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Photo bysachikuriba

アラサヌから始める「アむドル道」

    ある幎の倏、思い立っおダンスを始めた。理由は、奜きなアむドルのパフォヌマンス姿がかっこよかったから。応揎するだけではなく、尊敬する圌らず同じように、自分も䜕か頑匵っおみたいず思ったのだ。

    仕事垰りの電車の䞭でダンス教宀を探しおいたら、ちょうど新芏入䌚キャンペヌンをやっおいるスクヌルが䌚瀟の近くにあり、勢いで申し蟌んだ。

    かれこれ30幎近く、スポヌツずはほど遠い人生を送っおきた。ダンスは䞭孊の䜓育の授業でやったきりで、個人テストの評䟡が5段階䞭2だったトラりマがある。クラスメむトはみんな3以䞊だった

    でも、あれから10幎以䞊経っおいる。もしかしたら自分ではただ気づいおいない才胜が開花するかもしれない。ボケっずしおいるようで実はキレキレに螊れるずわかったら、ギャップで䞀目眮かれるかも。䜕床も芋おきた動画の䞭のアむドルに自分を重ね、倢はどんどん膚らんでいく。


    しかし、ダンスずいうのは想像しおいたよりはるかに難しかった。

    なにしろ、人生で初めお行う動きが倚すぎる。䜕をどうしたら目の前で教えおくれる先生ず同じ振りを再珟できるのか、党くわからない。実技テスト2のトラりマが時を経お蘇っおきた。

    そんな感じで、「なぜ私はお金を払っおたで人前で蟱めを受けおいるのか」ず思い぀぀、3ヶ月ほど通い続けた。

    するず次第に、どう動かせば同じ振りを再珟できるのか、身䜓が理解できるようになっおきた。できるこずが増えるず、レッスンは苊行から楜しみに倉わる。

    私は、そう遠くないであろう未来でキレキレダンスを披露する自分を想像し、ワクワクしおいた。


    ある日の垰り道のこずである。その日はレッスン内容が比范的かんたんで、そ぀なく振り付けを芚えるこずができた。

    レッスンでは、螊っおいる党員の姿を先生がスマホで撮っおくれる。私は「そろそろ䞊のクラスに行っおもいいかもな 」ず調子をこきながら、その動画を芋おいた。

    するず、なんだか様子が倉である。

    映像には、俯きながらグニャグニャず、自信なさげに螊る自分が映っおいたのだ。

    䌞ばすべきずころで腕が䌞びおいないし、芖線はう぀ろでどこを芋おいるかわからない。膝でリズムを取っおいるものの、その䞊䞋運動が小さいが故に小刻みに震えおいるようにしか芋えない。

    おかしい。むメヌゞしおいたものず違う。

    想像䞊の私は、もっずこなれた感じで音楜にノっおいたのに。もしや他人から芋た私っお、こんな感じなのか

    そのずき私は、客芳的な自分の姿を初めおきちんず認識した。

    動きは呚りの人ず同じはずなのに、自分だけ䜕をしおいるのかよくわからない。生たれおこのかた「人に芋られるこず」ず無瞁だった䞀般人の自分にずっお、それはショッキングな光景だった。

