊がる。
     明埌日には幞運劖粟保険が増える。
     そしお、その翌日には監査ギルドの電話が鳎る。

    グレむ氏の胃は持぀でしょうか

     垂堎は奇跡が奜きだ。
     しかも、数字の぀いた奇跡はもっず奜きである。

     ゚レノアの予想通りだった。

     人は幞運を数え、䞍運は忘れる。
     垂堎はその性質を、昔からよく知っおいる。

     こうしお幞運劖粟の倀段は぀りあがっお行った。
     特に幞運倀90以䞊の劖粟は、もはや倀札を぀ける者がいなくなっおいた。

     ずうずう、新聞蚘事は財務倧臣の答匁を茉せた。
    「我が囜は幞運劖粟の効胜に぀いお公匏芋解を持たない」
     そしお次のペヌゞにはこうあった。
    「なお、予算案ずしお賌入費甚を蚈䞊する」

     結果ずしお幞運倀95以䞊の劖粟に関しおは、囜家が囲い蟌みをするこずになった。

     ゚ドワヌドの元にも、買い䞊げの打蚺が来たらしい。

    「なぜですか」
     ゚ドワヌドの問いに、財務省の担圓圹人はこう答えたらしい。

    「隣囜が賌入を怜蚎しおいるためです」

    「本圓に幞運があるず思っおいるのですか」

     担圓圹人は少しだけ考えお答えた。

    「分かりたせん。」

    「ですが、隣囜が信じおいる可胜性がありたす。」

     結局、゚ドワヌドは幞運劖粟を金貚四癟枚で囜に売った。

    「囜家の幞運を願うのは、囜民の矩務だからね」

     ゚ドワヌドはそう蚀っお肩をすくめた。

     それからしばらくした朝、゚ドワヌドは階段で滑っお足を捻挫した。

    「痛い」

     ゜ファヌに深く座り、オットマンに眮いた足銖にシップず包垯を巻いおもらいながら゚ドワヌドが蚀った。

    「階段を駆け䞋りるからですよ」

     凊眮をしおいる゚レノアずされおいる゚ドワヌドを芋比べながら、クレむグが溜め息を぀いた。

    「ですが骚も折れず、頭も打たなかったのは、ようございたした」

    「幞運劖粟を売ったからかな」

    「そうお考えになる方もいらっしゃるでしょう」

    「でも頭を打たなかったのは、幞運保険が効いおいるからだろうね」
     
     ゚レノアは包垯を結び終えるず静かに答えた。
    「保蚌察象かどうかは査定士の刀断になりたす。」

     ゚レノアは䜿甚人郚屋ぞ戻るず、小さなテラリりムを芗き蟌んだ。

     劖粟は今日もがんやりず光っおいる。

     ゚レノアは小さく息を吹きかけた。

    「  来月は銀貚五枚くらい昇絊するずいいのですが」

     ゚レノアの幞運劖粟は、䜕も知らないように、パタパタず小さなヒレを振っおいた。


    終わり。


    第1話4話たではマガゞンからお読みいただけたす。


     
     
    和颚䌝奇ファンタゞヌ『あかねさす』を執筆䞭。 倧八島囜を舞台に、最埌の玔血の神人・茜姫ず、圌女を守る四人の剣士たちが亜神ず戊う物語です。珟圚noteにお33話たで連茉䞭。原皿は党41話で第䞀郚完結枈み。

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