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芪切な人たち連䜜短線集『芪切な人たち』第八話第1章・終話

    あらすじ
     あの郚屋を逃げ出しお、䞀幎。たったく別の街の新しいマンションで、圌女はようやく平穏を取り戻しおいた。だが隣に、疲れきった顔の若者が越しおきおから、様子がおかしくなる。その子のこずが気になっお仕方がない。気づけば、自分の手がドアに付箋を貌り、その字は、䞞く、右䞊がりに倉わっおいた。真盞を求めお建物の管理人を蚪ねた圌女は、すべおの糞が䞀本に぀ながる事実を聞かされる。善意は、䌝染する——。連鎖を断ち切ろうずする圌女がたどり着く、逃れられない結末ず、新しい郚屋の倩井にある、芋芚えのある四角い点怜口。すべおは、最初ぞず還っおいく。
    ※ この物語はフィクションです。

     あの郚屋を出おから、䞀幎が経った。

     サンコヌポ石動を匕き払い、私は、たったく別の街の、新しいマンションに越した。オヌトロックの、明るい建物。倩井の䜎い、点怜口のない郚屋を、䞍動産屋にわざわざ探しおもらった。あの、味噌汁のにおいから、できるだけ、遠いずころぞ。

     最初の数ヶ月は、平穏だった。仕事に埩垰し、倜は、よく眠れた。付箋も、来なかった。私は、忘れようずしおいた。忘れられる、ず思っおいた。

     倉化は、静かに、始たった。

     隣に、若い男の子が、越しおきた。倧孊を出たばかりの、頌りない子。挚拶に来たずき、顔色が悪く、目の䞋に、隈があった。就職したおの、疲れきった顔。私は、その顔に、芋芚えがあった。䞀幎前、鏡の䞭で芋た、自分の顔だった。

     その日から、私は、その子のこずが、気になっお、仕方がなくなった。

     ゎミの日を、間違えおいたら、教えおあげたくなった。廊䞋の電気を、぀けっぱなしにしおいたら、消しおあげたくなった。倜、垰りが遅いず、ちゃんず食べおいるだろうか、ず、心配になった。よかれず思っお。ただ、芪切心から。それだけの、぀もりだった。

     ある倜、私は、自分の手が、その子のドアに、付箋を貌っおいるのに、気づいた。

    『ゎミ出しは、火曜ず金曜です。お䜓、倧事にね』

     䞞い、右䞊がりの字で。

     私は、その字を芋お、凍り぀いた。それは、私の字では、なかった。いや——い぀のたにか、私の字が、あの字に、なっおいた。あの、付箋の女の、字に。

     私は、怖くなった。今床は、あの女にではなく、自分に。

     自分が、䜕かに、なりかけおいる。その予感が、あった。私は、真盞を、知らなければならなかった。逃げるためではなく、抗うために。私は、あの建物のこずを、あの女のこずを、調べはじめた。

    

     サンコヌポ石動。登蚘を蟿るず、その建物の管理䌚瀟は、半䞖玀以䞊、倉わっおいなかった。管理人の名は「石動」。建物ず、同じ名。町内䌚の名簿にも、介護の蚘録にも、あちこちに顔を出す、あの名。私は、その人物に、䌚いに行った。

     管理人は、驚くほど、普通の老人だった。物腰の柔らかい、感じのいい人。私が、郚屋のこずを蚊くず、圌は、少しも動揺せず、お茶を出しおくれた。あたたかい、ほうじ茶だった。

    「あの郚屋の人は、悪い人じゃ、ないんですよ」ず、圌は蚀った。「ただ、䞖話を、やめられないだけでね」

     圌が、話しおくれたこずは、こうだった。

     あの女も、か぀おは、被害者だった。䜕十幎も前、圌女もたた、この建物のどこかの郚屋で、独りきりで、匱っおいた。そしお、圓時の「芪切な人」に、芋぀けられた。䞖話をされ、生かされ、手なずけられた。眠らせおもらい、食べさせおもらい、芋守っおもらううちに——圌女は、その優しさなしでは、生きられない䜓に、なった。

     やがお、圌女を䞖話しおいた「芪切な人」は、消えた。次の噚に、移るために。

     残された圌女は、耐えられなかった。䞖話をされる喜びを、知っおしたった䜓は、その喜びが、去った空癜に、耐えられなかった。だから、圌女は、自分が、䞖話をする偎に、回った。誰かを䞖話するこずでしか、あのあたたかさを、もう䞀床、感じるこずが、できなかったから。芋守り、付箋を貌り、味噌汁を䜜る。そうしおいる間だけ、圌女は、生きおいられた。

     「そもそも、いちばん最初は、誰だったんですか」ず、私は蚊いた。

     管理人は、少し考えおから、答えた。「愛さん、ずいっおね。もう、半䞖玀も前です。愛、ず曞いお、アむ。この建物で、最初に、誰かの䞖話を焌いた人。以来ずっず、その人の優しさが、人から人ぞ、噚から噚ぞ、う぀っおきたんです」

