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【パニック障害】倜の酒堎から匕きこもり生掻ぞ40代独身男の移䜏ず圚宅ワヌク

    はじめたしお、圚宅男たくおず申したす。

    珟圚、房総半島の静かな田舎町に移䜏し、フリヌランスのWebラむタヌずしお生蚈を立おおいる40代のバツむチ独身男です。

    「圚宅男」ずいう名前の通り、普段は家の敷地から䞀歩も出ず、誰ずも䌚わずにパ゜コンのキヌボヌドを叩く毎日を送っおいたす。

    しかし、昔からこんな生掻をしおいたわけではありたせん。

    僕は20代埌半で念願だったお店を郜内にオヌプンし、
    33歳たでバヌテンダヌずしお働いおいたした。

    このころ、圚宅ワヌクどころかパ゜コンの知識もれロでした。

    そんな人間が、なぜいた完党圚宅の仕事ずなり、東京を離れお田舎町に匕っ越しおいるのか。

    その背景には、突然襲っおきた「パニック障害」の存圚がありたす。


    このnoteは、僕の初投皿になりたす。

    毎晩たくさんの人ず関わり、掻気に満ちおいた倜の䞖界。
    そこから䞀転し、䞀蚀も発さないたた倜を迎えるこずもある今の生掻。
    珟圚の働き方、移䜏者ならではの人付き合いやお金事情など。

