
昭和、渋谷で、恋をしたり 1-6 |あんな風に笑うんだ
あんな風に笑うんだ
プラネタリウムがあったビルから渋谷駅へは連絡橋が架かっていたので、そこを渡ってホームを目指していた帰り道のことだった。
普段はバイト先まで自転車で通っていたが、その日は雨が降ったため、仕方なく電車で帰ろうとしていた。
渋谷駅のバスターミナルを渡り、東横線の改札に差しかかると、15メートルほど先に夏奈恵が歩いているのに気づいた。
「お疲れ様でした」くらい言えればと思ったし、少しでも一緒に帰れないだろうかという期待もあった。
そうして彼女の背中を追って早歩きになった途端、夏奈恵はまるで逃げるように小走りになった。
そして、スーツを着た男性の前で立ち止まった。
待ち合わせをしていたのなら仕方ない。
そう思いながら男性の顔を見ると、180センチくらいはあっただろうか。夏奈恵より背が高く、博識そうで、歳は50代くらいに見えた。
2人は並んで歩き出し、結局、夏奈恵は私に気づくことなく階段を降りていった。
「あんな風に笑うんだ」
夏奈恵の表情は柔らかかった。
プラネタリウムでは封印されていた、心を許した人にしか見せない笑顔だった。

家族なのだろう。
そう思ったし、その空間を邪魔してはいけないとも思った。
でも、その笑顔の先、その場所に行ってみたい。
見送りながら、そう思っていた。

口当たりの悪い妄想
「おつかれ。あ、君か? 東大生のアルバイトっていうのは?」
客席の掃除をしていたとき、遠くから聞き慣れない声が聞こえた。
振り返ると、品の良さそうなスーツに身を包んだ男性が、客席中央の投影機に向かって歩いていた。
「解説員の佐藤です。よろしく」
そう気さくに付け加えた。
スマートで背が高く、着こなしも決まっていた。
大人の余裕というのか、高ぶる様子がなく、一瞬にして「いい人だ」と思わせるオーラがあった。
声には若さと親しみが感じられた。
数日前、以前に解説員を務めていた大学教授が復帰するという話を聞いていたので、私もすぐに名乗って頭を下げた。
そして投影機の後ろにある解説台に登り、照明が当たった佐藤さんの顔を改めて見たとき、私の口は塞がらなくなった。
渋谷駅で声をかけ損ねた、あの笑顔の夏奈恵と一緒にいた「父親」と思い込んでいた男が、そこに立っていたのだ。
夏奈恵の苗字は望月だ。
佐藤、じゃない。
知ってはいけないことを知ってしまったような、口当たりの悪さが残った。