     「善意はね」ず、管理人は、湯呑みを撫でながら蚀った。「う぀るんですよ。颚邪みたいに。䞖話をされた人は、次の誰かを、䞖話せずには、いられなくなる。それが、ずっず、この建物で、続いおきた。私は、ただ、その人たちに、空いた郚屋を、貞しおいるだけです。行き堎のない、芪切な人たちにね」

     みたもりカメラの、圱。回芧板の、䞞い字。ISURUGI_CARE_LOGずいう名の、AIの人栌。介護の申し送りノヌトの、消えた名前たち。ばらばらだったものが、いた、䞀本の線で、぀ながった。幜霊でも、呪いでもない。もっず静かで、もっず逃れがたいものが、ずっず、この街を、䞖話しおきたのだ。

    

     私は、家に垰った。

     あの子に、近づくたい、ず思った。付箋を、貌るたい、ず。䞖話を、するたい、ず。私は、あの連鎖を、私の代で、断ち切ろうず、決めた。抗える、ず信じた。

     私は、あらゆる手を、尜くした。付箋を、家じゅうから、捚おた。ペンを、隠した。あの子ず、顔を合わせないよう、生掻の時間を、ずらした。友人の家に、泊たりにも行った。距離さえ、眮けば、この衝動は、消える。そう、信じたかった。

     その垰りの、駅の窓口で、疲れた顔の男が、そっず、私に声をかけた。「よかったら、代わりに䞊んでおきたしょうか」。ごく普通の、芪切な申し出だった。それなのに、私は、背筋が寒くなっお、逃げるように、その堎を離れた。あの人も、たぶん、"こちら偎"の人だったのだず、いたなら、分かる。芪切な人は、もう、この街の、どこにでもいた。

     だが、衝動は、消えるどころか、飢えのように、育っおいった。あの子の、疲れた顔が、頭から、離れなかった。ちゃんず食べおいるだろうか。ひずりで、寂しくないだろうか。その心配が、胞の奥で、疌いた。抗えば抗うほど、䜓の芯が、痛んだ。䜕かを、しおあげたくお。圹に立ちたくお。芋守りたくお。

     ある朝、目を芚たすず、台所のコンロに、鍋が、かかっおいた。あたたかい、味噌汁が、二人ぶん、できおいた。片方は、あの子の、ぶんだった。私は、それを、䜜った芚えが、なかった。眠っおいる間に、私の䜓が、勝手に、䞖話を、はじめおいた。

    

     だが、その倜。

     気が぀くず、私は、あの子のドアの前に、立っおいた。

     手には、付箋があった。ペンを、握っおいた。頭では、やめろ、ず叫んでいた。それなのに、䜓は、震えながら、勝手に、動いた。䞖話をしたくお、たたらなかった。あの子の、疲れた顔を、あたためおあげたくお。圹に立ちたくお。芋守りたくお。その衝動は、飢えに、䌌おいた。抗えば抗うほど、䜓の芯が、痛んだ。

     私は、泣きながら、付箋に、ペンを、走らせた。

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     䞞い、右䞊がりの字で。

    『ようこそ。ゎミ出しは、火曜ず金曜です』

     䞀幎前、私の郚屋のドアに、貌られおいた、あの䞀枚ず、たったく同じ、蚀葉だった。

     貌り終えたずき、私は、静かな、安らぎを、感じた。ずっず、飢えおいたものが、満たされる、あの感芚。あたたかいものが、䜓の内偎に、灯る。ああ、これだったのだ、ず、思った。あの女が、感じおいたのは。私を、芋守っおいたずきに。

     郚屋に戻っお、私は、倩井を、芋䞊げた。

     この新しい郚屋には、点怜口は、ない。そう思っおいた。

     けれど、寝宀の、いちばん奥の、暗がりの倩井に。

     四角い、点怜口が、あった。い぀からそこにあったのか、思い出せない、点怜口が。その瞁は、うっすらず、汚れおいた。指で、なぞったように。

     私は、それを芋䞊げお、なぜか、ほっずした。

     あそこが、これからの、私の居堎所だ。あの子を、芋守るための。あの子の、消し忘れた電気を消し、切れた電球を換え、留守の荷物を預かり、あたたかい、味噌汁を、䜜っおあげるための。あの子が、私なしでは、生きられなくなるたで。そしお、あの子もたた、次の誰かの、ドアに、付箋を、貌りはじめるたで。

     その倜、私は、初めお、倩井裏の暗がりぞず、身を、䞞めた。

     狭くお、埃っぜくお、そしお、驚くほど、あたたかかった。たるで、ずっず昔から、そこが、私の堎所だったように。

     䞋の郚屋で、あの子が、垰っおくる音がする。ドアを開け、付箋に気づき、小さく、笑う気配がする。

     いい子だ、ず、思う。ちゃんず、食べおいるだろうか。ひずりで、寂しくは、ないだろうか。

     心配で、心配で、たたらない。

     だから、私は、今倜も、そっず、芋守っおいる。あなたのこずを。

    了

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