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Photo bysodonder

編集者は、最終的に「生き方」で差別化するしかないのかもしれない

    AIによって仕事が奪われる、と言われている。

    編集者ももちろん例外じゃない。いろんなことが「外部化」できるようになれば、編集者だってやることはなくなる。

    じゃあ編集者はどうすれば生き残れるのか? どこで仕事に差をつければいいのか?

    僕は、最終的には「生き方」になると思った。

    これまでどんなことを考えてきたか? どんな恋愛をしてきたか? どんな人に会ってきたか? どんな旅をしてきたか? どんな会話をしてきたか? どんな映画を観てきたか? どんな本を読んできたか?

    そこがより問われるようになるんじゃないか。

    編集者によって、できあがる本やコンテンツは変わる。

    著者は同じでも、Aという編集者が手がけるものと、Bという編集者が手がけるものでは違ってくる。売れ方も読者層も変わる。

    それは編集者の「生き方」が知らないうちに反映しているからだろう。

    書き手にどういう企画の提案ができるか? 取材のときにどういう質問ができるか? 上がってきた原稿にどうフィードバックするか? どうパッケージしてどうタイトルをつけるか?

    すべて編集者の生き方が問われる。

    ふだんから本気でいいものを追求し、妥協を許さない生き方をしていれば、きっとそれはアウトプットにあらわれる。ふだんから建前だらけで本音を出さない生き方をしていると、できあがるものも建前っぽいものになる。

    編集者は結局生き方につながってくる恐ろしい職業だ。

    一方で、こんなに面白い職業もない。

    だからこそ「自分にウソをつかない恥ずかしくない生き方」をしないとな、と思う。

    (佐渡島さんからは「どの職業も同じで編集者が特別というわけじゃないよ」という指摘をいただいた。たしかに。カメラマンも絵描きも「技術」の部分はコモディティ化していくからなー。あらゆる職業人は、というか人間は、最終的には欲求や思考や知識などを含んだ「生き方」でしか差別化できなくなるのかもしれない。)

     
     
     
    株式会社WORDS代表取締役。経営者の言語化・コンテンツ化をサポートする顧問編集者。『メモの魔力』(前田裕二)、『佐藤可士和の打ち合わせ』(佐藤可士和)、『福岡市を経営する』(高島宗一郎)など書籍の編集・執筆も。SNS時代の「伝わる文章」の探求をしています。ポテトサラダが好き。

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