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毛量ボンバー半世紀

     わたしはずっと自分を抑えつけてきました。
     具体的に言うと、自分の多すぎる髪を。
     髪が多くて悩むなんてどういう喧嘩の売り方なんだ、と激怒されるかたもいらっしゃるかもしれません。でもごめんなさい。わたしはずっと自分の髪の多さを持て余してきました。まずはじめにわたしの基本情報をお伝えしたいと思います。来年50歳になる女です。そしてわたしの髪の情報です。多い、太い、硬い。これが女性として生きていくうえでいかに大変なことか、似た境遇の女性は理解してくださるのではないでしょうか。
     髪の多さに悩み始めたのは中学生の頃です。思い切って初めてのショートカットにしたわたしは、自分で自分の髪の多さに驚きました。町の床屋でおそらく漉きバサミをほとんど使用することなく切ってもらった髪型は、こけしの頭部分がカマボコの断面図のようでした。おしゃれに疎い田舎っぺのわたしも「流石にこれはおかしいんじゃないか?」と疑う有様でした。こんな髪型の人を往来で見たことがない。テレビのなかにもいないし。ただ、幸いにも中学校はヘルメット着用の自転車通学でした。そのため、朝の通学の20分間をヘルメットをかぶることによってただならぬ毛量をおさえこむことに成功しました。
     それからしばらく、髪型をショートカットにするのはあきらめました。長い髪を束ねておけば、顔周りだけはすっきりします。でもここでちょっとした問題がありました。ポニーテールにすると硬い髪の束がピンと後ろに出っ張り、重力といい勝負でした。女学生らしくおさげにすれば、立派なしめ縄のようなものをふたつぶらさげたようになり、いずれも可愛いとは程遠いものでした。ファッション雑誌で見るような可愛らしいヘアアレンジなんてできなくて当然。「ちょっと結ぶだけでゆるふわ可愛い無造作おだんご」なんて夢のまた夢でした。
     高校を卒業したときにかけた「くせ毛風パーマ」は、ものの見事にグルングルンとしたスプリング状になりました。小さな台風のようになった髪を見て美容師は「思ったよりかかりやすい髪質なんだね!」と驚きました。これは失敗ではないのか? それとも自分の髪質のせいなのか? と小娘だったわたしは何もわからず、そのまま帰宅して数カ月はずっと髪をきつく縛って過ごしました。
     その後、成人したわたしは新たな扉を開きました。縮毛矯正です。はじめてかけたときは本当に感動しました。髪がとにかくまっすぐになり、毛量が多かろうとそのあまりにもまっすぐな様子でなんとなく綺麗に見えます。縮毛矯正を施してもらうのに半年に一回、トータル6時間くらい座っていなければなりませんが、大きな革命だったと言えます。この頃が一番、毛量の多さについて悩むことはありませんでした。
     そして現在、40代になりました。もう縮毛矯正は何十年もかけていません。出産後はとにかく手間がかからない髪型を求めて、ここ最近はショートカットが定番になりました。10代の頃は毛量に敗れたショートカットも、美容界の技術の進歩によって毛量が気にならない感じに切ってもらえるようになりました。ここ数年は白髪の悩みが新たに出てきましたが、毛量に関する髪史はこれで終止符を打つ直前まで来ています。
     しかし、最近、思うのです。
    「毛量が多すぎることは、そんなに悪いことなのか?」と。

     美容室に行けば毎回「髪の量がすごいですね」と言われ、切り終わった髪の毛を「今回こんなに! 切りましたよ!」と見せつけられ、最後にイイ感じに仕上げてもらったものの寝て起きたら元のボンバヘッドになり、キャップをかぶれば頭が大きいんだか髪が収まらないせいかまったく似合わず、多い髪の毛を「うっとうしい」以外思ったことがないけれど。

     この髪の多さを、受け入れて愛する選択肢もあったのではないか?

     人生の後半に差し掛かっているせいでしょうか、そんなことをよく考えるのです。

     思い返してみると、髪に関して一度だけ「多くてよかったかも」と思ったことがあります。
     わたしが大学生の頃、PUFFYがデビューしました。奥田民生がプロデュースする二人組の女性デュオです。PUFFYのファッションは少し小さめのTシャツにビンテージのジーンズとスニーカー、そして髪型が二人ともふわふわヘアーでした。
     PUFFYに憧れたわたしは、PUFFYの亜美ちゃん由美ちゃんみたいな髪型に挑戦したくなりました。高校卒業時に失敗してから禁忌となっていたパーマですが、パーマの種類が「スパイラルパーマ」だという情報を雑誌で入手し、イメージを正確に美容師に伝えることに成功しました。かくして願望通りに仕上がったカーリーヘアは、思い返しても我が人生で一番気に入った髪型になりました。
     長い髪に全体的にスパイラルパーマを施したことでボリュームが出るカーリーヘアーは、もはや「髪が多ければ多いほど良い」というフィーバー状態になりました。レンタルビデオのアルバイト先でお客さんに「姉ちゃん、雷にでも打たれたんか?」と心配されたり、同学年の人に「ライオン丸」とあだ名をつけられたりもしましたが、どれも良い思い出です。あのとき、わたしは髪の悩みなんてひとつも感じていませんでした。あのときほど自分の髪質についてポジティブに受け入れていたことはありません。
     一年くらいその状態が続きました。しかし気が付けばPUFFYの二人もカーリーヘアじゃなくなって、一部の流行が終わっても自分の好みを突き通すほどの強さがわたしにはありませんでした。今また同じ髪型にできるか? それを楽しめるか? と言われたら完全にイエスとは言えません。

     それでも、ああいう風に自分の「生まれつき」をそのまま受け入れて生かすことができる機会があったことをうれしく思います。

     先日、美容室に行きました。ここ数年は同じ美容師さんに切ってもらっています。彼女はわたしの髪をとても上手に切ってくれて、ショートカットにしても爆発しません。最後に「今回も軽くしておきましたよ、ご自分で触ってみてください」と言われて確認した後頭部が、かなりさっぱりと涼しくなっていました。失ったものと手に入れたもの。どちらも抱えながら進んでいく。これもわたしの生きる道なのでしょう。

     
     
    アラフィフ主婦が日頃感じているあれやこれやを言葉にしようと試みています。 音声配信も始めました。 「常温のまま〜アラフィフ主婦のひとりごと〜」を各プラットフォームにて随時配信中です。

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