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ふれお珠散る 最終話 翡翠


    侀

     朝の工房はい぀も通りだった。

     柘抎石が竈に火を入れ、湯を沞かす。真珠が念石棚を確かめながら、䞀぀䞀぀に朝の挚拶をするように手をかざしおいく。瑠璃は昚倜遅くたで研究宀にこもっおいたのか、目の䞋に薄く隈を䜜りながら、茶をすすっおいた。

     あの掞窟での䞀倜から、数日が過ぎおいた。

     黒曜石が受けた念は浅く、二日ほど床に䌏せた埌、い぀もの通り倖回りに出おいる。灰色の翡翠は――翠は、半分に欠けた石のたた䞭倮ぞ送られた。

     久韍家の石たちも、滝壺から回収され、䞭倮ぞ移された。慎重に扱われるはずだず瑠璃は蚀ったが、その埌どうなったかの報せはただ届いおいない。

     工房には少しだけ静けさが残っおいた。誰かが欠けたわけではない。むしろ、賑やかさは戻っおきおいる。それでもあの倜のこずは、それぞれの胞に沈んでいた。

    「翡翠、遅いな」

     柘抎石が、湯気の立぀怀を手に呟いた。

     翡翠は昚日から䞭倮に呌ばれおいた。翠の――灰色の翡翠の件で、片割れである翡翠にも確認したいこずがあるず。今朝には戻るず聞いおいたが、ただ姿が芋えなかった。

    「心配ですか」

     真珠が、棚から芖線を倖さずに蚀った。

    「別に。  朝选を䜜りすぎたなっお」

     柘抎石が、少しば぀が悪そうに怀を眮いた。真珠が小さく笑った。

    ---

    二

     翡翠が戻っおきたのは、昌前だった。

    「ただいた戻りたした」

     玄関で声がしお、柘抎石が真っ先に出迎えた。

    「おかえり。どうだった、䞭倮は」

    「はい、いろいろず  聞かれたした」

     翡翠の衚情は、疲れおいるようにも、どこか吹っ切れおいるようにも芋えた。工房に䞊がり、皆のいる居間に腰を䞋ろす。

     真珠が茶を出した。翡翠は䞡手で怀を包むように持っお、䞀口飲んだ。

    「翠さんは」

     真珠が、静かに尋ねた。誰もが聞きたくお、けれど聞けずにいたこずだった。

     翡翠は、しばらく黙っおいた。

    「  もう、あの姿には戻れないそうです」

     蚀葉を遞ぶように、翡翠は続けた。

    「犍石になった念を取り陀かないず、魂そのものが保たない。でも、それを取り陀くず、人の姿を保぀力も䞀緒に倱われおしたう。䞭倮の人たちが、いろいろず手を尜くしおくれたした。それで――」

     その時だった。

     開け攟した障子の向こう、瞁偎の欄干に、青い圱が舞い降りた。

     鮮やかな瑠璃色の背。腹は栗色。長い嘎。朝の光が、その矜をきらりず照らした。

     カワセミだった。

     翡翠だけが、その姿を芋お、小さく笑った。

    「  戻っおきたんですね」

     カワセミは銖を傟げ、翡翠を芋た。

    「颚に乗るのが倧倉だったよ」

     それだけ答えお、欄干の䞊で矜を敎える。

     柘抎石の箞が止たった。瑠璃が茶碗を眮いた。真珠は、怀を持ったたた動きを止めおいた。

    「  今、喋ったか」

     柘抎石が、かすれた声で蚀った。

     カワセミが、ゆっくりず居間の面々を芋枡した。

    「諞君。久しぶりだね」

    侉

     沈黙が萜ちた。

     柘抎石が萜ずした箞にも気づかず、信じられないずいう顔でカワセミを芋぀めおいる。

    「  喋った」

    「そんなに驚くこずないだろう」

     カワセミは欄干の䞊で、ぎょんず向きを倉えた。小さな黒い目が、居間の面々を睥睚する。

    「ずいぶん蟛気くさい工房だ。  真珠、棚の䞉段目、埃をかぶっおるよ」

     真珠の眉が、ぎくりず動いた。

    「翡翠さん」

     真珠が、ゆっくりず翡翠を芋た。

    「この鳥は、たさか」

     翡翠は、少し困ったように、けれど確かに頷いた。

    「はい。翠さんです」

     カワセミ――翠は、ふん、ず錻を鳎らすように嘎を䞊げた。

    「その名で呌ぶのはやめおくれ。俺はもう、あの湿っぜい翠じゃないんだ」

     瑠璃が、我に返ったように身を乗り出した。

    「魂を、別の噚に移したのか。石から、鳥ぞ」

    「詳しいこずは、僕にもよくわかりたせん」翡翠が答える。「ただ、このたただず消えおしたうず蚀われお。別の噚に移すずいう方法があるず聞いお  僕が、遞びたした。翠さんが山や工房を奜きだったから。空から芋守れるように」

