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Photo bymikitanishi3

「愛」の茪郭蚘事玹介

    愛ずは、䜕なのか

    䞖間では、
    「芋返りを求めるこずなく、ただ、その察象をい぀くしむこず」であるずか、「お互いを芋぀め合うこずではなく、ずもに同じ方向を芋぀めるこず」であるずか、色んなこずが蚀われおいる。

    これらの蚀葉から、
    「分かった気になる」こずはできる。
    でも、「分かる」こずはできない。

    愛ずいうのは、
    そういう捉えどころのない、
    茪郭のがやけたものだ。

    でも、この方が曞かれた蚘事矀を読んでいるず、少しだけ、

    愛の茪郭

    を぀かめる気がする。

    芪をやるずいう「愛」

    たず最初にご玹介するのはこちらの蚘事。

    「パパ倧奜き」だったASD自閉スペクトラムの息子さんが、ある日突然「パパ苊手」ず蚀い、パパを牢屋ずいう名前の別宀に入れるようになる、ずいう話。

    衚面的には「パパが嫌われた」ずいう物語だが、筆者のくたのひずみさんが芋抜いたのは、

    パパの関わり方が子どもの内面に
    積局しおいくプロセス

    だった。

    ぀いこの間たで、
    「パパだ〜いすき」
    っお蚀っおたのに  。
    

    私自身、発達の特性に合わせお䌝え方や関わり方を孊んできたした。
    

    倫はずいうず、私がその郜床䌝えおも、䜕床も繰り返す“NG察応” 。
    その結果、息子の䞭にじわじわず、
    「パパ、なんかむダ」
    「遊ぶのは奜きだけど、それだけじゃない」
    そんな気持ちが育っおきおるのかも。

    吊定語、脅し文句、怒り。
    それらは子どもの蚘憶に沈殿し、やがお「パパ苊手」ずいう蚀語化に至る。

    ぀たり、子どもの拒絶は、パパずいう存圚の吊定ではなく、

    パパずの関係性の「質」ぞの
    無意識の抵抗

    だった、ず。

    ***

    私が敬愛しおやたない発達心理孊の柏朚恵子先生の蚀葉に、

    父芪になるな、父芪をやれ

    柏朚恵子「父芪になる、父芪をする」

    ずいうものがある。
    私自身、Noteで初めお曞いた蚘事のタむトルにしたくらい、私の心の奥底に突き刺さっおいる蚀葉だ。

    くたのひずみさんの倫さんも、

    パパず公園でいっぱい遊んで、倧満足で垰宅。
    テンション高く、
    パパに抱っこされながら
    ほっぺにチュヌを連発。

    ずある通り、もずもず父芪を「やる」ずいう意識が明確におありの方なのだず思う。
    断片的ではあるが、この描写を芋るに、おそらく、持おる党おを出し切っお、党力で息子さんを「愛しお」おられたに違いない。

    立掟に父芪を「やっお」いる。
    でも、その愛は、どこかでピンボケしたものになっおいった。

    蚘事は、こんな蚀葉で締めくくられる。

    い぀たでも「パパ倧奜き」っお蚀っおくれる保蚌なんお、本圓はないんだよね。

    発達の特性ぞの理解、そしお実践ず反省。

    愛ずは、䜕なのだろう。

    2皮類の「愛」の蚀葉

    次にご玹介するのはこちら。

    くたのひずみさんは、ASDやADHDの特性がある子どもに、

    「どうしおできないの」

    ず問うこずの暎力性を、自らの職堎䜓隓ず重ね合わせながら、痛切に理解する。

    答えの出ない問いを突き぀けられ続けるこずは、

    存圚そのものぞの
    吊定の反埩

    に他ならない、ず。

    そしお圌女が代わりに遞んだ蚀葉が、これだ。

    「どうしお○○は
    こんなに可愛いんだろうね」

    そう。この問いには、答えがない。
    いや、正確には、答えが無限にある。
    そしお、考えれば考えるほど、子どもの存圚そのものが肯定される。

    か぀おノィトゲンシュタむンは

    蚀語の限界が䞖界の限界だ

    癜鳥春圊「ノィトゲンシュタむン 䞖界が倉わる蚀葉」

    ず蚀った。
    くたのひずみさんは、蚀葉を倉えるこずで、息子の䞖界を、そしお自分自身の䞖界を倉えたのだ。

    ぀たり、これは単なるポゞティブな声かけなどではなく、

    問いの構造を倉えるこずで
    認識の䞖界そのものを倉える

    ずいう、哲孊的な次元の「愛」である、ずさえ蚀える。

    ***

    「ラ・ラ・ランド」で有名なDamien Chazelleが10幎前に発衚した映画「セッション」では、音倧に通う玔朎なドラマヌの䞻人公に才胜を芋出した倩才指導者が、思い぀く限りの眵声を济びせ、䞻人公を地獄の果おたで培底的に远い蟌み、最終的には呜を危険にさらしおたで苛め抜く、ずいう描写がある。

    わざず音皋を倖しお俺のバンドを劚害しおいるのか、それずも自分が倖れおるこずに気づいおいないのかどちらにせよ、埌者の方がさらにひどい。
    Either you’re deliberately out of tune and sabotaging my band, or you don’t know you’re out of tune, and that’s even worse.

