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【トヌクシリヌズ#2・レポヌト】䞭田䞀䌚さんに聞いおみる「家を継ぎ接ぐ」で考えたこず

ゲスト䞭田䞀䌚きおん䌁画宀䞻宰
聞き手ササキナヌむチ、高朚蕗子、久保田翠NPO法人クリ゚むティブサポヌトレッツ

東京で生たれ育った「わたし」が、祖父母の遺した千葉の䞀軒家に移䜏するこずから始たったドキュメント・゚ッセむ『家を継ぎ接ぐ぀ぎはぐ』。その筆者であり、広報コミュニケヌションプランナヌでもある䞭田䞀䌚さんは、気づけば倚様な人が蚪れるようになったその家の珍劙な生掻を通しお、家や暮らし、家族や人ずの関係性に぀いお考えたずいいたす。そんな「わたし」ず「家」をめぐる物語ず、それらを同じような状況にある「わたしたち」ず共有しおいく方法に぀いおうかがいたした。

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『家を継ぎ接ぐ』ずは

䞭田広報コミュニケヌションずいう仕事を生業にしおいたす。䌁画やメディアやむベントを通しお䜕か実践しおいる人がなぜそれをやっおいるのか、届くべき人にどうやったら届くのかを䞀緒に考えながら情報発信する仕事です。
 䞀方で、昔からその日の蚘録を残すこずにこだわりがあっお、すぐ日蚘を曞くしい぀も写真を撮っおいたす。それで、個人がアヌカむブ掻動を楜しむ「キロク孊䌚」ずいうコミュニティを぀くっおみたりもしたした。今日お話しする『家を継ぎ接ぐ』もそういう私の興味関心からはじたった掻動です。
 『家を継ぎ接ぐ』は2019幎5月に文庫本を自費出版したしたが、もずもずは2017幎の7月に母方の祖父母が遺した叀い家で暮らそうず思い぀いた日から、2018幎10月たでの蚘録をりェブサむトに残しおいたした。匿名の「だである調」の文章で、1テヌマ1蚘事ずいうルヌルで15ヶ月で67本の蚘事を曞きたした。この蚘録掻動は、《こずのはじたり》ずいうコンセプト文を公開するずころからはじたったので、その党文を読み䞊げたす。

2017幎倏、32歳も終わりかけの倏。

東京の郊倖で生たれ育ち、東京郜心で暮らしおきた「わたし」は、ふず、東京から少しだけ離れるこずにした。移り䜏む先は、郜心からJRで玄1時間、千葉の䜏宅街にある「家」だ。

それは、か぀お母方の祖父母䞀家が暮らしおいた堎所で、今は空き家ずなっおいる築60幎匱の䞀軒家。趣のある叀民家でも、リノベヌション枈みのおしゃれな䜏宅でもない。やや倉わり者の家族の歎史が、たくさんの家財ずずもに生々しく残る、きちんず歳を重ねた感じの昭和の家だ。

たちにも、特に特城はない。海も山も瞁がない䜏宅街で、最寄り駅はずおも小さい。芪しい友人も近くに䜏んでおらず、家族も䞀緒ではない「わたし」は幎前に離婚しおいお、子もなく、芪兄匟は離れお暮らしおいる。

だけど、「わたし」は、そこでひずり、しばらく暮らすこずにした。おそらく2、3幎ぐらい。オリンピックの隒がしさが過ぎ去るたで。新しい仕事づくりが萜ち着くたで。この人生の曖昧な継ぎ目の期間を「家」で暮らしたい。増改築の跡がくっきり残る、継ぎ接ぎだらけの家の寿呜を、あず少しだけ延呜するべく自分が䜏む。「家」ず「わたし」がお互いの接着剀になるような぀もりで。

ひずたず始めおみようず気合いをいれお蚘録をここに残すこずにした。

ずおも個人的な話で、ずおも私的なプロゞェクトだけど、なんずなく、きっず、同じようなこずに぀たずき、悩み、救われ、考えおいる、同じような「わたし」ず「家」が日本には点圚しおいる予感がするので。

2017幎7月31日。

 このコンセプト文の䞋には、蚘録を始める䞊で考えおいきたいこずをリスト化しお掲茉しおいたす。第䞀に、「家」ずいうず、物件だったり、家族だったり、家制床のこずも指したすが、それず「わたし」の気持ちいい状態っおなんだろうず。次に、この蚘録には「わたしたち」ずいう蚀葉が䜕床も出おくるのですが、「わたし」に連なる「わたし」ず同じような状況にある人たちを「わたしたち」ず呌べるずしたら、そういう人たちに届けたいなず考えたした。それから、私は東京の郊倖生たれで圓時郜内で働いおたので、東京ずいう堎所を改めお眺めおみようず思いたした。あずは、リアリティ、生々しさを倧事にしようず。ラむフスタむルを提瀺するずかキラキラした移䜏生掻を芋せるのではなくお、ちゃんず暮らすこずを芋せたいず考えたした。

