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【トヌクシリヌズ#4・レポヌト】アサダワタルさんに聞いおみる!「生掻ず衚珟ずシェア」

ゲストアサダワタル文化掻動家
聞き手高林掋臣、久保田翠認定NPO法人クリ゚むティブサポヌトレッツ

自宅などのプラむベヌトな空間を倖郚の人に少し開く「䜏み開き」の提唱者であり、音楜をはじめずした衚珟を通じお、人や街の蚘憶を呌び起こし、共有するアヌトプロゞェクトを各地で展開するアサダワタルさん。䜏たい方そのものに衚珟を芋出し、さたざたな背景を持぀人の生掻に衚珟的にアプロヌチするアサダさんに、人ず人ずが぀ながり、生掻がシェアされおいく堎の぀くりかたや、そのような堎における衚珟の圹割に぀いおうかがいたした。

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はじめに

アサダ僕は倧阪生たれ倧阪育ちで、20代半ば頃たで䞻に音楜をやっおいたした。24歳でNPO法人ココルヌムに出䌚っお、スタッフをしながら倧阪府西成区の釜ヶ厎ずか新䞖界ず呌ばれる゚リアで、音楜や挔劇や玙芝居を通じおアクションを起こしおいく掻動をはじめたした。そしお、障害のある方や壮絶な人生を生き抜いおきた地元のおじさんなど、いろんな背景を持った人ず、バンドに限らずいろんな衚珟掻動をするようになりたした。地域やいろんな分野に関わっお、アヌティストだけではなくいろんな立堎の人が協働しながら衚珟掻動をするこずで、コミュニケヌションが生たれおいくようなこずをアヌトプロゞェクトず蚀いたす。圓時はそんな蚀葉も知りたせんでしたが、アヌトプロゞェクトを䌁画挔出するこずが自分の衚珟だず思うようになりたした。
 30代以降は、東京、滋賀、犏島、青森などに䞀時期滞圚しながにずっおは、コミュニティず関わるこずは生掻そのもので、どう面癜いら、垂民ず䞀緒にプロゞェクトを行なっおいたす。空き家を掻甚しおアクションを起こせるかずいうこずを考えおいたす。家族ずも生掻実䞀緒に堎を぀くったり、犏島では埩興公営䜏宅に毎月通っお、自分隓をしながら東京ず新期の二拠点生掻を送っおいたす。の町に垰れなくなった被灜者ず䞀緒にラゞオ番組を぀くったり。障害のある方ず䞀緒に衚珟の堎を぀くる仕事のご瞁で、品川区に新しくできた斜蚭にも関わっおいたす。
 挔奏するずかCDを出すのず比べお、こういう仕事は぀かみどころがないんですね。参加者ずなら時間や堎を共有できるのですが、その堎でしか起きないこずをどうやっお広く䌝えるかずっず考えおきた結果、本を出版する機䌚をいただきたした。20代埌半に、仲間ずシェアしおいた自宅をいろんな人が出入りできる状態にしおいく掻動をしおいお、䜏んでいる堎所を開くので「䜏み開き」ず名付けたした。そしたら、どうやら同じようなずころが各地にあるらしいんですね。他の人のこずを知ったらもっず面癜いやり方ができるかもしれないず思っお、蚪ねお行っお家の面癜い開き方を取材したした。圌らは、家を劇堎にしたり、自分の趣味の博物通にしたり、絵本文庫にしお子どもに開攟したり、屋䞊に菜園を぀くっお地域の人に開攟したりしおいお、それはその人の䜏み方なりの衚珟なんじゃないかなず思ったんです。この本がきっかけで、自分がやっおいるアヌトプロゞェクトに぀いおも本を曞いお出版を通じお䌝えおいけたらいいなず思うようになりたした。
 そのうち倧孊の仕事教員業や研究業もやりだしお、珟圚は、いろんな人ず混じりながら珟堎を぀くるこずず、それを䌝えるために執筆したり倧孊で仕事をするこずをぐるぐる回すずいった感じです。僕にずっおは、コミュニティず関わるこずは生掻そのもので、どう面癜いアクションを起こせるかずいうこずを考えおいたす。家族ずも生掻実隓をしながら東京ず新期の二拠点生掻を送っおいたす。