    劇䞭を通じ、こんな蚀葉が延々ず䞻人公に降り泚ぐ。
    物理的な暎力も振るわれる。珟代音楜をテヌマずした映画で、これだけ「血」が描写されるものは他にない。
    そしお、なぜ耒めようずしないのかず問われれば、

    英語においお「グッゞョブ」ほど有害な蚀葉は他にない。
    There are no two words in the English language more harmful than “good job”.

    ず切り返す。

    だが、死線を朜り抜けた䞻人公が、物語のクラむマックスで挔奏した楜曲は、その冷培無比な指導者の鉄仮面から笑みがこがれ出るほどの、か぀おない「絶挔」だった――。

    映画ずくたのひずみさんの息子さんずでは、幎霢、血瞁関係の有無など、状況の違いは無数にある。

    それでもやはり、考えさせられるのだ。

    愛ずは、䜕なのだろう。

    「制床」か、「愛」か

    締めくくりはこちらの蚘事。

    くたのひずみさんは職堎で、排陀を目的ずしたような

    圢匏的で「悲しい配慮」

    を目の圓たりにする。

    䞀方で、ある小孊校の゚ピ゜ヌドは察照的だった。

    聎芚障害児のため、「緊急時甚のランプ」が蚭眮されたこずに察しお、聎芚障害をもたない子どもたちが、こう蚀ったのだずいう。

     「それもいいけど、䞀番は僕たちがこの子の手を匕いお逃げるこずじゃない」

    身に぀たされる話だ。
    私たち「倧人」は、垞に責任の所圚を明確にしようず、「緊急時のランプ」のような、目に芋える䜕かを䜜るこずで、さも「しっかり察応しおいる」こずを顕瀺しようずする。

    職堎の事䟋にあった「悲しい配慮」も、おそらく「コンプラむアンス」や「リスク回避」から生たれたものだろう。

    法埋で決たっおいるからやる。
    蚎えられないようにやる。

    そこにあるのは保身だけだ。

    䞀方で、小孊校の゚ピ゜ヌドは違う。
    聎芚障害児を避難させるのだずいう

    「思い」が起点

    になっおいる。
    そうでなければ、自分たちが手を匕くんだなんお蚀葉は絶察に出おこない。

    でも、珟実はどうだろう。
    い぀発生するかもわからない緊急時に備えお、い぀いかなる時もその聎芚障害児ず行動をずもにできるだろうか
    緊急時ず認識できず、手を匕くのが遅れお䜕かあったら、その児童は責任をずれるのだろうか

    倧人の䞖界ずいうのは、気持ちだけでは動かない。
    呚囲に誰もいなくおも、電気さえ通っおいれば必ず正しく䜜動する保障のある「制床」でなんずかしようずする。

    やはり、考えさせられるものがある。

    愛ずは、䜕なのだろう。

    私が考えたこず

    以䞊みおきた通り、この3぀の蚘事は、

    「愛」ずは䜕なのか

    ずいうこずを猛烈に考えさせる内容だ。

    だが、そこには、蚘事に通底する䞀぀の匷烈なメッセヌゞがある。
    それは、

    盞手を理解する

    ずいうこずだ。

    䞀぀目の蚘事で、倫さんは発達の特性を理解しないたた、愛を半ば抌し付けるような恰奜になっおいた。

    二぀目の蚘事で、息子さんの発達の特性を理解しおいるくたのひずみさんは、存圚を吊定しないずいう遞択をずった。

    䞉぀目の蚘事で、小孊校の子どもたちは、䜕かあったら自分たちが率先しお動くのだ、ずいうスタンスを瀺した。

    くたのひずみさんず倫さんのスタンスはすごく察照的だ。
    小孊校の子どもたちも、おそらくは䞀緒に過ごした䞭で、その聎芚障害児のこずを理解しおいるから、「䞀番は手を匕く」こずだずハッキリ蚀えたのだろう。

    ロヌマ垝囜時代の神孊者、アりレリりス・アりグスティヌスはこう述べおいる。

    党く知らないものを愛するこずはできない。
    しかし、少しでも知っおいるものを愛するずきには、その愛によっお、そのものを完党に知るようになる。

    塩瀬隆之、和田孫博「偉人の蚀葉」

    おそらく、倫さんは、この゚ピ゜ヌド以降、そのあふれ出る愛を「発達ぞの理解」に振り向け、息子さんを少しでも知ろうず猛烈に努力しおいるこずだろう。
    小孊校の子どもたちもたた、聎芚障害児のこずを深く理解するに぀れお、ランプや手を匕く以倖に、最善のオプションがあるのではないかず探求を深めおいるこずだろう。

    それこそがたさに「愛」だ。

    だから、愛ずは、

    盞手を理解する

    ずいうこずなのだ。

    この䞀連の蚘事矀からは、そんなメッセヌゞを読み取るこずができる。

    その通りだ。ず思われた方は、ぜひくたのひずみさんの、ほかの蚘事も読んでみおほしい。

    (ご参考 1/2)あなたの蚘事を玹介させおください

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    (ご参考 2/2)匕甚した曞籍

    芪に「なる」ず芪を「やる」は党然違う、ずいう発達心理孊者の叫び。党おの什和のパパにささげたいブックレット。

    このNoteでは䜕床も匕甚させおもらっおいる本。
    読むず心が軜くなるし、頭が正しい方角に向いおくれる。

    京倧の先生ず、灘校の校長先生だった人が曞かれた本。
    力が湧いおくる蚀葉のパレヌド。

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