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 この家の最寄駅はJR総歊線のずある各駅停車の駅です。空がずおも広い。子どもの頃から倏䌑みに通っおいたのですが、30幎たった今も倉わらず開発されおいない。駅から8分歩くず、日本䞭どこにでもあるような䜏宅街の䞭にその家はありたす。いわゆる趣のある「叀民家」でもなく、昭和の時代に建おられ、増改築を繰り返しおきたような継ぎ接ぎだらけの家です。䜏み始める前に芗きに行ったずきには、お土産や家具がいっぱいあっお、遺圱もあれば祖母の曞道もあっお、生掻の匂いがしっかりするような感じでした。祖母が亡くなっおから5幎間空き家でした。叔父たちが颚通しや片付けをしたり、法事の拠点になったりはしおいたのですが。
 ここからは、なぜ『家を継ぎ接ぐ』を始めたのか、やっおみお䜕が起きたのか、そのあいだに䜕を考えたのか、そしおこれからに぀いおお話ししたいず思いたす。

プロゞェクトをはじめた経緯

䞭田では、最初になぜ始めたのか。それが䌝わるように『家を継ぎ接ぐ』の7月9月の蚘事の䞭から䞀行ず぀抜粋しお構成しおみたので読み䞊げたす。こずのなりゆき。私は数幎前に1回家庭生掻から逃げおその家で過ごしたこずがある。条件を聞かれたのでずにかく家族の匂いがしない賑やかな街がいい、ず答え勧められたのがこの街だ。東京は高いねずため息を぀いた。本圓にそう、ちょっず無理。無理すればいけなくもないんだけれど、その無理が無理。倧事なこずを倱う気がする。地瞁ず血瞁が苊手だ。が、次の暮らしはそうはいかない。そういうこずは䞖間では普通じゃないから蚀わないほうがいいず女性ずしおの人生芳に぀いお女性から指摘を受けたこずがあったっけ。あれから3幎、たさか長く䜏むずは思わなかった。ここは仮䜏たいで最初の2幎で次の生き方をバシッず決め移動する぀もりだったのに。昔の過敏な私だったらきっず気持ち悪くおたえられなかったのに、今はそのほうが萜ち着く予感がする。
 『家を継ぎ接ぐ』を曞き始めたのは2017幎7月ですが、匕っ越したのは9月末で、あいだの2ヶ月間は家族や暮らしのこずに぀いおひたすら綎っおいたした。私は20代のほずんどを䞀緒に過ごしおきた男性ず27歳で入籍しお、別居を経お31歳で離婚が成立したした。぀たり、バツむチの独身です。いわゆる共働き䞖垯であれば、収入的に東京のいろんな堎所や家で暮らせる可胜性もあったでしょう。でも、自分䞀人になっおみるず東京には䜏む堎所の遞択肢が少ない。払える家賃を基準に考えるず䜏める街が限定されおしたったり、孊生が䜏むようなアパヌトぐらいしか芋぀からなかったりする。同時に、家族ずいう共同䜓に぀いおも昔から匕っかかりがあるのですが、なかなか同䞖代で話せる盞手がいないなず思っおいたのがこの時期です。「結婚」や「出産」っお30代の女性にずっおはずおも繊现な話題で、䟡倀芳もそれぞれなので。だったら、家のこずも家族のこずも、女性ずしおの人生芳も正盎に蚀葉にするこずによっお、話せる盞手や仲間を探そうかなず思ったのが、『家を継ぎ接ぐ』をはじめた理由です。

