
スズカケノキと、東京科学大学から消えた名前
私は樹木が好きで、よく道端の木を見る。
そんな私からすると、普段通っている東京科学大学の大岡山キャンパスは、正直なところかなり物足りない。イチョウ、サクラ、ヒマラヤスギ。どれも街路樹や整備された公園でおなじみの顔ぶれである。私が特に好きなのは、樹皮なのだが、それらの樹皮は見ていても、面白みがなく、特に心が動かされることはない。
そんな大岡山キャンパスだが、私が唯一楽しいと思える木がスズカケノキ(プラタナス)だ。これも別に珍しい街路樹というわけではないし、樹形そのものも特に好みというわけではない。だが、ランダムに剥がれ落ちてまだら模様を作るその樹皮だけは、見ていて飽きない。本館の周辺に数本あり、キャンパス内での本数は並木を有するイチョウやサクラに遠く及ばないが、散歩の途中で時々立ち止まっては眺めている。


私が日々目にしているのは、あくまで大岡山のスズカケノキだ。だが、この木と東京科学大学は浅からぬ縁がある。
今年度から名称が変わってしまったが、東京科学大学(旧・東京工業大学)すずかけ台キャンパスは、最寄り駅である東急田園都市線「すずかけ台」駅の名にちなんで名付けられた。この駅名の発案者は、当時の東工大名誉教授・谷口修先生である。谷口先生が遺した「すずかけ台駅名由来記」という文章を見つけ、その由来の細部を窺うことができた。
当時、大岡山には既に大学院があったが、新キャンパスには学部を持たない独立した大学院と研究所を新設する計画があったという。大岡山を学部から大学院までを貫く伝統的な学問の場とし、新キャンパスを学際的研究を開拓する場とする。そういう希望に満ちた「新しいアカデミアの玄関口」にふさわしい駅名が求められた。
駅名選定にあたり、谷口氏は田園都市線沿線にすでにある藤が丘、青葉台、つくし野といった植物由来の駅名にならい、花言葉から学問研究にちなむものを探したという。そして見つかったのが「天才」「好奇心」という花言葉をもつスズカケノキだった。
その由来は、紀元前380年頃プラトンがアテネ郊外に開いたアカデミアに、この木が植えられていたという逸話に遡る。プラトンはしばしばその木陰で弟子たちに講義し、瞑想にふけったといわれ、「プラトン-プラタナス」という音の連想から天才の花言葉が生まれたとされる。アリストテレスやヒポクラテスも、同じ木陰で教えを説いたという伝承が各地に残っているらしい。
なお「すずかけ」という和名自体も、明治初年に球状の果実が修験者の篠懸衣の飾りに似ていることから「篠懸木」と呼ばれ、それがいつしか「鈴懸木」と書かれるようになったものだという。学問の象徴であると同時に、和名もまた求道者に通ずる名でもあったのだ。
同キャンパス自体は1975年に開設され、2001年に大学創立120周年を記念し「長津田キャンパス」から最寄り駅にちなんで「すずかけ台キャンパス」に改称された。四半世紀を経て積み重ねられてきた名前の物語だったが、2024年の統合にともない、今年の改称によって、「横浜キャンパス」になり、その名前はキャンパス名からは失われた。名称変更に際しては反対する動きもあったと聞くが、私が入学する前のことで詳しい経緯までは知らない。
私が大岡山で日々すれ違っているスズカケノキは、これまで紹介したエピソードとはなにも関係ないかも知れない。由来も歴史も別の木だ。それでも、まだら模様の樹皮を眺めるたびに、自分が見ているのとは違う場所で、誰かがこの木に学問への願いを託していたことを思い出す。
地名や組織名などは、誰のために、何を語り継ぐためにあるのだろう。効率や分かりやすさが優先されるとき、そこに込められていた由来や物語は、果たしてどこへ消えてゆくのだろうか。大岡山のキャンパスの片隅で、そんなことを考えている。