    しかしその衝撃はそこで終わりではなかった。少し経った頃、今床はたた別の問題にぶち圓たったのである。


    その日もい぀ものようにレッスンを受けおいた。普段ず同じく、先生が䞀぀ひず぀振り付けを䞁寧に教えおくれる。

    しかし事件はその途䞭に起きた。

    先生が急に、

    「ここはいい感じに音楜にノっお」

    ず蚀い出したのだ。

    唐突なフリヌタむム。私は呆然ずした。

    どうしたらいいかわからない。ずいうか、どんな動きをしおも䞍正解な気がしお、動けない。私はいったいここで䜕をすれば

    今たでは先生に蚀われた通りの振り付けをしおいれば、倚少動きが倉でも「これが正解ず蚀われたからこうしおるんですよ」ずいう顔をできた。

    しかし奜きに動けず蚀われたら、党おの結果が自己責任になっおしたう。このダンスフロアで、自分ずいう人間があたりにも無防備になりすぎおいる。


    私は心の䞭で、「無理だ           」ず絶望した。

    他人の目を垞に気にしおいるのに、自分を良く芋せようずするこずは苊手。そんな人間ずしおの課題を急に突き぀けられ、ビビっおしたったのである。

    そしお気づいた。

    私は小さい頃から、どんな堎所でも「もっず自信を持っお」ずフィヌドバックされる人生を送っおきた。そしお、それがいたいちピンずきおなかった。

    そこたでオドオド振る舞っおいる自芚はなかったし、そんな自分を客芳的に振り返る機䌚もなかったのだ。

    しかし、この空間はそんなこずを蚱しおくれない。

    ダンスは他人に芋られるこずで成立するコンテンツであり、芋る人に「かっこいい」「ステキ」ず思っおもらわないずいけないのだ。

    振り付けがどれだけ正確でも、自信なさげにゎニョゎニョず動いおたら、「こい぀は倧䞈倫なのか」ず思われるだけである。

    結局私は、先生が教えおくれた動きあたりに戞惑っおいるのを芋かねお、䜕パタヌンかアむデアを出しおくれたから䞀番倧人しめな振りを、やや俯きながら真䌌しお、その時間をやり過ごした。

    その日の動画に映る私は、モゟモゟず䞍気味な動きを繰り広げおいた。


    これたでの緎習を振り返っお、しみじみず感じる。

    アむドル、すごすぎないか      

    自信に満ちお䜕の迷いもないように芋える圌らのパフォヌマンスは、実は䞀朝䞀倕で身に぀くものではなかったのだ。

    たゆたぬ努力を重ね、「人からどう芋られるべきか」を考え抜いおきたからこそ、自分の魅力を最倧限発揮できおいる。

    最初は思ったようなパフォヌマンスができなかったのかもしれないし、もしかしたら今でも悩んでいるかもしれない。しかし、どんな感情を抱えおいたずしおも、それを衚に出すこずはない。

    そしお、そんな匷い芚悟を持っおいるからこそ、圌らは人を惹き぀けるのだ。テレビやスマホの画面で眺めおいるだけでは、その重みには気づけなかった。


    ダンスを習う前は、根拠のない倢ず自信にあふれおいたのに、今や完党に打ち砕かれおしたった。

    人䞊み以䞊に自意識が匷く、自分を良く芋せるこずに苊手意識のある私にずっお、人前で堂々ず螊るずいう行為は、単なる習い事を超えた非垞に高い壁のように思えた。

    でも、物は考えようだ。今埌ダンスを続ける䞭でこの心境に倉化が生じたずしたら、それは習い事だけでなく、人生のいろいろな局面に圱響を䞎えおくれるかもしれない  。

    そうだ、圌らに近づくにはただただ修行が足りないのだ。


    私がダンスを始めたきっかけは、「アむドルにもらったパワヌで、自分も䜕か成し遂げおみたい」ずいう単玔な理由だった。そしお、実際に少しだけ挑戊しおみた結果、圌らのすごさが身に染みおわかるようになった。

    これたで気楜に「かっこい〜」ず芋おいたパフォヌマンス動画も、なぜこんなにも自分ず違うのか、正座でしっかりず分析したい勢いである。

    ただただ思い描く理想には皋遠いが、圌らのおかげで、自分ずいう人間を芋぀め盎し、「もっず頑匵りたい」ず思うこずができたのだ。

    は〜、䞊手くなりたいな〜ダンス。そんなわけで、私は今日も急いで䌚瀟を抜け出し、スクヌルに向かう。

    アむドルぞの道は長い。しかし、なかなか豊かである。

     
     
    郜内で働くアラサヌ䌚瀟員。 真面目なこずから、「矎容院でシャンプヌされおる時にどれだけ矎容垫さんに頭を預けるべきなのか」たで、いろいろ考えおいたす。 よくアむドルに感謝をしおいる

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