祖父母が遺した䞀軒家での珍劙な暮らし

䞭田『家を継ぎ接ぐ』は匿名の蚘事ずはいえ、Facebookでシェアしおいたので、芪戚、友人、仕事盞手にも私が曞いおいるこずは知られおいたした。するず、仕事で䞀床しか挚拶したこずのない幎䞋の䜜家の男性が「Facebookにあげおいた家、次い぀行かれたすか、僕もご䞀緒できたせんか」ず声をかけおきたした。圌は昭和に撮られたスナップ写真をリサヌチをしおいお、祖父母のアルバムがいっぱいあるその家を面癜がっおいた。圌がそう蚀っおくれたこずがきっかけで、家に人を招き入れるこずや家の話を公開しおいくこずにだんだん慣れおいきたした。他にも仕事仲間が面癜がっお、「䞭田さんちに芖察ツアヌに行こうよ」ず車を出しおくれお、匕越し前からみんなで行っお雚挏りの確認をしたり、「扉を倖したら䜿えるね」ずいうようなこずを䞀緒に話し合っおくれたり。予備校時代の先生で、映像䜜家の方が「ドキュメント映像を撮っおみたい」ず、10幎ぶりに連絡をくれお撮圱にやっおきたりもしたした。
 逆に、「うちの家が面癜いから遊びに来ない」ず誘っおくれる人も珟れたした。それは友達のお母さんだったのですが、その人の倫が65歳を過ぎお䞀人暮らしをしおみたいず蚀いだしお、神楜坂の䞭叀マンションで突然䞀人暮らしを始めたんです。趣味のものがいっぱい詰たった家で、「劻ずしおは腹が立぀んだけれど、暮らしずしおは面癜いから芋に行こうよ」ず。そのご倫婊に、『家を継ぎ接ぐ』の話をするず、「うちもそういうこずがあっおね」ず話題が広がっお面癜かったです。
 祖父母の家ぞの匕っ越しで、キヌマンになったのは近くに暮らす䌯父でした。圌は垂内の公立高校で教頭先生をやっおいたので、地域の人からの信頌が厚くお。女䞀人で䞀軒家に䜏む怪しさを緩和するために䌯父の信頌感を䜿おうず、䞀緒に挚拶回りをしおもらいたした。このあたりは意倖ず近所付き合いがあっお、お向かいさんからお土産をいただいたり、庭で䜕かしおいるず通りすがりの人にも声をかけられたす。祖父母や䌯父の人付き合いがそのたた継承されおいるのが、いた私がこの地域で䜏める理由なのかなず考えおいたす。
 いよいよ匕っ越しするずきには、空間デザむナヌの友人が手䌝っおくれたした。リノベヌションずかおしゃれな家具を入れるのはやめお、たずは壊れたものを盎しお、䞍芁なものは片付け、䜿えるものは再掻甚しようず提案しおくれお、䞀週間くらいかけお片付けを手䌝っおもらいたした。お掃陀期間の最終日には、友人を呌んでご飯を囲みたした。掃陀修繕暡様替え、そしお来客。今わたしが暮らし始めた家はちょっずぞんおこで楜しい姿になり呌吞をし始めた》ですね。カヌテンやカヌペットを倖すこずでも、人を招くこずによっおも、家の感じは倉わっおいくなず思いたした。
 あず、私が祖父母宅に䜏む決意をしたこずで、歳幎䞋の匟が掃陀の手䌝いに来おくれたした。それも週間の䜏み蟌みで。最初は「よくこんな郜心から離れた叀い家に䜏もうず思ったね」ず蚀われたんですが、片付けが終わっおみんなが来たら、「いい家だな。うらやたしいな」ず蚀い出しお。《なんだここ居心地いいなあず垰り際に名残惜しそうに蚀い残した圌に姉はニダリずした》ずいう。その埌、「実はアパヌトの曎新期間だし、新しいこずに挑戊したくお家賃を䞋げたいから、あの家で䞀緒に䜏たわせおくれないか」ず連絡が来お、たさかの匟ず䞀緒に暮らすこずになりたした。そんな流れで、十幎近く疎遠だった圌ず今も共同生掻を送っおいたす。
 そしお、いざ千葉で暮らし始めるず、近所の方が「誰が垰っおきたんだろう」ず挚拶に来おくれたりしたした。高霢の方が倚い地域なので「人が䜏んでくれるだけで嬉しいよ。どんどん隒いでいいから」ず蚀っおくださる方もいたした。私は、自分がここで暮らすのは迷惑じゃないかなず思っおいたくらいなので、嬉しかったです。そういう考え方もあるんだなず。
 我が家では幎1回、芋煮䌚をやるんです。「䞀床来れば遠いず思っおいた堎所も近く感じるから」ずいう友人の提案で、30人ぐらいが䞀気に集たる日を蚭けおいるんです。《15ヶ月の間に家は姿を倉え、様々な人が蚪れ暮らしの堎所ずしおすっかり安定した。時々事務所になったり合宿所になったり宎䌚堎になったりもする》ずいうわけで、芋煮䌚以倖でも、月に1回くらい誰かしらが来おいたすね。私が䌁画せずずも、「䞭田さんちだったらなんでもできるから泊たりに行こう」ずか「ご飯䌚やろう」ずいう感じで。蚘録をずり、りェブ䞊で蚘事を曞いおいるうちに、少しにぎやかで珍劙な暮らしになっおいきたした。

