
昭和、渋谷で、恋をしたり | 初めて買ったCD
CD聴かせてやるよ!
梅雨入りした6月の夜。
寮の自室で、私はウォークマンを聴きながら、オーディオ・パイセンから借りた音楽雑誌を眺めていた。
音楽にはまったく興味がなかった私だが、パイセンから渡されたカセットテープを聴いているうちに、少しずつ音楽が身近になっていた。
その中でも、よく聴いていたのがマイケル・ジャクソンの「Off the Wall」。
「Rock with you」を何度も巻き戻して聴いていた。
すると突然、パイセンが部屋に入ってきた。
「早くピンクに来い! CD聴かせてやるよ!」
“ピンク”とは、寮の会議室のこと。
何が始まるのかも分からないまま、私はパイセンの後を追った。
CDプレーヤーだぞ!

ピンクには、すでに10数人の寮生が集まっていた。
この日、パイセンが買ったばかりのCDプレーヤーが届いたのだ。
タワーレコードの黄色い袋から、パイセンが取り出したのは、見たことのない小さな円盤。
CDだった。
「すげーだろ。小さいぜ」
みんなが一斉に集まる。
「どっちがB面なんだ?」
「針乗せたら傷つきそうだな」
「どうやって音出るんだ?」
生まれて初めてCDを見る大学生たちは、まるで小学生のようだった。
そして、いよいよCDプレーヤーのスイッチが入る。
トレーが出てくるだけで歓声。
CDが本体に吸い込まれると、また歓声。
そして――。
山下達郎の歌声が、部屋いっぱいに響き渡った。
6月に流れた、クリスマス・イブ
パイセンが買ってきたCDは、山下達郎のニューアルバム『Melodies』。
その中に入っていた「悲しみJody」を、私は初めてCDで聴いた。
しかし、私の耳を本当に奪ったのは、その次の曲だった。
6月の蒸し暑い夜。
古くて、むさ苦しい大学寮の一室に、季節外れのクリスマスソングが流れ始めた。
「クリスマス・イブ」
初めて聴いたのに、なぜか「いい曲だ」と思った。
それまで聴いてきた日本のヒット曲とは、どこか違っていた。
後になって知った。
この曲には、バロック音楽を取り入れた独特の構成があり、間奏には多重録音によるアカペラも使われていた。
でも、そのときの私は、そんなことは知らない。
ただ、その音に惹かれていた。
そして翌日、渋谷へ

翌日。
私はバイトへ向かう途中、渋谷のタワーレコードに立ち寄った。
そして、そこで初めてCDを買った。
山下達郎「クリスマス・イブ」。
6月のクリスマス・イブ。
これが、私の「初めて買ったCD」になった。
『シブコイ』の音楽をもう少し

『昭和、渋谷で、恋をしたり。』には、音楽がたびたび登場します。
ウォークマン。
カセットテープ。
レコード。
そして、CD。
今では当たり前になった音楽の聴き方も、あの頃は少しずつ変わっている途中でした。
そんな1980年代の音楽事情も、『シブコイ』の楽しみ方のひとつです。
本編では、この出来事が登場します

このエピソードは、
本編の1-8につながる物語です。
「オーディオ・パイセンって誰?」
と思った方も、本編をぜひ。


