
文鳥で気づく文章の話
昨日、鳩との出会いを描いたので、今回は文鳥との出会いというか、現存する個人的最古の絵と文章です🎵

「わたしの文しゅう」というタイトルで小学校2年生の時に書いた作文がまとめられています。冒頭1作目が「サクラブンチョウ」という作品?です。

表紙の絵については「左側のセキセイインコの脚の指の数が間違ってるな」とか「でも全体的にバランスは悪くないと思う」とか、冷静に見られるのですが、文章はひどい。
「このコ(小2の自分)はナニを言いたいんだろう?」とか「これを解読して添削して褒める箇所を見つけないといけない先生は大変だな…」という感想しか湧いてこない(笑)。
唯一褒めたいのは、右上のナンバリングの装飾。
文鳥の顔にナンバーを振るというアイデアは、もう少しブラッシュアップすれば現職でも使えるかもしれない。
「サクラブンチョウ」と題された文章は、要約すると「文鳥はかわいい。文鳥はすばしっこくて、いたずらっこだ」という話なのだけど、句読点が無いのを先生が随時補助してくださって、ようやく理解できるという感じ。
思いつくままそのまま書いているから訳わからんのか…と、今でも通用する気付きがあったり。
でもこの文集を眺めていると、頭や心にはふわふわと当時の情景や感情が浮かんできます。
家から少し離れたところにあった木造の小さな小鳥屋さん。薄暗くてたくさんの小鳥がいて、親に連れて行ってもらうのがものすごく楽しみだった。手にした文鳥のぬくもりと、なんでこんなかわいい生き物が手の中にいるんだろうという驚きと喜び。
そして、この文集の文章にはそういったことがほとんど書かれていないのが逆にすごい(笑)。文鳥が逃げそうになったとか、店員さんが「こっちがオス」と言ったとか、シンプルな事実の羅列が続きます。
なるほど、これが日記(記録)とエッセイの違いか…と、さらに今でも通用する気付き発見です。すごい。
この文集はnoteを書きはじめた今、自分にだけわかる教本だなぁなんて、ちょっとエモい?(笑)

幼稚園児の頃は虫も好きで、将来は「虫のお医者さん」になりたいとか言ってました。母に「そんな職業はない」と一蹴されたのが記憶に残っています(笑)。
↑そんな虫好きの名残りなのか、モンシロチョウの成虫と幼虫と卵が描かれているのが面白いです。普通、綺麗な蝶を描いても芋虫と卵、食痕は描かない気がします。
ちなみに「虫のお医者さん」を否定された後の夢は無難に?「絵描き(画家)」になりまして、割と今につながっています。
最後に「い組」について
クラス名が「いろは」だったんですよね。寺子屋か!と突っ込みたいのですが、どうやら今も続いているらしい…?
私の母校は統廃合でもう無いのですが、「いろは組」の件について検索してみたところnoteの記事が引っかかりました。東京から京都に引っ越してきた方が書かれた記事で、お子さんの通う学校のクラス名が「いろは」という事実に驚いたというような内容でした。
まだ「いろは」なのか…という驚きと懐かしさが入り混じりました(笑)。
「文鳥との出会い」について書こうと思ったのに、文集が強烈すぎて内容が変わりました。
「サクラブンチョウ」の他にも詩や読書感想文など、なかなかひどい、もとい興味深い作品が並んでいます。これ、1つずつ突っ込んでいったらZINEが1冊完成するな…と過去の私にネタを提供してもらったというか、謎のやる気をもらいました。…ありがたい(笑)。

そういった事実は書いてくれていない文集…