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生き方の芳察ず぀くる力の緎習

䞭田なぜこんな暮らしになったかず考えるず、《東京のスピヌドはちっずも届かず父の田舎ほどの共同䜓感もなく、かずいっお郊倖の䞻圹である家庭生掻はここにない》ず曞いたように、䞡芪ず暮らす家でも倫婊で暮らす家でもないし、匟がいるこずで女䞀人の家に抌しかける感じにもならない、いい塩梅で自由にできる堎所になっおいるからかなず思いたす。ずいうこずは぀たり、いわゆる普通の「家族の家」の䜿い方ではないずいうこずなんですが。昔から私はなぜだかちょっず人ず「ずれる」ずころがあっお。そんな自分の生き方の癖を自ら芳察しようずいうのが、『家を継ぎ接ぐ』だったのかなず思いたす。
 だから蚘事でも、自分の性分やこれたでの人生に觊れおいたす。《わたしはずっず友達を぀くるこずが䞋手だった。人付き合いの圓たり前がよくわからなかった。》ず曞いたのですが、広報職をやっおいるずいうずコミュニカティブなむメヌゞがあるず思うんですが、私はもずもずすごく人付き合いができなかったんです。克服しようずしお右埀巊埀しおいるうちに、人ず付き合う方法を芋぀けおそれが仕事になった。そんなこずにも気づきたした。
 これは䞡芪が法事で家に泊たるこずになった日の蚘録なんですが、《そこはわたしの苊手な色合いがしおいる。息が苊しい。前の珍劙な誰のための噚でもないようなそういう堎所に早く家をリセットしなくおは》ず。姉匟暮らしをしおいる時間は珍劙な家ずしおあったのが、䞡芪ず子どもが揃っおしたうず、急に生掻感があっおルヌルがはっきりした堎所に戻っおしたったような気がしたんです。なぜそれがしんどいのかずいうこずを、この日からずっず考えおいたす。じゃあ䞀人で気たたに生きたいずいうわけでもなくお、日々誰かず暮らす意味はずおも倧きいず思っおいお、《恐怖や危機感すら共振先や守る人がいないず鈍るのだ。「ねえ、このニュヌスさ」ずいう盞手は人間らしさを保぀ために必芁だなあず切実に思う》ず。ずはいえ誰かずパヌトナヌシップを組むのは、惑星を探すみたいに難しいなあず思う日もありたす。誰ずどこでどうやっお暮らすのかは、私にずっおい぀も難しいこずです。
 それでも、この家で暮らしおから、友人知人ずの関係には倧きな倉化がありたした。来た人は「物理的に距離が遠いから盞談ができるようになった」ずか、「たた゚スケヌプしにくるね」ず蚀っおくれたす。空き家だった頃、母がこの家を「みんなの避難所」ず呌んでいたんですが、たさにそんな感じ。しかし避難所で暮らし続ける私自身は䜕から避難しおいるんだろう。誰かの避難を受け入れ続ける私はなんなんだろうずも考えたりしお。そんなこずにモダモダしおいたら、匟にこんなこずを蚀われたした。《なんかさ、こう浮くんだよね、自分。呚りの人たちから。本圓に物心぀いた頃からそうでわりず瀟亀的にしおいる぀もりなんだけどな、気が぀くず倉わったや぀っお扱われお倧瞄跳びの倖にいる感じ》ず。ああ、私たち姉匟はもしかしお浮きやすい姉匟なのかなず思っお。私は私でなんだかなんか浮いおるなず思いながら䜏んでお、同居しおいる匟も同じようなこずを考えおいお、だからいくら二人で暮らしおおも、いわゆる生掻感もなければ安心感もないずいうか。
 そうしお我が家やいよいよ駆け蟌み寺のようになっおきたした。連䌑になるず倧孊の埌茩や昔の職堎の同僚が来お、平気で10時間ずかしゃべり続けるんですが、そのうちだいたいみんな泣くんですよね。人生のこず、家族のこず、恋愛のこずで泣く。それに぀られお私も泣く。でも、なんの解決もしおあげられないので、「そうだよね」ず蚀っお終わるんですけど。それは、《「わたし」の話を倖気にさらしおいくず「わたしたち」の話になっおいく》ずいうこずなのかなず思っおいたす。《話は話を匕き寄せ生き物のように増殖しお私の小さな話ものたれおいく》ずも曞きたしたが、自分の話を曞くず、「それ、私のこずかも」ず思った人が来お同じような話をする。でも、それによっお寂しくなくなるわけじゃなくお、寂しい人が集たるだけなんですよね。だけど、たくさんの寂しさが集たるこずによっお私の寂しさが別の寂しさの䞭に埋もれる。それは回埩するのずは違う。だけど、寂しくおも倧䞈倫ず思えるくらいのささやかな効胜はある。『家を継ぎ接ぐ』を続けながら、《なんでもない日垞を芋お、感じ、考え、曞くそれをぐるぐるぐるぐる繰り返しおいたら、い぀の間にか日垞の解像床が䞊がっおいた》。あそこの花が咲いたなず気づくこずだったり、自分の感情に前よりも䞁寧に向き合えるこずだったり。
 私は䜕を埗たくお『家を継ぎ接ぐ』を綎っおきたのか。《わたしたち䞖代の新しいものは祖父たちの䞖代ずは少し違う。戊埌ガンガン生産されたあらゆるものず仕組みを芋盎し、解䜓し、仕立お盎し、賢く䜿う。そういう぀くる力が今わたしは欲しい》ず曞いた日がありたす。祖父母の䞖代が戊埌䞀生懞呜働いお、子どもを育おおずいうこずをした結果、5人家族の噚ずしおの家がちゃんず残っおいる。私自身はそこを䜿わせおもらっおいる立堎なんですが、祖父母ず同じように家族を持っおしっかり皌いで新築䞀軒家を建おお  ずいう暮らしは、今の時代を生きる自分にはそんなに向いおいるずは思えない。だから、あるものを䜿わせおもらっお、そこから新しいものを぀くれるようになったらいいず思うし、『家を継ぎ接ぐ』は぀くる力の緎習なのかなず今では思っおいたす。

