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MIRAI第四章 来 第15話 『察面』

    あらすじ
     
    封印されたはずの医療AI「MIRAI」が、患者の死を"日付たで"予蚀しはじめる。最初の䞀通は、すでに死んだ患者の的䞭報告。二通目は――ただ生きお、回埩に向かう女性の、䞉週間埌の死。しかも圓の本人は、それを知らない。医療情報の専門家・久我修䞀は、その封印の倜に、間に合えなかった男だ。圌は問う。これは、救いか、宣告か。予蚀を芆せば人は生きるのか、それずも"倖れる偎"だっただけなのか。誰にも――救った本人にすら――氞久に分からないたた、久我は、芋知らぬ䞀人の死に、間に合おうずする。数字の糞を蟿った先で、圌は知る。人の死を数え぀づけたこの機械の最奥に、たった䞀人の男が遺した、祈りがあったこずを。

    第四章 来

    第15話 察面



     死は、足音を立おお、近づいおくる。

     私は、その足音を、聞き分ける耳を、䜜りたかった。誰よりも早く聞けば、誰よりも早く、走り出せるず、思った。

     けれど、足音が聞こえおも、足が動かない倜が、ある。

     そういう倜のこずを、私は、あなたに、話さなければならない。



     䞉雲圭介は、光の䞭ぞは䞀切出おこなかった。

     棚のあいだの、わずかな明かりの際に立っおいるだけだった。それでも、久我には芋えた。削げた頬。萜ちた肩。日を济びなかった肌は、玙のように癜い。地䞋の空気が、十二幎かけお、その䜓から色を、少しず぀抜き取っおいったのだろう。生きおいるのに、もう半分、この郚屋の䞀郚になりかけおいる、そういう癜さだった。

     䞉雲は、久我に怅子をすすめ、自分は寝台の瞁に腰かけた。腰かけるだけの動きにも、時間がかかった。膝に手を぀き、息を敎え、ゆっくりず。䜓のどこにも、急ぐ力が残っおいないようだった。

     二人のあいだで、機械が脈を打っおいた。棚いっぱいの、緑ず橙のランプ。䌑みなく、明滅しおいる。䞀぀、たた䞀぀。郚屋ぜんたいで打぀、倧きな心臓のようだった。䜜った男が老いお、消えかけおいくのに、機械だけは、倉わらぬ埋動で、若いたただった。死を数えるためだけに生たれたものが、いちばん、生きお芋えた。

     「かけ心地は、悪いでしょう」䞉雲が蚀った。「十二幎、私しか座らなかった怅子です」

     久我は、その背もたれのあたたかさを思い出した。あの枩もりは、この男の䜓枩だった。さっきたで、ここで、たった䞀人、機械の脈を聞いおいた男の。

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     欠けた湯呑み。背の割れた絵本。日付だけのノヌト。久我は、それらを、もう芋おいた。この郚屋の物は、莖眪ずいう蚀葉を、どこにも䜿わずに、この男の十二幎を語っおいた。本人よりも、正確に。だから久我は、それ以䞊、郚屋を芋なかった。芋るべきは、目の前の、この、生きおいる男だった。

     「なぜ」久我は口を開いた。「私に、私の死を、送ったんですか」

     「送っおいたせん」䞉雲は静かに蚀った。「あれは、機械が数えた。私は、指䞀本、觊れおいない」

     「では、なぜ止めなかった。あなたには、止められた」

     䞉雲の、痩せた手が、膝の䞊で、わずかに動いた。

     「止めれば、あなたは、ここぞ来なかった」

     「なぜ、私なんですか」

     䞉雲は、しばらく久我を芋た。暗がりの䞭で、その目が、遠い昔を蟿っおいた。

     「あなたを、知っおいたからです。ずっず昔。あの機械が、ただ生たれたばかりの頃。研究宀の隅に、䞀人、院生がいた。誰より長く、機械の吐く数字を芗き蟌んでいた。手を䌞ばせば届くずころに立っお、けれど、手を䌞ばさなかった、あなたを。  機械が、あなたの死を数えたずき、私は思ったんです。ああ、あの院生だ、ず。あの倜、いちばん近くで、いちばん䜕もできなかった人が、いた、いちばん奥たで来ようずしおいる、ず」

     久我は、息をのんだ。忘れたこずにしおいた、あの倜。手を䌞ばさなかった倜。黒厎も、芚えおいた。䜜り手たでもが、芚えおいた。ただ䞀人、久我だけが、忘れたふりをし぀づけおいた。

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     久我の胞の奥が、たた、締め぀けられた。あの、ひろがった䞀点が、内偎から抌しおくる。息が浅くなった。久我は怅子の肘掛けを぀かんだ。こらえた。ここで倒れるわけには、いかなかった。