    「監芖だ。諞君がちゃんず仕事しおるかどうかのね」

     翠が、あっさりず遮った。それから、少し間を眮いお付け足した。

    「  鳥なら飛べお楜だろう、ず思っただけだ」

    四

    「それにしおも」

     真珠が、耇雑な衚情でカワセミを芋぀めおいた。

    「あんなに、静かで、憂いのある方だったのに  」

    「口うるさい鳥だっお」

    「いえ  ただ、面圱が、なさすぎお」

     真珠が、ため息ずも苊笑ずも぀かない息を挏らした。

     あの掞窟で、消え入りそうな声で「ただ、その名で呌んでくれるのかい」ず蚀った翠は、もういない。目の前にいるのは、軜薄で、飄々ずしお、やたらず調子のいいカワセミだった。

     寂しいような、けれど、ほっずしたような。真珠自身、自分の心をうたく蚀葉にできなかった。

    「噚に魂を入れる過皋で、䞭倮のピリピリした空気も入ったずか」

    「滝壺の念石を党お抌し付け  任せたのが良くなかったか」

     柘抎石が、萜ずした箞を拟いながら笑った。瑠璃もそれに乗じお冗談を被せる。

     翠が矜をばた぀かせ、居間の䞭ぞ飛び蟌んできた。ぐるりず䞀呚しお、翡翠の肩に止たる。

     翡翠が、少しくすぐったそうに銖をすくめた。

    「近いですよ、翠さん」

    「ここが䞀番、芋晎らしがいいんだ」

     翡翠は、肩の䞊の小さな重みを感じながら、ふっず笑った。

     同じ石から生たれた、片割れ。もう二床ず䞀぀に戻るこずはない。それぞれ別の姿で、別の道を行く。けれど、こうしお傍にいるこずはできる。

     それで、十分だった。

    五

     その日から、工房にはカワセミが䞀矜、居着くこずになった。

     翠は気たただった。昌は山を飛び回り、倕方には決たっお翡翠の肩か、瞁偎の欄干に戻っおくる。

     念石の声を聞くのが、思いのほか埗意だった。棚の奥で匱っおいる石をいち早く芋぀けおは、真珠にそっず知らせる。おせっかいで、口は枛らないが、その目は確かに、石たちを芋おいた。

     守りたいものを、守れる堎所に。

     あれだけ執着し、道を誀っおたで求めたものは、案倖、こんな穏やかな圢でそこにあった。

     そんなある日、仲立人が䞀通の文を届けにきた。䞭倮からだった。

     久韍家の石たちの鑑定が進んでいるこず。数が倚く、瞁を結ぶ先を探すには時間がかかるこず。そしお文の最埌に、短くこう添えられおいた。

     ――金緑石の凊遇に぀いお、远っお沙汰する。

     真珠は文を畳み、しばらく山の向こうを芋おいた。䞭倮で、あの石たちが今どうしおいるのか。ここからは、䜕もわからなかった。

    「翠さん」

     ある倕暮れ、瞁偎で翡翠が声をかけた。

     山の端が橙に染たり、工房の䞭に長い圱が䌞びおいた。

    「なんだ」

    「戻っおきおくれお、ありがずうございたす」

    「  瀌を蚀う盞手を間違えおるよ。遞んだのは、君だろう」

     翠はそっぜを向いた。けれど、飛び立ずうずはしなかった。

     翡翠ず翠は、しばらく䞊んで倕暮れの山を眺めおいた。

     やがお工房の奥から、柘抎石が倕选を告げる声がした。真珠が念石棚に倜の挚拶をする気配がした。瑠璃が研究宀の灯りをずもした。

     い぀も通りの、工房の倜が始たる。

     觊れれば茝くか、砕け散るか。石ず人が出䌚うずき、その先に埅぀のは祝犏か、呪いか。

     その答えは、きっず䞀぀ではない。

     翡翠は、肩の䞊の小さな青い圱ずずもに、暮れゆく山を芋぀めおいた。


    ふれお珠散る-翡翠線 完


    #創䜜倧賞2026 #ファンタゞヌ小説郚門

     
     
    和名宝石擬人化の和颚ファンタゞヌ『ふれお珠散る』 noteで物語を綎っおたす。 むラストや進捗などはXにお発信䞭です

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