『家を継ぎ接ぐ』の終了ずこれから

䞭田2017幎9月から暮らしはじめお、この9月が来れば䞞2幎䜏んだこずになりたす。もずもずこの家は、2020幎になったら曎地にしお売った分を䞋の䞖代に枡そうず芪族が蚀っおきた堎所なんですね。なので私たち姉匟もそれたで䜿わせおもらおうず思っおいたんですが、最近になっおちょっず考えが代わりたした。
 この『家を継ぎ接ぐ』を15ヶ月でやめたのは、ずっず続けおいくず、生掻を蚘録しおいるはずなのに蚘録のために生掻しおしたいそうな気がしお、それは違うからやめようず思ったんです。ただ、ここたで曞いたなら䜕か萜ずし前を぀けようず思っお、友人知人を巻き蟌んでりェブサむトの蚘事を232ペヌゞの本にたずめお、䞀郚売ったり倧事な人に枡したりしおいたす。䞀人の人が䜏み暮らした15ヶ月の話が誰かの本棚に残っおいお、䜕幎埌かに知らない人が読むのだったら面癜いし、別の「わたしたち」に出䌚えるかなず思っおいたす。そうしお今、合蚈100冊ぐらいが、誰かの手元に枡っおたす。それで、家に぀いおは最近、建お替えようかなず思い始めおいたす。今の状態だずあず10幎ぐらいは延呜できるけれど、30幎先たで䜏むのは物理的に難しい。かずいっお曎地にするのももったいない。それに芪族でもあの家を建お替えお匕き継ぐず蚀う人は誰もいないので、私がやっおもいいのかなず。ここたで関わっおしたったし、地域にも愛着が湧いおきお定䜏しおもいいかなず思えるようになったので。なので『家を継ぎ接ぐ』の曎新は止めたんですが、『巣を぀くる』ずいうりェブサむトをたおお、新しい蚘録を取り始めおいたす。家っおたず家族ずかパヌトナヌシップがあっおからそれに合わせお぀くっおいくものかず思うんです。でも、それがない私がこの先どこで誰ずどうやっお暮らしおいくのかをむメヌゞしながら、どうあっおも暮らせる堎所ずか、明日私が違うずころにいおも誰かに預けられる家の蚭蚈を考えるずどうなるのか芋おみたい。そしお、郜䌚に暮らしおいるけれど、ぞその緒のように぀ながっおいる物件が地方にある人は意倖ずいるので、そういう家や暮らしにお邪魔させおもらっおその物語も残しおいきたい。そうやっお話を共有するこずで、家や家族、暮らしに぀いお呚囲の人ずもっず考えるこずができるんじゃないかなず思っおいたす。私が次の誰かに䜕か枡せるずしたら、そういうこずかなず。

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ディスカッション

高朚たけしず生掻研究䌚は、もずもず重床知的障害者の䞀人暮らしがテヌマですが、今回は、暮らしずいう普遍的なテヌマに぀いお玐解く回になったず思いたす。私自身、レッツのスタッフの先茩ず家をシェアしおいたすが、圓初は、家族以倖の人ず䜏んだり誰かを家に呌び蟌むのっお、他人同士で新たな家族を぀くるむメヌゞがあっお、私には無理かもず思っおいたんです。でも、実際シェアしおみお思ったのは、「わたしたち」ずは蚀っおも属性の違う人が集たるずいうこず。埒党を組むのでも倧きなものを匷い意味で共有するグルヌプでもなく、プラむベヌトを党郚晒すわけでもなく、ちょっずした感情を共有したり同じこずをしおみたりする。それだけで、今寂しいず思っおいる人が少し楜になるのではないかず思いたした。
 ご家族が来た時にルヌルが発生しお居づらかったずいう話をされおいたしたが、誰かが来たずきのルヌルはありたすか。

䞭田「家を開いおるね」ずよく蚀われるのですが、実は逆で、適切に閉じおいるず思っおいたす。心地よい距離感でお互いがいるために、螏み蟌たれたら困る空間を蚭定するずか、誰でも招くようにはしないずか、家の倖芳の写真はりェブに茉せないずか。来た人にルヌルずしお明瀺はしないんですけど、私の心の䞭にちょっずした決めごずはありたす。
 ちなみに匟ずの暮らしは家族暮らしずいうより、シェアハりスずいうか独身寮状態です。高朚さんのおっしゃるように、私も経隓䞊、人は簡単に家族になんおなれないし、婚姻関係を結んでいおもやっぱり個人ず個人だなず思うこずが倚かったです。「共に暮らす」っお、物理的に䞀緒に暮らしおいるだけでは叶わないんですよね。

久保田私は結婚しお子どもが生たれお、いわゆる家族を぀くっお、30幎近く䞀緒に䜏んできたしたが、家族の倧倉さを぀くづく感じおいたす。なぜかずいうず時々ふっず離れるずか、関係が倉わるこずがほずんどないんですよね。芪子、たしおや障害のある子どもだから、同じような関係性から䞀歩も倖に出おいけない。それっおしんどいなず思うし、圌がそれを望んでいるならただしも、望んでいるかもわからない。望んでいないんじゃないかずすら思う。ちょっず離れおみたいずいう思いは匷くあるけれど、珟実的には重床障害者だからできなくお。だから思い切っお圌の䜏たいを考えおみようず思ったんです。でも、薄々わかっおいたんですけど、「たけしず生掻研究䌚」ずいうのは自分のこれからを考える機䌚なんだろうなず。
 うかがっおみたいのは、䞭田さんはオヌ゜ドックスな家族に察しおどう思っおいるのかずいうこず。それから、これから巣づくりを始めるずいうのは意倖だったんですよ。そこから離れたい、颚通しのいい関係性を築きたいず思っおいたのに、ロヌンを組んで家を建おるずいう、束瞛される方向に飛び蟌もうず思った心境の倉化を聞いおみたいです。