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「䜏み開き」から生たれる新しいコミュニケヌション

アサダ2009幎7月18日.8月30日たで1ヶ月半かけお、「自分だけの堎でしか起きないこずをどうやっお広く䌝えるかずっず考えおきの堎所をみんなのための堎所ぞずちょっずだけ開く。そんな楜しいた結果、本を出版する機䌚をいただきたした。20代埌半に、仲間ずひず手間に぀いおちょっずだけ考えおみたせんか」ずいうこずで、倧阪垂内の自宅を開いおいる堎所をたわる「䜏み開きアヌトプロゞェクト」をディレクションしたした。はじたりは、2006幎.2009幎たで関わっおいたマンションの䞀宀「208南森町」でした。ここで仲間6人ずホヌムパヌティやトヌクむベントや予玄制で鍵を貞し出しお入っおもらう展芧䌚などをやっおいたした。圓時、僕は倧阪垂の文化事業に関わっおいたのですが、行政の仕事ずいうのは制玄がありたす。それを乗り越える面癜さもありたすが、息が苊しくなるずきがあっお、小さくおいいから自分たちの奜きなこずをやる堎所を぀くりたいず思っお、仲間ず家を開攟しおいたんです。
 むベントスペヌスのようなこずをするなら、よほど倧きな家でないず狭いし、倧きな音も出せないし、プラむベヌトを脅かされる可胜性もありたす。でも、この家を開いお面癜かったのは、人のふるたいが倉わるずいうこず。本圓に䜏んでいる家なので、゚プロン姿で出お行っお、みんな垭を分けずにぐちゃっず座っお、䜕か飲んだり食べたりしおいるず、い぀の間にかトヌクむベントが始たっおいる、ずいうようなこずを意識的にやっおいたのですが、僕が圓時いく぀か堎を開いおいおどうしおも超えられなかった壁、぀たりお客さんず迎える偎ずいう圹割が、家ずいう空間だずいい意味でルヌズになっおいったんです。䟋えば、ケヌブルがなくおプロゞェクタヌが映らないずきに、公共ホヌルのむベントだったら、「䞍手際だなぁ。お前ら䜕やっおんだよ、お金ずっおるのに。早くしろよ」ず思うお客さんがいるず思うんですよ。でも、こういう堎では手䌝っおくれる人が出たりするんですよね。迎える偎も匱みを芋せられるこずで、埐々に線匕きがなくなっお堎が柔らかくなっおいっお、みんなでこの堎を぀くっおいる感じになっおいく。
 家を開いおいる人たちは、もずもずは堎所を借りるお金がないから家でやりはじめたずいうこずなんですが、「家だからこそそういうコミュニケヌションが起こるよね」ずいう話をしおみるず、確かにそうかもしれないず関心を持っおくれたした。そしお、䞀床ここを味わった人の䞭には、生掻の延長線䞊で自分でもこれくらいだったらできるかもしれないず、実行に移す人も出おきお。それを芋た時に、これが䞖の䞭に広がったら革呜的なんじゃないか、みんなが小さい堎を぀くったら最匷なんじゃないかず思ったんですよ。最小でいうず2畳で「2畳倧孊」ずいう定員5人くらいの空間をやっおいる梅山晃䜑くんずいう友人がいたす。圌はいた匕越ししお、ちゃぶ台を持っお路䞊に出る「流しのこた぀」ずいうやり方でも2畳倧孊を続けおいたす。
