メインコンテンツへスキップ
見出し画像

「いい感じにまとめておいて」でAIは動かない──本当の原因は、指示の前にある

    会議室を出る直前に、部長が振り返った。

    「これ、いい感じにまとめておいて」

    それだけ言って、廊下に消えた。

    課長は一瞬止まる。だが、何も聞き返さない。長年の経験で、聞いても答えは返ってこないと知っているからだ。あるいは、聞き返すこと自体が「わかっていない」という評価につながると、どこかで学習しているからかもしれない。いずれにせよ、問いは飲み込まれた。

    何をまとめるのか。誰に向けたものか。いつまでに、どのレベルで。
    何一つ決まっていない。それでも仕事は動き出す。

    自席に戻った課長は、部下に言う。「これ、いい感じにまとめておいて」。

    指示は、ほぼ原文のまま下りる。

     この光景に見覚えがある人は、日本のどこかで今週も同じことをやっているはずだ。

    「AIを使えばよくなるはず」の前にあるもの

     ここ数年で、多くの企業がAIを導入した。ChatGPTを試し、社内ツールを整え、研修も組んだ。資料作成は確かに速くなった。文章も整うようになった。

    それでも、仕事全体が軽くなった実感は薄い。

    会議は相変わらず長い。メールはむしろ増えた。最後は人が調整し、人が根回しし、人が責任を取る。「AIを活用している」のに、何かが変わった気がしない。

    多くの人はここで、こう考える。「まだ活用が足りないのでは」「もっと使いこなせば変わるはずだ」と。

    だが、それは半分正しく、半分、的外れだ。

    問題はAIの使い方ではない。その前にある。

     「いい感じに」という指示が、すべての起点だ

     話を戻そう。「いい感じにまとめておいて」という指示のもとで、部下はどう動くか。

    とりあえずやるしかないから、動く。数日後、資料が上がってくる。課長が修正する。部長がコメントする。「ちょっと違うな」「もう少し具体的に」「このあたり、もう一回考えてみて」。三回直して、ようやく「まあいいか」になる。

    なぜこうなるのか。答えはシンプルだ。課長自身も、よくわかっていないからだ。来週の役員会に出す必要がある。進捗報告はしなければならない。それだけは決まっている。だが、それ以外は曖昧なままだ。

    「立場」が指示し、「立場」が受け取り、「立場」が処理する。本来あるべき「仕事の定義」は、その流れの中でいつも抜け落ちる。何を目的として、誰に向けて、どのレベルで、いつまでに、どんな形式で。これが揃えば話は早い。だが実際の指示は「いい感じに」の一言で完結する。

    この構造の中では、人間同士でもズレが生まれる。

    そこにAIを入れると、どうなるか。

    AIは非常に優秀だ。だが「明確な入力」を前提として動く。曖昧な指示には、曖昧な出力しか返さない。これはAIの限界ではなく、入力の問題だ。しかし多くの現場では、この事実が逆に解釈される。「AIはまだ使えない」「精度が低い」「やっぱり人間の方がいい」。

    そう言いながら、自分たちが「いい感じに」という指示で仕事を動かしていることには、誰も気づかない。

    「いい感じに」で動く組織は、「いい感じに」しかAIを使えない。

    AIが使えないのではない。仕事の設計が、AIに耐えられないだけだ。

     なぜ「仕事の設計」は曖昧なままなのか

     ここで疑問が生まれる。なぜ日本企業の仕事は、これほど定義が曖昧なまま動き続けているのか。

    コロナ禍に、その答えが一瞬だけ見えた。

    出社できなくなり、会議がオンラインに切り替わったとき、不思議なことが起きた。会議が短くなり、必要な人だけが参加し、決断が早くなった。「あれ、これで回るじゃないか」と感じた人は少なくなかったはずだ。

    だが、コロナが落ち着くと元通りになった。「やっぱり対面の方がいいよね」「雑談から生まれる価値もあるから」。気づけば、会議は長くなり、参加者は増え、移動時間も復活した。

    問題は、対面かオンラインかではない。「なぜ検討すらせずに戻るのか」だ。

    答えはここにある。仕事のやり方は、合理性ではなく「空気」で決まるからだ。

    言語化されていない「了解」や「空気」が、仕事の進め方を支配している。この場ではこう振る舞うべき、この人にはこう配慮するべき、ここは波風を立てない方がいい。そうした見えないルールが、会議の長さも、指示の曖昧さも、根回しの必要性も、すべてを決めている。