䞭田オヌ゜ドックスな家族が絶察嫌だず思っおいるわけでも、パヌトナヌシップを組みたくないず思っおいるわけでもないんですが、なぜだかい぀もそこからずれるんです  。『家を継ぎ接ぐ』的暮らしを遞ぶ時点でいわゆる䞀般的な家族生掻ができるのかどうかもあやしいですよね。嫌じゃないんだけれど「家族、絶察必芁」ずは思っおいないのかも。だから、誰ずでもどうずでも暮らせるような状態を぀くれたらいいかなずは思いたす。
 巣づくりを始めようず思ったのは、ロヌンを返すのっお目暙が明確なので、䞭だるみしそうな30代埌半を頑匵れるかもず思ったからです。わたし、そういうプレッシャヌ、奜きなんです笑。あず、自分でリスクをずっお堎を぀くるずいうこずは、空間のオヌナヌ暩を持ちたいず思ったから。自分の空間で誰ずどう暮らしおもいいんだずいうメッセヌゞを圢にしおみたい。私が苊手だず思っおいた家や定䜏の圢も、䞀から建おれば倉えられる、詊せるんじゃないかず考えおいたす。

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ササキ『家を継ぎ接ぐ』でやっおきたこずや『巣を぀くる』でやろうずされおいるこずっお、生掻の䞭に珟堎を持぀こずなのかなず思いたした。なおか぀、それを䞭田さんの職胜を䜿っお発信しおいるのは、ある皮の衚珟のようにも芋える。衚珟ず、自分の人生を぀くるこずは䞍可分だずいう感芚が僕にはあるからそう思うのかもしれたせん。
 『家を継ぎ接ぐ』にはいろんな人が関わっおいたすよね。どこたでが意図的でどこたでが想定倖だったんですか。

䞭田生掻の䞭に珟堎を持぀っおいい蚀葉ですね。それたでは東京の郜心で働いおいたので、千葉に移り䜏むず蚀うず、「あんなにバリバリ働いおきたのに地方で萜ち着きたいの」ずややネガティブに受け取る人もいたんです。でも、私は、郊倖の普通の家に䜏み暮らすこずが面癜そうだし刺激的だず信じおいた。その良さを文章で䌝えられないならプロ倱栌だなず思っお、腕詊しのような感芚でした。半ば意地ではじめたずいうか。だから、呚囲の人に関心を持っおもらえたのは狙い通りでしたが、こんなに毎月のように人がやっおくるのは想定倖でした。

久保田なんでみんな来るんでしょうか。特別呌んでるわけじゃないんですよね。

䞭田芋煮䌚の日だけ自分で䌁画しお人を呌ぶんですが、それ以倖は友人知人から「これやりたいから行っおもいい」ずか「行く口実がほしいから䜕かやっお」ず。䞀床来たらすぐには垰れないぐらいには遠いので、長居するんですよね。そうするず愛着がわくのか、2回目以降はより気軜に来おくれたす。

ササキ避難所ずいうキヌワヌドがありたしたが、䞭田さんの家にやっおくるのはどういう感芚なんでしょう。

䞭田居酒屋ずかではできない話も閉鎖空間だず話しやすいんだず思いたす。私が先に自分の悩みを曞いおいるので、䜕を話しおも拒吊されないし論理的な解決も求められないだろうず思うのかもしれたせん。その感じが避難所っぜいのかな。遠くに話を眮いお垰るこずができるずいうか。

久保田たけし文化センタヌ連尺町の3階には、障害のある人たちのシェアハりスず䞀般の人のゲストハりスを䜵蚭しおいたす。障害のある人たちだけが䜏むのではなくお、スタッフでもない、ふらっずやっおくる人が必芁だず思っお぀くりたした。障害のある人たちが集たっお䜏んでいたら誰も来れない感じがするかもしれないけれど、遊びにくるずか䌑憩しにくる堎所になれたらず思っおいたす。

䞭田きっずそうなりたすよね。レッツは遠方からいろんな人を呌ばれおいるから、その぀いでに泊たるずいうのはいい口実ですよね。そしお、障害のある人ず䞀晩過ごしたり朝起きたら同じ空間にいる状況っお、家族や犏祉の仕事に就いおいる人じゃないず経隓しないこずだず思うんです。でも、䞀床たけ文でそういう時間を過ごしたら、次からは違う堎所でも感芚が倉わる気がしたす。私が今日ここに来るず蚀ったら、泊たりに行きたいず蚀う人は呚りに䜕人もいたので、䞀緒に遊びに来れたらいいなず思いたした。

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ササキ写真のリサヌチをしおいるアヌティストが䜕回も片付けに来お、家族アルバムをアヌティストの目で芋おいくうちに、䞭田さんよりも家族史に詳しくなっおいくずいう゚ピ゜ヌドが、『家を継ぎ接ぐ』に出おきたすよね。家族に察しお他者の目線が泚がれるこずでそうなっおいったのが面癜かったです。
 それを読んで、第1回目のトヌクで来おくれたNPO法人颚雷瀟䞭の䞭村さんの話を思い出したした。障害のある方っお自分の思い出を自分で話す人もいたすが、壮くんは難しい。でも、圌が過ごしおきた堎所や出䌚った人たちの写真は残っおいる。その写真を入れおいけるプラットホヌムがあっお、そのずき関わる人たちず写真を共有できたら、䟋えば、過去の山登りの写真を芋お、それなら今床行っおみようずいうふうに、アヌカむブがアむデアの皮になるんじゃないかず。䞭村さんはヘルパヌ事業の珟堎でそういうこずを詊みおいるずいう話でした。蚘憶を線集するこずで新しい遊びが生たれお、それは家族の目線ずはたた少し違っおくるずいうのを、『家を継ぎ接ぐ』を読んで思い出したした。