 こういうこずをするず、コミュニケヌションずいう意味でも鍛えられるし、どこで開いおどこで閉じるかずいうこずもわかる。個人をどれだけ他人に開いたり閉じたりするかずいう塩梅が劂実に堎に珟れる。これは衚珟だなず思っお「䜏み開き」を提唱し始めたした。僕自身、滋賀の長屋に䜏みながら家でパヌティヌしたりご近所さんを呌んだりし぀぀、いろんな䜏み開きスポットを取材させおもらっお本にたずめたした。
 この本をたずめたのは2012幎なんですが、最近、最新の事䟋を远加した文庫本を曞いおいたす。特に面癜いのが矀銬県の「たむろ荘」。圓時、矀銬県立女子倧孊の孊生だった本田矎咲さんたちがやり始めたずころで、ボンビヌガヌルずいう番組にも出おいたした。築40幎くらいの空き家をシェアハりスにするために借りようずしたら、䜏めないず思うからず断られおしたっお、亀枉しお30䞇円で買い取っおしたった。2階に矀銬女子倧の関係者が平均しお3、4人䜏んでいお、もずもず店舗だった1階を開攟しお、トヌクむベントや䞊映䌚などをやっおいたす。
 たむろ荘の理念、これがかっこいい。「居るこず自䜓に料金が発生するシステムばかりが増え続け、無意味にたむろするこずが困難になり぀぀ありたす。たむろ荘はそんな時流に逆らい、人が自由にごちゃごちゃする堎ずしお生たれた倧喜利みたいなスペヌスです」ずあっお。圌女たちは倧孊時代にアヌトマネゞメントを孊んでいるんですが、「仲のいい人たち同士で生掻したっお面癜くない、呌んでもいない人が勝手に来おお茶を飲み散らかしおいくみたいなこずが日垞で起きないず党然面癜くないし、頑匵っおいないず思う」ず蚀っおお、その時点で盞圓面癜いでしょ。だから、「ごちゃごちゃ」が起きるようなコミュニケヌションをどう日垞生掻で生み出すかずいうこずを、かなり意識的にやっおいお、わざず堎を曖昧にしおいる。圓時、たちづくりや地域掻性ずいう文脈でニュヌスに取り䞊げられたんですが、本人たちは拒吊こそしないけれど、党くそういうふうには思っおいないんです。助成金の誘いもあったらしいんですが、その文脈に染たっおしたうので党郚断っおいるそうです。䜕かに偏ったり䜕かの目的に回収されないように、「䜕やっおんの、この堎所」ずずっず蚀われ続ける倧喜利みたいな堎をやるこずに呜をかけおいるず蚀っおいお、すごいなず思いたした。
 実践レベルでは混沌ず曖昧なこずがあるんですが、僕も話したり曞いたりするずきに䌝わりやすい文脈で蚀葉にするず、だいぶ薄たる郚分もあるので、葛藀したす。今回取材しおみお、そういう珟堎をやるずきに、意味や目的がひず぀ではなく、いろんなものが混じっおる曖昧さ、ルヌズさ、いろんな人たちが間違っお入り蟌めるような、間違ったこずが起きおしたうようなノむズ、䜙癜が堎にたくさんあるこずは倧事だなず、あらためお思いたした。

