
漫画写楽 エピソード5/10 第2期は全身像の生動感が特徴
写楽第1期大首絵の売れ行きは芳しくなく、第2期で改善を試みましたが、定量的な販売枚数は不明です。第1期(寛政6年5月、28枚の大判黒雲母摺大首絵)は高価で革新的な作品でしたが、役者ファンなど役者側から「艶色を破る」と批判され、売れ行きは悪かったと指摘されています。 第2期(同年7~8月、細判30枚+大判8枚程度)では、形式を次のように大幅変更しました。
大首絵を廃止し、全身像中心に。
細判(安価・小型)を主力に。
黄土色系の背景など視覚的に親しみやすい工夫。
人気役者を増やし、様式美を強調。
蔦屋重三郎の商業的判断(購買層拡大・コストダウン)と見られますが、これがヒットにつながったのかどうか気になりますね。

■ 筋書き・概要
寛政六年(一七九四年)七月・八月、写楽の第二期作品が刊行される。大判雲母摺の二人立ち全身像七枚、楽屋頭取口上の図一枚、そして細絵三十枚: 計三十八枚。落款は「東洲斎写楽画」。
第二期の特徴は、画面に複数の人物を配した「二人立ち全身像」にある。三代目市川八百蔵の不破伴左衛門、一代目市川男女蔵の奴一平と三代目大谷鬼次の江戸兵衛の二枚続き: 二人の役者を向かい合わせ、瞬間の緊張と動勢を画面に定着させた構成力は、単なる似顔絵を超える。田中英道が「生動感」と呼ぶのは、静止した絵の中に時間の流れを感じさせる力のことだ。
田中はここでも北斎の素描習慣に根拠を求める。二人の人物を一枚の画面に配置する際の重心の取り方、衣の流れ、手と手の関係性: これらはすべて、北斎漫画に繰り返し現れる人物配置の論理と対応している。また第二期でも雲母摺の大判が使われており、蔦屋の意気込みは衰えていなかった。
細絵三十枚は、比較的小さな判型に役者の全身を描いたものだ。こちらは演技の型を記録する図版的な性格を持ち、田中はこれを「北斎の絵師としての几帳面な記録眼の表れ」と読む。
■ 豆知識
本稿では、3項目に関し、基礎知識を補強しておきます。
🔴三代目市川八百蔵の不破伴左衛門: 三代目市川八百蔵の不破伴左衛門(ふわばんざえもん)とは、江戸歌舞伎の名優・三代目市川八百蔵(やおぞう)が演じた荒事の役柄で、特に東洲斎写楽の浮世絵で世界的に有名になったものです。三代目市川八百蔵(本名:澤村四郎五郎、1777年頃 - 1804年頃)は、歌舞伎界の名門・市川宗家に連なる俳優で、荒事・実事を得意とし、写楽の活躍期(寛政6年・1794年)に数々の傑作役者絵のモデルとなりました。不破伴左衛門重勝は、歌舞伎十八番の一つ「鞘当(さやあて)」の主人公格。元は江戸の土佐浄瑠璃や『名古屋山三郎』に由来する人物で、名古屋山三(なごやさんざ)と一人の遊女(葛城)を巡って争う二枚目・荒事のライバル役です。
🔴一代目市川男女蔵の奴一平: 一代目市川男女蔵の奴一平(やっこいっぺい)とは、江戸歌舞伎の浮世絵師・東洲斎写楽が描いた代表的な大首絵の一つで、寛政6年(1794年)5月、河原崎座上演の『恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな)』で初代市川男女蔵が演じた奴(やっこ・家来)の役柄を指します。この作品は写楽の傑作として知られ、特に「赤襦袢(あかじゅばん)」や「赤橘枠」と愛称され、三代目大谷鬼次の「奴江戸兵衛」と対になる対の絵として人気です。
🔴写楽第二期細絵三十枚の特徴: 写楽第2期細判三十枚の特徴は、大首絵中心の第1期から全身一人立ちへ転換した点。黄背景の細判で、衣装・ポーズの様式美を重視し、動きと色彩の調和を追求。デフォルメを抑え、商業性と芸術性のバランスを図ったグループです。代表作に三代目市川八百蔵の不破伴左衛門(『傾城三本傘』)。雲に稲妻の黒衣、高下駄の荒事姿で、市川家荒事の豪快さを象徴。写楽の力強い見得が印象的。一代目市川男女蔵の奴一平(『恋女房染分手綱』)は、赤襦袢の忠義の奴。緊張した表情と刀構えで、脇役の心理描写を鮮やかに描き、鬼次の江戸兵衛と対になる傑作。これら30枚は写楽芸術の進化期を象徴し、歌舞伎の全身美を今に伝えます。