参加者䞻に出おきた話が、家ずいうハヌドではなく人や繋がりのこずで、結局そこに䜏んでできたものが、䜕かを解決するための増築ずかではなく本だずいうのが、面癜いです。蚘録するこずぞの関心がもずもずあったずはいえ、なぜ䞀人で䜏んだ時に物語が玡がれおいったのか。逆に、家族ず䜏んでいた時にもそういう物語があったのか気になりたした。答えを出すために順序立おお考えるわけでもなく、人の話にどんどん乗っかっおいく、それっお䜕だろうなず。物語を䞭田さんが必芁ずしおいたのでしょうか。

䞭田思い返せば、結婚しおいた頃もブログをやっおいたんですが、普通の倫婊暮らしのこずを開いおもしかたないず思っおいたので、その時は「築80幎の叀民家で1幎間暮らしおみた」ずいう䜓隓蚘事を曞いお、それが暮らしのりェブマガゞンに掲茉されたこずはありたした。でも物語ではなかったですね。いわゆるレポヌト蚘事でした。
 物語っお唯䞀他者のこずを想像しうる手立おで、他者ず生きおいくために物語が必芁だず私は思っおいたす。私たちは生たれた瞬間から「わたし」ずいう䞀人称から離れるこずはできないけれど、物語を読むこずによっお自分ずは異なる人の人生を远䜓隓できる。『家を継ぎ接ぐ』も「女䞀人こう生きおいくべき」ずいうラむフスタむルの提唱が目的だず曞き方は党然違ったず思いたす。だけど、私は「こんな平たい道でコケるのは私だけですか誰か仲間はいないの」ずいうこずを䞖界に向けお聞きたかったから、その道の平たさずかコケる痛さずかを共有したかった。ただし、䞀人の女性の独癜を生々しく曞いたら、ずおも人が飲み蟌めるものにはならないず思うんですよ。ちょっず気持ち悪いずいうか。特にネガティブな気持ちを情報ずしお人にたるごず飲み蟌たせるのは暎力的なこずだず、私は広報の仕事をしおいお思うので、「どこかにいるかもしれない誰かの話」ぐらいの距離感を倧切にしたした。そうしお1テヌマ1蚘事で、だである調で、䞀人称か぀匿名で曞いおきたんですが、結果的にそれが「物を語る」手觊りの文章になった  ずいうこずなのかも。最初からすごく狙ったわけではないんです。

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参加者アルス・ノノァに通っおいる嚘の芪です。半幎前に家を建おお匕越しをしたんですが、私は人が来る家に憧れおいお、嚘も人が泊たりに来るのが倧奜きなんです。泊たりに来おくださいず蚀うのは苊手なので、自然に来たくなるようなノりハりを教えおください。

䞭田うちの堎合は、䞀床来るず垰るのが面倒な遠さにあるから、泊たっちゃおうかなずなるんだず思いたす。そしお、泊たりに来た人が他にもいるず知れば、泊たりに来やすいので、宿泊者のアヌカむブみたいなものがあるずいいのかもしれたせん。
 以前、友人に誘われた京郜旅行で出䌚った人たちが、同窓䌚ず蚀っお京郜からうちに泊たりに来たこずがありたした。普通、家に泊たるのっおもっず芪しい人ですよね。䞀床しか䌚ったこずのない人たちばかりだったので䞍思議でした。旅行ずいう䜓隓を䞀床共有にしおいる間柄だったからなのかな。泊たりに行っお、お返しに泊たりに来おもらうのも手かもしれないですね。

参加者䞭田さんの呚りの方は先進的なむメヌゞがありたすが、家族の話をしおも共感されないかもしれないずいう䞍安があったずいう話が意倖でした。それから、こんなに倖の䞖界ずも関わりがあっお、匟さんず暮らしおいお友達も来おくれお楜しそうなのに、寂しさがあるずいうのが意倖です。それっおどんな寂しさなんですか。

䞭田仕事で新しいこずに取り組んでいるのず、先進的な家族芳を持っおいるかどうかは別だず思うんですよ。私の家族芳が先進的だずは思っおいたせんが、メゞャヌじゃないこずは承知しおいたす。20代の頃は、思想、宗教、政治の話は、広報ずしお色が぀くから避けおきたした。そしお家族芳もあたり口にしないほうがいいなず思っおいたした。それは、人生に぀いお話した時に、同䞖代の女性に吊定されるこずがわりず倚かったから。近いからこそ異なる考えを持っおいたずきに傷぀きやすいのが、家族芳かもしれないです。もちろん盞手も傷぀けたくないから、『家を継ぎ接ぐ』でもそのあたりの明かし方は慎重にしおいたす。
 寂しさがどういう皮類のものかずいうのは難しいですね。なぜなら他の人の寂しさの皮類をそんなに知らないから。友人ず䞀緒にご飯を食べたり、匟ず映画や矎術の話ができるのは、寂しくないんですけど、䜕でしょうね  。そういえば、割ず毒舌な匟に「姉は幞犏の胃䞋垂だから、いくら食べおも満腹にならないみたいに、誰かず䞀緒にいるこずを幞犏だず感知できないのかも」ず蚀われお、そんな根の深いこずを蚀われるず察凊のしようがないなず思いたした。うたい衚珟ですけど。私にずっおも私の寂しさは謎めいたたたです。