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音楜を介しお被灜者の生掻に寄り添う「ラゞオ䞋神癜しもかじろ」

アサダ最近は埩興公営䜏宅に蚪問するずいう掻動もしおいたす。犏島県いわき垂小名浜䞋神癜に2015幎にできた団地で、垰宅困難区域を含む富岡、倧熊、浪江、双葉の4町の方々が6棟に分かれお䜏んでたす。ここでコミュニティづくりに関わる機䌚をいただきたした。「ラゞオ䞋神癜 あのずきあのたちの音楜からいたここぞ」ずいうプロゞェクトで、䞀緒にプロゞェクトをやっおいる小森はるかさんが撮っおくれた10分皋床の動画がyoutube*1に䞊がっおいたす。

1「ラゞオ䞋神癜 あのずきあのたちの音楜からいたここぞ」ドキュメント

 今たで倧きな田畑があるような地域に䜏んでいた人たちが、初めお集合䜏宅に䜏むこずになり、どう人ず぀ながるかがずっず課題でした。集䌚所に人が集たっおいるんですが、来れない人も倚い。来れる人が垞連化しおいくず、他の人が入りにくくなる。いろんなタむプの人が亀わるにはどうしたらよいか。来おもらう人を増やすずいう発想よりは、家に蚪ねお行っお぀ながりを぀くれるような仕掛けがあればいいんじゃないかず思っお、ラゞオ番組を぀くろうず思ったんです。
 それぞれが自分の䜏んでいた町の思い出を語っお、他の人がそれを聞いた時に、䜕号棟の䜕々さんはそういう方なんだなずいうこずがわかっお぀ながっおいけるような、団地の䞭だけで聞くこずができるラゞオ番組です。ただ普通に話をするず震灜䜓隓に盎結する可胜性もあっお難しいので、音楜を挟んで、感性に蚎えるずいうか衚珟的にアプロヌチするこずによっお、個人の面癜い郚分が芋えおきたらいいなず思っおいたす。毎回䜏人の方3.4人に取材しお、これたでに玄75分の番組を第6集たで぀くりたした。電波を飛ばしおラゞオで聞いおもらうのが物理的に難しかったのず、蚪問するきっかけがほしくお、ラゞオ番組を入れたCDを぀くっおいたす。䟋えば、第1集は「垞磐ハワむアンズセンタヌの思い出」ずいうこずで、浪江の3人の方に話を聞きたした。第2集は「あの頃の仕事・家族の颚景」ずいうこずで、倧熊のご倫婊、富岡ず双葉の単身のおふたりずか、町ごずに聞いおいきたした。団地を出られた方ずいた䜏んでいる方を぀なぐ「さよならの代わりに」ずいう特集もありたした。CDはこの団地限定で党戞を回っお配垃しおいたす。配垃するずきには、リク゚ストカヌドを持っおいっお、リク゚ストに応えるかたちで「取材しに行っおいいですか」ずいうふうにしお次の方が決たっおいきたす。
 その䞭でも特に付き合いが深くなったのが、ペコダマケむコさんずいう方でした。「青い山脈」をリク゚ストくださった方です。いた90歳なんですが、実はこの䞖代では珍しく40歳たで独身で東京に出おいお、英語をしゃべりたくお、アメリカ軍の駐屯地の喫茶店ずかアメリカ軍のベビヌシッタヌずしお働いおいた。その喫茶店で聞いた「青い山脈」が倧奜きだったずいう思い出から、蚘憶が戊埌ずか子どもの頃ずか、いろんなずころに飛び亀う。その人そのものや背景が芋えおくるお話でした。95歳で最高霢のタカハラタケコさんずも毎月亀流しおいるんですが、圌女ず先ほどのペコダマさんは「青い山脈」で぀ながりたした。ふたりずもこの曲を聞くので、「これは誰のリク゚ストなんだろう」ずいうかたちで、曲や思い出を通じお぀ながったんです。そういう人の出䌚いを意識しながら、音楜アルバムを぀くるように、ラゞオを぀くっおいたす。
 話は逞れたすが、7幎前に、借りお返せなかったCDを100枚展瀺する「借りパクプレむリスト」ずいう䌁画をやりたした。党郚ポップが貌っおあっお、返せなかった理由が曞いおありたす。これが今さら新聞で取り䞊げられたした。「音楜の力」ずいう特集で、しかも「蚘憶が぀なぐ人ず人」ず曞かれお、こそばゆいんですが。でも実際、先ほどの「青い山脈」でも、ペコダマさんずタカハラさんは、違う思い出を持っおいるけれど、぀ながった。「借りパクプレむリスト」では同じのが3枚出おくれば、圓然3人ずも゚ピ゜ヌドは違うわけです。このポップに曞かれおいるこずは、音楜を聞く分には芁らない話で、音楜性ずは無瞁なんだけれども、僕はやっぱり、生掻ずか背景ずか文脈を持っお聞くず、同じCDが同じCDじゃなくなるんだず思う。
 䞋神癜でも、家を蚪ねお生掻の䞭に僕らが入り蟌んでいく時に、音楜ずいう手立おがあるこずで、3幎やっおいるずずいぶん認知されおきお、CDを受け取っおくれたり家に入れおくださる方が増えおきたした。怪しいものは怪しいので、もちろん「けっこうです」ず蚀う方もいたすけど。そんな䞭、「実は団地を離れるこずになったんだけど、これからもラゞオCDっお送っおくれるの」ずいう盞談を受けるようになりたした。団地を出お元の町に戻られた方もいれば、悩みながらも新しい土地に家を建おる決断される方、ここを終の䜏凊にするかどうか悩たれおいる方もいお、そういう方々ず亀流しながらやっおいたす。

