
ザ・グレートサイン 〜世界一しょうもない世界征服の軌跡〜 ⑥
最終章 勝手に伝説
或る日、僕はこんな妄想を膨らませた。
旅がしたい。
どうせ行くなら、
誰もした事の無い旅をしよう。
行った足跡で地球に字を書くなんて
面白いかも知れない。
どうせ書くなら、
グレートなサインを書いて
星ごと私物化するくらいが、
馬鹿馬鹿しくて丁度良いよな。
なんちゃって世界征服ってやつだ、
自分のモノには
名前書いとけって習ったしな。
考えるのは簡単だ。
あとは、やるだけ。
僕はこのおよそ不埒な野望を胸に、コツコツお金を貯めると、順調だった仕事も辞めて、そぞろ神に招かれるまま旅を始めた。
そして、この旅を終えた。
この瞬間、有史以来初めて地球はたった一人の青年によって丸ごと私物化されたのだった。
もっともご存じの通り、僕は裸の王様。
この頭上に輝く王冠は「イグ」の分かる人にしか見えないし、何の実効性も無いんだけどね。

◯
夜のドーバー海峡にユーラシアの灯が浮かぶ。
目標を達成した僕はフランスに戻り、予定の飛行機を待ちながら『白い門』で惰性の日々を消化した。
それもそうだ。僕にはもう書くべき文字が一画も残されて無かったからだ。
冷たい小雨が降る日には一歩もゲストハウスから出ず、フランス語版の『アメリ』を観たり、誰かの忘れたギターを奏でて時間を潰した。
『離陸のテーマ』
燃えろよ 太陽 スイソを 燃やせ
照らせよ 太陽 飽きる こともなく
風に 吹かれた 小さな わたげ
宛てなど ないが 悪くも ないね
枯レルコトナイジョウネツガ
ムネノポンプヲ刺激スル…
季節を渡る 鳥の様に
あの空を超えて 行けるかな
気の向くままに さすらって
やがていつかは 根をおろせ
◯
いよいよ帰る時が来た。
5月10日 11時20分 パリ 発
11日 06時50分 台北 着
09時00分 台北 発
13時15分 成田空港 着
このたった四行がその後、僕が辿った日本までの歩みだ。成田からは緊迫感に欠けたJR総武線に揺られた。無関心に満ちた車輌で誰もがすましている。
「まさか、世界征服から凱旋した勇者がこの車輌に居るなんて、誰も夢にも思うまいな」
偉そうに腕を組んだ僕は、少しニヤリとしてから目を閉じた。
こうして、この延べ二百二日の、どうしようもない僕の冒険は幕を閉じたのだった。
◯
さてさて。
旅の最後にとっておきのエピソードを一つ。
それは『白い門』を発つ朝の事。僕は未明に起床した。荷造りも支払いも全て昨日のうちに済ませておいたので、わざわざリーさんを起こしてサヨナラを言うのも憚られた。
そこで僕は画用紙を取り出して悪戯書きをした。それは大きな「筆」に寄りかかった僕の自画像で、脇に、
『字を書く男 ここに筆を置く』
と書いてある。
「……よーし」
僕はその紙をキッチンの壁に勝手に据えた。
絵の中で僕は自慢気な顔をして笑っている。
「ふふふ、絵だけ残して去るんだもん。みんな驚くかなぁ」
そうして誰にも悟られず、僕はまだ暗い『白い門』を抜け出した。
「サヨナラ……」
◯
それから大きく時を移し、世界の覇者は日本で就職した。
当たり前だ。いくら世界の覇者だってしっかり働かないと口に糊が出来ないからだ。
僕が就いたのは旅行の雑誌を作るお仕事で、忙しかったが充実していた。
そんな或る日、インドで知り合ったウラさんから一通のメールが届いた。ウラさんも遂にパリまで辿り着き、どうやら『白い門』で目敏く僕の絵を見付けたらしい。
「む? この『字を書く男』って、ひょっとして……ショーゴ?」
そう思い当たったウラさんは、リーさんにその絵の謂れを尋ねたそうだ。
するとリーさんは、
「ええ、あの人は良い人でしたよ」
と僕について話してくれたそうだ。
その光景は正に伝説の証人と、耳を傾ける旅人の図ではないか!
ウラさんは僕だと確信し、早速、
『まだ絵が飾られているよー』
と先のメールで知らせてくれたのだった。
「ほほう! いよいよ『字を書く男』伝説も板に付いて来たって訳だ!」
と、自己中心的に理解しておく。
地軸でしょうか。
いいえだれでも。み、す……、
ウラさんは更に続けた。
『しかし笑ったよ。「あの人はいい人でしたよ……」だなんて、お通夜じゃないんだからッ! そんな所に居ないで、早くパリに戻ってこーいッ!』
だってさ。
うーん……
フツーに無理!
『ザ・グレートサイン』……完
あとがき
突然だが、僕は四人兄弟の末に生まれた。
考えるほど、事の運びによってはこの世に発生すらしなかった、繰上げ当選の様な命である。
生まれたら生まれたで僕は仮死状態にあり、医師が逆さに吊って尻を叩いた所でやっと産声を上げたとか。
そんな幸運を端に発して呼吸を始めたこの命、先ずは太陽を拝めるだけでも感謝せねばならんだろう。
◯
さて。
そんな僕が世界を征服して一つ言える事は、
「案外何でもない。つまらないから、覇権争いなんて止めておけ」
という事になる。
少し重たい話だが、生を受けたからにはみんな必ず一度は死ぬ。
放っといたっていずれ死ぬんだから、せめてつまらない争いなんか直ちに止めて、誰だって一回きりの人生を謳歌した方が生物として適当ではあるまいか?
夢を追いかけたり、
誰かを愛したり、
友達と遊んだり……。
僕らの人生は、
そういう事で忙しい筈なんだ。
それでもやっぱり今も昔も、僕らは命の重さなんかうっかり忘れ、誰が儲かるのか知らないが地上は争いに満ちている。
いつの世も地上には良い事も悪い事も沢山溢れ、だから地球はマーブル模様なのかも知れない。
僕はこの覇者の椅子からそれを
ただ見るだけで、
わなわな震えて、
目を輝かせながら、
犬のように死ぬのでしょう
◯
そんな事を考えながら、あっという間に時は経ち、二〇二四年で世界征服も20周年を迎えた。
当時と比べて時代もすっかり一変した。
スマホの普及もそうだろう。例えば今のご時世では、「ビクトルくんが毎日メールをチェックしていない」だなんて不思議でならないかも知れない。
そんな或る日、友人からある知らせを受けて驚いた。
彼が言うには、「ナビの軌跡で字を書いて求愛する」なんてニュースが話題になってたらしいのだ。
それは日本一国を股に掛けて文字を書く、純愛の軌跡だった。友人は、
「いよいよ時代がショーゴに追い付いて来たなァ」
と笑ったが、愛の重みに比べれば僕の世界征服なんて屁のような物だろう。
僕としてもその純愛に惜しみない称賛を送りたい所だ。
しかし一方で、いよいよ僕の天下も脅かされる時が来たと悟った。
極めて密やかに僕の星となってから地球はもう二十回以上も太陽の周りを回った。
だがしかし、ローマ、オスマン、モンゴル……あらゆる帝国が盛衰したように、いつか僕よりも大きな字で名前を上書きする勇者が現れるかも知れない。
そうなれば、潔さがモットーの僕だ。
その時はいつでも快く、
覇者の座を譲るつもりだ。
もう、その時の台詞まで決めている。
「第二踏おめでとう」
了