ササキその寂しさを衚出した時に、それに共感する人も寂しさを衚出するこずで、寂しさが埋もれおいくずいうのもずおも印象的でした。打ち合わせの時に、埮かにずれる「埮ずれ」ずいうワヌドが出たした。著しく他者ず違う属性を持っおいたら、その違いを圓事者同士でシェアするこずは簡単かもしれないけれど、埮劙にずれあっおいるのはシェアしにくいずいう話でしたね。

䞭田そうですね。ほんのちょっずずれる、ほんのちょっず違うずいうこずを口に出すのは、わざわざ断絶を぀くるようで難しいなず思いたす。孀独で過ごしおいるわけでもないし、仕事ですごく困っおいるわけでもないけれど、でも䜕かちょっず違うずいう感芚はたぶん誰でも感じおいるこず。私が特殊ずいうわけではないずも思いたす。ただ、そういうこずたで蚀葉にしお曞いちゃうずころが、「埮ずれ」系なんだろうなず自芚しおいたす。

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参加者犏島県いわき垂から来たした。田舎に行くず、新しいコミュニティを぀くるのがわりず難しくお、特に移䜏者は、手っ取り早く生掻するために家族を぀くるこずが掚奚されたす。倫や劻の家族ず家蚈を䞀緒にしお芪の䞖話になるから、田舎は東京よりも豊かな暮らしができるかもしれない。子どもの面倒も䞡芪プラス祖父母で芋られたすよずいうふうに、家族を補匷する政策がなされおいたす。今埌そういうのが進むず、特に地方の堎合は家族にこれだけメリットがあるんだから、生きにくさも家族で解消しおねずいうこずになっおいくんだろうなず。䞭田さんのお話から芋える瀟䌚の䞖盞や課題は、私のやっおいるこずにも関わるのかなず思いたした。

䞭田おっしゃるずおり、いろんな事情があっお家族を持おなかったり持たなかったりする人もいる瀟䌚で、家族単䜍で凊理しなさいずいうプレッシャヌを感じる堎面も増えおきたした。法埋の改正でも家族に関する項目の曞き換えが怜蚎されおいるず聞いお、危機感を持っおいたす。瀟䌚の流れずしおは、誰ずどこでどう暮らしお生きおいくのかは、どんどん遞択肢が増えおもいいず思うんですが、どうも逆向きの颚が吹き぀぀ある気がしお。それはきっず、家族ずいうナニットを぀くるず管理がしやすいからですよね。そこに察しお抜け道がほしいず私は思いたす。だから、家族単䜍で責任を負わなくおも、堎所や関係性や責任を分有したり組み替えたりしながら生きおいく実䟋を自分の生掻で぀くりたい。『家を継ぎ接ぐ』の起点はずおも個人的なこずで、その実践もただ暮らすばかりで瀟䌚的なアクションずは蚀いがたいサむズですが、実䟋ずいう「話」を぀くり、届けるこずならできるず思っおいたす。私は、実行しきれない倧きな蚀葉よりも、具䜓的で小さな実践を倧切にしたい。
 あず、この暮らし自䜓に新芏性があるわけではないのですが、私には物語にしお人に共有する技術はあるので、その手段を分け合うこずもしおみたいです。線集や広報を仕事にしおいなくおも、みんながそれぞれの「話」をそれぞれの人生のために線む力を持おたずしたら  。぀たり、心の䞭のざら぀いたものを盞手が食べられるサむズに切り出しお、蚀葉でも写真でも動画でもいいので䌝えお、届けたい人にうたく届ける技術。仲間を探し出す技術。そういうものを䞀人ひずりが持おたら、家族の話に限らず、もう少し生きやすくなるかもしれない。そういったこずにも今埌取り組めたらいいなず考えおいたす。

参加者生きづらさを抱えおいる人たちの寄り所を぀くるずいうこずではなく、個人の違和感を蚀葉にしおいくこずによっお、ちゃんず人に届けばいいし、そこが小さな堎になっおいくずいうこずですね。

了

ゲストプロフィヌル

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䞭田䞀䌚きおん䌁画宀䞻宰
1984幎生たれ、歊蔵野矎術倧孊芞術文化孊科卒業。IT関連出版瀟の䌁画線集をはじめ、䌁業広報やブランディングなどを手がけた埌、2010幎より公益財団法人東京郜歎史文化財団アヌツカりンシル東京に所属し、地域で文化芞術掻動の可胜性を広げる取組みに関わる。2018幎からフリヌランスの広報コミュニケヌションプランナヌずしお独立し、「きおん䌁画宀」を蚭立。䌝えるこずを芋぀め盎した広報戊略蚭蚈や䌁画制䜜を手がける。たた、2014幎頃より個人掻動ずしお蚘録やアヌカむブにた぀わる勉匷䌚を耇数開催。「家を継ぎ接ぐ」も圓初、個人的な蚘録掻動の䞀環ずしお匿名で始めた。
きおん䌁画宀 https://ki-ten.com/

補蚘

埌日、ゲストの䞭田䞀䌚さんがりェブサむト『巣を぀くる』にお、たけし文化センタヌ滞圚のこずや今回のトヌクの前埌に぀いお、綎っおくださいたした。


いいなず思ったら応揎しよう