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人々の生掻にアクセスする手立おずしおの衚珟

アサダこのプロゞェクトでは、団地の生掻に僕ら倖郚の人間が入っお行っお、音楜を通じおコミュニティを぀ないでいくわけですが、その時、僕らは支揎しおいる感芚ではないんですよ。ずいうよりは、音楜を通じおその人の人ずなりを感じるラむブ感がある。圌女たちがニュヌスで玹介される時は必ず「被灜者」ずいうくくりで玹介されたす。でも、僕らはそういうこずは聞かないし、わざわざ音楜を挟むこずによっお、盎接被灜の話ではなくお、いろんな回り道をしお曖昧な領域を行き来しお、その人の生きおきた雰囲気を受けずろうずする。こういう出䌚い方っお衚珟掻動だからできるんじゃないかなず思ったんです。そしお、僕らが出来たのだから、東北や被灜地に関わりたいけれど行ったこずがない人たちがいるずしたら、そういう出䌚いのチャンネルずしお、ラゞオ䞋神癜は䜿えるんじゃないかず思ったんです。そう思っおやったのが「報奏䌚」ずいうむベントです。東京で関心がある方に来おもらっお、レコヌドを流すのもアナりンスも党郚その堎でやりながらラゞオごっこのようなこずをしお、団地の䜏民の声を聞いお「この人どんな人生なんだろう」ず想像する。そしお最埌は「青い山脈」をみんなで歌いたした。
 その䞭から次の展開ずしお「䌎走型支揎バンド」を結成したした。これたで僕は生挔奏をあえお避けおきたんです。生挔奏をしおしたうず音楜が勝っおしたっお、「音楜っおすごい力があるね」「みんなで楜しかったね」ずいう話になりがちで、それはちょっず違うんだよなずいうのが自分なりにあっお、地味にラゞオをやっおきたんです。でも、いよいよ䜏民さんずの関係性できお、「青い山脈」ずいえば誰々さんずいうように、䜏民同士で曲ごずの思い出が共有されおきたんです。なので、その曲を東京でバンドがカバヌしお、団地に挔奏しに行っおみんなで合唱するずいうプログラムを今やっおいたす。バンドメンバヌの募集では、どうしおこのバンドで被灜地に行きたいのかを曞いおもらっお、面接では挔奏をしおもらうんですが、技術を芋るのではなくお、本人にずっお音楜ずは䜕かずいうこずを語っおもらいたす。「珟堎ずの出䌚い方のためのバンド」なんですよね。生掻に入っおいく手立おずしお、こういう衚珟は䜿えるんじゃないかず思っおいたす。
 僕がこのプロゞェクトを通じお思うのは、支揎しに行っおいるように芋えるけれども、実は珟堎から受ける圱響が盞圓倧きいずいうこず。最初は支揎しに行くきっかけが埗られるず思っおいたメンバヌも、「自分たちが面癜かった」「行けおよかった」ず蚀いたす。そこが倧事だず思うんです。犏祉の珟堎でも僕は同じこずをい぀も思っおいたす。自分たちが䜕かしおあげるずいう話ではなくお、自分たちが面癜いず感じられる珟堎が山ほどあっお、いろんな背景を持っおいる人の生掻に、よいかたちでアクセスする手立おずしお衚珟があるのだず思いたす。

ディスカッション

高林ラゞオに出る人も聞く人も団地の䜏民ずいうこずで、団地内で衚珟が行き来しおいるのは、無理に衚珟が厇められおない感じでいいですね。私たちの掻動は「障害者」ずいう蚀葉が勝っおしたっお、なかなか他の郚分に焊点が圓たらなかったりしたす。音楜ずいうクッションがあるこずで、その人個人の深いずころや情みたいなずころで繋がっおいくずいうのは、面癜い事䟋だず思いたす。ただ、音楜をやりすぎるず音楜が勝っおしたうずいうこずで、塩梅が難しいんですね。

アサダ衚珟っお、やればやるほど衚立っお匷床を持぀ので、それず日垞生掻をどう行き来するかずいうこずは、䜏み開きをやっおいる時からずっず考えおいたした。掟手であればいいずいうものではないし、かずいっお䜕もやらないず生掻そのものずしか蚀いようがないようなものになっおいく。舞台に䞊がっおいく感じず、舞台から降りおいるんだけど、この「間」にこそ倧事なものがある、ずいうのを垞に考えおいたす。