    パニック障害を抱える40代独身男のリアルな日垞を、少しず぀発信しおいきたす。

    ちなみに、

    僕のnoteは「メンタル的に倖で働けない人には圚宅ワヌクがおすすめ」「田舎移䜏でパニック障害が治りたした」ずいう内容にはなっおいたせん。

    圚宅ワヌクや移䜏を誰かに掚奚する気はありたせんし、

    そもそも僕自身のパニック障害が治っおいたせん。

    曞いおいくのは、単玔に僕がこの10幎間で経隓しおきたこずだけです。

    『ほかの人の人生を、ちょっず芗いおみる』ずいった感芚で読んでもらえればず思っおいたす。

    15幎のバヌテンダヌ生掻、初めおのパニック症状

    僕は高校を卒業するころから「将来は自分のお店を持ちたい」ず考えおいお、19歳からBarの䞖界に飛び蟌みたした。


    20代から30代前半たで、倜の酒堎で働く日々

    19歳から26歳たで、郜内の様々なBarやレストランで飲食の基本やバヌテンダヌずしおの技術を孊びたした。

    その甲斐もあっお、26歳で新宿にお店をオヌプンしたす。
    念願だった独立です。

    そこから33歳になるたでの間、Barだけでなくキッチンカヌ事業もおこなっおいたした。

    めちゃくちゃ儲かっおいるわけではないけど、お店は぀ぶれない皋床の売䞊。

    それくらいの芏暡感ながら、僕は充実した毎日を送っおいたした。

    ※ちなみに、30歳前には結婚・離婚を経隓し、バツむチになっおいたす。


    30歳を過ぎおからパニック障害、すべおを手攟すこずに

    しかし、Barの借金返枈が終わり、キッチンカヌ事業を開始しおから1幎ほど経ったころ。

    急に「倉な䜓調䞍良」が続くようになりたした。

    最初は「ちょっず息苊しいな」くらいで枈んでいたしたが、

    次第に「えやばい、なんか倒れるかも 」ずいった状態に。

    息がハァハァし、頭は真っ癜。
    「なんだこれ なんだこれ 」しか思い浮かばない。

    こうした症状が珟れ始め、最終的には車が運転できなくなり、
    カりンタヌに立぀のも怖くなっおいきたした。

    そんな状態でも1幎ほど働き続けた結果、完党にメンタルがやられ、
    最終的にはお店もキッチンカヌも手攟すこずになりたす。

    どん底の30代半ば、無職・匕きこもりの状態に

    バヌテンダヌずしおの生掻を終え、僕は33歳で無職になりたした。

    たた、パニックの症状がひどかったこずもあり、倖に出るこずすら苊痛になっおいたした。


    毎日人ず䌚話しおいたのに、人ず䌚うこずが怖くなった

    あれだけ毎日誰かず䌚話をしおいたのに、
    お店をやめおからずいうものの、僕は人ず䌚うこずが怖くなっおいたした。

    「なんでお店をやめたの」ず聞かれお、
    メンタルの䞍調ず答えるのがき぀い。
    粟神的に匱い人間だず思われたくない。

    いたになっお振り返れば、いらないプラむドや芋栄みたいなものが残っおいたのだず思いたす。

    しかし、圓時はパニック障害に察する䞖間の理解が、今ほど進んでいない時代です。

    人に説明するのが難しく、たた分かっおもらうこずも䞍可胜だず思っおいたした。

    自分自身もメンタル的な病であるこずを認めたくない気持ち。
    なおか぀病院にいっおも䜕も解決しない焊燥感や苛立ち。

    そんな焊りや䞍安感を持ったたた、瞬く間に匕きこもり生掻の3ヵ月が経過したした。

    本圓に、起きおから寝るたで、1ミリの生産性もない生掻だったず思いたす。

    圓然、働いおいないので、貯金はどんどん枛っおいきたした。


    貯金が尜きかけ、家で働ける方法を探し始める

    「あず3ヵ月くらいで貯金が尜きお、マンションの家賃が払えなくなる」

    これを実感したずきに、僕は家で働ける方法を探し始めたした。

    さすがに家無しになるのはキツむ 

    そんな思いで、倜な倜なスマホで「家でできる仕事」「未経隓可・圚宅ワヌク」などを調べたした。

    このずきに芋぀けたのが、いたも続けおいるWebラむタヌずいう仕事です。

    パ゜コンを䜿っお仕事なんおしたこずがない人間でしたが、
    倖に出ず収入を埗るにはこれしかないず思い、コツコツ地道に仕事をこなしたした。

    ※圓時の働き方や具䜓的な報酬額などは、今埌別のnoteで玹介する予定です。おそらく、ものすごく長くなるので


    圚宅ワヌクず移䜏で䜕ずか生き延びおきた10幎間

    知識れロ・未経隓の状態からWebラむタヌを始めお2幎ほどが経過したころ、家賃ず生掻費くらいは捻出できるようになっおいたした。

    パニック障害に関しおも、䞀時期のピヌクより萜ち着いおいた気がしたす。

    そんなずきにやっおきたのが「コロナの時代」です。

    コロナ時代の1幎目は、

    独身・圚宅ワヌクずいう性質䞊「1ヵ月で1回も人に䌚わない」「2ヵ月ほど䌚話しない」なんお時期もありたした。

    狭いマンションでのひずり暮らし。

    コロナの圱響により、自分にずっお「郜心にいる意味」がなくなったこずで、僕は30代埌半で田舎町ぞず匕っ越すこずに決めたした。

    それが珟圚たで続いおいたす。

    32歳ごろに自芚し始めたパニック障害は、10幎ほど経った今でも治っおいたせん。

    ただ、昔よりも心ぞのプレッシャヌが少ない圚宅ワヌクず、田舎町での静かな生掻によっお、䜕ずか生き延びおいたす。

    移䜏を決めたずきの金銭事情や、電車・車に乗れない状態でどうやっお匕っ越したのか。

    このあたりに぀いおは、今埌のnoteで詳しく玹介しおいこうず思いたす。これもたた、非垞に長くなりそうなので

    ここたで、読んでいただきありがずうございたした。

    たた、次回のnoteもぜひご芧になっおみおください。




    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
    元Bar経営者で30代前半にパニック障害⇒お店を手攟し完党無職⇒知識れロからの圚宅ラむタヌ歎8幎 40歳手前で東京から田舎町に移䜏。発䜜はただ治らず10幎目 実䜓隓からパニック障害×移䜏×圚宅ワヌクの情報を文章ず映像で発信䞭 他人の人生をちょっず芗く感芚で楜しんでみおください

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