
AIはマネージャ業務を代替しうるのか
AIの能力が向上するにつれて、「マネージャ業務をAIで代替できるのでは」という議論を耳にする機会が増えた。AIが部下のアウトプットにFBを返せるようにすることで、ミドルマネージャがいなくても業務の品質を高めたり、人材を育成できるのではないか、という言説である。
そうしたことは実現可能なのだろうか。
その問いに答えるために、まずはマネージャの業務フローを分解してみる。
マネージャの業務フロー
部下のアウトプットにFBを返す場面における、マネージャの業務フローは、以下の3つに分解できる。
部下のアウトプットをみて、問題の所在を把握する
問題の優先順位を決める
部下のパースペクティブに合わせて説明する
順に説明しよう。
① 部下のアウトプットをみて、問題の所在を把握する
マネージャは部下のプレゼンを聞きながら、問題の所在を把握する。ここで優秀なマネージャは、成果物の問題点を把握しつつ、その成果物を生み出すにいたった部下のパースペクティブ(世界の捉え方)を理解しようとする。
そのパースペクティブがどこでズレているかを見極めることが重要である。たとえば、UXデザインのアウトプットをレビューする場面でいうと、以下のようなレイヤを想定して、どこで認識のズレが生じているかを把握することが求められる。
想定しているビジネスゴールの捉え方がズレている
顧客にとっての理想体験の捉え方がズレている
提供するソリューションの捉え方がズレているのか
インターフェースの捉え方がズレているのか
プレゼンを聴いただけでは分からない場合、マネージャはさまざまな疑問をぶつけ、部下がどのように世界を捉えているために、こうしたアプトプットが出てきたのかを掴むことが必要になる。
② 問題の優先順位を決める
認識のズレを発見できたとしても、それをすべて指摘できるわけではない。
なぜなら、部下が一度に吸収できるFBはせいぜい1~2個であり、認知限界があるためだ。部下のワーキングメモリに収まるようなFBが求められる。
なので、マネージャは実際には30個くらい言いたいことがあったとしても、すべては言わない。大事な1~2つに絞ってFBする。
この優先順位の決定は、職人芸のようなところがある。部下の力量や関心、クライアントのキーパーソンの関心、次回の勝負ミーティングまでの日数、
マネージャ側の空き工数の状況(最悪の場合、巻き取れるかどうか)などによって優先順位を決める必要がある。また、このFBをすれば、その他の問題も連鎖的に理解できるようになるのでは、という根幹の問題を発見する能力も求められる。
③ 部下のパースペクティブにあわせて説明する
最後に、その問題を部下に伝える。ただし、「ここの認識がズレている」と単に提示すれば良いわけではない。部下側がどのようなパースペクティブを持っているかによって、納得しやすい説明の方法は異なるからだ。マネージャは、部下がどのような枠組みで物事を考えているのかを想定したうえで、相手に伝わりやすいかたちに翻訳して、FBを説明する必要がある。
ここでマネージャは、自らの認識を部下に押し付けるべきではない。自分の考え方が間違っている可能性を常に疑いつつも、部下自身が「なるほど、そういうことか」と気づける状態を作ることが求められる。
こうしたプロセスの地道な繰り返しによって、部下側のパースペクティブは少しずつ自社らしいものとなっていき、能力も拡張されていく。組織基盤となる文化づくりと、人材育成が進んでいくのだ。
AIによる業務フローの代替検討
さて、ここからが本題である。AIは、これら3つの業務フローを高い品質で代替できるのだろうか。マネージャがいなくても、部下がAIを活用すれば、アウトプット品質の担保や人材育成を自動化する仕組みを作れるだろうか。こちらも順番に考えてみよう。
① 部下のアウトプットをみて、問題の所在を把握する
この業務フローの代替は、相当に難しい。おそらく、部下が作成したアウトプットの問題を列挙することはAIにもできるだろう。しかし、マネージャの仕事の核心は、「部下のパースペクティブが、どのレイヤでズレているか」を特定することにある。
しかし、AIが部下のパースペクティブを理解することは難しい。人間同士であれば、喋っていれば共感覚が働き、なんとなく部下のパースペクティブが分かってくる。相手の行動や表情を観察すると、ミラーニューロンのような神経細胞の働きによって、いわゆる「共感」が生まれ、相手から見える世界がなんとなくわかるようになるのだ。ただ、そうしたタスクをAIが代替することは、現時点では難しいと考える。
② 問題の優先順位を決める
この業務フローの代替も、現状では難しい。なぜなら、こうした意思決定は「多次元の意思決定だから」である。先ほど提示したように、部下の力量や関心、クライアントのキーパーソンの関心、次回の勝負ミーティングまでの日数、マネージャ側の空き工数の状況(最悪の場合、巻き取れるかどうか)といった変数を踏まえて、いま優先的に指摘する問題を取捨選択する必要がある。将来的に、そうした判断に必要な多次元の情報を、AIのデータベースにローコストに入力できる時代になれば実現可能かもしれないが、短期的には難しいと考える。
また、ここではFBを聴いている部下の様子を観察しながら、優先順位を動的に入れ替えたり、調整するスキルも必要になる。
③ 部下のパースペクティブにあわせて説明する
この業務フローも、AIが代替することは現状では相当難しい。まず、先ほど述べた「AIサイドが部下のパースペクティブを理解できるのか」という問題がそのまま乗ってくる。
加えて、ここには別の問題もある。人間同士の会話であれば、マネージャは「部下はこのFBを理解できていないだろうな」を察知できる。しかしAIには現状それができない。AIの説明を部下が「分かったつもり」になり、問題が解決されずに繰り返されるケースが量産されることが予想される。
人間が「何かを理解する」ということは、その瞬間に、その人間が精神的に生まれ変わることを意味する。そうした状況を、人間とAIとの対話を通じて高確率で生み出せるのかと言われると、自信がない。
以上が、AIによるマネージャ業務(FB・コーチング)の代替が、現状では難しいと考える理由である。言い換えれば、これらの問題点をどう打破するかを考えることが、AI活用のキモになってくる。
まとめ
ここまでの検討を踏まえると、「部下から見える世界」を理解することが、マネージャ業務の代替を考えるうえでは重要になることが分かる。将来的にすべての業務フローがAIに覆われ、様々なデータをAIがローコストに食えるようになると、多次元の優先順位付けの問題は解決に向かうと考えられる。
しかし、部下側のパースペクティブを理解したうえで、それにあわせたFBを展開することは、AIには相当難しい。人材育成や組織文化の醸成というものを、今後も企業が担うのであれば、AIの活用方針を考えるうえでこういった観点を持っておくことは重要であると考える。