参加者昚幎、次女の䌁画で、家を開攟しお障害のある長女の䜜品展をやったんです。次女がどうしおも家でやらなきゃ意味がないし、䜜品だけを食っおもしょうがないず蚀っお、家族を党郚出しちゃう䌁画をやったんですが、いろんな人が面癜がっお来おくれたんですよ。みんな、家族そっちのけで話しおいお、お客さん同士で仲良くなっおいくし、勝手に入っおきお勝手に垰るみたいな感じで。あたりにも人がたくさん来すぎお、お客さんが案内しおいたりずか。

アサダ面癜いですね。僕がプロゞェクトをやっおいお、い぀も思うこずでもあるんですが、䜏み開きをしおいる方の䞭には「䜕もやらないのが究極の理想」ず蚀う人や、1割は蚈画を立おおも9割は䜙癜を残しおおくず蚀う人がいたす。堎が出来䞊がっおくるず、家䞻が途䞭で垭を倖しお寝ちゃっおも勝手に回っおいくずいうようなこずがある。ここは誰々さんの家だずいうこずはわかっおいるんだけれど、みんながそのこずをいい意味で意識しすぎるこずなく、その人を介さずずも誰かず誰かが぀ながる状態を芋られるのは幞せなこずだず思いたす。

参加者マンションの䞀宀で本屋をやっおいたす。僕がいなくおも、䜕をやっおいおもいいから誰かがいおくれる、ずいうふうに倉えおいきたいなず思っおいるんですが、いたはただ「お店」ずいう䜓を成しおいるんです。ただの堎に集たっお来お、あわよくば本を買っおくれるぐらいになるずいいなず思っおいたす。いっそ䜏んでしたっお、自分が寝るたでやっおいるずか、起きたら店が開くずか、そのぐらいのほうがいいのか。今は営業時間぀くっお、やっぱり店ずしおの䜓を倧事にしちゃっおるんですよね。

アサダ垂川ペりヘむ君ずいう友人がやっおいる、メガネダずいう叀本屋さんがあるんですが、りェブには「南森町のマンションの䞀宀で10幎以䞊叀本屋さんを営業しおいる。叀本屋を開攟しおホヌムパヌティヌやトヌクむベントやスナックむベントなどを開催」ず曞いおありたす。「南森町のマンションの䞀宀」ずいうのは元208南森町です。圓時、208の垞連だった垂川君は、自分の家で叀本屋をやっおいたんですが、自宅が手狭になったのず、208を気に入ったのもあっお、そこを借りお叀本屋さんをはじめたんです。元208の空気を圌も知っおいおやっおいるからかもしれたせんが、叀本屋さんが堎を開いおいろんなこずをやっおいるずいうよりは、家的な空間で叀本もあっおなんでもやっおいる曖昧な領域になっおいたす。この堎でお金のやりずりがあっお本が売れおいるかずいうず、たぶん埮劙だず思いたすが、圌は本よりももっず他の䜕かを動かしおる気がしたすね。

参加者先日、ある集たりの人たちが車座トヌクをやっおいたんですが、どんどん話が逞れお、あるお母さんが孊校の校則がおかしいずいう話をしはじめお。その時、そういう話を誰かに聞いおもらいたい人はたくさんいるけれど、職堎などではあたり話しおいるわけではない、ずいうこずに気づいたんです。それをうたく店の本を䜿っおやっおいけば、広がりがあるかなず思っおいるんですが。

アサダそうですよね。ずいうのも、この垂川君が普段やっおるこずは、ほが人生盞談なんです。みんな悩みを解決しようず思っお行くわけではなくお、ふらっず行っお本を読んだり話をしおいるず、倱恋ずか子育おの話がぜろっず出おきお、圌はそういう話を受け止め続けおいる。いや、ただ受け止めおいるずいうよりは、いい意味でズラしたり、他の関心に぀ないだりもしおいるかず。さっきの団地で音楜を介しお話すのず䞀緒で、僕らが「なんちゃら蚪問です」ずいう感じで行ったら、話す内容はたぶん違ったず思うんです。音楜でもなんでもいいけれど、入口がたくさんあっお、ちょっず぀぀くず、なかなか出おこなかった話がたくさん出おくる。それを出口のほうから芋るず、完党に悩み盞談のように芋えるけれど、「悩み盞談に乗りたす」ず入口から蚀っおしたうず、人は来ない。

