
旅エッセイ「三人の竹富島」── 三人で登った塔
前の日、川平湾で若い学生に言われた一言が、まだ胸のどこかに残っていた。
「石垣島、一人すか」
語尾が、少し笑っていた。まわりにいた仲間たちも笑った。悪気というより、若さの勢いのようなものだったのかもしれない。けれど、その一言は、思っていた以上に私に刺さった。
南の島のリゾート地に、男が一人で来ている。
自分でも少し気にしていたことを、見知らぬ若者に、声に出された気がした。
翌朝、私は石垣港の離島ターミナルへ向かった。石垣島へは、一週間ほどの旅程で来ていた。前の日はレンタカーで島を一周し、この日から、フェリーで周りの島々を巡ってみるつもりだった。
窓口で、5日間乗り放題の券を買い、まず向かったのは竹富島だった。石垣港からフェリーで10分ほど。港からも見えるくらい、近い島である。
竹富島では、新田観光の水牛車観光を申し込んでいた。文字通り、水牛が引く車に乗って、島の集落を巡るものだ。半日かかるような大げさなものではなく、一時間ほどで参加できる気軽なツアーだった。
それでも、少し身構えていた。
一人でツアーに申し込む。そういうことを、これまであまりしてこなかった。家族連れや恋人同士の中に、一人だけ放り込まれるのではないか。前の日のこともあって、そんなことを考えながら、フェリーに乗った。
竹富島に着くと、港にはいくつもの観光会社の車が並んでいた。私が申し込んでいた会社の人もすぐに見つかり、車に乗せてもらって、新田観光へ向かった。
車を降りると、よく日に焼けた案内役の男性が迎えてくれた。いかにも、この島で長く働いてきた人、という感じがした。笑顔が、柔らかかった。
そこに、私のほかに二人、参加者がいた。
一人は、東京から来たという、私と同年代の男だった。背が高く、細身で、小さなポーチを斜めがけにしている。言葉遣いは丁寧で、決してでしゃばらない。控えめなのに、どこか、都会できちんと仕事をしている人らしい雰囲気があった。
もう一人は、広島から来たという、私より少し若い男だった。背は高くないが、がっしりとした体つきで、黒いリュックを背負っている。べっ甲柄の眼鏡をかけていて、童顔で人懐っこく、どこか弟のような感じがした。
二人とも会社員で、休暇を使って、石垣島へ一人で来たのだと言う。
その時、私は、少しだけ息が楽になった。
牛車は、一人に一台ずつ用意されていた。私たちはそれぞれ水牛に引かれて、連なるように、集落の中を進んでいった。
赤瓦の屋根の上には、シーサーが乗っていた。家々のまわりには低い石垣が積まれ、道には白い砂が敷かれていた。掃き清められたばかりなのか、砂の上には、箒の跡がきれいに残っていた。道の両側には、紫や赤のブーゲンビリアやハイビスカスが咲いていた。
道は狭かった。牛車の幅と、それほど余裕があるようには見えない。その細い白砂の道を、水牛がゆっくりと、石垣を掠めるように歩いていく。ぶつかるのではないかと何度も思ったが、ぎりぎりのところでかわしていく。おじさんは慌てる様子もなく、水牛を軽々と導いていた。いや、水牛のほうが、どの角をどう曲がれば石垣に当たらないか、覚えているようにも見えた。
「いやあ、途中、何度もぶつかるんじゃないかと思いましたよ」
牛車を降りたあと、東京の彼がそう言った。私もうなずいた。広島の彼も、笑っている。三人とも、同じところで同じようにひやひやしていた。それがわかると、なんだかおかしかった。
ツアーは終わったが、まだ午前のうちだった。
「なごみの塔、行ってみませんか。登ると、島が一望できるらしいですよ」
そう言ったのは、広島の彼だった。どこか弟のように見えたが、こういう時の動きは早かった。
一人旅の男三人で、なごみの塔を目指した。
その塔は、思っていたよりも、ずっと低かった。5メートルほどだろうか。けれど、てっぺんの展望台はひどく狭く、「定員」という言い方が正しいのかわからないが、どう見ても、一人しか立てそうにない。そこへ上がる階段も、階段というより、梯子に近かった。踏み板が浅く、爪先を引っかけるようにして登っていく、その心もとなさといったらなかった。