    さらに厄介な問題がある。無駄を削ることは、誰かの存在意義を削ることでもある。会議を減らせば、そこに関わっていた人の役割が消える。資料を減らせば、その作成を担っていた人の仕事がなくなる。だから無駄は、形を変えて残り続ける。不要な会議は名前を変えて残り、根回しは「事前共有」という名で残り、無駄な資料は「参考資料」として生き続ける。

    その上にAIが乗る。AIは速くする。だが、構造は問い直さない。

    結果として起きるのは「効率化」ではなく、「無駄の高速化」だ。

     「最後は人だからね」という言葉の正体

     以前、大学の同級生と久しぶりに会った。大手化学メーカーで長く営業をやり、いまは関連会社の役員をしている。誰からも好かれる、いわゆる「会社の中でちゃんと評価されてきた人」だ。

    「AIとか、会社では使ってるの?」と聞いてみると、「入ってるよ。でも正直、あんまり変わらないな」と答えた。若手はAIで資料を作っていてスピードは上がった、だがその後のプロセスは何も変わっていない。会議はある、根回しも要る、最後は全員で確認する。

    そして彼は言った。「まあ、最後は人だからね」。

    この言葉は、正しい。間違っていない。

    だが同時に、現状を丸ごと正当化する言葉でもある。角が立たず、誰も傷つかず、変わらないことへの違和感を静かに消してくれる。

    問題は、仕事のやり方が変わっていないことではない。変わらないことを、誰も「問題だ」と思っていないことだ。

     問い直すべきは、AIの使い方ではない

     ここまで読んで、こう感じている人もいるかもしれない。「それはそうかもしれないが、自分一人で何を変えられるのか」と。

    その感覚は正直だと思う。組織全体を変えようとすると、ほぼ確実に失敗する。評価制度も、上司も、急には変わらない。

    だが、変えられることはある。自分の担当業務の「仕事の定義」だ。

    明日の朝一番に受け取る指示を思い浮かべてほしい。「確認しておいて」「まとめておいて」「考えておいて」のどれかだ。その指示を受け取ったとき、目的・対象・粒度・期限を自分から確認する。たったそれだけで、AIの使い方が根本から変わる。

    そして、もうひとつ。「速くする」より先に「何をやらないか」を決める。AIは仕事を減らさない。放っておくと、増やす。削る判断を先に人間がしない限り、AIは必ず「増やす側」に回る。

    これは大げさな話ではない。「この会議、本当に必要か」と一度だけ考えてみる。そのくらいのことだ。

    違和感は正しい。変わっていないから、変わっていないと感じている。

    その感覚を信じて、少しだけ、問い直してみてほしい。

    昭和の仕事は、そう簡単には崩れない。だが、問い直した人間の中では、少しずつほどけていく。

    もしこの違和感に心当たりがあるなら、次は「AIをどう使うか」ではなく、「その前に何を整理すべきか」を見てほしいです。

    今回、有料note
    『AI以前の問題 実践マニュアル──AI導入の前に整えるべき、仕事整理・指示設計・会議前処理』
    を公開しました。

    • 業務整理シート

    • 指示設計シート

    • 会議前処理チェックリスト

    • ダメ指示→改善指示比較表

    • 4週間実装プランシート

    の5つの書き込み式PDFも付けています。

    見た目より、現場で使えることを優先して、あえてシンプルな書き込み式PDFにしています。考えるためではなく、動くための付録です。

    「いい感じに」で仕事を回してきた会社ほど、AIは空回りします。
    その整理法を、今回は“実務で使える型”としてまとめました。

    ▶有料noteはこちら↓↓↓

    ▶配置設計まで体系的に学びたい方はUdemyへ。

    📩 The Japan Business Files(英語版)も発信しています
    日本のビジネス・組織・コミュニケーションについて、英語で世界に向けて発信中。日本に関心のある海外の読者の方は、ぜひこちらもご覧ください。
    → https://thejapanbusinessfiles.substack.com


     
     
    【著述家、研修講師】人材紹介会社代表。食品・製薬・ITで海外業務35年、英国MBA。戦略人事のゼロベース立ち上げと急成長に貢献。Amazonベストセラー等、ビジネス著書多数。本noteでは働く現場の違和感を言語化し、修羅場の対話術や50代以降のキャリア再定義を発信中。

    あなたへのおすすめ