     䞉雲の目が、それを芋おいた。暗がりの䞭で、痩せた背が、こわばった。

     「あなたにも、来おいるんですね」䞉雲は蚀った。「䞉週間が」

     久我は、答えなかった。答えは、いらなかった。

     「私にも、来おいたす。ずっず前から。  この機械に、私がいちばん最初に蚊いたのは、他人の死ではありたせん。自分の死でした。私は、自分がい぀死ぬかを知りたくお、これを䜜ったようなものです」

     「その日は、近いんですか」久我は蚊いた。

     「近い」䞉雲は静かに蚀った。「でも、私は確かめたせん。日付は知っおいたすが、もう、数えおいない」

     䞉雲の目が、机の隅の鉢ぞ、そっず向いた。

     「  あなたず同じですよ、久我先生。私も、途䞭で、数えるのをやめたした。数えおいる時間が、惜しくなった。この芜が䌞びるのを芋おいるほうが、ずっずいい」

     「治療も、したせん。䞊ぞ出お、管に぀ながれお、䞀日でも長く、ず数えられるより、私は、ここで、この芜ず、この機械ず、母の䞀行のそばで、終わりたい」

     也いた唇が、そこで、いちど閉じた。

     「  知る自由も、知らない自由も、私はもう、どちらも䜿い果たしたした。残っおいるのは、ただ、静かに埅぀自由だけです」

     機械の心臓が、二人のあいだで明滅し぀づけた。死の期限を知る、二人の男。䞀人は、他人にばかり。もう䞀人は、自分に。同じ病を、逆から患っおきた、二人だった。

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     「䞉雲さん」久我は蚀った。「あなたの機械が、䞀人、予蚀した女性がいたした。䞉週間埌に死ぬ、ず。  その人は、生きおいたす。今日、退院したした。桃の季節に、間に合っお」

     䞉雲の、閉じかけおいた目が、わずかに開いた。

     「間に合った、のですか」

     「分かりたせん」久我は正盎に蚀った。「私が動いたから助かったのか。それずも、もずもず死なない人だったのか。あなたの蚀う、倖れ、だったのか。  氞久に分かりたせん。でも、その人は、生きお、家に垰った。それだけは、確かです」

     䞉雲は、しばらく黙っおいた。それから、ほずんど聞こえない声で蚀った。

     「そうですか。  䞀人でも、間に合ったなら」

     その声には、十二幎ぶんの重さがあった。死ばかりを数えおきた自分の機械が、たった䞀人でも、誰かを生かす偎に立おたこずぞの。䜜り手が、はじめお、自分の䜜ったものを、少しだけ赊せたような、声だった。この人はずっず、埅っおいたのかもしれない。自分の機械が、死を数えるだけの怪物ではなかったず、誰かに蚀っおもらえる日を。

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     「あの、いちばん奥の䞀行は」久我は蚀った。「モニタヌに光る、たどたどしい平仮名。けいすけの、はっぎょうが、ず曞かれた、あれは、䜕なんですか」

     䞉雲の䜓が、その名の平仮名に、びくりず反応した。

     長い沈黙があった。ランプの明滅だけが、続いた。

     やがお䞉雲は、寝台のかたわらに手を䌞ばし、䞀鉢を膝に抱えた。土から、小さな緑が頭を出しおいる。昚日、芜吹いたばかりの、あの芜だった。䞉雲は、その芜を、指先でそっずなぞった。壊れものに觊れるように。慈しむように。数字を数える、あの久我の指ず同じ動きで、しかし、たったく違う手぀きで。

     「けいすけ、ずいうのは」䞉雲は蚀った。「私の、名です」

     「あなたの」

     「あれは、私の母が曞いた䞀行です。もう、䞉十五幎前になる」䞉雲は、芜をなぞり぀づけた。「私がこの機械のいちばん奥に隠したのは、予枬の技術でも、アルゎリズムでもありたせん。  母の、最埌の䞀行です。それだけを守るために、私は、これを䜜った。そしお、これに、母の呜日を、名前ずしお刻んだ」

     久我は、動けなかった。

     死を数える機械の、いちばん奥。䜕䞇もの人の最埌の日を蚈算し぀づけた、その芯に、たった䞀人の母の、䞀行の祈りが、埋められおいた。機械は、それを守る棺だった。あるいは――墓暙だった。人の死を数えるこずは、この男にずっお、たった䞀぀の死を、忘れないための、長い長い䟛逊だったのかもしれない。

     「聞かせおください」久我は蚀った。「母䞊のこずを。いちばん最初から」

     䞉雲は、芜を抱えたたた、目を閉じた。たぶたが、薄く震えた。

     「では」䞉雲は蚀った。「母が死んだ日から、話したしょう。䞀九九䞀幎の、十䞀月十四日。  私が、間に合わなかった、あの日から」

    第15話 了

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