最初に登ったのは、広島の彼だった。
がっしりとした見た目とは裏腹に、かなりのへっぴり腰で上がっていき、ほとんど景色を見る間もなく、降りてきた。
べっ甲柄の眼鏡の奥で、目をまんまるにしている。そして、一拍おいて。
「怖いっす」
その言い方に、三人で笑ってしまった。景色の感想より先に、怖さが出てくる。
東京の彼が登り、私も、あとに続いた。
5メートルの展望台に、正直、たいして期待はしていなかった。ところが、上に立つと、見え方がまるで違った。竹富島は、平らな島だ。だからこそ、ほんの少し高い場所に立つだけで、赤瓦の屋根と、緑の木々と、その向こうに広がる海が、一度に見えた。
小さな島が、海に浮かんでいる。
そんな当たり前のことが、そこに立って初めて、分かった気がした。
下に降りると、三人で、少しだけ立ち話をした。石垣島は何日目か、何日いるのか、次はどこへ行くのか。深い話をしたわけではない。名前を交換したわけでもなかった。ただ、同じ日に、同じ島へ一人で来て、同じ水牛車に乗り、同じ塔に、少し怯えながら登った。それだけのことだった。
「良い旅を」
そう言って、私たちは別れた。
もし、誰かと連れだっての旅だったら、きっと彼らとは出会わなかっただろう。一人だったから、三人になった。そのことが、不思議だった。
午後、私は自転車を借りて、島をまわった。白砂の道は湿り気を含んでいて、タイヤがうまく地面を噛まない。漕いでも漕いでも、思うように進まない。それでも、朝より、気持ちは軽かった。
島の奥のほう、観光客もあまり来ないようなところまで行くと、庭先に椅子とテーブルを置いただけのような、小さな店があった。さんぴん茶を頼むと、年老いた女主人が、手作りらしいサーターアンダギーを添えて出してくれた。奥から、夫らしい人も顔を出してきた。
二人は、竹富島の昔の話を、ぽつぽつと聞かせてくれた。沖縄がまだアメリカだった頃のことだった。
私は、その頃、何か嫌な思いをしたことはなかったのかと、訊いてみた。
「いや、特にそんなことはなかったよ」
おじいさんは、穏やかに笑って、そう言った。
誰かの家に招かれたような、静かな時間だった。
そのあと、島の西にある、コンドイ浜へ向かった。
海は、透き通っていた。白い砂浜と、遠くまで浅く続く水の色。空には、雲が流れていた。前の日に見た川平湾も美しかったはずなのに、その日のコンドイ浜のほうが、ずっと美しく見えた。
近くにいたカップルに、写真をお願いした。
「いいですよ」
そう言って、二人は、快く応じてくれた。
私は海を背に立った。前の日、川平湾で若いグループに写真を頼んだ時とは、少し違う気持ちだった。一人でいる自分を、もう、そこまで恥ずかしいとは、思っていなかった。
夕方、フェリーで石垣島へ戻り、その夜、島料理の居酒屋に入った。
カウンターで、シークヮーサーサワーと、ラフテー、海ぶどう、島らっきょうを頼んだ。一人で竹富島の一日を思い返していると、隣に座っていた女性に、声をかけられた。私より少し年上に見えるその人も、一人で石垣島へ来ているのだと言う。しかも、何度か、一人旅でこの島を訪れているらしかった。
前の日の川平湾のことと、今日の竹富島のことを話すと、彼女は、わかる、という顔で笑った。
「ここはね、一人で来るのが、いちばん落ち着くの」
その言葉を聞きながら、前の日、川平湾で落ち込んでいた自分が、少しだけ、大げさだったように思えてきた。
一人で旅をしている人は、ちゃんといる。昼に出会ったあの二人も、いま隣にいるこの人も、寂しそうには、見えなかった。
あの日、コンドイ浜で撮ってもらった写真は、いまも手元にある。
写真の中の私は、自然に笑っていた。
あの二人の名前も、その後のことも、私は知らない。それでも、三人で登ったあの低い塔の上から見た海の色と、すぐ下で「怖いっす」と笑った声だけは、今でも、よく覚えている。