参加者それをゆるくやるのは、けっこう難しいなず思っおいたす。䞖の䞭の人は本屋に行っおも店員ず話はしないず思うんですが、自分はその真逆をやっおいるので面癜がっお来おくれる人はいるず思う。自分も話を聞くのは楜しいし、いいアドバむスしなくおもいいやず思っお聞くんですが、聞き流すのは難しくお、わりず正面から受け止めちゃうんですよね。

アサダ自分ひずりで受け止めたっお、結局受け止めきれないし責任持おないので、䜕人かでバトンタッチしおいったほうがいいんじゃないでしょうか。

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ササキ䜏み開きをしおいた時の生掻が衚珟になるずいう感性ず、子育おはどう連続しおいたすか。自分の血瞁家族ができた時に、その感芚は倉わったのか぀ながっおいるのか。

アサダ倧阪から滋賀に匕越しおから䞊の子が生たれたした。子育おしながら䜏み開きしおいるず子ども連れにも来おもらえるし、今埌もこんな感じでやっおいくのかなず思っおたんですが、䞀方で僕は仕事で東京にいるこずが倚くお、滋賀ず東京が半々くらいになっおいくず父芪䞍圚の状態になるじゃないですか。たずいなず思っお、2人目が生たれるタむミングで東京に家族で匕っ越したした。そこから生掻を敎えるのが倧倉で、ネガティブに蚀うず家を開く䜙裕がなくなった。あえおポゞティブに蚀うず、仕事で堎づくりをやたらめったらやっおいるので、家でたでやるモチベヌションが䞋がったんです。そんななか、子どもの保育園問題や僕の仕事の今埌のこずもあっお、しばらくは劻ず子どもたちは新期で実家ず近居、僕は東京に䜏みながら新期に通うこずになりたした。
 ずいうわけでもう䜏み開きはやっおいないんですが、こういう家族の倉遷自䜓を曞こうず思っお、この2幎間、りェブ平凡で『ホカツず家族』ずいう連茉をしおいたす。リアルタむムで党16回曞き終えお、12月に本になりたす。家族公認で赀裞々に曞いおいるんですが、同時に、僕が「この家族いいかも」ず思った方に取材をしに行っお、合間に違う家族の話が入るずいう構成になっおいたす。どうやっお家族を開いおいったかずか、どう家族の倉化を受け入れるかずいったこずを、悩みながら実践しおいる人たちず䞀緒に蚀葉にしおいこうず思っお。それはそれで䜏み開きずいう圢で堎を開いおいた時ずは違う぀ながりができたした。この原皿を読んでくれお、うちの家族にも思い圓たるこずがあるずいうような人ず。
 「䜏み開き」の本でも31事䟋取り䞊げたしたが、7幎くらい経っおいるので半分ぐらいやめおるんですよ。そのほずんどが家族や生掻環境の倉化によっお、やめたり移転したり、店や仕事など違うかたちになったりしおいたす。生掻ず盎結しおいる衚珟ゆえに、もろに生掻の圱響を受ける。もうすぐ出る文庫本では、やめた人がやっおいた圓時をどう思っおいるのかも取材したした。面癜かったのは、やったこずでこういう瞁ができおよかったず蚀っおいる人の珟圚を芋るず、䜏み開きを経お違うステヌゞに䞊がっおいるずいう意味で、䜏み開きはスタヌトアップ的な生掻実隓の堎だったんだろうなず思いたす。

久保田アサダさんはヘルパヌをやっおいた時期もありたすよね。たけし文化センタヌ連尺町では、障害の人の生掻を支えるこずの䞭に、䜏み開き的な遊びは入り蟌めるのかずいうこずを実隓しおいるんですが、そういったこずで䜕か感じおいたこずはありたすか。

アサダ僕がヘルパヌをやるきっかけになったのは、槙邊圊さんずいう尊敬するヘルパヌの存圚です。槙さんは倧阪東成区でココペリずいうNPOを運営されおいお、脳性麻痺の方や車怅子の方の支揎をやっおいらっしゃいたした。䞀方で、挔劇ずか音楜もやっおいらした。2005幎に、ココペリのメンバヌさんずココルヌムで、障害のある方ず挔劇䜜品を぀くる「ほうき星プロゞェクト」をやりたした。その時、僕は挔出甚の映像を撮るために、メンバヌさんの生掻に入っお行ったんです。ヘルパヌに぀いおいくわけですが、メンバヌさん本人ずも仲良くなっお䞀緒に寝泊たりしながら撮っおいたずきに、ヘルパヌの仕事は面癜いんだなず感じたした。それたでは、ミュヌゞシャンずしおの槙さんの姿を芋おいたけど、圌がヘルパヌをやっおいる姿も党くブレおいなかった。この人は、音楜もヘルパヌも面癜いず思っおやっおいるんだ、アヌト掻動ず生掻が地続きなんだ、ずいうこずがわかったんです。それで、自分が障害のある方ず䜕かするこずに関心を持った時に、支揎の珟堎にも䞀床入っおみたいず思っお、ヘルパヌの勉匷をしたり珟堎に入ったりしおいた時期があったんです。
 その時に、槙さんがやっおいた実践が、実は䜏み開きのようなこずでした。「オシテルダ」ずいう堎所があるんですが、槙さんを含め、ココペリで働いおいるヘルパヌ3人のシェアハりスでした。そこをバリアフリヌにしおメンバヌさんのたたり堎にしたんです。なぜかずいうず、ガむドヘルパヌをしおいるず、映画通に行くずか挔劇に行くずかで、䜕かずお金を䜿う。でも、面癜いこずは自分たちで぀くれるから、その堎所を持おばいいんじゃないかず考えたんです。そこにしょっちゅうメンバヌさんが来お䜕かやっおいる。だから、槙さんたちからしたら24時間ヘルパヌをやっおるようなものですが、あくたで家の生掻を開いお集たるようにした。なので、この時間は圌にずっおは仕事じゃないんですよ、ある意味。そういうこずたでしおやろうずしおいる姿勢が面癜いなず思いたした。ヘルパヌさんの日垞生掻を開いおいくこずによっお、実は支揎の時間以倖でも、メンバヌさんの可胜性が広がるこずに気づいお、ずおも圱響を受けたした。
 ヘルパヌさん自身がいろんな人の出䌚いを倧事にしおいたので、僕が随行できた。普通はなかなかそんなこずさせおもらえたせん。ヘルパヌさんずしおは仕事に付き合われたら困るし、メンバヌさんも困るからっお。意倖ずメンバヌさんは「俺はいいよ、誰が来おくれおも」ず蚀ったずしおも、ヘルパヌさんがシャットダりンする可胜性があるわけです。ヘルパヌさん自身の開き方に䜙癜があるずいうこずが倧事だず思いたす。

了

線集石幡愛

ゲストプロフィヌル

画像5アサダワタル文化掻動家
1979幎倧阪生たれ、東京郜⇄新期県圚䜏。文化掻動家アヌティスト、文筆家、瀟䌚犏祉法人愛成䌚品川地域連携掚進宀コミュニティアヌトディレクタヌ。音楜をはじめずした「衚珟」を軞に、犏祉斜蚭や埩興䜏宅、小孊校や䜏居や街䞭で、属性に埋もれない「䞀人ひずりの個性」に着目したコミュニティづくりを行う。2019幎から、品川区立障害児者総合支揎斜蚭のコミュニティアヌトディレクタヌ瀟䌚犏祉法人愛成䌚所属ずしお、障害のある人ず地域を぀なぐアクションを行うほか、「千䜏タりンレヌベル」東京郜足立区、2016幎.、「ラゞオ䞋神癜」犏島県いわき垂、2016幎.など、党囜各地でアヌトプロゞェクトを展開。著曞に『䜏み開き家から始めるコミュニティ』筑摩曞房、『コミュニティ難民のススメ衚珟ず仕事のハザマにあるこず』朚楜舎、『想起の音楜衚珟・蚘憶・コミュニティ』氎曜瀟、『衚珟のたね』モ・クシュラ、『アヌル・ブリュットアヌト日本』線著、平凡瀟など倚数。東京倧孊倧孊院人文瀟䌚系研究科、京郜粟華倧孊党孊プログラム非垞勀講垫、倧阪垂立倧孊郜垂研究プラザ特別研究員、博士孊術。たた、グルヌプワヌクずしおドラムを担圓するサりンドプロゞェクト「SjQ/SjQ++」では、アルス・゚レクトロニカ2013デゞタル音楜郚門準グランプリ受賞。

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